第29話

 茜は厚い毛布の上で目を覚ました。意識の混濁か、周囲がぼやけて映るが明かりがあることは分かった。肌ざわりの良さに思わず毛布なでるが、そこでハッとした顔になる。


「あたしはモンスターに連れていかれたはずだ」


 まず茜は自身の体確認し、工作がないことに安堵の息を吐いた。その後、見える左目で周囲を確認すると、そこが岩でできた部屋になっていることに気が付く。そしてその壁の近くに佇む赤茶けた肌のモンスターが腕を組んで佇んでいるも見つけた。

 ライオンの頭と腕を持ち、関節は異なるがワシの脚と、背中に4枚の鳥の翼と背後にはサソリの尾が見え隠れしている。

 異形。キメラよりは人間であり、しかし根本的な部分で人間ではない。

 魂の格でいえば人間の上。人間では出しえない崇高な気配がした。

 連れ去られる場面を思い出し、茜の顔が青くなる。


「お前は……」

『我が名はマイルフィック。お前たちの言葉でいう【縁があって】ここに来た異界のだ。本神は異界で魔神と崇められておるが、この姿もこの世界の神ではあるようだな』

「魔神……」

『左様、神である』


 マイルフィックは鷹揚に頷くとは茜に歩み寄る。茜は後ずさろうとしたが背後が壁だった。


『迷宮とモンスターは増えすぎた人類の調整のために遣わされた、いわばおもちゃのようなものだ。虐殺ととるなかれ。滅せられるお前たちに利がないわけではない』


 マイルフィックは岩のような口を歪めた。


『迷宮は人間の死体を構成する物質を使って金貨や武器防具などに再構築している。それを持ち出した人間は、それなりに利益を得ておるだろう?』


 マイルフィックは言う、人間に利があるようにして減らしていくのが目的だと。一方的に減らすのは虐殺だがそこにマイナスを埋めるべくプラスがあれば、それは等価交換になる。つまり、地球上の物質的には減っていない。それで問題がないという一方的で乱暴極まりない暴論だった。

 だが、それを聞いた茜の顔は変わらない。実は、ギルド本部も似たような見解を持っていたのだ。

 無から有が発生しては物理法則が根底から崩れ去る。では、発生した金貨や武具防具はどこから来たのか。

 迷宮で消えるのは、探索者の命だ。もちろん装備品も消えるが、消える装備品はあくまで地上で作られたものであり、迷宮産はそれを凌駕する。地上とは異なる法則下で作られたとしか考えられない性能だった。

 ゆえに、ギルド本部は、犠牲者が迷宮の産出物になるのだと推測し、死者が出ない代わりに産出物もないスライム迷宮の存在がその考察を確信に変えた。他迷宮、迷宮が出現した当時に蛮勇を止められない市民らが犠牲になり、迷宮の産出物となって還ってきた。それが呼び水となり、さらなる材料を求めたのだ。


『ふむ、驚かないのだな』

 

 マイルフィックは岩のような顎をさすりながら無機質な目で茜を見ている。


「スライム迷宮でだけ金貨やアイテムがでないあたりで、ギルド本部も察してたからな」


 油断なく周囲を見据えながら茜は答える。抜け出す隙を探しているが、残念ながらこの部屋には


『ふむ、どうやら吸血鬼ロードは倒されたようだな。どれどれ我もいくか』


 マイルフィックはそう独り言ちる。

 茜は、柊がまだ戦っていることを知り、柊が生きていたことの喜びと、自分のために戦わざるを得なくなっていることへの悔恨と、柊ならきっとくるという期待の混ざったどうしようもない感情に唇をかんだ。


『その前に、最後の刺客を用意せねばな』


 マイルフィックの窪んだ眼窩が怪しく光ると、茜が頭を抱えて苦しみだした。


「く、っそ、頭が、頭が割れそうだ」


 突然襲い掛かってきた耐え難い頭痛に茜は床を転げまわる。全身の毛が逆立ち、吐き気とめまいのような空間失調に叫び声をあげる。


「あああぁぁぁああぁぁぁああ!!」


 意識を外部から侵略されるような違和感。体のあちこちからナニカがしみ込んでくる恐怖。

 茜は胃の中の物をすべてぶちまけ、絶叫し続ける。


『じきにその苦しみも消える。その時は別なナニカであろうがな』


 マイルフィックは嘲笑を浮かべながら、部屋から消えた。


 ドラゴンロードと戦っている最中に爆発で吹き飛ばされた柊は、壁に激突して床に転がった。吹き飛ばされたときか壁に打ち付けられた時なのか、足があらぬ方向に曲がっていた。


