侯爵家嫡男
侯爵家の嫡男として育った私の人生は順風満帆だった。
昔から家柄も顔も頭も良く、周りから何かを強制されるような事は無かった。
父は貴族らしくいつも威風堂々としており、母は貴族女性の見本の様な女性であった。
親としての愛情はあまり感じる事は出来なかったが、貴族とはどこもこんな感じだろう。
ただ時折とてもつまらない気持ちにもなった。
ただ決められた道を走っているような、本当の自分はもっと何か他の者とは違う特別な事が出来るのではないかと思う事もあった。
周りには勿論いつも人が集まり誰も彼もが私に気に入られようと必死であった。
しかし、私はそんな周りに流される事なく自分を研鑽し続け気付けば誰もが憧れる青年に成長していた。
当然のことだが、女性にも人気があり学園に通っていた時も身の程知らずな低位の者から高位の生徒まで皆が私の事を注目していたように思う。
一度、王家主催の夜会では恐れ多くも国王陛下からの視線を感じた事さえある。
きっと私の噂を聞き将来的に関わるべき相手として確認をされていたのだろう。
それか王子達の側近としてでも考えているのか。
ただ、残念ながらわたしは侯爵家の嫡男な為、いくら優秀でも側近になる事は出来ない。
しかし、頼まれたなら友人として補佐をするくらいはしても良いとは思っている。
高位貴族として、やはり王家との関係は大切にしていきたいとは思うので。
もし王家に姫が居れば降嫁もあったかもしれないが、残念ながら国王陛下には息子しかいない。
きっと残念がっているだろう。
そんな時、たまたま出かけた先の田舎町で彼女に出会った。
貴族の義務として視察に出掛ける予行演習のような形でたまたま向かった町であった。
他の田舎町よりは多少マシだったので護衛達を連れて町を歩いている時に、私たちは運命の出会いを果たしたのだ。
暴漢に絡まれる女性を助けるというまるで物語の一画のようなシチュエーションに私は思わず胸が躍った。
暴漢どもはすぐにその場から逃げ去り、助けた彼女は美しいというよりも素朴で可愛らしく、何よりその時感じた胸の高鳴りが今までになく心地良かった。
思い返すたびに、胸が熱くなる理想的な出会い方であったと思う。
その後、彼女の家が花屋だと知り平民ではあるが彼女らしく可愛らしいと思った。
また、町の中ではなかなか人気があるらしく何度か若い男に、絡まれる事もあったが、全てわたしが退けてやった。
彼女からは感謝され、負けた男の悔しげな顔になんとも優越感を感じた。
もちろん貴族としての役目もきちんと果たしていた。
父と母から伯爵家の娘を勧められ、ご令嬢の好きそうな運命の相手も演じてやった。
確かに美しくはあるが爵位が私より低いくせにやたら貴族らしく我儘そうな夢見る娘であった。
ちょっと花を渡して囁き、偶然を装って夜会に行けばすぐに私に夢中になった。
本当はどうせならもっと爵位の高い方が良かったのだが、何故か父と母が頑として譲らなかったのだ。
顔は美しく実家の財力もそれなりにあるようだが、それだけだ。
しょうがないので結婚はするが、分不相応な望みを言わぬように気を付けて見ていなければならない。
結婚を機に父と母は王都で過ごすようなので、爵位を次ぐまでの短い期間は領地にてしっかりと領地や屋敷を守ろうと思う。
何の気なしに領地を見て回れば、いつも花屋の娘に会う。
貴族の娘と違う表情や仕草は新鮮なモノであった。
安い小物にも大喜びし、大した事でもないのに表情がよく変わる。これは貴族の娘には無いモノだ。
自分の分も弁えており、私に対しての素直な賞賛の言葉は貴族の令嬢にはない清純さを感じる。
貴族の様な遠回しな言い方ではなく好意を率直に表す様子も好ましい。
今までこんな女性には会った事がない。
