第27話

「はぁぁぁ?? パイセンが攫われたぁぁぁぁぁぁ!??」


 ギルドに戻った柊がそのことを里奈に伝えると、コスプレセーラ服姿でカウンター業務をしていた彼女が大音響で叫んだ。ギルドにいた新人探索者たちの肩がビクっと揺れ、一斉に里奈を見た。


「ななななんで!? ナンデェェ!??」

「フラックを倒した直後にマイルフィックってモンスターが現れて、呪文で吹き飛ばされた隙に茜さんが……」


 柊は強く唇をかんだ。不意打ちとはいえ、明らかに柊の失態だ。


「ちょ、ちょっと待って! いきなり色々言われちゃってわからんし! 落ち着け、落ち着くんだあーし!」


 里奈は両手でほっぺをぺしっと挟み、5秒息を吸って10秒吐いた。そして静かに息を吸う。


「よし落ち着いたさすがあーし、今日も可愛いぞ!」


 で何があった?と柊に顔を向ける。


「マイルフィックというモンスターに茜さんが攫われました」

「パイセンが攫われた、理解した。あーしマイルフィックって聞いたことないんだけど」

「俺も初めて聞きました」


 里奈もギルド職員として迷宮に出現するモンスターは把握している。スライムしか出ないここ勤務ではあるがギルド職員になる際に教育されていた。


「大爆発で吹き飛ばされました」

「大爆発?」

ティルトウェイト核撃って聞こえました」

「核ぅ!?」


 里奈が「う」の口のまま固まった。

 現段階で判明している呪文の中にティルトウェイト核撃は名前だけがある。名前だけわかっていて、いまだ使い手がいない呪文だ。まだ探索者のレベルが達していないのだ。柊が世界で初めて被害に遭った。


「壁に吹き飛ばされている間にソイツは茜さんお頭を掴んで……俺が油断したせいだ!」


 俯いた柊はカウンターに頭を強打する。カウンターが壊れるのではないかという音がギルドに木霊する。


「ちょ、落ちつけし!」

「俺が」

「柊っちについていったのはパイセンの意思だし! 柊っちが無理強いしたわけじゃないし!」


 里奈は強く平手でカウンターを叩く。

 もちろん茜が攫われたことには憤慨しているが、柊がすべての責を負うのは違うと考えるからだ。探索者の行動はおおよそ自己責任である。それは元探索者であった茜にも適用される。

