侍女頭
彼女に会ったのは王都の学校だった。
爵位を継ぐ予定のない貴族や裕福な商人等が通う学校。
高位貴族や王族等の通う王立学園や、高位ではないものの嫡男や何かしらの才能のある者が通う王立学院などとは天地の差があるものの、王都学校を出ているか出ていないかで、将来が変わる事もまた事実である。
私は子爵家の次女として産まれた。決して裕福ではないが仮にも子爵の娘が学校も行けないなどと言われぬようにとりあえずと入れられたのが王都の学校だ。
正直、学校では同じような子爵や下の男爵、あとは平民などの子爵よりも下の者ばかりなので居心地は悪く無かった。
裕福な商人の子が繋がり欲しさにプレゼントを贈ってきたり、自分よりも爵位の高い存在もいない為、気を使うような事態も少なく過ごせた。そして、それなりに仲の良い友人も出来た。
その友人の中の1人が花屋の娘であった。
平民ではあったけれど、いつもニコニコとして、目立った事も言わず、正直存在さえ忘れる事もある程で特に不快さも無く、一緒にいることを許していた。
学校を卒業後、今後についてどこかの商人か男爵あたりとの結婚かどこか高位貴族で雇ってもらえないかと焦っている時にそんな存在さえ忘れていた彼女から連絡が来た。
拙い文章で書かれていたその内容は、とある侯爵家について聞きたいとの事であった。
正直、面倒に感じたのと気安く手紙を送ってくる不敬さを不快に感じたけれど、手紙の内容が気になったので返事を書く事にした。
その侯爵家について両親に聞くと、そこの嫡男がなんとも上手い事やったらしく、これから注目されるだろうと言っていたので、そのまま書いて伝えた。
すると、返信の内容に驚かされた。
まさかそこの嫡男に見初められお屋敷に形式上雇われる事になるとは。
何度かやり取りをする内に、彼女の補佐という形で就職が決まった。
両親に報告すると、今1番注目度の高い高位貴族に雇って貰える幸運を喜んでいた。
なんと、最近王族も侯爵家を気にかけているという噂もあるらしい。
平民の補佐という事に不満を感じていた気持ちが両親の喜びぶりと侯爵家の注目度を聞いて霧散した。
むしろ、彼女を導く立場の自分は侯爵家でも重要な地位にいるのではないかと考え直したのだ。
学校時代の友人達に手紙を送ると皆に羨まれ、中には自分も一緒に働かせて欲しいという懇願の手紙もあった。
実際、働き始めるとお屋敷では最近大幅な異動があったらしく、元々の使用人は現侯爵夫妻について王都に行ってしまった為、新しい者ばかりであった。
働きたいという友人を侯爵家へと紹介する事によって侯爵家と働く友人双方に恩を売れる形となった。
私の侯爵家での地位はこれで確定し、なんと侍女頭まであっという間に登りつめたのだ。
これもすべて真実の愛によって巡り合った侯爵様と平民の身分違いの愛を応援した私の健闘の賜物だろう。
2人が心地良く過ごせる様に心を込めてお仕えした。
時には夜の庭園で、また時には夕焼けの綺麗な図書館で、2人が偶然会える様にと心を配り、心ときめくシチュエーションを作り上げた。
その甲斐あって、2人は屋敷の其処此処でラブラブな様子で過ごしている。
ただ、家には形だけのお飾りな奥様が存在した。
私も貴族ゆえに政略結婚の大切さは理解しているつもりではあった。
しかし、この侯爵家に至っては必要なかったのではないだろうか。
財政にも困っておらず、王族からも注目されるようなすでに評価が高い侯爵様がわざわざ爵位が下の伯爵家から嫁を貰う理由がわからなかった。
しかも、顔は良いが頭はたいして良くなさそうな、いかにも箱入りな貴族令嬢を。
いつも見た目だけ綺麗にしていて、派手なデザインのやたら高そうな服やアクセサリーを身につけては散財し、偉そうに振る舞っていたが、所詮は形だけの妻で愛されてもいない。
