人間好きの天使

ごり

第1話

僕ね、人間がすき。だってこの世界のどれよりもおいしいお菓子を作れるんでしょ。天界のどれよりも面白い映画だって漫画だって作れるし、仲間の天使たちの誰よりも頭が良くてきっと優しいだろうし大好きだよ。大天使様は人間の事すき?


そうですね普通、ですね。あんまり期待しない方がいいですよフィール。うまいって話題のラーメン屋だって期待しすぎて下回ってたらガッカリするでしょう。なんだってそうです。


でもラーメン作ったのだって人間だよ。真似されるってことはいい物だからだよね。楽しみだなあ下界。明日からだったよね。


あなたは本当に人間が好きですね。くれぐれも気を付けるんですよ奴らはあんまりおいしくないラーメンだって高い値段で売って来たりしますからね。特に屋台の台湾人がやっているラーメン屋は味が悪いので注意してくださいね。ああそうだお金も渡さなければ。これは魔法のお金です。どこの国でも使えますからね。その人のイメージによって見た目が変わるお金ですからなるべく1マンエンでおねがいしますって言ったほうがいいですよ。私はいつもそうしています。


大天使様って見かけの割に卑しいよね。ザ・天使!って感じなのに俗っぽいしさ。

じゃあ僕明日朝早いから。それじゃ、おやすみなさい。大天使様。


そうして小さな天使は天使学校に隣接した寮の成績優秀者だけが集められている最上階である6階の6枚ある内の真ん中に入ると服も着換えずに布団に飛び込んだ。その日は夕食も食べずに眠ることにした。


フィールは布団の中でもぞもぞ、楽しみで、楽しみでなかなか眠れなかった。水は綺麗で緑に溢れていて。町も活気に満ちているなんて夢みたい。ここにはないブラウン管のテレビだって楽しみ。自分で飛ぶよりも早い乗り物もたくさんあるし、侍だってピエロだってヨガマスターだっているのだもの。そうして空想に疲れたころやっと眠りに付いた。


翌朝、朝礼で出発者の15人が一列に並ぶ。フィールはその12番目に並び、今か今かとワクワクしながら各人の意気込みを聞いていた。やっと自分の番が来ると意気込む。


僕はすべての人間と友達になりたいです。


というと。ドッと笑い声が巻き起こった。いつもこうだったのですっかり慣れてしまった。ただ何とも言えない悔しさが胸の戸を叩いていた。


もやもやした気持ちのまま下界へと降りる雲の波止場に並ぶ。

次帰るときはきっと身長も羽だって大天使様より大きくなって、立派になってるから楽しみにしててね。


そうなればあなたが大天使ですね。いってらっしゃいフィール


はい、行ってきます大天使様。


下界への糸をたどりながら小さな羽で懸命にふわふわと降りる。初めに目に映るのは青の一つもない空。次にもくもく煙を吐き出す煙突たち。地平線の向こうまでその景色は続いていて一番楽しみだった青い海は黒く淀んでいた。フィールは地面に降りるまで自分が泣いていることに気が付かなかった。仲間たちが人間たちにみんな捕まってしまったことも知らないまま慣れない足で歩きだす。トタンだとか鉄板だらけの街を歩く。空を隠す違法建築たちは天使の目から見てもおかしなことはわかった。そこらじゅうで人がうなだれて座り込んでいる。何時襲われてもおかしくない。何より嫌だったのはそこら中から漂ってくるものが腐ったような匂いと石油の匂いだ。この匂いの中の一つはお葬式で嗅いだことがあった。歩いていると黄色いのれんが目に入る。ラーメン屋だ。


カウンター席に通され醤油ラーメンを食べる。眼鏡をかけた大将の視線が痛い。僕が天使だからなのかなと考えていた。そんなはずはない僕の姿は普通の子供に見えているはずだから。

お嬢ちゃん珍しい格好しているね。ラーメンおいしい?

え、僕?

君以外うちにはいないよ。そんな綺麗な恰好した子供この辺では見ないからさ、珍しいなあって。パパとママとはぐれちゃったのかな。お嬢様?

パパもママもいません。でも家族はいます。遠いところに。

大将の舌なめずりの音が聞こえた。笑う顔にはあらゆる欲望が乗っかっている。今にも這い出てきそうな欲望たちに気圧されてフィールはその場で頭を下げて出されたラーメンを食べる事しかできなかった。食べ終わり椅子から立とうとするも足が重い。関節も痛くて頭もいたい。大将の手には見たことのない黒い塊が握られている。目の入りそうなまん丸い穴がこちらを覗いている。

ねぇ君天使でしょ。綺麗な顔だもんねぇ手に持ってるコレ何かわからない?ピストルだよ。人を簡単に殺せちゃうの。趣味なんだぁおじさんピストルで君見たいな子撃って捕まえるの。さっきチャーシューを食べてたけどアレ君のお友達のお肉だよ。見る見たいよね。奥にいーっぱいいるからね。


吐き気と涙で嗚咽が止まらなかった。息ができない。立つことも座っていることさえできずその場にへたりこむ。怒号。

おいてめぇ!床を汚すんじゃねぇ!うちは一応飲食店ってことになってんだ!さっさとこっちにきやがれクソガキ!!

腕を引かれ店の奥に連れていかれる。その時に肩を脱臼して声を上げそうになったけれど。喉からは行き場を失った胃液とそれに付いてくる物しか出なかった。


また吐きやがったな!コイツ!まあ見るがいいさ、お仲間の可哀そーな姿をな。

つるされている仲間たちの姿を見てフィールは泣きだした。震える足でまた逃げようとする。

「た、すけて」

「いたいよ。もうお肉とらないで。」

「くるしい。なんで」

「僕もう、やだよ」

薄情だなぁお前。さっき食べたのになぁ。おいしかっただろ。また食べたいよな。にげるんじゃねぇ。

瞬間、放たれた弾はフィールの脳天を貫いて厨房を赤く染めた。体は動かない。だけど意識はある。頭を埋めるのは恐怖だけだった。埋め尽くされた恐怖で心臓の鼓動が速くなる。脳の傷はもう治っていた。羽は黒く染まり。天使の輪は腐り落ちた。手には今、無から現れた大鎌が握られていた。

大将は立場が入れ替わったことになんて気づかず弾丸を撃ちまくる。傷ついた傍から治っていく。弾のなくなったピストルを投げつけ肉切り包丁をもつ大将。

さようなら。次はあなたがたべられる番。

切りかかってきた肉切り包丁ごと斬り落とされる。肩から入って斜めに心臓を両断した。


みんな無駄にはしないからね。僕が終わらせてあげる。


フィールはその場のすべてを食べ尽くした。羽根は黒を超えて真紅に染まり頭には飛び散った脳が輪っかになって浮かんでいた。


やっぱり、大好きだよ僕。人間美味しいし。助けて~って声上げたら向こうからのこのこ食べられに来てくれるもん。あいつらの心は大嫌いだけどね。

ああ、背も伸びて羽も黒くなって。愚かで可哀そうなフィール。うう。

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人間好きの天使 ごり @konitiiha0

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