卵と私

Maton

第1話 白球と私

少し傾いた虫めがね、Googleで検索またはURLを入力。マウスを動かして、右クリックをする。カチッとプラスチックが形を歪めた音がする。一定間隔でバーが点滅する。点滅を眺めながら少し考える。

彼氏space別れた後space忘れ方

数カ月に渡って何度も検索した言葉たちの羅列の並べ替え、検索結果はそのパターン数よりも少なく、見慣れたページ達が並んでいる。並べ替えのパターンを変えて検索を繰り返す。こんな事を調べたところで、私の気持ちには何の変化がない事を、再度確認し終えると、パタンとPCを閉じてベットに倒れるように横になる。枕元に投げ捨てられていたタブレットで寝るまで、動画を見ることにする。

動画を見るもなく眺めていると、塁くんと別れてこちらも何度考えたか分からない考えが頭によぎる。所謂、卵が先か鶏が先かである。私は、塁くんが好きだったから声が好きで、指先の細いのが好きで好きだったのか。声が好きで、指先の細いのが好きだったから、塁くんが好きだったのだろうか。考えていると、窓から涼しい風が入り、秋だなと感じる。秋だから少し涼しいのか、少し涼しいから秋なのか。そんな卵鶏問題もどきに思いを馳せていると、少し気持ちが軽くなっていた。多くの日でそうだったが、私の心を楽にしてくれるのは、無駄な検索結果ではなく、意味のない思考の流れであった。

「千葉県にお住みの方限定です!!」

底なしの明るい声が、タブレットから発せられ、流していた動画が広告に変わっていたことに気づいた。

「何でこういうのって、私の住んでいるところが分かるのかな。」

5秒後に広告がスキップできます。の欄に指を重ねスキップの準備をする。流れている広告は、誰にも求めら得ていないのに元気に私に語り掛けてくる。

「体に残ったあざ、消えずに困っていませんか。そんなあざには、こちらの薬!!塗れば一週間後には、ガラリと変わります。しかし、心に残ったあざは、さらに消えづらい!!特に大切な人を失った、あなた限定でこちらの広告を流させていただいたます。」

とっさに、タブレットの電源を落とす。かちゃという耳慣れた、タブレットの音さえ無気味に思える。真っ暗なタブレットの画面を凝視する私が私を見つめ返していた。普段の検索から関連商品を出すんだ、普段の検索結果が失恋関連の私に、こんな広告が出てきたって…。無理な思考は、結論まで私を導いてくれない。大丈夫、すぐに画面も閉じたし、使っていたアプリも一般的なものだ。大丈夫。必死に心を落ち着けて、眠ることに全力を尽くす。咄嗟に電源を着る判断をできるのが私のいい所で、キャパを越える事態に目を瞑るしかないのが私のどうしよもない所。

なかなか眠れなかった所為もあって、起きたのは次の日のお昼だった。顔を洗い、歯磨きをして、電気ケトルに水を注ぎお湯を沸かす。蒸気が小さなポット内で滞留する音と、水が沸く音が小さな部屋によく響く。響いた音は不気味なBGMのようで、起きてから意識して意識しないようにしていたタブレットが存在を強調している。お湯を注いだコップとタブレットを持って、意を決してタブレットを開くと、昨日見ていた動画の上に白い三角マークがあるだけだった。白湯を飲むと喉から体の中を熱さが伝わり体を温めた、目から得た情報はどこかを通って私の心を温めた。不安が全くなくなった訳ではないが、ちょっとした奇妙な体験へと咀嚼することができるくらいには安心できた。

私は、居酒屋で働くフリーターなので午後5時に間に合う様に出勤する。午後6時から朝の3時までが店の営業時間、仕込みやオープン準備のため午後5時から働き、忙しさにもよるが締め作業をして帰路につくのが朝の4時ごろである。出勤まで、特にやりたいこともやれることもないので家で待機している。待機時間は、本を読んで過ごした、彼が読みもしないのに置いっていった本だった。本の表紙には、埃の感触があった。本を読み進めていると、携帯が待ち時間の終わりを告げたので、上着を羽織って自転車でお店に向かう。お店に着くと、雑居ビルの4階まで自転車を担いで上がり自転車を置き、一度3階まで降りてエレベーターで4階まで上がる。エレベーターを降りると、ほんの少しだけお店の入り口の扉が空いている。ちなみに私は、待機するのがお店か家かの違いしかないと考えているので、店で遅すぎる昼ごはんを食べる店長以外は、まだまだしばらく来ないほど早い出勤をしている。

「おはようございます。」

「おはようございます。」

私が、入店と同時に壁に向かってした挨拶に、壁の方から店長の挨拶が返ってくる。そのままキッチンの方に向かい並んでいるグラスから適当に一つとり、氷を入れ水道から水を注ぎ、店長の斜向かいの席に座る。私の定位置である。いつもは、このまま一言も喋ることもなくお互い携帯で動画を見たり、漫画を読んだりして過ごすのだが、今日は私の奇妙体験について話をすることにした。

「聞いてくださいよ店長、昨日、家で動画見てたら、失恋して心に傷を負ったあなた限定でこの広告を流しています、っていう広告が流れて来たんですよ。怖くないですか。」

「なにそれ、怖いな。まぁ、けどあれやろそういってるだけの広告を適当に流してるだけで、たまたまそれが流れてドキッとしただけちゃうん。」

「確かに、その可能性はありますね。」

「儂だって、全然興味ない美容液の動画とか流れてくるで。」

「おはようございます。」

2ヶ月ほど前に入って来た元気な女の子の声が壁から聞こえて来た。新人の梨花は、まだ少し早い時間に出勤する。女子大生の梨花、私のサークルの2年下の後輩で、今は大学三年生だ。

「おはようございます。」

私と店長が、返事をする。

「あっ、夏帆さん。おはようございます。」

「うん、おはよう。」

壁から出て来て、私を見つけると元気に挨拶をし、たわいもない話を始めた。しばらく話していると、今日のシフトの二人もやってきた。

営業がいつも通りに終わり、朝4時ごろに店を出ると、一階で一度集まり、お疲れ様とそれぞれが挨拶をし、店長とバンドマンの男の子二人は右へ、私は左へと帰っていった。梨花は彼氏と一緒に帰るといい、一階の階段で彼氏がくるのを待っていた。自転車に乗って返っていると、外の階段にタバコを忘れて返って来たことに気づき、お店へと引き返すことにした。お店の前では、梨花と累くんが手を握って、右へと歩いて行った。累くんと私は同じサークルの同期で、つまり、累くんは梨花の二個上の先輩。

気がつくと、家でタブレットを持ち、昨日の広告のサイトを見ていた。もう、どうでもよかった。これ以上、ひどい気持ちになることはないだろうし、ひどい気持ちにされるにしても、累くん以外が原因であって欲しかったのだ。私は、そのサイトで買い物をし、お風呂に入ると、営業を終えてクタクタの体は心と反して、眠気を訴えて来ていたのであっさりと眠りにつくことができた。

チャイムが鳴る音で目を覚ました。私が、起きる原因の半分くらいは宅配便のチャイムによる。

「宅配便です。」

外に出て受け取ると、昨日寝る前に買った、例の怪しいサイトの会社から送られて来た荷物だった。荷物配達が早いだけで、少しまともな会社なのかもしれないと安心感が増した。部屋に戻って早速開けると、ボーリングの玉くらいの白い球が梱包されてい入っていた。

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