結婚後、侯爵様直々に真実の愛の相手を紹介され、夜の訪れはもちろん、空いた時間を彼女と過ごす様子はない。
もちろん一緒にお食事どころか、侯爵様からの贈り物も伝言等何も無い。
かろうじて、夫婦で出席しなければならない最低限のお付き合いにまれに一緒に参加する程度だ。
つまりは彼女との関係は取り繕う必要さえないという事だろう。
それでも最初はこの屋敷を引っ掻き回そうとしたので、身の程を知る事が出来るようにみんなで親切にも助言を徹底した。
そのおかげか、最近では身の程をわきまえれるようになっていたが、彼女は侯爵家に必要ないのではないだろうか。
きっと子供ができない事を理由にそのうち離縁されるだろうと私筆頭に皆、噂していた。
そんな私達の、いや私の勘違いに気付くのは、やっと身の程を知り大人しくなったと思っていた彼女の存在を忘れつつあった何でもない日の事だった。
いつもと違う彼女の行動の報告を受け、そろそろ本気で侯爵家の為に追い出すべきが考えつつ向かった先で、知らなかった衝撃の事実を聞くことになった。
初めて聞いた彼女の血統に猜疑心が無かったわけではない。
しかし、彼女がそんな大それた嘘の手紙を王宮に向けて送るなどとは思えなかった。
貴族だからこそ当然知っている王家の血筋の詐称の罪の重さ。
それこそ不敬罪であっさり打首になる程の事だ。
王家への私信を紛失など、故意でなくとも大変な過失となる。
ましてや万が一故意で行ったと発覚すれば、本当に冗談ではなく一族郎党の罰もありうる。
ひょっとしたら、あの女の精一杯の嫌がらせの可能性を信じて、ひとまず定期的に訪れる侯爵家専用の配達員へと手紙は渡した。
いつもその場で可笑しな物や間違った物がないか軽く確認される。
王家宛の物を見て一瞬動きが止まったが、特に再確認される事も無く受け取られた。
裏にはしっかりと奥様の封印と記名がある。
何も言われない、と言う事はつまり、改めて確認する必要がないという事だ。
間違った物やおかしな物はないと判断された。
ただの配達員ではあるが、侯爵家の物を預かると言う事はそれだけ信頼のできる相手という意味でもある。
そんな彼が普通に受け取ったと言う事はこのまま宛先の王家へと届けるのだろうか。
イタズラであれば王宮の監査にて弾かれるだろう。
宛先が王家の時点で私にはどんなに恐れ多くとも届けるしか選択肢がない。
勝手に廃棄出来ないのだから、イタズラであれば私には責任はない。
しかし、もしこれが本当に王家の方々の手へと渡るような手紙であれば、一体手紙の内容には何が書かれているのか。
死ぬ前に見るという走馬灯の様に今までの奥様に対する対応がグルグルと頭の中で周り始める。
なぜわざわざ爵位が下の女性と結婚したのか。なぜ彼女だったのか。
ずっと疑問だった答えがわかりそうであったが、わかりたくない気持ちの方が強い。
最後に彼女に会った時、今までにない優雅さと余裕を感じた。
あの時は考える事が多すぎて気が回らなかったが今思えばいつもと違いすぎる。
いつもなら私達の言葉や態度に反応し、不安そうにこちらの様子を伺っていた。
それが、あの時はこちらに冷たい視線をよこしつつ話など聞く気もないような態度であった。
まるで、高位貴族らしく下の者を見限ったような…
何をどうすれば良いのか。
まずは事実を確認するべきではあるがしたくない気持ちが強い。
自分達はどうなってしまうのか。
かといって今まで通りに対応する勇気も無ければいきなり態度を変える図太さも持ち合わせてはいない。
私に罪がある?
どれが?
何が罪に当たる?
雲の上の王族と血縁?
本当に?
わからない。
いったいどうしたらいいのだろうか。
私は一体どうすれば良いのだろう。
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