第8話




「え!こ、こ、これを見に行けるのですか!?」


「ええ。好きかな、と思いまして」



差し出された一枚のチケットとパンフレットを持っていた手を、私は震わせた。


内容は王子と男爵令嬢の恋物語。

正直メインのストーリーは興味を引かれないのだけれど、王子に付き従う従僕の二人がなんともお似合いではないかと、広告のポスターで知ったのだ。

しかも王子の両側に控えて立っているから、視線が互いを見ているかのように見える配置に、私は盛り上がった。一人で。


絡みがなくてもいい!妄想はこっちでするぅ!

ああ、だけど少しくらいの絡みはあってほしい!というか同じ従僕な立場なんだから、なにかしろ絡みあるだろ!


そう思ってチケットを手に入れようと思った私は、「巷で流行っている舞台があるんだって」とリリーと共に町へ繰り出したが、結果は惨敗。


今流行りの身分差の恋。

しかも平民だった少女が男爵令嬢になり、そこから学園で知り合った王子様との恋におちるというパターンが巷ではめちゃくちゃ人気なだけあって、チケットも手に入りずらくなっていたのだ。



「これすっごく見たかったやつなんです!でもチケットが取れなくて…諦めていたところでした」


「それならよかったです。………ちなみに、それは?」



ジルベーク様が首を傾げながら指差したのは、私の手元。

チケットとパンフレットを膝に置き、小さな鞄から小さなメモ帳を取り出した私の手元を不思議そうに見ていた。


何故メモ帳を持ってきているのかというと、あの日公園で見かけた男性同士の二人組が目の前でいきなり肩を組み始めたのだ。

囁く為か顔を寄せ合う二人。

夕陽の所為か互いの顔が赤らんでいて、この光景を忘れるものかと、無意識で持ってきていないメモ帳を探しまくったことが記憶に新しい。

そしてメモ帳を持ち歩かない事をいまだに悔やんでいた。

だからこそ持ってきている。

いついかなる時も、書き留められるように。


ちなみに、ふとした日常に萌えっていくつも潜まれているものよね。というのが私の持論だ。



「着きましたね」


「はい。馬車だからかあっという間でした」



前回と同様に自然な形で差し出すジルベーク様の手を借りて、馬車から降りた私は劇場を見上げる。



(ここに萌えが…)



思わずニヤニヤと閉まらない表情にならないように、ぐっと表情筋に力を込めて、にこやかな笑みに変換した。


私をエスコートするかのように歩き進めるジルベーク様に、私も手を添えて横を歩く。

公爵家の力が働いているからなのか、案内された場所はバルコニー席だった。

周りを気にしなくてもいい席に嬉しく思うが、これはこれで二人きりという錯覚が起き、かなり恥ずかしい。



「エリーナ嬢、これを」


「あ、ありがとうございます」



ジルベーク様は気にしていないのか、いつも通りにこやかな笑みを見せて、私の膝にブランケットをかける。

さりげない気遣いに、嬉しく思いつつも、慣れている行動に寂しさを覚えた。



「そろそろ始まるかな」



そう呟いたジルベーク様の言葉の後、照明が落ち、一気に暗くなる。

そして舞台に照明がつき、注目が集まった。



ボロボロの服を着た少女が舞台の橋から端まで、大きく動き掃除している様子を見せる。

そんなとき、一人の男性が現れた。

少女を連れていき、奇麗なドレスやアクセサリーを買い与える男性。

平民から男爵令嬢になった様子を表していた。


そして舞台は変わり、次に学園へと切り替わる。

きゃあと劇場内に歓声が響き渡ると、現れたのは王子に見立てた一人の俳優。

その後ろに控えた二人の従僕の姿。


私の心はスタンディングした。


王子に押し寄せる生徒から守る為、アイコンタクトで互いに会話をする従僕の二人のコンボネーション。


(アイコンタクト!!いいわ!!!熟年夫婦のようね!!)


私の心は舞い上がった、その時だった。



「ッ!?」



舞台から目を離さずにごそごそと鞄からメモ帳を取り出していた時、温かいものが手に触れた。

感じたことがある感覚に、思わず横にいる人の顔を見上げる。


私の視線に気づいたジルベーク様はなにもいわず、にこやかにほほ笑んでから再び舞台の上に視線を向けた。



「~~~っ」



手を握っているだけ。

手を握っているだけなのに、すごく恥ずかしい。


さっきまで舞台の上から目を外せない程、萌えに萌えていたのに、今は手の方に意識が行ってしまい、全く舞台に集中できなかった。



(どうしよう……、振りほどく?)



でも嫌じゃないのに、そんなこと出来ない。

ううん。私がしたくない。

ジルベーク様の体温は、とても心地いいのだから。



「ッ!?」



悶々と悩んでいる時、繋がれていた手が不意に離れ、今度は私の手の甲に重ねるようにして手を置いたジルベーク様は、あろうことか、そのまま手の甲を撫でてきた。

しかも撫でるだけじゃなくて、ぎゅっと繋ぎ直してみたり、指一本一本を触ってみたり。



(これは‥!!絶対にワザとだわ!!!)



