第30話
最終話です。ちょっと長いです。
扉を開けた先にいたのは、よく知っている普段着に日本刀を携えた人間だった。右目に眼帯をつけた、よく知っている顔だ。
ただ、禍々しいほどの気配を発しているのだけが、柊が知らないことだった。
「茜さん! 助けに来ました!」
柊はそう叫ばずにはいられなかった。だが、返事は斬撃で返された。
ノーモーションで繰り出された斬撃に柊はとっさに避けるが、その眼前に刀を構えた隻眼の女性の顔が迫っていた。
『シネェェェ!!』
好意を持ち続けていた人からの死を望む叫びに、柊の身体は一瞬硬直した。避け切れない剣筋が柊の左肩に食い込むと激しい血しぶきが上がる。
「くそ、この力は茜さんのものじゃない!」
柊は刀の腹を殴り飛び
柊の体力での少しはもはや
『逃スカァァ!』
茜が追い打つように日本刀を煌めかせる。柊はすんでのところで避けながらどうするかを考えた。
茜さんは倒せない。これは絶対だ。逃げるにしても茜さんの能力を知るべきだ。そのうえで打破を考える。
柊は目くらましの
レイバーロード
熊野 茜
装備:村正(ステータス補正あり)
HP 25000
ST 20000
IQ 4000
PI 4000
VT 6000
AG 6000
LK 10
妖刀村正を振り回す茜は、柊を超える化け物になっていた。
『エエイ、チョコマカト!』
「茜さん! 俺です、柊です! 柊少年です!」
柊は襲いくる斬撃をギリギリのところで避けながら茜に語りかけ続ける。柊は茜を攻撃できず防戦一方だ。
柊の脳裏に浮かぶのはマイルフィックの言葉
――フ、フハハハ。お前の勝ちだ。
茜はマイルフィックに何かされたのは間違いない。赤銅色の悪魔に怒りが湧き上がるが、今はそれを脇に置かねばならない。
「茜さん!」
『黙ッテ斬ラレテ死ネ!』
いくら柊が呼んでも茜に反応はない。むしろ攻撃が苛烈になっていく。防具はおろか服と呼べる布切れしか纏っていない柊は全てを避けるしかないがだんだん細かい傷が増えていく。
「茜さん、目を覚まして!」
ひときわ大きな柊の呼びかけに、茜の体が一瞬だけ止まる。「茜さん!」と駆け寄る柊の首に村正が突き付けられた。柊の首に剣が迫ったところで本能的に腕が伸び、手刀の切っ先が茜の心臓を捉えた。
びくりと震える茜の身体。柊はとっさに腕を引き抜き茜に
「ぐっ、あたしは……」
「あ、茜、さん?」
『ああぁあああぁぁぁああ!!』
茜は一瞬だけ正気に戻ったがすぐに村正を構え、柊に襲い掛かる。
「くっ、でも茜さんの意識が残ってるのが分かった!」
『シネェェェ!』
茜は雄たけびを上げながら再び柊に斬りかかる。雄たけびはオスが叫ぶから雄たけびであってメスが叫んだらどうなんだろうと、くだらないことを考えている余裕はない。人外のステータスになってしまった茜の攻撃は柊ですら集中していてもかすってしまうのだ。
追いつめられるたびに本能で茜を攻撃してしまい、そのたびに
茜を取り脅すには茜を傷つけ続ける必要がある。
「くそったれがぁ!」
悪意がこもるその仕打ちに柊は吐き気がする思いだ。
致命傷を食らいそうになると本能で反撃してしまい、そのたびに茜を死の直前まで追いやってしまう。傷は
「もう強くなんてならなくていい。茜さんがいればいい! もうやめてくれ!」
誰も幸せにならないやり取りを繰り返すうちに茜の意識が強くなっていく。そして最後の
「あたしは、柊を傷つけるなんざ望んでねぇんだ!」
茜は村正を頭上に振り掲げ、力の限りで床に叩きつけた。
『ォォォォォォォ』
バキンと村雅が根元から折れると断末魔のような声があがる。
「ぐっ、あぁぁぁぁぁ!」
と同時に茜も苦悶の表情を浮かべ、喘ぎだした。膝をつき、こらえきれないのか床に横たわった。
「茜さん!」
柊は駆け寄り茜を抱き起こす。茜の身体から禍々しい黒い煙が立ち上り、徐々に茜の色素が抜け、透明になっていく。浅い息を繰り返す茜の顔が肌色から白へ、そして透明になっていく。
