黄金の継承者
第10話 眩しい世界を染める灰色
ラインハイムから馬で二日ほど。のんびりとした草原の中に、それなりに広い一つの牧場があった。
「ここか……」
そんな牧場のを見て目を細める男が一人。元兵士であり、今では討伐機関に所属する討伐者のロイドである。
彼は牧場に近づいて行き、辺りを見渡す。すると牧場の内部の方で巨漢の男が作業しており、ふと顔を上げてこちらに顔を向けた。
「おおーい! ロイド! 来てくれたのかー!」
牧場全体に響き渡る大きな声。彼――アレスは満面の笑みを浮かべて手をぶんぶんと振った。
「久しぶりだな、アレス」
「おー久しぶり! よく来てくれたなぁ、忙しいんだろ?」
「忙しいには忙しいが……討伐者の数がかなり増えたからな。前ほどではない。それに近くで任務もあるしな」
ロイドが討伐機関に所属してから三か月。あの初期段階はロイドしか討伐者がいなかったが、今は十六人いる。もちろん全員が元兵士であるため、余程のことがない限り任務に失敗することは無かった。
「それに……牧場に結婚っていう夢を叶えたんだ。しかも娘まで生まれた。流石に来るだろう」
「へへっ、ありがとうな。じゃあついてきてくれ!」
嬉しそうに笑うアレスは家に向かって歩き始め、それにロイドは付いて行った。
「初めましてロイドさん。アレスの妻、クレアです。いつもこの人からお話を伺っています」
アレスが結婚したクレアという女性は、穏やかながらも芯があるように見えた。顔もかなり整っており、美人といっても何ら差し支えないだろう。何となく、アレスがこの女性に惚れた理由がロイドには分かったような気がした。
「こちらこそ初めまして。ロイドだ」
ロイドも端的に挨拶をする。少し短くなってしまったのは、単にロイドが友人の妻へどのように対応したらいいのか、距離感をどうしたらいいのか分からないからだ。
そんなロイドの気持ちなど露知らず、アレスは自分の娘の自慢をし始めた。
やれ目がクリクリしているだの、笑顔が可愛いだの、手が小さくて柔らかいだの、よほど娘のことが好きなのか延々と喋り続けた。
「ちょっとあなた。ロイドさんが困っているでしょう」
「――む」
ようやくクレアが介入したことでアレスの娘自慢が止まる。
「いやぁ、悪いなロイド。ローズが可愛くて……あ、ローズは娘の名前な」
頭を掻きながら申し訳そうにするアレス。しかしロイドにはアレスを責める気持ちなど無かった。
「気にするな。ずっとお前は結婚したいって言っていたからな。牧場を持って、結婚して……更には子供まで生まれたんだからはしゃぐのは当たり前だ」
「いやぁ、そう言ってくれてありがとうな」
ロイドの言葉にアレスとクレアは嬉しそうにする。その二人と抱えている娘のローズを見て、ロイドは僅かに目を細めた。
誰がどう見ても幸せに溢れている光景で、家の中には柔らかく優しい空気が漂っている。窓から差し込む光が木目の床を照らし、黄金に彩られていてなんだか神聖な雰囲気を感じた。
日々魔獣を殺し続ける自分とは違う世界に住んでいる。嫉妬では全くないが、その世界には二度と入ることが出来ないだろうなという確信があり、心の底にしんしんと灰が降り積もっている。
血が、紫煙が、土汚れが、鈍色の武器が、己の世界を彩った結果、淡々と薄汚暗い褪せている世界となった。
眩しすぎるあちらの世界に背を向け、薄暗いこちらの世界に顔を向ける。余計な邪魔があちらの世界に入らないように、門番のように奴ら魔獣を殺す。改めてロイドは自分の役割というものを認識した。
「では、俺はそろそろ失礼する」
「え、もう帰んのか? もう少しいればいいのに」
アレスは分かりやすく残念な顔をする。こんな顔をしてくれる関係の人なんてそうそういることではない。ロイドは有難く思いながらも、首を横に振った。
「今日、ここに寄ったのは任務の道中だからな。もうそろそろ出なければいけない」
討伐者の数が少しづつ増えてきたとはいえ、難しい任務はロイドへ優先的に振り分けられる。また、近場であれば複数の任務を連続でこなしてから、本部へ帰ることもしばしば。休暇などあるはずもなく、毎日のように王国全土を飛び回っていた。
「なら仕方ないか。まあ、また来いよ! いつでも歓迎するからな」
「ええ、いつでも来てくださいね」
アレスとクレアは壁を感じさせない距離感でロイドを見送る。一方、ロイドは小さく笑みを浮かべて言葉を零した。
「……ああ。暇があったらな」
その言葉に含まれているのは羨望か後悔か。本人にも真意は分からないが、まるで取り戻せない何かを諦めているような音だった。
ロイドは家の外に出て、徐に見送ってくれているアレスたちに振り返る。
「最近、村から人が消える事件が多い。これに魔獣が関係しているのか定かではないが……くれぐれも気を付けろ」
変な不安を与えてしまうかもしれないので、当初の予定では言うつもりがなかったが、思わず口を開いて言ってしまった。
「ああ。わかった」
だが、アレスは恐怖の感情を出さず、真剣な顔つきで頷く。隣のクレアも変わらぬ表情のままだ。まあ彼女に関しては感情を押し殺しているだけかもしれないが。
とはいえ、これで忠告はした。一応、アレスは元兵士なので、ロイドはあまり心配はしていない。しかし娘のローズがいる。何故か嫌な予感は消えなかった。
「ではまた」
「またな」
「気を付けてくださいね」
去り際、ロイドの短い言葉にアレスとクレアは返す。そしてロイドは今度こそ振り返ることなく、馬に乗って去っていった。
***
それはロイドとアレスが再開してから四日後のことだった。
ロイドはラインハイムに近い場所の任務が終わったので、報告をしようと討伐機関の本部に足を踏み入れ、はたと気が付く。
「ヴァレンさん。なぜここに?」
いつもは本部の司令室にいるヴァレン。それが何故か、一階にある受付周辺に姿を見せていた。
「ロイド。丁度いい」
少し焦りが見られるヴァレンの表情にロイドは自然と喉を鳴らす。常に冷静なヴァレンが僅かに焦っているのだ。何か異常事態が発生したに違いない。
「よく聞け」
また、こうやって話してくると言うことは自分に関係あること。ロイドは身構えて冷静さを失わないように努めた。
「アレスの牧場が襲撃された」
「――っ」
危ない。身構えていなかったらもっと驚愕しただろう。ロイドは自分の目が見開かれているのを感じて、唾を飲み込む。
続けてロイドは思考を駆け巡らせた。牧場はどうでもいい。だが、アレスやクレアは無事なのか、そして彼らの娘のローズは……。
しかし次の言葉を聞いて、ロイドの意識は白く染まった。
「アレスの娘――ローズが連れ去られた」
勇者物語の後始末 文月紲 @citrie
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