第8話 討伐と乱入者

「お前さんが討伐者っつー奴か?」


 北門でロイドを待ち受けていたのは、雑に纏めた髪に無精ひげを生やしている粗暴そうな男だった。服も薄汚れた革鎧を身に着けているので、お世辞にも清潔とは言えない。しかしロイドの目は、上等の冒険者だと判断していた。


「ああ、俺は討伐者だ。名をロイドという」


「カカッ、そうかそうか。俺はギル、冒険者だ。自慢ではないが、腕は立つから安心してくれや」


「俺はお前が予定通りの仕事をしてくれれば不満はない」


 いつもの表情を崩さずロイドは言うと、ギルは動きを止めて口角を持ち上げる。


「……いいねぇ。お前さんとは上手くやっていけそうだ」


「そうか。ならば件の廃村に案内してくれ」


「了解了解。俺に付いて来な」


 ニヤリと笑ったギルは地面を蹴って走り出す。どうやら強化の術式を組んでいるようで、かなり速い。だがロイドもこの程度ならば朝飯前。同じように強化の術式を組み、走り出した。


「涼し気に付いて来るとは……流石は元兵士なだけあるねぇ」


「……お前こそ速いな。この速度、他の兵士の中でも上位だぞ」


 強化の術式を用いる走りの速度は、素の身体能力と術式の練度に影響される。ギルもロイドも何気なしに走っているが、その速度はかなりのもの。ロイドが言う通り、兵士の中でもこんなに速く走れる奴は少なかった。


「カカッ、お褒め頂き光栄だ」


 特徴的な笑い方をしながらギルは続ける。


「一応、俺は勇者が魔王城を見つける手伝いをしてたんだぜ? 魔獣がうようよいる中をしょっちゅう走ってたら、こんなにも速くなるさ」


「――なに?」


 まさかの事実にロイドは思わずギルの顔を見る。


「ま、手伝いって言っても、俺以外にもかなりの数がいたけどな」


 ギルは謙遜するように言葉を付け加えるが、ロイドはそれで評価を下げることはしなかった。


 ロイドだって魔王城を探すために冒険者が動いたことは知っている。聞いた話では何人もの冒険者がそれで死んだはずだ。つまり、未だに生きているギルの冒険者としての実力はかなりのもの。


 これは想像以上だなと思いながらロイドは走り続けた。




 廃村は森の中にあると聞いていたが、思ったより陰湿な印象を受ける。もう目的地まで近いのか、歩きに変わったギルの後を追いながらロイドは漠然と感じていた。


 そんな二人の間に会話はない。片方は冒険者として、片方は討伐者および元兵士として、意識を切り替える場面を十分に理解しているのだ。


 気を抜いていたら死ぬ。互いにとっての常識であり、それ故に先ほどまでのお喋りは無くなっていた。もう二人は仕事の思考に切り替わっている。


「止まれ」


 小声でギルが指示を出し、ロイドはそれに従って足を止める。


「あれか」


「ああ」


 ロイドが指差しギルが頷く先には、目的地である廃村。そして今回の討伐対象である魔獣、醜鬼の姿があった。


「お前さんにはこれを渡しておく」


「信号弾か」


 ギルがロイドに渡したのは術式が刻まれている信号弾。兵士だった時によく使っていたものと同じ形だ。


「問題なく任務が終了した場合は青、緊急性の低い問題が生じた場合は黄、緊急性の高い問題が生じた場合は赤を空に撃ってくれ。使い方は分かるか?」


「大丈夫だ。兵士の時に何度も使ったことがある」


「なら平気だな。じゃ、せいぜい頑張ってくれや」


 その言葉を最後にギルは煙のようにその場から消える。一切音を立てない動きに、ロイドはただただ感心した。


 信号弾を腰に括り付け、改めて自分の装備を確認する。今回の魔獣は小柄の醜鬼なので使う武器は必然と小さい方が良い。故に主な武器はブロードソード。予備にダガーを四本。これで十分。あとは水筒に携帯食料、そして信号弾。


「ふぅ……」


 息を吐いて集中を深める。いつでも武器を抜けるように、手はブロードソードの柄に添える。極力足音を立てないようにしながら、ロイドは廃村に近づいて行った。


 別にロイドとしては醜鬼に幾ら群がれても殺されない自信がある。しかし面倒で疲れることは確実なので、出来るだけ各個撃破を狙いたい。障害物で身を隠しつつ、抜き足差し足、気配を消しながら。


