第28話

 マロール転移を唱えた柊はフラックと戦った部屋にいた。ティルトウェイト核撃で焼け焦げたはずの部屋は元通りになっていた。迷宮はなぞに包まれており、このようなことが起きても深く考えずに迷宮だからと納得するしかない。

 柊は迷わず次の扉の前に歩いていく。


【ヴァンパイアロード7/10】


 次の相手は夜の王だ。扉上部にある文字を一瞥した柊は躊躇なく押し開ける。キィと軽い金属音を奏でつつ、鉄扉は空いた。

 扉の向こうは今までの部屋よりも大きいが、そこは謁見室のような豪奢さがある。天井にはシャンデリアが吊るされている。周囲の壁は漆喰が塗られているのか濁りのない白一色で白銀の世界と勘違いしそうなほどだ。床は大理石で覆われ、その部屋の奥には玉座があった。

 その玉座でだるそうに頬杖をついている長い金髪の白人男性の姿がある。その肌は蒼く、人に見えるが迷宮にいる時点で人非ざるものだろう。

 近世の貴族のような服装だが腿の部分が大きく膨らみ、脛は乗馬ズボンのように絞られている。

 柊は奇妙な服だと思いはしたがそんな意識は一瞬で消え去った。


『ようこそ、わが城へ』


 その玉座の主である人型のモンスターが柊に話しかけてきた。だが柊は歩みを止めず、玉座の背後に見える扉に向かう。


「御託はいらない」


 モンスター名は判明している。ギルド本部にはあとで情報を渡せばよい。今すべきは目の前のモンスターを倒して次の部屋に行くこと。目の前のこいつは排除すべき障害だ。柊はすでに臨戦態勢だった。


『ふむ、ヴァンパイアロードたる我も舐められたものだな』


 ヴァンパイアロードは玉座から立ち上がる。


『まずは歓迎の宴としよう』


 ヴァンパイアロードが指をパチンと鳴らすと、大理石の床から青い肌のヴァンパイアがせりあがってくる。ヴァンパイアとはいえ、腰に布を巻き付けただけのただの醜いゾンビでしかない。

 柊はそんな雑魚は無視して王を見つめ続け距離を詰める。


『まずは彼らを相手してくれたまへ』

マロール転移


 ヴァンパイアロードの言葉を無視し呪文を唱えた柊は加rネオ背後に出現する。気が付かれる前に、人間でいう心臓のあたりを短刀で深く突き刺し、そのまま切り上げ首をはねる。飛ばされた王の首が柊に向き、忌々しげに顔を歪ませた。


『背後から不意打ちとは、卑怯……』

「茜さんを浚ったお前らに言われたくはない。マハリト大炎

『グ、グォォォォォ!』


 心臓と首羽で大ダメージを食らったところに燃やされたヴァンパイアロードはあっけなく消えた。同時にヴァンパイアも灰となり、核だけが玉座に残されていた。

 柊は無表情でそれを拾い上げ、食べた。体が滾るように熱くなり、強くなった実感が湧く。



職業 スライムイーター

レベル --

HP 4120(+1600)

ST 1676(+510)

IQ 3100(+1200)

PI 2100(+1200)

VT 1047(+400)

AG 3330(+1020)

LK 20



マハリト大炎 9/9

ディアル中回復9/9

ラテュマピック識別9/9

ダルト冷気9/9

ポーフィック障壁9/9

マニフォ麻痺9/9

マカニト致死9/9

マダルト凍結9/9

ディアルマ大回復9/9

ラダルト氷嵐9/9

ラテュモフィス解毒9/9

モンティノ沈黙9/9

マロール転移7/7

マディ全回復7/7

ラカニト窒息7/7

ハマン奇跡5/5

カドルト蘇生5/5

マハマン神の意志1/1


 柊は、もはや人間と言い難い生命体になりつつあった。


「次はドラゴンロード8/10か……ドラゴンの王だろうとやることは同じだ」


 邪魔をするなら排除のみ。柊は次へつながる扉を押し開けた。そこは、視界で確認できないほどの天井の高さと向こうが地平線に沈むほど広大過ぎる空間になっていた。


「……部屋がデカすぎて向こうが見えない。そもそも部屋なのかここ?」


 想定外すぎてあっけにとられてしまった。迷宮の中のはずだが、この空間が立川の地下に収まるはずがない。

 ちょっと気が抜けてしまった柊の視界に、異質なものが映り込んだ。空を飛ぶ金色の爬虫類だ。


「ドラゴンロードだからドラゴンなんだろうけど、空を飛ばれると厳しいな」


 ある程度以上のモンスターであるからには呪文の効力も落ちるだろうことは、簡単に想像できた。INがドラゴンロードよりも高ければ呪文はかなり有効だが、今はまだ相手のステータスは未確認だ。決めつけで動くのはまずい。

