第5話
私はべるべるんさんに心の中で平謝りをした。
「じ、実はそうなのです。大好きな作品の話をしたいと思った私は文通募集をしていた記事を読み、そこで知り合いました。
性別はわかっていませんでしたが、それでも話が合い、楽しい時間を過ごせていた為、手紙のやりとりをやめることが出来ませんでした」
執事の捏造話に乗っかるようにペラペラと話した。
でも全部が嘘じゃない。
相手がべるべるんさんなら、大好きな作品の話をしたいはべるべるんさんが私の作品を好きになってくれたという意味では一緒だし、私が返事をしたことで知り合いになれたし、楽しい時間を過ごせたことも嘘ではない。
ただ、相手があの男性ではなくて、べるべるんさんが相手だったらという仮定の話だが。
「エリーナが何かをしていることはわかってはいたが、それが文通だったとはな」
私はぎくりと一瞬肩を揺らしたが、腐バレまではバレていないことに安堵して、ヘラリと笑った。
お父様は泡がでているワインを一口ぐびっと飲むといった。
「エリーナは相手が男だとわかって、なにか変わったか?」
「え……」
正直。
正直べるべるんさんが相手だったらの話だったから、反応に困った。
だってあの男性とは今日初めて会ったんだもの。
でも、と私は男性の事を思い出す。
「…文面では大変楽しい時間を過ごせましたが、それが顔を会わせてのことになると、まだわかりません。
ですが…」
用件だけを告げて、すぐに帰宅した男性。
私の事を先生と呼んだ時点で、男性側に腐バレしていることは確かなのに、腐を連想させることは一切告げることはしなかった。
それどころか、私がリリーの顔色を伺う様子に、安心してと告げたような笑顔を浮かべた男性が印象的だった。
だからなのか、あの男性を怖いだなんて、そんなこと思わなかった。
(好きだという言葉は、正直信じられないけれど……)
でも…
「悪い方では、ないと、思いました」
私がそう告げるとお父様はワインを片手に頷いた。
「エリーナがそう思うのならば、その男も悪いやつではないのだろう」
「そうね。エリーナちゃんが男の人にも興味を示すようになってくれて、私達は嬉しいわ」
「ああ。結婚相手となると私達も相手の事を調べなければならないが…友達なら_」
「あら。でもセバスの話によると殿方はエリーナとの交際を希望しているのでしょう?結婚に向かって一直線という可能性もあるのだと思うのだけど」
「…私の目の黒いうちは、エリーナは嫁にはやらん」
「婿に来てもらう側なのだけど?」
「それでも、だ!」
少量だけどお酒を飲んで気持ちが高ぶっているのか、テーブルに勢いよくグラスを置いたお父様。
お母様はそんなお父様を気にもせず、私に笑いかけた。
「エリーナちゃん。パパの事は気にしないで、付き合うことになったら教えてね。
勿論、名前は早めに私達に教えること。いいわね」
「は、はい。わかりました」
次、お会いする時には一番に名前を伺おうと、私はお母様に頷いた。
豪華な料理を食べ、もう食べきれないと判断した私は先に部屋に戻ることを告げて、席を立った。
食堂をでると、リリーがちょうどよくあらわれ、共に部屋へと向かう。
「凄かったですね、旦那様」
「あら、リリーはあの場にいなかったけれど、わかったの?」
「ええ。お嬢様をお迎えに食堂に近づきましたら、お声が聞こえましたから」
「ああ……」
お父様が激しくなったのは、お母様が結婚を口にした時。
そこをリリーは聞いたのね。
「それで、お嬢様。こちらを」
部屋へと移動中、差し出されたのは一通の手紙。
「手紙?ジルベーク・シュタイン、…シュタインって…公爵家よね?」
「はい。そのように記憶しています」
「ええ!公爵家だったの!?」
「そのようで」
淡々とするリリーに、私は項垂れた。
というか、あなたがあの場で一番慌ててなかった?
