第26話
『ふふ、しゃべれないって、辛いよねぇ。じゃあ死のうか』
フラックはネバつく言葉を吐きながら、空中から大鎌を取り出した。柊は少々パニックを起こしたが鎌を見て正気に戻れた。戦いたいと言ったのは自分だ。これしきの逆境で根を上げては茜の前に帰れない。
柊は短刀を構え腰を落とした。
『きゃはははは!』
耳障りな奇声を上げ、フラックが天井に向かって跳躍した。空中で態勢を入れ替えると天井に
『いっくよぉ』
大鎌を振り上げたフラックが天井を蹴り柊に迫る。一直線に襲ってくるフラックを交わすのはたやすいがそれでは倒せない。柊はカウンターを狙い、フラックを待ち構えた。
『あっはぁ、無謀にもこのフラックさんを待ち構えるとはぁ!』
発狂しそうな雄たけびを上げたフラックが突っ込んでくる。柊は迫る大鎌を左の短刀でいなし、フラックの軌道上に右の短刀を置いた。
ザクリと肉を斬る感触。だが血しぶきが上がらない。フラックは壁に着地し、また跳躍した。
柊は右に大きく飛び込み床を転がり距離を取る。フラックは柊がいた場所を通り過ぎ、反対側の壁に着地した。
『動きはなかなかなですねぇ』
フラックは大鎌を肩に寄り掛からせ、手で顎をさすっている。柊が斬ったのはフラックの胴体らしく、緑のピエロ服が破れているが出血のあとはない。避けたつもりの柊だが、足を少し切られジーンズが裂かれている。
フラックというのは生命ではなくゴーストなどの悪霊系なのかそれともゾンビのようなアンデット系なのか。柊は起き上がりながらそう考えた。
手ごたえがある以上、実体はある。迷宮にはウィルオーウィスプと呼ばれる鬼火的なモンスターがいると聞いたことがある。柊自身はエンカウントしたことはないが、通常攻撃は無効になるらしい。フラックもそれなのか。
柊が装備するのは早業の短刀と短刀+2だ。通用はするがどこまで有効かはやってみないとわからない。ともかく、斬るのみだ。
『わたくしを斬るとは、やりますねぇ』
にやりと笑みを浮かべたフラックが一転、憤怒の顔に変わる。
『下賤な人などにぃぃ!』
怒れるピエロはどこかの映画の宣伝で見たな、と待ち受ける柊はのん気にもそんなことを思い浮かべていた。フラックはまた壁を蹴り、柊を襲う。柊は大鎌の軌道を予想して前に出た。だがフラックの顔は喜色満面だ。獲物が寄ってきたとでも思っているのだろう。柊は左手の短刀を投擲した。
短刀は+2は空中で避けられないフラックの額に深く刺さる。予想外だったのか唖然とした顔になるフラックは、その勢いのまま床に激突、転がった。柊は子の隙を逃さない。
浸から任せに床を蹴り、一瞬でフラックまで間合いを詰め短刀をふるう。受け止めようと振り上げた大鎌をすり抜け、それを持つ腕を斬り落とした。返す刀で床に落ちた腕に短刀を差し、明後日の方に放り投げた。
『クッ、小癪な人間ごときが。わたくしの、腕を、腕をぉぉぉぉぉ!』
左腕を斬り落とされ、片腕の狂ったピエロが咆哮する。切断した感触はあるが血は出ない。損傷したが回復の呪文を唱えないあたり、肉体という概念が希薄なのかもしれない。柊は前蹴り、いわゆる喧嘩キックでフラックを蹴り飛ばし距離を取る。
『足蹴に、このわたくしを足蹴にしやがりましたねぇぇぇぇ!』、
地団駄を踏み、歯軋りをしながら怨嗟の声を上げるピエロ。だが柊と手無傷ではない。避けたつもりの大鎌は柊を捉え、ダメージを与えていた。喧嘩キックの際に足を斬られ、ジーンズには血のまだら模様ができている。
押しているようで実はそうでもない。柊は小さく息を吐いた。
口が動く。
だが、ここで回復呪文を唱えるほど柊は愚かではない。相手に手の内は見せないのだ。
フラックは跳躍し、放り投げた左腕へ飛んだ。憎々しげな表情で腕を拾うと、切断面を合わせる。
『ふふ、取り乱してしまいましたがこれしきのダメージなどわたくしのとってはゴミ同然!』
早口でまくし立てるフラックは、指を動かし左手の動作を確認すると柊に向く。冷静を装ってはいるが状況は芳しくないのだろうと柊はくみ取った。焦りが早口にさせたのだろうと。
柊は偽りで焦りの表情を出しながら、半歩下がった。足から滴る血を見せるためだ。追い詰められた振りでフラックを釣り上げるのだ。
『ふふ、ふははっはああ! そろそろ幕引きといたしましょうか』
勝利を確信したのかフラックが笑い出した。かかったと柊は内心ほくそ笑む。だが柊とて必勝の手は持ってない。ここから手繰り寄せるのだ。
ひとしきり笑って満足したのかフラックが柊に向け口を開けた。
ブレス!