 まずは集団から離れている三体の醜鬼。ゆらりと体を揺らして地面を蹴り、ロイドは奴らの目の前に躍り出た。


 一瞬で抜剣、一呼吸で三振り。首を刎ね飛ばし、頭の一部を削ぎ落とし、脳天からうなじまでを叩き割る。三体の醜鬼は同時に力なく倒れ、紫煙と共にボロボロと姿が崩れていった。


 ここまでくれば流石にロイドの存在に他の醜鬼は気が付く。まるで死体に群がる羽虫のように、奴ら醜鬼は気色悪い声を出しながら襲いかかって来た。


 対するロイドは家屋の壁を背に待ち構える。醜鬼の攻撃手段は鋭い爪による引っ掻きと噛みつき。この制服を着ていれば攻撃は通らないと思うが、総額数百万の服に傷をつけたくないので、全てブロードソードで切り伏せるつもりだった。


――来る。


 視界が醜鬼の姿で埋まったロイドは、右足を踏み出してブロードソードを振るう。


 入念に砥がれたそれは、醜鬼の体を軽々と切り裂き、その全てを絶命させた。


(感は忘れていないな……)


 次々と襲いかかってくる醜鬼を殺しながら、ロイドは一安心する。


 北方諸国で黒鎌獣を殺した時も思ったが、旅の途中でも鍛錬をしていたお陰で腕や感が全くと言っていいほど鈍っていない。あの時はこんな状況になるとは思ってすらいなかったが、結果的には鍛錬していて正解だった。


 腰を捻り、体の全体でブロードソードを振るう。正面から飛び掛かってくる醜鬼は胸を突き刺し、左右からの醜鬼は首を刎ね、偶然隙を突いて襲ってくる醜鬼は強化した脚力で蹴り飛ばす。


 普通の生物だったらもうブロードソードは使えなくなっているが、あいにく魔獣には血液や脂はないので、まだまだ使える。また、強化の術式を組んで向上した身体能力から繰り出される蹴りは、簡単に醜鬼を絶命させた。


 醜鬼が間合いに入るや否や、瞬で斬る。辺りには死んでいく醜鬼によって紫煙が立ち込め、まるで紫色の雲の中にいるようだった。


 もし醜鬼に知性があったら既に逃げているだろう。ロイドとの差は圧倒的。万が一にも勝てる要素がない。しかし、醜鬼を含めた魔獣に知性は存在しない。人間を食うという嫌悪感溢れる本能しか持ち得ていないのだ。


「――シッ!」


 ブロードソードを振るう、幾度も振るう。もはや戦闘ではなく作業と化しており、段々と醜鬼の数は少なくなってきた。


 見たところ、あと十五体ほど。相変わらず襲ってくる醜鬼を切り伏せながら、ロイドは周囲を警戒する。報告では醜鬼だけとのことだが、他にも魔獣がいるかもしれないのだ。警戒しないという慢心は一切なかった。


「よし……」


 残るところ三体。もう少しで任務は終了。最後まで襲ってくる醜鬼を斬り飛ばそうと足を踏み出し――――。


「――ッ!?」


 そのまま大きく前方に飛び、反対に振り返る。


 同時にロイドが背にしていた家屋の壁が破壊され、ガラガラと木片が崩れ落ちる音と共に巨大な姿が現れた。


「これは……」


 醜鬼と同じ緑色の肌。爪と牙の形状も同じ。ただ、その体躯は醜鬼の数倍大きく、筋骨隆々である。体の大きさでいったら、比較的体格のいいロイドを遥かに凌ぐほどで、兵士時代の友人である巨漢のアレスよりも大きい。


 そしてなによりも、目の前の魔獣はロイドが見たことのないものだった。


「ふー……」


 驚きや疑問は多々あれど、取り敢えず今は奴を討伐しなければならない。危険性は醜鬼より遥か上で、おそらく黒鎌獣よりも上だろう。


 こいつが醜鬼を引き連れて街を襲ったら、甚大な被害が出ること間違いなかった。


「まあいい。まずはお前を殺す。考えるのは後だ」


 未知の魔獣。しかしロイドは焦りも臆しもしない。この程度、元兵士のロイドにはどうってことないのだ。


 首を鳴らしたロイドはブロードソードを握りしめ、強く地面を蹴った。







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