第10話


ジルベーク様と二人で出掛けるようになって、遂に両の手の数に突入した。

一冊の本を予め捲った状態で差し出すジルベーク様に、私は何気なく本に視線を落とす。



「エリーナ嬢、今日はここにいってみませんか?」


「こ、こっこっこここは!」



思わずどもってしまうのも無理はなかった。

何故ならジルベーク様が提案した場所は、私達の運命のバイブルに関わるあの場所なのだから!



「あの近似的な友情にとても似ていて、もしかしたら聖地なのではと噂されている小屋がある森じゃないですか!!

しかも森の中にあると言っても本当に町から徒歩数分の場所にあるという、とても行きやすくて日帰りにはもってこいと言われている管理小屋!

勿論予約などの事前連絡は不要!ただし椅子とテーブル、それにベッドくらいしかないから、なにか必要であれば自分たちで。という暗黙のルール!なあの小屋ですか!」


「説明ありがとう。その小屋です。

勿論町と町との移動がある為、いつもより少し遠出となりますが、日帰りで行ける場所ですし、それにエリーナ嬢は友達にも腐バレをしていないと仰っていましたので、行ったことがないかなと提案させていただきました」


「うわぁ~~!行ったことないです!行きたいです!早速行きましょう!」


「あ、しかし町から出ることになりますから、ご両親に許可を取らなくては…」


「セバスに言っておけば問題ありません!すみませんが、服を着替えて来ますね!

リリー、セバスに報告宜しくね!私はもう少し軽装な服に着替え直してくるわ!」


「ちょ!お嬢様!お待ちを!!」



テンションが上がり思いっきりあの本のタイトルを口に出してしまっていたが、リリーもセバスも気に留めていなかったことを後で教えてもらった私はホッと安堵した。

というのもテンションが上がりすぎて、自分で何を口走っていたかまでは把握しておらず、馬車に乗って暫くしてからジルベーク様に教えられたのだ。


ちなみに


「あ。。。、セバスさん、でしょうか?」


「はい。外出の件畏まりました。

場所も近い事から夕暮れまでに戻ってこれましょう。少し遅くなっても問題にならないよう旦那様には私からご報告させていただきます。」


「よろしくお願いします」


「お嬢様を、…今後とも末永くよろしくお願いします」


「はい。勿論です」



とセバスとジルベーク様がやりとりしていることは、私は知らない。








「楽しみですね!ジルベーク様!」



馬車に乗り込み、草原や森と景色が変わる中、私は急上昇する気持ちをジルベーク様に告げていた。



「はい。もし良ければ写真機を家から持ってきたのですが、お使いになりますか?」


「え!?写真機ってあの一瞬にしてみた物をイラストに起こしてしまうという、あの便利道具ですか!?」


「イラストとはまた違いますが…、でもその写真機ですよ」


「わぁ…!あ、でも印刷するその用紙も特別仕様で高いのですよね?!」



私は貴族令嬢とはいっても伯爵家であり、それなりに裕福ではあるが、金はどのようにして得られるものなのかはわかっているつもりだ。

朝早くからお仕事に精を出すお父様。

家の管理もそうだけど、小さくても一部の領地管理を任されているお母様の姿を小さなころから見ているのだ。

領民からの税から私たちの暮らしは成り立っているし、その領地を発展させるためにお父様もお母様も働いていることを私は幼いころから見てきているのだ。

だからこそ、貴族令嬢としての最低限の身だしなみにお金は使うけれど、私個人としては贅を肥やすことが無いよう気を付けていたつもりである。

つまり人に話せない私の趣味に、高価な写真機を使用なんて心が引けてしまうのだ。



「それは遠慮しなくていいですよ。それでも遠慮してしまうのなら、俺と一緒に写真に写ってください」


「写真に?」


「はい。エリーナ嬢のお姿をみるだけで、その日一日が幸せに過ごせますから」


「ま、まるで毎日みているかのようですね」


「姿ではありませんが、エリーナ嬢から頂いた手紙を毎日みていますよ」


「っ」



最近私は自分が変だと思うことがよくあった。

今回もそう。

ジルベーク様が今みたいに、私の事で本当に嬉しそうに笑ってくれるあの笑顔をみるだけで心臓がうるさいくらいに早くなる。


思わず俯く私に、向かいに座っていたジルベーク様が隣に座って肩に触れた。



「…エリーナ嬢?どうしましたか?」


「………」


「気分がすぐれなくなりましたか?」


「あ、あの…違うのです。私、本当に何もないので_」



心配そうな声色に否定しなければと焦る気持ちと、まだ顔を伏せていたい気持ちが葛藤していたが、ゆっくりと顔をあげるとそこには嬉しそうに頬を染めるジルベーク様。



「もう!また揶揄いましたね!私誤解させてしまったんじゃないかって!!」


「勿論心配しましたよ。でもエリーナ嬢がとても可愛らしい顔をするから…」


「へ?」


「いえ……あ、エリーナ嬢みてください。もうすぐ着きますよ」



そう言われて窓から外を覗き込むと、まるで夏の雲のような森が見え、その麓には小さな町が見える。



「あ、あれがあの世界に描かれていた小屋近くの町!本の中の小屋は山頂の中継ポイントとして描かれていたけど、町は本当に山の麓にあるのですね!

