飛 機

「あぁちょっとお前、あのさ、ほんとむちゃくちゃおもろい話あるから聞いてけよ。」


夜中の居酒屋。

べろべろに酔っている中年男性に絡まれた。

男は入店後しばらく自分の席でくつろいでいたが、注文したであろう生ビール2つが届くと、それを一気に飲み干してから立ち上がり、何故か私の目の前の椅子に座ってきた。


正直勘弁してほしかったが、下手に断って逆上させてしまった場合が怖い。

それに「ほんとむちゃくちゃおもろい話」とまで豪語して聞かせようとしている話が、どんなものなのかも少し気になる。

私は丁度来た枝豆を口に運びながら、男の話を聞くことにした。


「あのさ、函館ってあんじゃん。

俺先月くらいにそこに行くことにしてさ、旅行で。

それで、俺めっちゃ遠いわけよ函館と。

だから行くには新幹線か、飛行機使わないといけなくて。

まあせっかくだしってことで飛行機使うことにしたの。

でいざ当日になってみると、その日が土曜日だったのもあってか、空港めちゃくちゃ混んでて。

いやぁこりゃ受付とか荷物点検とか時間かかるなぁ、って思いながら朝食を済ませて。

あ朝食これね、本当においしかったからここお勧め。」


男はそう言いながら自身のスマホの画面を見せてきた。

洋皿の前側にトーストとベーコン、少し左に目玉焼きと、その後ろにキャベツとトマトが置いてある。

男はしばらく画面を見せてから、スマホを引っ込め話を続けた。


「で朝食も食い終わったからそのまま手続きとか身体検査とかして、時間結構危なかったけど、飛行機乗ったの。

ラウンジでポタージュとか飲んでくつろぎたかったけどね、さすがにめちゃくちゃ混んでたから間に合わなかった。

で飛行機乗って座席ついたんだけどね。

さっき食べた中で何が当たったのか知らないけど、お腹がきゅるきゅるし始めて。

乗ってすぐは耐えれる程度だったし、人ぞろぞろ来てたからトイレ行かなかったんだけど。

離陸してからちょっと経って、さすがにやばいなってなってトイレ行ってさあ。」


今の所これが面白い話でないことは、面白に疎い私にも分かる。

それにやけに店内が静かになったせいで、男の話が嫌でも耳に入る。

枝豆を食べる手が止まったが、それに気づいているのかいないのか、男はそのまま話を続けた。


「でトイレ入って鍵かけて、用足してたんだけど。

なんか外がちょっと騒がしくて。

ごおおおお、みたいな音。

んでしばらくしたら急に静かになって、人の声も聞こえなくなったの。

で外で何が起きてるんだろうって思ってさ、でも怖いから出られねぇじゃん。

だから籠ってたら、急に外から『フライトは終了いたしましたよ』って言われてさ。

絶対おかしいじゃん、まだ30分も経ってないのに。

だからそれ何回か言われたんだけど、腕時計見てフライト終了予定の時刻まで出ないことにしたのね。

で結構経って、そろそろかなってくらいになったわけ。

着陸したっぽい衝撃が来たから、とりあえず出てみるかって出たら。

誰もいなくて。

で代わりに、なんだろうな。

なんて言えばいいのか分かんないけど、しょうが醬油みたいなのが席に染みてて。

全席。

うわ、なんだこれって思いながら自分の席まで戻ったんだけど。

これ多分、俺がトイレいる間見ちゃった人がああなったんだよ。

窓の外か飛行機の中か分かんないけど。

で、俺が思うに、ああなった人が見たのって、あれだと思うの、

あの、なんかひょろひょろってした人型の、つぶつぶ、液っぽいやつが

垂れてて、あ、思い出した——」


男が何を言っているのか、さっぱり分からなかったが、

何故か、この先を聞いてはだめだと思ったため、

食べかけの枝豆を残しカウンターに向かい、予め用意しておいた千円札を広げ、

お釣りを貰ってから逃げるように退店した。

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見出 擦った後 @surita

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