ミシェル,弓使い

「あぁ……体が勝手に目覚めてしまう」 


 俺は、この部屋で何日目の朝を迎えたのだろうか。

 やっぱりカレンダーがほしい、つくってしまおうか?

 ただ日付がワカラン……でも、まだ2日目な気がする。


 ギシ──とベットから音が鳴る。

 起き上がるとベージュ色の草履を履いた。


 一昨日の件で、俺は王女からの命令で、個室へと移動した。

 やはり一人で寝れるのは最高である。それに監視者がいなくなってから、ずいぶんと気が楽で助かっているところだ。

 平和とは、ある意味この事だと思う。


 俺は顔を洗い、それっぽいブラシで歯を磨く。

 あの王女が転移者だと知ってから、色々と目につくところが増えた。

 食事もそうだが、王女好みにお城が改造されていたり、アニメティっぽいのも揃っていたりする。意識の持ちようとは、まさにコレかと痛感した。

 というか、王女が転移者なのはごく少数の人しか知らない。

 そのため、変に口を滑らすと1か月食事禁止だそうだ。

 言われたときはドキっしたが、よくよく考えれば、誰それに言うわけでもないので、その不安はすぐに解消されたが。


 そしていつも通り、白黒の弓道着に着替え終えたところで、ドアのない扉からティアナが入ってきた。


「モンジュウロウ、時間です」

「はい、行きます」


 なぜかご飯は一緒に食べることになっていて、迎えに来てくれる。

 もし寝ていたら俺はどうなるのか、おそらくご飯抜きだ。

 食堂に行けば、あの王女が椅子をキイキイと鳴らしながら、素敵でしょ?

 と言われるルーティンを堪能するべく、食堂へと向かった。 


 気のせいではない……今日のティアナも、顔に暗い影を落としているかのように思えた。

 

 *


 眩しいほどに陽光が差し込んでいる食堂だった。

 だがなぜか、今日はティアナと2人だけの食事である。

 王女は国民に対して、一昨日の出来事に関する演説をするため、準備をしているとのこと。

 ……寂しいとは思わないが、非常に静かである。


 朝食を食べ終えた俺は、ブラック・ティーを飲んでいた。あの王女いわく、こっちの呼び名のほうが楽しいそうだ。

 それも、自分が転移者であることを伏せる要素なのか、趣味なのかは未だ不明。

 まぁ、どっちでもいいけどな。

 俺は隣に座っているティアナに言った。


「ティアナ、元気がないように見えるが。何をそんなに落ち込んでいる?」

「私は落ち込んでなどいません」


 やっぱり何か考え事をしているのが分かった。いつもなら口を尖らして怒ってくるのに、無愛想な返事のみ。

 優しくも凛々しい瞳は、カラになった白いお皿をじっと見つめていた。

 

 王が亡くなった事を気にしているのだろうか。それとも、ミルフィという少女が旅立ったことについてか……。


───思考する。


 ティアナはド真面目な正確。剣の腕は一級品でも、その精神力は幼いように思える。

 ……騎士道とかいったか、あんまり詳しくないんだよな。武道ならよく分かるけどな。

 それでも、俺はワカランなりにティアナに言った。


「ティアナ。俺が住んでいた世界では、武士道という言葉がある、知ってるか?」

「ブシドウ?」


 ティアナは顔を上げ、俺を見つめた。

 興味がある、といいたげだ。


「武士道、種類には色々あるが俺の場合は弓道だ。

 またの名を弓術、つまり弓使いだ。でもな、もともとは人を殺め、敵を倒すことを目的とした技だったんだよ。つまりその本質は、この世界と同じだ。

 そこから、弓術は弓道へと名を変えたんだ。その理由は、人を殺める必要がなくなったからなんだよ。

 ティアナの立場で例えると、仕え守るべき存在がいなくなったってことなんだ」


 すると、ティアナの目が、真剣なものとなった───


 * * *


───守るべき存在がないだと……


 それでは、騎士としての責務はどうなるのだろう?

 守るべき人がいなければ、存在する意味がないではないか。

 何を言っているのだろうか?


 でも、モンジュウロウの顔つきがいつもと違う。

 ……その瞳は吸い込まれそうなくらい美々しい。そしてその雰囲気は……とても穏やかだ。

 モンジュウロウは持っていたカップを置くと、言った。


「弓道ってのは、誰かのために弓を引くわけじゃない。あくまで自分自信を鍛えるために引くんだ。でも俺は弓使いとして、誰かのために弓を引いてきた。

 ──なんでかわかるか?