 考えているうちに空を飛ぶ竜の王は近づいてくる。


「羽ばたいてるようには見えないから、何か特殊な力で浮いてるのか?」


 迷宮にもドラゴンは出現するが狭い迷宮では羽ばたくことはない。せいぜい強力なブレスを吐いてくる程度だ。それだけでも凶悪な敵といえるが。

 シルエットが大きくなっていく竜の王がその咢を大きく開けた。


「ブレス!」


 柊はとっさに駆けたがドラゴンロードとの距離はまだ遠い。ちょっと逃げた位など、誤差にもならないだろう。


マロール転移であいつの背中に、は飛んでる相手には危険すぎるな。マニフォ麻痺が効いて落ちてくれればやりようもあるけど。ともかくいろいろな手を試そう」


 柊は人間離れしたステータスを利用して最大速力でドラゴンロードに向かう。呪文にも効果領域があり、遠すぎれば届かない。であれば危険を冒してでも近寄るしかない。


『燃え尽きて死ね!』


 意外に若い男性の声が空から降ってくる。ドラゴンロードの声だろうが、若い竜なのかもしれない。

 金色の竜の口から銀色の光線が吐かれ、大型トラックほどの太さのブレスが柊に迫る。


「これならこのまま全速力で走れば避けられる」


 柊は速度を落とすことなくジグザグに駆ける。ドラゴンロードに予測させないためだが、時間稼ぎでもある。なるべく距離を詰めたいのだ。いまだ彼我の距離は100メートルほどある。まだ呪文の射程距離ではない。


『ぬぅ、小癪な。これならどうだ!』


 ドラゴンから吐かれる銀色の光線が扇のように開いていく。ランダムに方向を変えて走る柊の体を掠め、灼熱が襲いかかってきた。柊の背中に冷たい汗が流れる。


「あと少しなのに! なにか、なにかないか!」


 ドラゴンロードまであと50メートルを切っていた。近づいたことでブレスを避けるのも困難になっている。

 柊は自分が使える呪文を探した。そして抽象的だが状況を打破できる可能性のあるものを見つけた。

 

「どんな効果か知らないけど頼むぜ! ハマン奇跡!」

 

 ヴァンパイアロードの倒した時にマハマン神の意志を覚えたが一回しか使えないのでとっておきにした。

 ハマン奇跡を唱えたが柊の身には何も起きない。起きたのはドラゴンロードにだった。空にいたはずの竜の王は地に伏せてもがいていた。

 頭から尾の先までおよそ30メートル。巨大な竜だった。


『なぜだ、なぜ我が地表などに這いつくばっているのだ!』


 ドラゴンロードは屈辱に金色の羽をばたつかせ、長い首を空に向け咆哮していた。だが、いくらもがけども体が浮くことはなかった。

 ハマンにはいくつかの奇跡が起きる。パーティを治療する、パーティを回復する、モンスターを黙らせる、魔力を増大させる、そしてモンスターをテレポートさせる、だ。

 柊が起こした軌跡は、ドラゴンロードを地面にテレポートさせたのだ。

 目の前に獲物が来た柊のやることは一つ。斬る。短刀で、斬って斬って斬りまくった。ドラゴンロード体から鮮血が迸る。

 固いと思われた竜の鱗も難なく斬れたのは人間をやめたといってもいいステータスのおかげだろう。


『ぐぁぁぁあこの矮小なニンゲンめがぁぁぁぁ!!』


 ドラゴンロードは手で押しつぶそうとしたが素早く位置を変えるヒイラギの動きについていけず、ブレスをはこうと首を曲げるが首元にいる柊の姿を見ることができない。柊は攻撃の手を緩めないが一回だけラテュマピック識別を唱えた。


HP 8000

ST 2500

IQ 1200

PI 600

VT 2000

AG 800

LK 5


ティルトウェイト核撃

マディ全回復


 ドラゴンロードのステータスとともに竜の弱点とされる逆鱗の位置がほのかに光る。


マディ全回復持ち! 一気に片を付ける!」

『やらせはせん、やらせはせんぞぉぉぉぉ!!』


 絶叫するドラゴンロードの逆鱗に、柊は力の限り短刀をねじ込ませ、大きくえぐった。


『ぎゃぁぁぁぁぁぁ!!』


 吹き出す血が柊の顔を赤く染めるが、肩がつくまでまで腕を奥に差し込むと短刀の先が何かに触れた。柊の直感がこれを砕けと伝えてくる。


「恨みはないけど、茜さんをさらった罰だ!」


 さらに短刀をねじ込み、触れた何かを切り裂く。腕の先で何かが爆ぜる音がし、柊は吹き飛ばされた。

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