それでも振り払わない私もどうかしているけれど、数時間の間、必要以上に手をいじられていた私は公演が終える頃には、顔を真っ赤にしていたのであった。







「どうでしたか?」



公演が終わった瞬間、トイレという休憩室に駆け込んだ私は、熱が引いてからジルベーク様の元に戻った。

にこやかに問いかけたジルベーク様を恨めし気にみる。



「ちゃんと見れてないです」


「体調がわるかったのですか?」



あれほど楽しみだといっていたのに、と原因がジルベーク様にあることを知っているのに、まるでとぼける様子なジルベーク様に私は憤慨した。



「違います!ブランケットを掛けてくれたのはとても嬉しかったのですが、暗くなった途端手を繋がれてきては舞台に集中できないじゃないですか!

しかも、手を重ねるだけじゃなくて撫でて来たり、指を絡ませて来たり!!!

舞台よりも手の方に意識がいってしまって、全く見れなかったんですよ!」


「…ふ、」


「笑いごとじゃありませんよ!せっかく見たかった作品だったのに!」


「ごめんなさい。エリーナ嬢の反応がなかったので…。かといって表情を確かめようにも暗かったですし」



この言葉は絶対嘘!

だってこの人は私に向かって、楽しそうにほほ笑んでいたのだから!



「もう!責任取ってもう一度連れてきてくださいね!」


「それは、もう一度俺とのデートを所望している、ということであってますか?」



そんなことを言われて、私はたじろいだ。

でも素直にそれを認めてしまうのも、この流れでは絶対に嫌だと思った私はふいっと顔をそむける。



「す、好きなように解釈してくださいっ」


「ふふ。ありがとうございます。

ですが、それだけだと俺だけが得になりそうですね。

………あそこにいい感じのカフェがあるのですが、甘いものはお好きですか?」



劇場に隣接しているお洒落なカフェに、私は頷いた。



「…好きです」


「よかった。では行きましょうか」



うう……、怒ろうと思ったのに流されてしまった自分が恨めしい。

でもお洒落なカフェはどれだけはいってもネタになるんだもの。

友人たちと使うサロンもガゼボもカフェも、毎回場所が変わるおかげでいつも違った気持ちで雰囲気を味わえる。

だから、ジルベーク様が指差したあのカフェも入ってみたいと思ったのだ。


カフェに入り、お店の人に案内された席に腰を下ろした私たちは、美味しそうな品名が書かれたメニュー表に目を通す。



「あの、ジルベーク様も甘いものがお好きなのですか?」


「はい。最初の頃は手が汚れないようなチーズ等を食べていたのですが、ケーキなどの甘いものを食べてからは勉強も捗るようになって、今ではよく食べています」


「そうなのですね」



意外に思っていると、メニューで半分程顔を隠したジルベーク様がちらりと私を伺った。



「…もしかして、男性がこういう甘い物を好んで食べることは、あまりよく思いませんか?」


「い、いえ!そんなことは思いませんよ!私はただ…」


「ただ?」


「あ、の……一緒に食べることが出来て、とても嬉しいと思っています!」


「そう、ですか?」


「そうです!だって…」


「だって?」



言うまでずっと聞いてきそうなジルベーク様に、私は席に身を乗り出してジルベーク様に近づいた。

それでもテーブル越しは遠い為、ちょいちょい手をこまねくと、ジルベーク様は耳を差し出す。



「周りを見てください。殆どが女性客なのですが、中には男女で来ていますよね。

でもテーブルの上を見てください。量が全く違うと思いませんか?」


「…確かに」


「しかもほとんどの男性客の前には飲み物のみ。あれでは女性たちが遠慮して、量を頼めないのも当然です。

でもジルベーク様の場合は一緒に選んで食べてくれるから、……私は本当に嬉しいのですよ」


「………」



反応がないジルベーク様に視線を戻すと、頬を赤く染めて嬉しそうに私を眺めていた。



「じ、ジルベーク様?」


「つまり俺たちはここでも相性がいいってことですね」


「!」



してやられたと、私は思った。


やってきたケーキはいつも以上に甘く感じ、もしかしたらジルベーク様の甘い雰囲気にケーキも巻き込まれたんじゃないかとそう思ってしまったくらいだった。


そして家まで送り届けてくれたジルベーク様は別れ際に私に告げる。



「ちなみにいうと、舞台中手を繋いでしまったのは、他の男に目を輝かせる貴女をみたからです。

俺の事をもっと見てほしいという嫉妬から、つい、……すみませんでした」



にこりと微笑むその笑顔が、まったくすまなそうにしてなくて、私は少しだけ恨めしく思った。




そしてこの日から、リリーに赤くなった顔を指摘されるたびに夕陽の所為にし始めたのも、ジルベーク様が原因なのだと、私はいつかジルベーク様に申し付けようと、そう思った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る