「クッ、マディ全回復!」


 苦痛に眉をひそめながらも柊は呪文を唱えた。曲がっていた足は元に戻り、小さな切り傷まですべて治っていた。


「ドラゴンロードは!」


 柊はドラゴンロードを探したが、見える範囲にはそのような物体はなかった。それよりも広大で地平線すらも見えていたはずの景色は、見慣れた迷宮の壁になっており、部屋の大きさも、今まで戦ってきた場所と変わりない広さになっていた。

 爆発したのは間違いなくドラゴンロードだった。もしかしたら攻撃の一つだったのかもしれないと考えていた柊だが、環境の変化に、ドラゴンロードを倒したのだと認識を変えた。

 柊は立ち上がり、部屋の中央へ向かう。そこには、やはり見慣れた核が落ちていた。徐に拾い上げ口にする。

 咀嚼しながら次への扉を見据えた。


「……次は……マイルフィック!? あいつが最後じゃないのか!?」


 扉上部には【マイルフィック 9/10】と書かれている。

 あいつの行動はラスボスのアレだった。他に黒幕がいるってことか。とそこまで考えた柊に、最悪の結果が浮かんでしまった。


「ない、それはない!」


 振り払うように叫び散らした柊は、次に向かうべく、扉へ足を進めた。


職業 スライムイーター

レベル --

HP 8120

ST 2936

IQ 4300

PI 2700

VT 2047

AG 4150

LK 20


マハリト大炎 9/9

ディアル中回復9/9

ラテュマピック識別9/9

ダルト冷気9/9

ポーフィック障壁9/9

マニフォ麻痺9/9

マカニト致死9/9

マダルト凍結9/9

ディアルマ大回復9/9

ラダルト氷嵐9/9

ラテュモフィス解毒9/9

モンティノ沈黙9/9

マロール転移9/9

マディ全回復9/9

ラカニト窒息9/9

ハマン奇跡5/5

カドルト蘇生7/7

ティルトウェイト核撃3/3

マハマン神の意志1/1



 柊が鉄の扉を開けると、ソイツマイルフィックはいた。赤茶けた肌を持つ異形。だが柊にソレの正体がなんであるかに興味はなかった。倒すべき相手が何であろうと、挑み勝つのみだ。


『なかなかいい面構えであるな。故郷の同胞はらからを思い出す。だがここで死ぬがよい』


 マイルフィックは背中の4枚の翼を大きく広げた。


『出でよ、わが眷属たち』


 マイルフィックの周囲がぐにゃりと歪み、漆黒の渦が生まれた。と同時に柊は駆けた。

 持ってきた短刀はドラゴンロードの爆発で失われた。パーカーも燃えかけで両袖はない。


「なんだか知らないけど……茜さんを、かえせぇぇぇぇぇ!」


 柊は拳を握りしめた。残された武器は己の拳だ。ドラゴンロードを倒したことでもはや人間を辞めた柊の膂力をもってして砕くのみだ。

 マイルフィックに走る柊の前に複数の巨人が出現した。深蒼の身体に2枚の羽をもち、頭には捻じれた2本の角。鱗のような皮膚を持ったグレーターデーモンだ。

 呪文に対する抵抗能力が高く、まず通用しないと考えていい難敵だ。迷宮でも深い階層にしか出現せず、いまだ人類は遭遇していない。


マダルト凍結

マダルト凍結

マダルト凍結


 無機質な声で唱えられた呪文が柊を襲う。目も開けられない猛吹雪に歯向かい、柊は拳を振るう。


「こんな呪文、効くかぁぁぁ!」


 ステータスの暴力は呪文をほぼ無効化する。マダルト凍結の呪文など蚊に刺されるよりも嫋やかなものだ。

 柊は速度を落とさず一番近いグレーターデーモンの足を殴りつけた。巨人ともいえるグレーターデーモン相手では、柊の背丈だと足がちょうどいい高さにあった。


『※※※※※※※!』


 柊には聞き取れない悲鳴を上げ、グレーターデーモンは光と消えた。柊はマイルフィックを目標に定めたまま走り、進路上にいた哀れな悪魔を殴り、または蹴り倒して光に変えていった。


