第9話 魔王とは魔獣とは

 乱入してきた未知の魔獣、醜鬼を大きくした形なので仮に<大醜鬼>と名付けようか。ロイドはその大醜鬼の些細な挙動すらも見逃さないように集中していた。


 相手は大醜鬼と三体の醜鬼。先ほどまでは容赦なく襲いかかって来たのに、醜鬼は三体とも大醜鬼の傍で待機している。状況から推測すると、大醜鬼は醜鬼を統率しているような存在なのか。


 とはいえ、危険なのは依然として大醜鬼のみ。醜鬼は大して危険ではないので、警戒の度合いを低くしても良いだろうとロイドが考えていると、大醜鬼がその巨体を揺らしながら動いた。


「ゴァッ!」


 ダンッ、と地面が爆ぜるような音が響き、大醜鬼が大きく跳躍する。着地点はどう考えてもロイドの場所。あの巨体に圧し潰されたら間違いなく深い傷を負う。ロイドは冷静に軽く後ろへ飛び退き、大醜鬼の着地に合わせて一本のダガーを投げ放った。


 投げられたダガーは狙いが逸れることなく大醜鬼の胸へ飛んでいく。これが醜鬼だったら絶命は必死。しかし、ダガーは刺さることなく、大醜鬼の皮膚に弾かれた。


「なるほどな……」


 予想以上に皮膚が硬い。それなりに力を込めて斬らないと傷はつかないだろう。現段階で判断できる情報を整理したロイドは、正面から迫る大醜鬼の右拳を半身になって避けた。


 拳圧によって髪が揺れ、空気が唸る。避ける動作の流れで、ロイドはがら空きになった大醜鬼の右脇腹を一閃。


「グ……ゴァッ!」


 一瞬、大醜鬼は怯むも、下がることなく今度は捕まえようと掌を広げる。だが、ロイドは腰を入れながらブロードソードを振るって、大醜鬼の指を数本斬り飛ばした。


 同時にロイドは反転して背後から襲い掛かる醜鬼を斬り殺す。一呼吸、三振りで三体の醜鬼を紫煙に変え、再び目線を大醜鬼へ。


 無事な右手を振りかざした大醜鬼は、ロイドを目掛けて芸もなく拳を振るう。当然のようにロイドは躱し、大醜鬼が振るった右拳は地面を穿つ。


 まるで爆発の魔術を使ったかのような威力だ。砂埃が辺りに舞い、地面がビリビリと振動した。


 おそらくこれが直撃したら無事では済まない。もちろんロイドでも骨は折れるし内臓は簡単に潰れるだろう。しかし、当たらなければいいことだ。


 ロイドは攻撃後に生じる僅かな硬直の隙を逃さず、地面を穿った右腕を足場にして高く跳ぶ。まるで体重が無くなったかのような身軽さで、大醜鬼の背丈を超えたロイドは、落下と合わせて大醜鬼の脳天にブロードソードを振り下ろした。


 それに気が付いた大醜鬼は腕で防ごうとするがもう遅い。落下速度と全身筋肉が加わった振り下ろしは、簡単に大醜鬼の頭部を切り裂き、首を切り裂き、果てまでは胸部から腹部までを切り裂いた。


「ふむ……」


 音もなく地面に着地したロイドは残心を怠らないで周囲を警戒する。大醜鬼は既に姿が崩れていって紫煙が立ち上っているが、ボロボロの家屋にまだ醜鬼が潜んでいるかもしれない。


 ロイドは廃村の家屋を一つずつ確認していく。基本的に醜鬼を含め魔獣は、隠れて奇襲をするといった脳がないので、ロイドの懸念は必要なかった。


 しかし未知の魔獣である大醜鬼が現れたことにより、他にもいつもとは異なる点が存在する可能性がある。だからロイドは徹底的に懸念点を解消するのだった。


 廃村といえども、ボロボロの家屋はかなりの数がある。なので全てを確認する作業にはそれなりの時間が掛かった。そして、ようやく全ての確認作業を終えたロイドは腰に憑りつけた信号弾を取り出す。