 危険と理解しつつも柊についていった茜にも責はあるのだと。


「でも俺が」

「デモもヘチマもブロッコリーもないし!」

「……ブロッコリーは関係ないですよ?」

「い、いきおいで、言ったし!」


 柊に冷静に突っ込まれ額の汗をぬぐう里奈。落ち着くべきはどちらだろうか。


「里奈さんがそう言ってくれるのは嬉しいですけど、でも、俺の中で納得ができないんです」


 柊の顔は悲痛に沈む。

 好きな女性を守れなかった。自分が得た力を過信して油断をしていたからであり、すべては自分が悪いのだ。攫うなら俺を攫えと、心の中で叫んでいた。


「だから、茜さんを助けに行きます!」

「ちょ、ちょっと待つし! パイセンの件はギルド本部にも報告しないとだし、それまでは待つし!」


 里奈は、今にも迷宮に飛び出していきそうな柊の肩を掴む。力では圧倒的に勝てないが女性の手を払うほど冷酷ではない柊はそこで止まる。


「……それはわかりますけど、早くいかないと茜さんが!」

「焼け焦げてぼろぼろの装備で行っても返り討ちになるだけだし?」

「あ……」


 柊は思わず自分の体を見た。防具はすべてなくなっており、服も焼け落ちてかろうじて股間と肩あたりに布切れがる状態だ。


「柊っちのセクシーな腹筋を見て喜ぶのはパイセンだけだし。わかったらさっさと着替えに行く!」

「あ、はい……」


 さすがにこれはまずいと思った柊は素直にギルド内の自室に向かった。そんなさみし気な柊の背中を見た里奈は急ぎスマホで電話をかける。相手は上司の上司である安口だ。


『安口だ』

「あ、里奈だけど! ママ今大丈夫?」

『そんなに慌ててどうした』

「大変だし、平柊っちがフラックを倒してきたけどパイセンがモンスターに攫われたし」

『なに!? 柊はどこにいる?』

「今にも迷宮に飛び込みそうだったから着替えさせてる」

『……今からそっちに行くけど、それまで柊を止めていられるか?』

「んー、無理!」

『わかった。すぐに向かう』


 安口が通話を切ったと同時に柊が階段を降りてきた。里奈の顔を引きつる。確保を言われたのにもう破ることになりそうだった。


「ちょ、柊っち、ちょっと待つし!」

「1秒でも惜しいので」

「急がば回れってありがたいコトワザがあるのは知ってるでしょ?」

「すみません、いま忘れました」

「うっひゃー!」


 柊はいつもの黒いパーカー姿ではあったが大きなバックパックを背負っている。山籠もりでもするつもりかと思った里奈が叫ぶ。


「迷宮にこもる気だし!?」

「茜さんを助けるまで帰るつもりはありません」

「防具もつけずに危険すぎるし!」

「あのレベルの敵が相手だと防具はすぐに壊れるんで意味がないんです」

「えぇぇぇ意味ないって……」

「相手の攻撃なんて当たらなければどうってことないですよ」

「柊っちガンギマリすぎだし!」


 里奈が叫ぶのでギルドにいる新人探索者の耳鼻を総どり状態で情報が駄々洩れだ。だが里奈も柊もそんなことは気にも留めていない。


「ちょ、安口ママが来るから待つし!」

「安口さんを待って、状況が好転するんですか?」

「するかはわからんけど」

「じゃあ行きますんで」

「ちょちょちょッ!」


 里奈がコスプレセーラー服のスカートを暴れさせながら前に立ちはだかって諫めるが柊は止まらない。いや止まれないのだ。


「食料は3日分持ちました。戦うだけです。すぐに茜さんを連れて帰ります」


 言いたいことを言った柊はマロール転移の呪文を唱え、ギルドから姿を消した。


「……えぇぇぇぇぇぇぇえ!!!」


 残された里奈の絶叫がギルドに響き渡った。




掲示板【新人さん】スライム迷宮スレ255【いらっしゃい】


新人探索者にはカルキ祝福を。嵐にはティルトウェイト祝福


・ささやき - いのり - えいしょう - ねんじろ!



:スライム迷宮で大事件発生


:なんだなんだ、何が起きた


:茜さんが脱いだとか?


:おい、だれか録画してこい!


:茜さんがモンスターに攫われた


:はぁ?


:はぁ?


:ワイ現地におるんやけど、里奈さんが必死にイーターを止めてたけどイーターが転移の呪文でどっかに飛んでったで


:はぁ?


:はぁ?


:話がつながらねーんだけど


:イーター何してんの?


:てか、マロール転移ってそんなに便利な使い方ができるのか?


:イーター、もう人間やめてるな


:元からだろ


:スライムの核を食べる時点でお察し


:つか、迷宮に拉致するって


:エッチなことするんですね


:知的なモンスターがいるってことか?


:探索者じゃねーの?


:ロシアの白熊が来たって噂が流れてたよなぁ


:会話できるモンスターがいるって噂を聞いたぞ


:なんだよそれ


:その話KWSK


:イーターと戦った相手がしゃべったらしい


:はぁ?


:はぁ?


:なんだよ、俺よりも頭いいじゃねーか


:モンスターに負けるとか草しか生えねえわ


:安口女史が向かってるらしい。なお俺様現地組


:里奈さん、呆然とした顔で珈琲淹れてる


:ほぼ無意識で動いてるなアレ


:現地組、里奈さんに話聞いてここに書け


:あの状態の里奈さんに声かけられるわけねーだろ!


:ギルド本部から発表があるだろうから、それ待ちか

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