柊は横に走った。だがAGに優れたフラックの反応が速い。フラックの口から白い嵐が噴き出す。氷のブレスだ。
氷のブレスに横から殴りつけられ柊は吹き飛ばされた。身体が凍っていくのを感じながら床を転がっていく。
まだだ、まだ罠にかかってない。
柊が片膝で立ち上がろうとしていたその眼前に、大鎌を振りかざした緑のピエロが吹雪を裂いて出現した。
『きゃーはっはぁ!』
嬌声を上げながら、フラックは柊の首を狙い大鎌を振るう。柊はその場で跳躍して首だけは死守するがその代償は両足だった。フラックの顔が愉悦に歪む。
膝から下を切断された柊は焼けるような激痛に耐え、
『なにぃ!』
目の前から獲物が消え、フラックはその場に止まった。その背後に柊が転移してきた。クラックの首に短刀の刃が煌めく。
『ば、ばかなぁぁぁぁ!』
「まだだ!」
叫ぶフラックの首が横にずれ、ぐらりと落ちそうになっても柊は攻撃をやめない。フラックの頭に手を当て
どさっと床に落ちた柊はすぐに
「……まだ足に痛みがある気がする」
立ち上がった柊は膝のあたりをさすった。四肢に欠損が出た後も痛みを感知してしまう幻肢痛にも似た感覚だろう。
「核は、あった」
フラックの身体はいつの間にか消えて核だけが残されていた。拾い上げ茜が待つ扉に戻ろうとした時、背後に異様な気配を感じた。背筋が凍りつく不気味な気配に肌が粟立つ。確認しなければならないが本能が拒絶して振り向けない。
『ふむ、フラックもやられたか』
数人の男女が同時にしゃべるような音の重なった声が背後から聞こえた。いやな予感に圧され、柊は核をかじった。少しでも強くあらねば、背後のナニカに喰われる。そんな恐怖に襲われていた。
『無駄なことを。
背後で起きた爆発に柊は吹き飛ばされ扉に頭から衝突した。柊もろとも扉は吹き飛び、その前に立っていた茜をもなぎ倒す。頭から血を流す柊は茜の姿を見て叫んだ。
「茜さん!」
『もろいな』
その声の主が柊を追い越した。レンガ色の肌をした、化け物。柊はそれをそう認識した。
2メートルを優に超える身長。背には鳥のような4枚の羽。頭には鶏冠のようなものが生え、岩のような肌をした人型のモンスター。足は猛禽類のように長い爪があり、人など簡単に串刺せそうだった。
それが動かない茜の頭を掴んで持ち上げた。茜はぐったりとして微動だにしない。
「やめろばけもの!」
柊は悲鳴の如く叫び、立ち上がろうとして膝をついたがソレに蹴飛ばされ床を転がった。
『ふむ、こいつは使えそうだな』
抑揚のない声が迷宮に響く。柊は
なんだこいつは。
『我が名はマイルフィック。このメスは我が預かる』
「茜さんを返せ!」
『このメスは我がドレインを食らって魂が抜てている。魂を失った肉体は滅びる』
「なに!? ふざけるな!」
『我は深奥にいる。助けたくばそこまで来るがいい。せいぜい足掻け』
マイルフィックと名乗ったそのモンスターは茜を掴んだまま
「マイル、フィック……」
柊はその名を知らない。どれほどのモンスターなのかも。
職業 スライムイーター
レベル --
HP 2520(+400)
ST 1166(+310)
IQ 1900(+1200)
PI 900(+300)
VT 647(+100)
AG 2310(1220)
LK 20
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