最終話 俺の右手に尻子玉

 いや、金は有限だ。


 いつかジムの費用も賄えなくなるだろう。

 その場合どうなるか。


 ダンベルを買って自宅に引きこもり、ひたすらバルクアップに励む。

 そんな未来しかない。


 あのガンペイがそんな地獄に堕ちていく様を、俺は黙って見ていられない。


 もちろん違う未来もあり得るだろう。

 あの監獄にいたマッチョ看守たちは、ジムのトレーナーとなって働いている。


 ガンペイはカッパワージムでトレーナーをするかもしれない。


 俺は頭を振った。

 マッソーを増やすようなものだ。


 この世界を筋肉で埋め尽くすつもりか!

 故に、俺は研究室での下働きを提案した。


「では、次は佐々岡から抜こう」

 俺がカパッと言うと皆が動いた。


 三好君は直ちにガンペイへの糾弾を止め、例のノートを握って俺のそばにやってくる。

 橋田君も冷静ではあるが情熱のこもった目で、同じように後ろにつく。


 ドMの佐々岡は俺に熱っぽい視線を送ると、ソファに手を付きケツを向ける。

 俺は佐々岡のケツに右手をかざした。


 ちらりと横目でガンペイを見る。

 端の方で椅子に座り、机で何やら作業をしている。


 だが、俺は知っていた。

 ガンペイの足は小刻みにプルプルと震えているのだ。


 椅子に座っているように見せかけて、実際には少しだけケツが浮いている。

 空気椅子だ。


 あれほど、研究室での筋トレは禁止だと言っておいたのにコレだ。

 とはいえ注意するのも気が引けた。


 今となっては筋肉がガンペイのアイデンティティだ。

 そして、ガンペイをこの研究室に雇った理由もここにある。


 筋肉からの脱却だ。

 未だ、マッチョから戻った者は一人としていない。


 しかし、可能性がないわけではないのだ。


「あっ!」

 佐々岡が鳴く。


 尻子玉研究と共に、筋肉脱却の研究も並行して進める。

 故にガンペイは近くに置いた方がいい。


 俺はまたあのガンペイに会いたい。

 マッチョでもなく、ニートでもない、あの憧れたスマートなガンペイだ。


 それに、未だ「玉入れ」の謎も残っている。

 本人に聞きたいところだが、あいにく脳筋化のおかげで、本人は全く覚えていない。


「ぃっ、あっ!」


 それに俺は、結局の所ガンペイには一度も勝っていない。

 梨奈の「河童殺し」に頼ってしまった。


 未だガンペイを超えていないのだ。


 いや、ごまかす必要はないか。

 俺はただ、ガンペイと話がしたい。


「はぁっ、あ~~~」


 あの頃の思い出を語りながら、きゅうりを食う。

 そんな日が来ることを望んでいる。


 そのために、俺はこの研究室で、こうして尻子玉を抜き続けている。


 ちゅぽんっ!


「ぁんっ!」


 俺の右手には、白地にほんのりと桜色をまとった、ベトベトで、ブヨブヨの尻子玉があった。




 了

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俺の右手に尻子玉 月井 忠 @TKTDS

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