「はは、あたしは、ダメみたいだ」
茜が自嘲気味に笑う。
「大丈夫、俺が何とかします! だからそんなこと言わないで!」
柊の頭をなでる茜の色素はほとんど残っておらず床が透けて見えた。
「ごめんな柊。あたしがついていったばっかりに」
「そんなことはないです! 心強かったし、嬉しかったし!」
「フッ……愛してるぜ」
「茜さん、ダメだぁ!!」
茜という色が消え失せ 空気に溶け込むように消滅した。茜がいた場所には核が寂しく残されていた。
「こんな、こんなものはものは、茜さんにはならないんだ!」
柊は
「ふざっけんなあぁぁぁ!」
柊は絶叫した。今まで頑張ってきたのは全て茜がいたからであり、努力の末がこんなことなど、認められないのだ。握りしめた拳をぶつける相手もおらず、柊はただ慟哭した。
『よくぞ人の身で迷宮を踏破した』
抑揚のない女性の声が聞こえてくる。
「なんだ、何か、聞こえた」
柊は声の主を探ろうと周囲を見回したが、女性の声は全方位から聞こえてくる。
『迷宮を踏破した力ある者の功績を称え、望みをひとつ叶えて進ぜよう』
この声を聴いた柊は思い出した。迷宮を踏破したものには奇跡が訪れるということを。
「都市伝説だとばかり、本当なのか?」
『願いをかなえてやろう』
「じゃぁ、じゃあ茜さんを返してくれ! 俺のもとに返してくれ!」
『
「そんなもの、茜さんの価値の5000兆分の1もない!」
『ふん、つまらぬが
女性の声が終わると天井から光が降り注ぎ、床に白いモヤを形作っていく。それが凝縮されてゆっくり人間の女性を
柊はそれをじっと見つめた。
白い靄に色彩がのり、人間に変化していく。そしてその顔は柊はよく知った、思い焦がれている女性だった。ただ、服までは再生できなかったのか、眼帯含め全裸である。
「茜さん……」
「……ん……まぶし――」
「茜さん!」
柊は茜を抱き起こすと「柊!」と茜に抱き着かれた。茜は力いっぱい柊を抱きしめるが、凄まじい力で抱き着かれた柊は悲鳴を上げた。
「茜さん、そのいろいろ当たって柔らかくて気持ちいいんですが腕を締め付けすぎ、です!」
俺が死んじゃいます!と叫んだところで茜の力が緩んだ。
「……おい、あたしが裸なのはまあ理解はできないことはないが、なんでお前もほぼ裸なんだ?」
「あー、
「おいおい、お前よく生きてるな。人のことは言えないけどさ」
「茜さんだって、この腕力はおかしいですよ。ちょっと失礼」
柊は
レイバーロード
熊野 茜
HP 20000
ST 15000
IQ 3000
PI 3000
VT 5000
AG 6000
LK 10
「あ……」
「おい、そこで止めるな」
「えっと、茜さんはレイバーロードであった時とほとんど同じというか、まだレイバーロードです」
「はぁ?」
茜は村正の補正を失ったとはいえレイバーロードであった時とあまり変わらない人外のステータスのままだった。
「俺が素早さ重視で【当たらなければどうということはない】タイプなら茜さんは【力こそ全てな世紀末覇王ストロングスタイル】ですね」
「まじかよ」
「えぇ、大マジです。あとでギルドでカードを確認しましょう」
「……ハハハ、あたしも人間を辞めちまったってことか?」
茜が遠い目をして乾いた笑い声を出す。存外、ショックだったらしい。
「俺と一緒ですね。これじゃあ茜さんの相手は俺しか務まらないですね」
柊は満面の笑顔で茜をお暇様抱っこする。
「ちょ、まてコラァ! あたし裸なんだぞ! その、丸見えだろうが!」
「丸見えなのは俺も変わりませんって。あ、茜さんって、着やせするんですね」
「このやろう、あたしの体をしっかり見てやがったな! そうだ、核を拾え! お前しか食えないんだから!」
「あ、すっかり忘れてました」
柊にとって茜が最優先だ。よく見れば床に核が落ちている。柊はひょいと足先で核を蹴り上げ空中に浮かせ、抱き上げている茜のお腹あたりに落とした。肉感のある腹部にのった核は、なんとも色気があった。