何故公爵という言葉を聞いて、そこまで冷静になれるのか、とても不思議だ。
リリーの判断基準はどうなっているのだろうか。
「身分の上の方を、あんな対応をしてしまったのね、私……」
「本人からの希望だったのなら仕方ないのでは?」
「それでもおもてなしは礼儀として大切なことよ」
そう告げる私にリリーは首を傾げる。
頭はいいのに、どこか抜けている感じがいなめないリリー。
私を一番に考えているからこそなのだろうと思ってはいるけれど…、リリーをみるともう意識は手紙に向いていた。
切替が早いのがリリーの美点ね。
まぁそのお陰で、私の趣味活の話になっても深堀してこないから助かるのだけど。
「それで、手紙の中身はなんと?」
「ちょっと待って、私一人で確認したいから」
「ふふ。畏まりました」
微笑ましいと大きく書いているリリーの表情に、なにやら勘違いをされていそうな気がしなくもないが、それよりも手紙の中が気になる私として、リリーを部屋から追い出して、こっそりと手紙を読み始める。
『エリーナ嬢
先程は突然の訪問申し訳ございません。
はやる気持ちを抑えられず、夜分に訪問した行為謝罪いたします。
ですが、今まで手紙越しでしか貴女と繋がる手段はありませんでした私に、訪れた幸運を逃したくはありませんでした。
貴女にもっと近づきたい。貴女と共にいたい。
明日の昼頃、迎えに行きます。
近くに薔薇がとてもきれいに咲いている公園を知っているのです。
是非案内させていただきたい。
ジルベーク・シュタイン
P.S.
貴女と一緒に、好きな話をして楽しい時間を過ごしたいです! べるべるん』
へ?
べるべるん…?
手紙の追伸に書かれている名前に思わず食いついた。
漫画に表したらきっと私の目は飛び出しているだろう。
それほど衝撃的な内容だった。
ジルベーク様がべるべるんさん?
あのイケメンが、べるべるんさん?
べるべるんさんって、私の知っているべるべるんさんだよね?
私の作品_男通しの恋愛物語_を読んで、手紙をくれて、元気づけてくれた、あのべるべるんさんだよね?
つまり、べるべるんさんだというあのイケメンが、私の作品を……
作品を……
「ええええええええ!!!!!!!!?」
「どうしました!?お嬢様!」
大声をあげた私に、血相変えて部屋へと飛び込むリリー。
手には果物ナイフのような小さな刃物が握られていた。
「あ、え、な、なんでもないの!なんでもなくないんだけど!」
キョロキョロと室内を見渡すリリーは、なんでもなくないといった私の手元にある手紙を見て目を吊り上げる。
「……まさか、許しがたいことが書かれてあったのですか?!」
「違うの!そうじゃなくて!……あ、明日迎えに来るって書いてあって、だから驚いてしまったのよ!」
「そういうことですか」
落ち着いたのか、メイド服をたくし上げてナイフをしまったリリーに私は目を瞬かせた。
このメイドは一体、どこになにを隠しているのだ。と思わず一歩だけ距離を取る。
「それで、明日のいつ頃お越しになられるのですか?」
「明日の昼頃よ。といっても、迎えに来ていただけるのであって、家に招き入れることはないから用意は不要よ」
「つまりデートということですね」
「違うわよ。綺麗なバラが咲いている公園を知っているらしいから散策するだけよ」
「つまりデートコースは、公園の散策ということですね。
で、あれば明日はあまり高くないヒールの方がいいですね」
「ちょっと、私の話聞いているかしら?」
「はい!このリリー、お嬢様の初デート!上手くいくよう全力で応援させていただきます!」
先程迄そのデート相手の手紙を訝し気に見たというのに、それを忘れてしまったのか、にこやかにほほ笑むリリーに私は息を吐き出した。
「だめね、これは」
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