 守りたいとか、使命だとか責任だとか、そんな理由じゃないんだ。それは俺自信がそうしたいと思ったからなんだよ。

 そこに明確な理由なんてない、道理もない。ただ俺自信の心が、そうしたいと願ったからなんだ。

 ティアナ・ローレイン。そのローレインがどれだけ誇り高いものなのかは分からない。だけど心を、自分の気持ちを封じる必要なんてないだろ?

 もし気持ちを封じる理由が、そのローレインにあるのだとしたら、志なんて、変えてしまえばい」


───志を変えて……しまうだと?


「変えればいいんだよ。苦しい信念なんて、考え方によっては捨ててしまったほうが良いと俺は思う。ティアナが想うように行動すればいい、駄目ならエルリエ様が怒るさ。

 ティアナが何を思い詰めているのか分からないが、たまには誇りとやらを無視してみろよ、ローレインという名は関係ない。

 それにな、ティアナはじっとしてると寝てしまうだろ?

 眠たい時は寝る。それがティアナの性格、つまり縛られてない素直な心なんだよ」


───モンジュウロウの言葉が、胸に響いた。


 まるで背中を押されたように、軽い気持ちになった。

 そうですか、エルリエ様と似たような事を言うのですね。

 視界が潤むようにぼやけていく。


「いや……そんなつもりじゃ……」

「ふふふ、これは違うのです。」


───ありがとう。


 私は涙をぬぐうと、椅子から立った。

 そして、モンジュウロウに言った。


「それでは、私は演説の護衛があるため、エルリエ様の元へ向かいます。モンジュウロウはユマと一緒に警備にあたってください」


 礼儀もない、考え方も特殊、変わった者だと思っていました。

 でも、なぜエルリエ様がモンジュウロウのことを気に入っておられるのか、良く分かりました。


「ははは、御意です」


 ───ミルフィ様、いつかきっと。


 まるで陽だまりのように笑った彼に、私は心から感謝した。

  

 ◇


 気高い修道院のような雰囲気を持つ街、ミシェル。

 空は雲一つないスカイブルーに染まり、地にはコルク色が敷きつめられていた。

 その平行線に挟まれているのは、城の大広場である。


 宮殿のような外壁の一部には、凛とした雰囲気が漂うバルコニーがある。

 その場所にのみ、数多もの視線が集まっていた。

 期待するもの、興奮するもの、緊張するもの。

 ミシェルの民は待ち焦がれるように、ざわざわとしていた。


 様々な種族が集った広場では、もうじきエルリエによる演説が始まろうとしていた。

 民は女王の姿を一目見ようと集まったのだ。

 手摺りに囲われたバルコニー、その奥の廊下を歩き進む者達。

 そこには紅い着物の襟を正したエルリエと、一歩後ろを歩くティアナの姿があった。

 エルリエは目尻と眉を吊り下げ、ティアナに言った。


「うふふ。いい顔になったわね、素敵よ。これからも警備をよろしくお願いするわ」

「はっ御意です」


 エルリエは石張りの床をコツコツと音をたて、歩き進む。

 等間隔に立つアーチ状の柱、その間に隣合わせでたたずむ、ユマと風宮の姿があった。

 ユマは切れ長の目をつり下げ、言った。


「こういった舞台では、相変わらず気高い雰囲気だねえ。さすがはミシェルの女王陛下だ」


「あら、いまのわたくしにそんな口を利いたら、首がとぶわよ?」


 キンッ──と、金属が擦れる音が鳴る。


「………へいへい。じゃあ言われた通り、空の警備をするかね。間に合うかわかんないけどさ、門十郎、サボるんじゃないよ」


「やめろ、飛び火がうつる」


 エルリエは微笑むと、二人に何も言わず、ティアナを連れてバルコニーを目指した。

 その反対方向に、コツコツと床が鳴り響く。

 そして、ユマは風宮に言った。


「これから、門十郎はこの城に住むのかい?」


「そうだ。なぜなら俺は〝弓使い〟だからな」


「あっはっは、そうかいそうかい。そんでも、この世界で何かやりたいことはあるのかい?」


 風宮は和弓を掲げると、言った───


「俺は建築弓使いとして、この世界に弓道場をつくる!」


「なんだいそりゃ、それで何をしようってんだい?」


「俺、弓道が好きだから。理由はそれだけさ」


 ◇ ◇ ◇


         ───仮面結晶/完


 



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建築弓使い/ボウ・マン もっこす @gasuya02

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