「器用だなお前」
「素早さと器用さが売りなんで」
「ハッ、うまいこと言ってねぇで食え」
茜が核を掴み柊の口に押し付ける。柊は素直にかぶりつき、全部を食べきった。柊の体が熱く火照る。
職業 スライムイーター
レベル --
HP 24120
ST 11956
IQ 11300
PI 7700
VT 6047
AG 12190
LK 20
「茜さんの身体を見られたくないんで俺の部屋に
「ちょっとまて、なんだその便利な使い方は!」
「
最後の部屋から、ふたりに姿が忽然と消えた。一切の音がない闇のような空間に、女性の声が響く。
『ふむ、あの様子では失敗だったか。次はもっと殺戮に走る愚か者を選ぶとしよう』
女性の声は消え、部屋はまた静寂で満たされた。
柊と茜が帰還した立川スライム迷宮がハチの巣をつつくような大騒ぎになってから数日後。今日も柊はスライム迷宮のギルドにいた。
迷宮10階踏破と茜が人外の存在になってしまったことで、ギルド本部の安口が毎日ふたりの調書や身体能力を記録しては頭を痛めていた。もはやギルド本部で扱えるステータスではなくなっているのもあるが、かん口令を敷くのが遅れ、茜がレイバーロードになってしまったことまでSNSで広まってしまっていたのだ。
そもそも
そんなある日、スライム迷宮ギルド内で安口は柊と茜と話をしている。普通にカウンター前の休憩場所で立ち話をしているので新人探索者の視線を一手に引き受けている。
「柊君、ちょっと出張に行ってほしいんだ」
「いやですよ。俺はいきません」
「ちょっと大宮の迷宮で、どこまでいけるか試してほしいだけなんだけど。もちろん熊野もつける」
「柊、あたしは行くぞ。上司の命令だしな」
「茜さんが一緒なら喜んで!」
安口が柊に他迷宮への出張を依頼するのにも渋るようになったので茜をお供につけるようになった。目の届くところに茜がいないと不安になる柊のわがままだ。もっとも人間を辞めたふたりが、お互いのストッパーになる役目だということもある。
「おいおい大宮だってよ」
「僕の地元なんだけど……大丈夫かな」
「迷宮がぶっ壊れることはないだろ」
「いやーわかんねーぞ」
そんな騒ぎをよそにカウンターで業務をしている里奈のもとに、ヤンキーめいた少年がとぼとぼ歩いてきた。いまどき金髪リーゼントで古風豊かな不良スタイルの希少種な男の子だ。顔はちょい
「ちょいちょいそこの少年、どうしたし。里奈お姉さんに話してみ」
「オレ、今日初めて来たんだけどよ。迷宮に入ったらこんなカードが出てきてさ」
里奈がやさしく問いかけると不良少年はカードを差し出した。
「どれどれ、里奈おねーさんが見てしんぜよう!」
務めて明るくふるまう里奈はカードを恭しく受け取り、どれどれと見た。
【コボルトスレイヤー】
彼のカードにはこんな文字が踊っていた。
「俺、こんなの知らねえよ……」
少年の瞳から涙が一粒零れ落ちる。迷宮に来たということは高校生だろうがまだ子供だ。不安で押しつぶされそうなのだろう。
スライムイーターという人外な存在は知っているだろうが、それですらない特殊なものだ。
里奈は「こりゃーママ案件だな」と安口を見たが、彼女は柊茜ペアと打ち合わせ中だ。
ふむよろしい。ここは里奈さんにおまかせあれ!
茜が柊をゲットしたように、里奈もこの少年をゲットする企てを考え始めた。
「あたしは佐々木里奈。ここギルドの副ギルド長。どーんとタンカーにでも乗った気持ちで安心するし! で、少年、名前はなんだし?」
里奈はにししと緩みそうな頬を何とかこらえながら、少年に名前を聞くのだった。
エンドロールはTMネットワークのGET WILDで。
お付き合いいただき、ありがとうございました!
【スライムイーター】 ~俺専用のボス戦を攻略して姉御を助けます~ 凍った鍋敷き @Dead_cat_bounce
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