第7話

(視点変更)




「リリー、お嬢様はどうでしたか?」



お嬢様付メイドの私リリーは、別の馬車で帰ってきたところで、待ち構えていた執事のセバスに捕まった。

ちなみに何故一緒の馬車に乗らないのかという質問に対しては野暮という物だ。

お嬢様が嫌々であるならば、お嬢様の傍から離れず男も近寄らせないが、そうではないとお嬢様の表情が物語っていた。


しかも令息は心配するこちらの為に、馬車の中のカーテンを閉めることはしなかった。

そして令息の付き人も私と一緒の馬車に乗り、「坊ちゃんなら心配いりませんってー」と告げていたが、それでもずっとお嬢様たちの様子を伺っていると、本当に純粋に話を楽しんでいた様子だった。

私は安堵した。

この男なら本当にお嬢様を任せられると。

本っっっ当にお嬢様にピッタリの男性だと、そう思った。


行きはなにやら神妙な表情を浮かべるお嬢様をみて、令息に聞きたいことがあるのだなとピーンときた。

その予想は当たりで、公園について馬車から降りたお嬢様はどこかすっきりとした様子だった。


帰り際になると、令息をみつめるお嬢様は夕陽の所為か、それとも別の要因か、頬を赤く染めたお嬢様に春を感じた。

あそこで私も同じ馬車に乗り込んだら、馬に蹴られてしまうだろう。



「はい。緊張している様子はありましたが、それでも楽しそうにしておりました」


「それはよかった。お嬢様には幸せになっていただきたいですからね」


「はい」



幼少期『デブ』『ブス』と可愛らしいお嬢様に対してあり得ない言葉を並べたて、繊細なガラスのようなお嬢様の心を傷つけたワルガキの姿を思い出す。


あの時のお嬢様は大きな目からぼろぼろと大きな涙の粒を流し、とてもとてもとてもとても可哀想だった。


「お嬢様はブスでもデブでもありません!」と私達メイドがいようにも、全く伝わらない。

悲しみにとらわれて、あのワルガキの言葉が真実なのだと思い込んでいた。


そうじゃないのに。

お嬢様は天使のような愛らしさを持っていたし、まるで羽でも生えているかのような軽さだったのに、あのワルガキの所為でと、今でも腹立たしさに唇をかみしめた。


お嬢様は、あのガキとその両親を追い帰した旦那様と奥様がお嬢様の元にきて、それでやっと泣き止んだのだ。

目がウサギの目のように真っ赤になって、そして腫れあがるほどまで泣いたお嬢様を見て、とても心が痛んだ。


当時の屋敷はお嬢様が元気がない間、報復に燃え上がっていたと記憶している。

確か当時を思い出すならば、もう十分切れ味がいい包丁をシェフがずっと研いでいた姿だ。

あれはもう怖かった。今から殺人を犯すのではないかと、そう思ってしまう程張り詰めた空気が流れていた。

しかも涙を流しながら、鋭い目つきをしているのだ。恐ろしいだろう。

だがこれもしっかりとした理由がある。


デブという言葉の意味を調べ直してこいと叱りたくなる言葉で罵られたお嬢様は、『痩せなきゃ』と思い込んだ。

そしてお嬢様の為に作ったワンちゃんを見立てたケーキも首を振って断り、ハートや星柄のニンジンが入った料理も遠慮した。

シェフは悲しんだ。

苦手な人参もナスも、シェフが作った料理ならリナ食べれるよと笑顔でいっていたお嬢様に、シェフは食べてもらえなくなったのだから。

それはもう皆が引くくらい泣いた。

勿論旦那様や奥様も引いていた。



そして笑顔が戻り、いつもと変わらない様子のお嬢様に我々もホッとした。


だけど、


「エリーナちゃん、会わせたい人がいるのだけど、一緒に……」


「い、いや!」


駆けだしたお嬢様は部屋にこもり、いやいやと布団にくるまる。

私達は察した。


(お嬢様の傷はいえてはいない…!)


成長したお嬢様は、貴族の令嬢としてある程度の教養が求められるため、女子だけが通う学校へと進んだ。

本来ならば将来を見越して、男性も通う学園に進んでもらいたかったようだが、お嬢様の男性不振の方が強かった。


お嬢様の周りには、もとより働いていた執事や使用人、庭師しかいない。

その者たちはお嬢様と信頼関係を築けてたお陰で大丈夫だったが、学園に通う前までは外を歩くのも男性の目が怖いといって怯えていたほどだ。

今ではほぼなくなったが。


そんなお嬢様が、相手の性別を知らなかったといっても、文通をしていて、そしてその正体を知っても怯えるどころか親し気に話していた姿に、私は感激して涙を流しそうになったのだ。

ジルベーク・シュタイン様

お嬢様に優しく接していただきありがとうございます。と地面に額を付けてお礼を言いたくなった

出来ればこのまま、お嬢様を裏切らず、泣かせず、傷つけずに交流を深め、そしてお嬢様を幸せにしてあげてください。とそうお願いしたい気持ちを抑える。



「お嬢様、次はいつお会いになるのか、約束はしましたか?」


「五日後……、ジルベーク様と一緒に出掛けるわ」



今朝までは令息呼びだったのに、名前で呼んでいることに気付いた私は、口が隠れるくらい、お湯に沈むお嬢様の髪にオイルをしみ込ませながら、微笑んだ。


まだ付き合うということに承諾していないみたいだけど、お嬢様の春はもうすぐそこにあるだろう。


春よ来い。


早く来い。


ふふ。


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