侯爵家嫡男
今回の旅行…いや視察は失敗だった。
確かに自然は多く湖は美しかった。
運命の恋人の私達にはもってこいのシチュエーションではあっただろう。
しかし、どうにも虫が多い。
そして領民も立ち入らぬというだけあって雑草が多かった。
しかもテーブルも椅子もなく、地面に敷いた絨毯の上に座らされたのだ。
次に行く時までには湖の周りの雑草には手を入れ、事前に虫を駆除し、東屋の一つでも作っておくべきだろう。
いくら景色が美しかろうとこれではダメだ。
まぁ、別邸はそれなりだったので、彼女と愛を深める事はできたが。
行きと帰りの道中も思った以上に道が悪く、馬車がひどく揺れて不快であった。
小窓を開けて自然を楽しみながら愛を語らう予定が、ガタガタと揺れるせいで迂闊に話すと舌を噛む様な状態であった。
行きだけでもウンザリした道を再び走りつつ町に近付きやっと揺れがマシになってきたと思ったら何故か町に入る手前で馬車が停まった。
窓から覗き見ると、こんなところで騎士たちが道を封鎖しているようだ。
後方に警邏隊の者もいるにはいるが、どうも騎士の指示に従って動いているように見える。
…どうやら検問でもしているようだ。
「…あら。…やっと着いたのですか?」
あの揺れの中、器用に眠っていた彼女が目を覚ました。
「いや、まだなんだが…
何やら問題でもあったのか、こんな所で騎士が検問をしているようなのだ…」
馭者が何やら騎士達に向かい必死に説明しているのが見える。
馬車には侯爵家の紋もあるし、貴族なのは見てわかるはずだ。
何をそんなに確認する事があるんだ。
しばらくすると騎士達の奥から一際鋭い目つきをした騎士が現れる。
他よりも腕の飾りが多い事といい、他と少し違う服装といい、騎士達の様子からみてもこの騎士達の責任者だと思われる。
なるほど、さすがに侯爵家への応対ともなると一般の騎士では荷が重いだろう。
挨拶などよいから早く通せとは思うがどうせ停まったのならキチンと詫びを聞こうと身を乗り出す。
コンコン ガチャ
返事を待たずに扉が開き、騎士と対面する。
「失礼致します。
こちら侯爵家の馬車で間違いはありませんか?」
無礼な上に愛想のひとつもない無骨な態度にムッとする。
「…そうだが。これは一体どういう状況だ?」
不機嫌さを表しワザとぶっきらぼうな返事を返す。
「後で簡単にご説明させて頂きますので、少し確認させて頂きたいのですが…」
奴は私の様子など気にもせず話を続ける。
「貴方は侯爵家の方ですか?奥の女性は?」
後ろには不安そうに座る彼女が居る。
なんとも配慮のない言い方だ。
もう少し違う言い方は出来ないのか?
「私は次期侯爵家当主だ。…そして彼女は私の妻になる予定の女性だ。」
「…」
騎士は少し眉間に皺を寄せ考え込んだ後、言葉を続ける。
「…失礼ですが女性のご身分は?」
言葉通りなんて失礼なのだ。
説明はさっきのでも十分だろう!
「将来の侯爵夫人だ!!」
「…」
騎士は眉間に皺を寄せつつ少し呆れた様な表情をする。
その侯爵家に対して礼の欠けた態度にいい加減温厚な私でも堪忍袋がきれそうだ。
「以前、この町の花屋にお住まいだったお嬢さんですか?」
「…っ?」
…
何故この騎士が彼女の事を知っているのだ?
「…たしかに、この町の花屋の娘ではあるが…」
私の言葉に頷くと彼はスッと右手を挙げる。
それを合図に後ろに控えていた騎士が馬車の両際を囲む。
「あなた達には第一級国家反逆罪の容疑者として捕縛命令が出ております。
次期侯爵家当主様(笑)は一応まだ高位貴族の身ではありますので大人しくして頂けるのならば軽い拘束で馬車での護送となります。
万が一反抗するようであれば強く拘束しての移動となります。
…王都までの道は平坦とはいえ距離がありますのでご賢明な判断を願います。」
「…は?」
「尚、そちらの女性に関しましては平民の犯罪者となりますので、通常なら捕縛したまま歩いての連行となる所、今回は時間短縮の為、拘束後、我らの馬で王都まで運ぶ事になっております。」
「…え?」
私たちの戸惑いなど全く気にする事もなく、言葉が終わると同時に周りの騎士が動く。
そして両脇に騎士が廻りこみ、一歩下がろうとしていた私は馬車の外へと引きずり出される。
…っ!…どういう事だ…?
全く言っている意味がわからない…。
「や、…っなに?
…どういうこと⁉︎…っやめて!」
私が馬車から引きずり出されると次は奥に居た彼女までも他の騎士に外へと出される。
「…っ!…やめろ!無礼だぞ!」
必死に叫ぶ私に対して騎士は冷たい視線を送る。
「正当な手順での対応となっております。貴方方には拒否権はありません。
特別な配慮等の指示も受けておりませんので通常の形での対応となります。」
彼女が手際よく騎士によって拘束され、あろうことか口まで塞がれ騎士の連れる馬の後ろに荷物のように乗せられた。
「貴方もあまり騒がれますと多少手荒な形での護送となりますが。」
「…っ!…。」
…騎士の言葉と両脇の腕の痛みからそれ以上騒ぐ勇気は無かった。
こうして、私は今まで知らなかった(知りたく無かった)現実と言う名の新世界への扉を開く事となったのだ。
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