55 江郷逢衣は唯一無二のアンドロイドである。
麻里奈が愛依に拉致された次の日。玄関で覚醒した麻里奈は学校へと急いだ。約一か月ぶりの登校であった。アンドロイドの襲撃を受けた筈の学校は未だ休校になっておらず、何事も無かったかのようだった。
息を切らしながら教室に辿り着くと、いつも逢衣とつるんでいた面々が此方を見るなり目を丸くして驚いていた。
「野上……!?」
「……どうしたのよ、そんな血相を変えて——」
「皆!! ちょっとこっち来て!!」
麻里奈は有無を言わさず逢衣の親友達を連れて教室を出る。無論、織香達も纏めてである。
「んだよ、今更アタシらに何の用なんだ?」
「お願い!! あたしに力を貸して!!」
誰も居ない所へと場所を移すなり、麻里奈は頭を下げて懇願した。話が見えていないのか、全員困惑し、ざわつき始めた。
「いきなりどうした? ワケ分からねぇよ……」
「どういう事っしょ?」
「お願い!! 逢衣を……逢衣を助けて!!」
その名前を口に出した途端、一同は静まり返った。その反応は、逢衣の正体を知った時の自分と全く同じであったので察する事が出来た。
「麻里奈ちゃん……逢衣ちゃんは……」
「分かってる!! 逢衣は……アンドロイドなんでしょ!?」
「野上さんも分かってるなら——」
皆の反論を遮り、麻里奈は続ける。
「それでも……お願い!! 今更どの面下げて頼んでるんだって言いたいんだけど、逢衣を助けて欲しいの!!」
「……人間じゃないんだぞ? アンドロイドだぞ? どうして其処までやるんだ?」
自分でもよく分からなかった。逢衣が人間じゃなかった時、始めこそ受け入れる事が出来なかった。そんな身勝手で、愚かな人間だとしても逢衣は優しかった。ずっと優しかった。
『……麻里奈。今まで、申し訳ありませんでした』
霞む意識の中、逢衣はそう告げて去ろうとしていた。まるで死にに逝く様に見えた。行かないでと手を伸ばしても、声を出そうとしても、届かなかった。
「……逢衣は、たまに抜けてて、ワケ分かんない事ばっか言って、いっつも自分の事は後回しで——」
「……」
「けど、優しくて……! 友達想いで……! こんなあたしでも逢衣は見捨てなかった……! アンドロイドだとか、人間じゃないとか、そんなの関係無い……!」
つくづく逢衣は奈津季に似ている。似ているからこそ、あの忘れたいのに忘れたくない過去が重なる。だからこそ、今度こそ、その忌々しい因縁に終止符を打ちたい。麻里奈は人目を憚る事無く涙を流した。
「あたしは……っ! あたしは!! 逢衣に逢いたい!! 逢衣を助けたい!! 逢衣と仲直りしたい!! ただ……それだけっ……!!」
有りっ丈の本心を全員にぶつけた。これ以上は涙が邪魔をして、上手く言葉に出来ずに嗚咽する。それでも駄目なら一人ででも助けに行くつもりだった。
「……何泣いてんだよ、アホ」
真っ先に沈黙を破ったのは織香だった。俯いていた顔を見上げると、まるで憑き物が落ちたかのような笑みを麻里奈に見せていた。
「初めてかもな。お前の事、ちょっとでも仲良く出来そうだって思ったのは」
「早舩……!」
織香だけではなかった。全員が彼女に対して好意的な視線を向けている。
「僕も助けたい! 江郷さんには助けて貰ってばかりだったから!」
「江郷が居なきゃ琢磨さんも悲しむからな」
「江郷さんに逢いたい、ね。確かに私もそう思っていた所よ」
「そうそう。あんな一方的な別れ方はマジで有り得ないっしょ」
「ウチも逢衣ちゃんにちゃんとお礼言えずにお別れは嫌~!」
「野上! オイシイ所一人で持って行こうたってそうはいかねーからな!」
「俺に任せておけば何の問題無いぞ!! ワハハハハ!!」