 撃つのは青か黄か。ロイドは少し迷ったが、大醜鬼という緊急性は低いが異常が生じたことは確かなので、黄を空に向けて撃った。


 空に勢いよく昇っていく信号弾は上空で弾け、黄色の煙が広がる。この色を見ると兵士時代を思い出すな、とロイドはふと思った。


 幾ばくか時間が経ち、森の中からギルが姿を現す。


「おうおう、お疲れさん。まずは終わったみてぇだな」


「ああ。家屋の中も確認したが、全ての魔獣を殺した。もう一体たりともいない」


「慎重だねぇ。で、問題は?」


「俺の知らん魔獣が現れた」


「――なに?」


 ギルは怪訝そうな表情を浮かべる。


「つまり――新種っつーやつか?」


「おそらくな」


 魔獣の群れと魔王軍は同一である。故に、その魔王軍と五年もの間、ずっと戦ってきたロイドが知らない魔獣なんているはずがない。つまり大醜鬼は今までに存在しない新たな魔獣ということだった。


「どんな魔獣だった?」


「醜鬼を何倍にも大きくした奴だ。背丈は俺より頭四つ分ほど高く、筋骨隆々で皮膚が硬い。ダガーを投げても傷一つつかなかったほどだ」


「もしかしてあの穴はそいつがやったやつか?」


「ああ。奴が殴ってそうなった」


 ロイドは頷く。ギルの目線の先には大醜鬼の拳によって作られた穴。その破壊力を想像して思わずギルは顔を引き攣らせた。


「おっかねぇ……まあ取り敢えず戻るか」


「そうだな」


 この場で考えても仕方がない。まずは代官に報告して次はヴァレンだ。ロイドとギルは廃村を後にした。




***




 ロイドが廃村に現れた道の魔獣、大醜鬼を討伐した三日後。ラインハイムの討伐機関本部に彼の姿はあった。


「ご苦労だった。では報告を聞こう」


 いつもの一室でヴァレンとロイドは机を挟んで座っている。


「まず予定通り、任務は滞りなく完了しました。廃村に巣食う醜鬼は全て討伐し、アルペンの危機は去ったかと。ただし、問題が一つ発生しました」


「……ほう」


「未知の魔獣……醜鬼を巨大にさせたような魔獣が現れました」


 ヴァレンは続きを促し、ロイドは口を開く。


「攻撃方法は素手。しかし皮膚が硬いので生半可な攻撃は通らず、逆に向こうは筋骨隆々なので一発でも攻撃を受ければ戦闘不能になる恐れがあります。元兵士でも一人で殺せるのは、半分を切るでしょう。因みに……ヴァレンさんは知っていますか?」


「いや……私も知らないな。そのような魔獣は」


 どうやらロイドより長く戦ってきたヴァレンでも知らないようだ。これはもう明らかに未知の魔獣と言っても良いだろう。


「……私はずっと疑問を持っている」


 静かにヴァレンが話し出す。


「魔王が討伐されたことによって魔獣は消えた。これは確かだ。しかし……魔獣が再び現れた。ではなぜ再び魔獣が現れたのだろうか」


 これは大前提の疑問だ。魔王を勇者が討伐したことによって消滅した魔獣。それなのにも拘わらず、こうやって再び魔獣が現れた。今度は統率者がいないので、大陸中に散っていく形で。


「再び魔王が現れたのかとも思ったが……魔獣が統率されていないので違う。自然発生するものなのか……これは五百年以上前の記録では魔獣がいないとされていたので違う」


 初めてこの大陸に魔獣が現れたのは魔王が出現したからだ。これは事実であり、証拠づける幾つもの史料が残されている。


「全く不透明ですね……」


「ああ。情報が少なすぎて見えるものも見えてこない」


 魔王、魔獣、聖剣、関連するのはこれらだろうか。そもそも魔王がどうやって現れたのかすら判明していないので、魔獣なんて以ての外である。


「このようなことについて誰も調査していないんですか?」


 ふとロイドは尋ねる。


「一応、調査する組織は少し前に作られた。が、上は根本の解決……つまり魔獣の発生原因を探って魔獣を発生させない方法を見つけるという方向に、あまり現実的だと思っていない。だから積極的ではないのだ」


「なるほど……」


 手掛かりが殆どない現状で、根本的な解決を図るのは得策ではない。更には予算も無限ではなく限られている。だから上層部は調査の方面ではなく、出来るだけ被害を少なくする方面に力を入れているのだろう。


「つまり俺たち討伐機関を重視しているということですか」


「そうだ」


 別にこれは上層部が怠惰でも傲慢なわけでもない。限られた予算の中で、最大限被害を抑えるという考えの元、動いているだけだ。


 しかし、根本の解決をはなから諦めているのも事実。まだ未熟なだけかもしれないが、その点がロイドとしてはモヤモヤしていた。







―――――――――――――――


ここまで読んで下さりありがとうございます。

これでこの章は終わりです。

次章から大きく動きますので、よろしくお願いします。


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