自然豊かな佇まいがここまで伝わってきます!」


「そうですね」


「随分落ち着いていますが、ジルベーク様は来たことがあるのですか?」


「いいえ。今回が初めてですよ。

それに俺はそこまで落ち着いていません。エリーナ嬢と共にこの土地に来ることが出来て、今とても舞い上がっています」



そうなのだろうか。と思いながら思い返してみると、確かにいつも以上にニコニコと微笑んでいた気がした。

道中のあれは舞い上がっていたのかと、察した瞬間とても恥ずかしくなった。

そして、同時に嬉しくもなる。



「エリーナ嬢、手を」



いつの間に到着したのか、ジルベーク様は馬車から降り、私に手を伸ばしていた。

私は自分の手を乗せて、そして馬車から降りる。

振れていた手は数秒。たったそれだけの時間なのに、手汗はかいていないかととても気になった。


町に降りると、人は山に向かう者は皆無といったほうがいいほどであった。

それはそうだろう。

あの本は私が初めて道を切り開いた思い出の本ではあるが、発売からそれなりの年数がたっている。

それに加えて、ジャンルがマイナーだ。

当時も行列が出来るほどの訪問者はいなかっただろう。



「気を付けて歩いてくださいね」


「はい。でも今日は山に入るということで、動きやすい服で来ましたし、それに靴もブーツを着用していますから!」


「それは頼もしいですね。でも平坦な道ではないので、俺の腕に捕まってください」


「あ、ありがとうございます」



まるでエスコートのように、ジルベーク様の腕に手を添えた私は、引っ付くような形でともに歩く。


なんでだろう。

こうして腕に捕まらせていただいているのに、どこか寂しく感じる。


(馬車を降りたときは、とても近くに感じていたのに……。手を繋いでないから……?)


思わずじっとジルベーク様の手を見つめてしまった自分自身に気づき、私は首を振った。


違う違う!そうじゃないでしょ!私!

激しく首を振る私に気付いたジルベーク様は、首を傾げつつも、見えてきた小屋を指さした。



「ほら、見えましたよ。エリーナ嬢」


「わぁ!挿絵通りですね!ジルベーク様!」


「ええ。馬を繋ぐところはありませんが、外に置かれている薪も、小屋の外観も、完璧ですね」


「中もいい感じなのでしょうか?あ、でも椅子とテーブルのみと伺っていますから、流石にベッドはないですよね」


「そうですね。とりあえず入ってみましょうか」


「はい!」



木の取っ手を掴み、ギィと音を鳴らしながら開いた扉はあまり立て付けがよくないように感じた。

それでも管理小屋という名の通り、隙間風は入らなそうにきちんと寸法も計算されて立てられているように感じる。

つまりただ古い小屋。

それでも雰囲気は小説に描かれていた挿絵のようであることが、気持ちを高ぶらせた。



「ジルベーク様!暖を取る為の暖炉もありますよ!

確か背表紙に描かれていませんでした!?」


「それだけではありませんよ。二人が結ばれた後、暖炉に火を灯したことも表現されていました」


「え!そうなのですね!それは知らなかったです!

つまり、本来はここにベッドがあったということですね!」


「…そうですね」



間をあけて答えたジルベーク様を不思議に思い見上げると、彼はにこりと微笑んだ。

気の所為かなと思いながら、私はこの暖炉を写真に納めたいと頼むと、ジルベーク様は快く受け入れてくれた。

テンションが上がってくれば、ここもあれもとお願いしていく私に、嫌な顔をするどころか、一緒に楽しそうにしてくれる彼に、私も一緒になって楽しんだ。




苦手な男性といるのに、全く苦に感じさせないジルベーク様のことを、私はふと見上げた。


彼は私に好きだと告げ、そして交際を願った。


初めはなにか裏があるのではないかと疑った。


でもこうして一緒に過ごす時間を設けてわかったことは、ただただ彼からの愛情が心地いいとそう感じただけだった。


私は、彼に返事もしていないのに。


______本当にそれでいいの?


________本当にこのままでいいと思っているの?




罪悪感が私の心の中に、溢れ出す。







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