バラバラだった面々が初めて一致団結した。皆、逢衣の事は大事で、逢衣の友達で、逢衣の力になりたいと思っていた事を始めて知れた。自分の気持ちと全く同じであった事に麻里奈は感涙した。
「皆……! ありがとう……!」
こうして麻里奈達は学校を抜け出し、各々逢衣を助ける手筈を
※
劣勢に立たされたアンドロイド達が本拠地へ撤退していると看破した麻里奈達はバレない様に追跡し、東京の中心部に建立している研究センターへと辿り着く事が出来た。逢衣はきっとこの施設内に居るのだろうが、突入するのは危険であったので暫く待機する事にした。
「にしても野上。やっぱお前色々とすげーよな。スパイとか向いてるんじゃないか?」
「そんな野蛮な仕事、するワケないでしょ」
「どのクチが言ってんだか——」
物陰で織香と軽口を叩き合っていると、突如として爆破した。四方八方に大量のアンドロイドらしき機械が雨の様に降り注ぎ、墜落する。麻里奈達の表情は一気に蒼褪めた。
「そんな……!!」
「おい……江郷は無事なんだよな? ……おい! おい聞いてんのか野上!!」
麻里奈が膝を着く。この爆発に巻き込まれているのなら、きっと一溜まりも無く破壊されたのだろう。また大事な者を救う事が出来なかった。絶望し、泣きじゃくっていると懐かしい声が聞こえてきた。
――ちゃん。お姉、ちゃん——。
「……奈津季?」
「はぁ!? 何言ってんだよ!? お前——」
顔を見上げると、目の前には奈津季の姿が見えた。幻である事は理解出来た。それでも自分の愛していた妹が其処に居た。
「奈津季!! 待って!!」
「おい!! 急にどうしたんだよ!!」
奈津季と目が合うと、姉から逃げる様に背中を向けて走り出した。麻里奈は堪らず追い掛けていく。反発する磁石の様に近付こうとすれば近付こうとすれば離れていく。一定の距離を保ったまま、麻里奈と奈津季は燃え盛る東京の中を駆けていく。
「……!」
奈津季が突如として足を止めて振り返った。彼女は何も言わなかったが微笑みながら静かに消えていく。消えた先には爆発で吹き飛ばされたと思われるアンドロイドの残骸の山が見えた。そして、その中には大破しているのにも関わらず諦めないでいる一人のアンドロイドが居た。
「……奈津季、ありがとう」
非現実的な話であるが、死んだ筈の奈津季が逢衣を助けてくれた。奈津季は死んでも自慢の妹だという事を改めて知れた。麻里奈は涙を堪えて微笑み返したのであった。
※
「……にしても、これからどうする?」
「研究所で直そうと思ったんだけど、今は絶対戻れないんだよねぇ」
麻里奈達は車内でこれからの事を話し合う事にした。琢磨曰く、いつも逢衣の修理と点検をする施設は今頃警察が乗り込んでいて利用する事が出来ないのだと言う。
「それって、其処じゃないとダメだったりすんの?」
「そうだね……、必要な機材が結構多いから、それらを設置出来る場所を確保出来れば二か月位で直せそうだと思うけど……今の東京にアイたんを匿えそうにないんだよね……」
そっと窓から外の景色を眺めてみる。都内の至る所に軍隊が蔓延っており、停車して機械部分が露出している逢衣を運ぼうとしている所を見られたら間違いなく突入されるだろう。
「……あ。あったわ、江郷を安全に匿いつつも修理が出来そうな所」
織香が何かを閃いた様だった。彼女が供述する住所をカーナビに登録し、車を高速道路へと走らせていくのであった。
「……今更何の用だ」
神奈川県の都心部にある豪邸に辿り着いた。どうやら織香の実家らしい。医者の家系で歴とした令嬢であるが、折り合いが悪くなってずっと家出していた織香が突如として帰って来たものだから父親は毒虫を見る様な目で娘を睨んでいた。
「この家って確か使ってない大部屋あったよな? 二か月ばかり利用させて貰うよ」