『そうでなくては』


 マイルフィックは倒されていく眷属を見ながら満足そうに呟く。表情に変わりはないが声色には抑えきれぬ破壊衝動が潜んでいた。

 矮小ながら自分の眷属を素手で殴り殺せる存在ならば手加減は無用だ。


ティルトウェイト核撃


 マイルフィックと柊のちょうど中間地点で、ティルトウェイト核撃がさく裂した。目がつぶれそうにな白い閃光と爆風が2者を襲う。


『フハハハ!』

「あぁぁぁぁ!」


 爆音で音が消えた空間を、柊は駆けた。身体のダメージは誤差の範疇だ。酷暑の最中に外出するよりも気持ちキツイ程度だ。

 床を踏み込む足に力を籠め、スライドを大きくする。爆心地を超え、ティルトウェイト核撃の範囲外に差し掛かったところでマイルフィックの間近に出た。見上げるほどの巨体が飛び蹴りなら届く距離にいる。

 マイルフィックも柊が突破してくることを予見していたのか、掴みかからんと身構えていた。

 赤茶けた岩のような体に打撃が通用するのか。どのような呪文を使うのか、また攻撃に状態異常をもたらす効果を持っているのか。

 柊が殴り倒したグレーターデモーンは青の爪で攻撃されると高確率で麻痺を起こす。クリーピングクラッドは毒持ちだ。


 探索者には職業が与えられる。その中でも上級職として忍者という職業がある。

 戦国時代以前には原型があったといわれる忍者だが、彼らは鍛えた肉体を持って、素手で首を借ることが可能だった。かわいらしい姿に騙されやすいボーパルバニーやフラックなど迷宮のモンスター以外では唯一首を狩る技術を持つ。

 そう、素手でも首は狩れるのだ(ただし全裸)。そしてティルトウェイト核撃を突破した柊の服はぼろぼろだった。


 柊は無意識に指を伸ばし手刀の構えをとっていた。全力で走るためもあったろうが。


『ちょこまか動けないようにせねばな』


 マイルフィックが伸ばした腕は柊を正面から掴む。掌だけで柊の体同等な大きさだったが、腕を固定はできなかった。

 柊は右手をマイルフィックの腕に振り下ろす。ゾゾゾと筋を切断する感触とともに骨ごと腕を切り落とした。


「邪魔だ!」


 柊は巨大な手を脇に放り投げ、そのままマイルフィックの腕に飛び乗った。


『小癪な』


 マイルフィクは腕を振り上げ柊を空中へ飛ばそうとしたがその姿は腕の上にはなく、耳元で悪魔のささやきを聞いた。


「おそい」


 腕から肩に飛び乗っていた柊の手刀がマイルフィックの首に刺さる。


『ぬぉぉぉぉぉぉ!』

「くだばれぇぇぇ!」


 柊は右腕を振り切り、マイルフィクの首をはねた。と同時にマハマン神の意志を唱える。

 首をはねても死なない可能性があるとの判断で神の奇跡に頼ることにした。マイルフィッククラスならマディ全回復は使えて当然だ。とどめは確実にささねばならない。

 1回しか使えない呪文だ、効果も期待できると柊は踏んだ。


『その望み、しかと受け取った』


 謎の声が脳内に響くと、首無しのマイルフィックの目の前に黒い渦が発生する。


『む、そ、それは!』


 マイルフィックが初めて狼狽えた。

 黒い渦から光輝く巨大な手が伸び、マイルフィックを捕まえた。


『く、まさか……』


 渦から出現した手はマイルフィックを握りつぶしてゆく。ギュギュギュと肉を押しつぶす音と主にマイルフィックの肉体も縮んでいく。

 柊は茫然とその光景を見ているしかできなかった。


『フ、フハハハ。お前の勝ちだ。を楽しみにするの……だ……な」


 マイルフィックは笑いながらそう言うと、光る手に握りつぶされた。手は黒い渦に吸い込まれ、跡形もなく消えた。残されたのは、見慣れた核だけだった。部屋は今までと同じように、何事もなかったかのように静寂に包まれている。


「何が起きたんだ……」


 柊は神の奇跡に戦慄した。あれをと呼んでよいのか、と。

 しばし意識を取られていた柊だが核を拾い、最後の扉の前に立つ。 

 扉の上に書かれた文字は【レイバーロード 10/10】だった。


職業 スライムイーター

レベル --

HP 14120

ST 4446

IQ 7300

PI 3700

VT 3547

AG 6170

LK 20


マハリト大炎 9/9

ディアル中回復9/9

ラテュマピック識別9/9

ダルト冷気9/9

ポーフィック障壁9/9

マニフォ麻痺9/9

マカニト致死9/9

マダルト凍結9/9

ディアルマ大回復9/9

ラダルト氷嵐9/9

ラテュモフィス解毒9/9

モンティノ沈黙9/9

マロール転移9/9

マディ全回復9/9

ラカニト窒息9/9

ハマン奇跡5/5

カドルト蘇生9/9

ティルトウェイト核撃5/5

マハマン神の意志1/1

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