ひょっとしてこれは運命の相手なのではないだろうか。
ちょうど最近、劇場にて身分差の愛の演目を鑑賞したばかりだったのだが、沢山ある類似点に余計に運命的な物を感じた。
チラリと友人にこの話をした所、酷く驚かれた後、そんな相手に出会える事は2度とないのだから彼女と結婚するべきだと言われた。
やはりそうなのだな。
そして真実の愛を見つけたのなら伯爵家との縁組も断るようにとの助言を受けたが、父と母に相談した所いつになく怒られてしまった。
真実の愛に障害は付きものだが、両親を悲しませるのは不本意なので、一旦伯爵家の娘との結婚はする事にした。
それからの事はまた改めて考える事にしよう。
結婚の準備を進めるに当たり新婚の邪魔は出来ないと両親は王都の屋敷へと早々に引っ越していった。
そしてちょうどその頃運命の相手である彼女の実家の花屋が何者かに襲われ、彼女の両親が儚くなってしまった。
彼女が私と外出していたのは不幸中の幸いだろう。
ちょうど両親の引っ越しが終わり新しい人員を募集する所だった為、私は迷わず彼女にプロポーズをした。
「私が爵位を継いだら結婚して欲しい。父は、あと2~3年もしたら爵位を譲ると言っていた。
そうすれば、私は自由になる。
今はまだ侯爵である父には逆らえない。だからあの伯爵令嬢とは形だけの結婚をする。
しかし、愛してるのは君だけだ。
爵位を継ぎ次第、あの令嬢とは離縁する。
私は、ぜひ君を侯爵家へと迎え入れたい。
私に君を生涯守らせてくれ!」
彼女はもちろん泣きながら頷いてくれた。
「君と離れて暮らすのは心配だ。
我慢を強いて申し訳ないが私が爵位を継ぐまで、我が侯爵家に雇用という形で来ないか?
もちろん家の者にも君の事は伝えるし、仕事などしなくていい。
いや、私の世話ならして貰えたらそれは嬉しいが……」
こちらの打診にも彼女は勿論頷き、私はすぐに迎え入れる準備をする事を約束した。
そして彼女の不安が和らぐ様に、彼女の補佐として下位貴族の友人も一緒に雇う事にした。
そんな中、ひとつ嬉しい誤算もあった。
その一緒に雇う事になった下位貴族の友人は実に優秀な人物で、まだ募集して集まっていなかった屋敷の使用人をアッサリと揃え、テキパキと指示を出し、実に居心地の良い屋敷へと変化させてくれたのだ。
全てがある程度落ち着き、準備が無事整った頃に不本意ながら伯爵令嬢との結婚式が行われた。
まぁさすが、侯爵家に相応しい華やかな式ではあった。
しかし次回は真実の愛の相手である彼女の為にも、もっと素晴らしく華やかな式にしようと心に誓った。
侯爵家嫡男として結婚という義務は果たし、両親の希望は叶えた。
愛する彼女の不安を少しでも減らして貰う為に伯爵令嬢へは初夜の席で私自らが愛する彼女を紹介した。
令嬢は酷くショックを受けていたようだが、真実の愛の為なのでしょうがない。
愛する彼女の友人はとても優秀であり、侍女頭としていつの間にか令嬢に身の振り方まで指導してくれていた。
おかげで屋敷ではいつでも彼女と2人、邪魔が入る事もなく確かな愛を更に育むことが出来ていた。
全てを持つ尊い身分の自分が、真実の愛を見つけ、身分さえも気にする事なく愛を貫く。
他のみんなが憧れても出来ないような事を私はやってのけたのだ。
これも全て私の立ち回りが完璧だったからだろう。
私が地位も才能も顔も兼ね備えていたからこそ出来たのだ。
そう、兼ね備えていたのだ。
そう本気で信じていた。
そう、信じていたのだ。
それが全くもって根本的な部分から色々と間違っていたという事に気付いたのは既に全てが手遅れになってからだった。
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