「……知能だけでなく恥も捨ててきたのか? お前はもう早舩家の娘じゃない。さっさと帰れ」
案の定、受け入れて貰える筈が無く、麻里奈達は追い返されそうになった。織香は鼻を鳴らして口角を吊り上げると、スマートフォンを取り出してとある写真を見せつけた。
「そ、それは……!!」
「婿養子のオメーのこんな写真を爺ちゃんが見たら……オメーも早舩家の人間じゃなくなるかもな?」
「き、キサマ……!」
「二か月! 二か月だけアタシらの出入りを何も言わずに見ないフリしてくれたらこの写真は消してやる。一生に一度の娘のおねだりくらい聞いてくれよな、お父様?」
織香の強引な交渉もあって即席の作業場所を確保する事が出来た。直ぐに逢衣を運び込み、必要な機材と部品を調達する事となった。
一か月経過した頃、とあるニュースが流れてきた。
「琢磨さん! AIの開発禁止の法案が可決したんだって!」
「ああ……、そうみたいだね」
血相を変えて麻里奈が報告しているにもかかわらず、琢磨は毛ほどにも気にしていない様子で作業する手を止めなかった。
「……聞いてる!? AIの開発禁止って——」
「聞いてるよ? 僕達がやってるのはAIの開発じゃなくてアイたんの修理だから何の問題も無いよ」
とんだ揚げ足取りの屁理屈を述べる琢磨を前にして、麻里奈はこれ以上何も言えなかった。
※
更に一か月が経った。期限内に逢衣を完全修理する事に成功した琢磨達は部屋に集まって彼女の復活を今か今かと待ち構えていた。
「行くよ」
琢磨が大きなボタンを押し込むと、少女の閉じていた目蓋が開く。ゆっくりと上半身を起こし、二つのレンズを琢磨達の方へと向ける。台から脚を降ろし、地面を踏みしめて立ち上がった。それと同時に、首から下の無機質で装甲同士の継接ぎ部分が目立って仕方がない白いボディが忽ち人間の様なきめ細やかな肌の色へと変色し、繋ぎ目は跡形も無く消え去った。
「おはよう、アイたん」
「……おはようございます、タクマ様」
「やった!! 逢衣が元に戻った……っていうか何で裸!?」
特殊な化合物が通電する事によって人間の肌を再現しているらしい。つまり、今の逢衣は素っ裸で突っ立っている様にしか見えないのである。
「いや皆、裸と言ってもアンドロイドだよ――」
「エッチ!! ケダモノ!!」
彼女の裸体を見て激しく赤面する男子達。それを激しく咎める女子達。馬鹿騒ぎしている光景を見て、逢衣は平坦な笑い声を上げたのであった。
※
「何もかも全部分かってるって!! いい!? 迎えが来るまで大人しく待っててよね!! それじゃあね!!」
琢磨が電話を切った。どうやら大助と話していたらしい。活動可能になった以上、大助に下された命令を果たさなければならない。
「……タクマ様。私、マスターの所へ行かなくてはなりません」
「うん。そのつもりだよ。悪いけど、アイたん一人で大ちゃん迎えに行ってくれる?」
「問題ありません」
冬服を身に纏い、逢衣は大助が彷徨っていく山形へと向かう。その途中で、逢衣の大事な友人達が門出を見送ろうとしていた。
逢衣は思わず立ち止まってしまった。麻里奈達は笑顔で送り出そうとしているが、必死に涙を堪えようとしているからだ。
「……皆さん。また明日、です」
—―科学が想像以上に発展していった20XX年。人々は行き交う人間の群に何一つ疑問を抱く事無く、目を留める事無く雑踏を掻き分けて社会に溶け込んでいる。その中にアンドロイドが紛れ込んでいるとも知らずに。
—完―
機械少女にアイを込めて 都月奏楽 @Sora_TZK
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