受像機の怪

@meguru_omomuki

受像機の怪

ふと考える。私が生きてきた30数年に価値はあったのだろうかと。


思い返せば恥の多い人生だった。小中高と親の期待のままに友と呼べるものもや打ち込める趣味なども作らず勉学に励み、なんとか大学入学までこぎつけたもののコミュニケーション能力の欠如により孤立し、学業不振。同年代の者たちが一回生上に上がる中、私はドロップアウトした。これが19歳の冬の事である。


大学中退などという選択は私の人生設計にはもちろん、親の期待していたことにも含まれていなかった。


半端ものの烙印が押された私に対し親は激しく怒り、突き放されたように感じた私はその日の夜に家を出た。


住むところを自ら放棄した私は失意と将来に対する絶望の中どうすることもできずただ走り、気づけば家から少し離れたところにある土手にある橋の下に座り込んでいた。


何することもなくただ空を眺めて過ごしていた私は、何もしない時間がこんなにもつまらないものだと初めて知った。


人生初の家出の顛末はあっけないもので、見回りに来た警官による補導であった。


大学生という肩書を失った以上、社会人へとなるしかなかった私は職業安定所による紹介で土木作業者へとジョブチェンジした。


来る日も来る日も同じようなことの繰り返し、給料は安いわりに仕事はつらく現場と社員寮の往復のみが私の人生となりつつあったときふと心の中の何かが折れ、逃げるようにやめた。


失業保険を受けつつ仕事を探し、たどり着いた先はストレスがない代わりにやりがいも何もない、ただの単純作業を生業とするところであった。


これまで勉強してきたことに意味はあったのだろうか、これから先もこうして生きていくのか、仕事中にもこのような思考が付きまとい休日にはそれが顕著に表れるようになった。


今日は久方の休みである。何もすることはないが。


時計を見ると針は午前9時を示していた。


やることもないので手持ち部沙汰にテレビをつけ流し見る。


ワイドショーで芸能人の不倫だの東京ではこんなものが流行っているだの自分とは何ら関係なくこの先も活かせることがあるのか疑問な情報を流し見ていると画面に違和感を感じた。


テレビの画面ではひな壇の芸人が持論を語っている様子がバストアップで映されていたが、何かがおかしい。


よく見ているとふと気づく。この芸人の肩に何かが乗っている。


それは何かの手のように見えた。近頃は奇抜なファッションでも流行っているのかと思いかけたが、少し前の映像ではこんなものはついてなかったようにも思える。


不思議に思いながら眺めていると、発言も終わったのか映像はスタジオを一望する画角へと変わった。


身の毛もよだつとはこのことをいうのであろう。


件の芸人の真後ろには明らかに先ほどまではいなかった人影のようなものがあったのだ。


人影といっても普通のものではない。高さは2メートルほどだが、首?のようなものが前方に曲がって垂れており、これを伸ばせばもう少し大きいだろう。頭に当たる部分はのっぺりとしており、その全身は黒かった。


フォルムを一言で表すならば、首の垂れた”カオナシ”。そんな存在が彼の後ろに佇み右の肩に手を置いていたのだ。


なぜこんなものが映っているのか、なぜ演者は誰もこれに反応しないのか、放送事故かドッキリを疑うもその面妖な存在を無視して番組は進行していく。


混乱しながらもこの状況が何であるのか調べようとスマホを手に取ろうとしたとき、佇むだけだった人影が動きを見せる。


人影の胴体らしき部分から手が伸びてきたかと思うと、その手を彼の左肩に置きそのまま両の手で強く掴んだ。あまりの強さに芸人の服の肩の部分がゆがみ、なんなら血のようなものまで滲んでいるように見える。


そんな状況であるのに周りはおろか当人でさえなんの反応もせず何事もないようにしゃべっている。


怪物の頭の先端に一筋の横線が入ったかと思うと、それを境に上下に割れた。中には牙らしきものや肉のようなものが見える。いままで頭頂部だと思っていたものは口だったのだ。


大口を開けた人影はそのまま覆いかぶさるように芸人を口に入れていき、彼の腹のあたりまで包んだところでそのまま噛み千切った。


あまりにもショッキングな光景にふらりとよろめいてしまうが、映像の向こう側では何事もなかったかのように誰も反応しない。


明らかにおかしい。そう考える最中にも人影は止まらない。


芸人の上半身を一飲みにしたヤツは残る下半身に見向きもせず隣にいたコメンテーターを同じように喰らった。


一人、また一人と奴に喰らわれていくのに番組が中断されることも画面が切り替わることもなかった。


気味が悪くなり、こんな惨状を見ているのも不快なので即座に手元にあったリモコンでチャンネルを変える。


変えた先ではドラマがやっていた。長々と続いている刑事ドラマの続きだ。


途中からなので内容はあまりわからないがさっきの光景を忘れるようにドラマの内容に無理やり意識を傾ける。


場面は殺人事件の容疑者に取り調べをしているところだった。


刑事が問い詰めるも容疑者は否認し、捜査に行き詰まっている様子がうかがえる。


先ほどのは質の悪い冗談かなにかだろう。今頃は炎上でもしているのではと考えスマホを手に取るが、いくら調べても先ほどの光景に関する情報が出てこない。


ふとスマホからテレビへと目をやると、容疑者の背後にまたヤツがいた。


思考が停止するが、そんなことはお構いなしにと奴は画面に映る演者を食い散らかす。


番組を変えようがどこからともなく奴が現れ演者を喰う。確信を得たのはもう二つほどチャンネルを変えた後のことだった。


なぜヤツは誰にも認識されないのか、どうしてどの番組にも現れるのか。


怖くなった私はテレビの電源を消した。


これでヤツを見ることはないだろう。画面に目をやると反射した私の姿が映っていた。なんともくたびれた顔をしている。


しばらくテレビは使えないだろう。時計を見ても一時間もたっていない。二度寝する気分にもなれず、気分転換と暇つぶしもかねて外出でもしようかと考えた時だ、


何かが私の右肩を掴んだ。


ぎょっとして背後を見るも誰もいない。


当たり前だ。私に配偶者などおらず、両親とはもう何年も会っていない。私以外にこの家にいるはずがないのだ。


ふとテレビに目をやったところで私は自分の犯した過ちに気づいた。


映っているのだ、画面に私が。そしてその背後にヤツが。


何度も見た光景だ。ヤツが口を開き、私に覆いかぶさってくる。不思議なことに、私はテレビに映る"ヤツに咥えられた自分"を視認できていた。


私はあの演者たちのように喰われるのだろう。迫りくる死が実感しきれず、どこか冷静に考える。


ふと考える。私が生きてきた30数年に価値はあったのだろうかと。


「いやだ!!こんな・・・




――――




「しかし、ひどいもんですね。」


後輩はそう顔をしかめながら現場を見渡す。


彼はこの部署に配属されてからこの手の事件は初めてだったか。


「現場はアパート、被害者は一人暮らしで職場では可もなく不可もなく。交友関係もあまりなく怨恨によるものとは考えづらい。にもかかわらずこれは・・・」


後輩の視線の先には人ではないナニカに殺されたのであろう、上半身のない遺体があった。


彼もまた行方不明者として処理されるのだろう。遺体があるにもかかわらず。


全国で発生する行方不明者。その数に反して大半は何らかの形で発見されるという。


しかし、発見されない事例の一つがこのような怪異がらみの事件であることは公表されていない。

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