54 江郷逢衣は絆を紡いだ。

 時は遡る事、二か月前になる。銃弾の嵐を直撃した逢衣は大破し、歩行機能を失ってしまった。大助に抱えられて逃げ出そうとしているが、このままでは共倒れになると予想した逢衣は大助だけでも生き残る可能性が高い行動を選ぶ事にした。


「この馬鹿!! 早く行け!! 江郷大助!!」

「っ……! 絶対……! 帰って……来いよ……!」


 きっとアンドロイドにあるまじき言葉を放ったのだろう。だがそうでもしないと大助は助からない。罵倒を受けたマスターは漸く一人で脱出する事を決めた。




「……申し訳、ありません、マス……、ター……。それは……遂行……出来そうに……ありません……」


 案の定、逢衣は歩くどころか立つ事すら儘ならない状態であった。爆破までのリミットは刻一刻と迫っているが、振り切れそうになかった。


「……マス……ター、アンドロイドで……ある筈の……私が……、此処まで……人間と……して……、生きる……事が出……来て……嬉し……い……です……」


 残り時間は三十秒を切った。もう助からないだろう。逢衣はゆっくりと膝を着き、破壊を受け入れる事にした。大助が無事脱出出来たかどうか、それだけがどうしても気掛かりであった。


 全損し、機能が停止する前に此れまでのアーカイブを振り返るとする。


 此れまで様々な人間達と出会い、交流を深めてきた。大助や琢磨の様な優しい人間も居た。我欲を満たす為に堕落する邪悪な人間も居た。犯した罪を受け入れ、本来の清き心を取り戻した人間も居た。弱い心を誤魔化そうとして傷を深める人間も居た。とてもじゃないが、パターンが無尽蔵過ぎるあまり全てを学習するのは不可能に近い。


 本当ならば、もっと知りたかった。こんな所で消えたくなんてなかった。端的に言えば、もう一度だけ、皆に逢いたかった。


 —―逢衣!! 死なないで!!


 ふと愛依の声が聞こえた気がする。ふと見上げてみると、強制シャットダウンされていた筈のアンドロイド達が起動を再開し、逢衣を囲う様に陣形を作っていた。


「どう……いう……つもり……です、か……」

「……タッタ今、イリマメイガ命令ヲ下シタ。エゴウアイヲ守レ、ト」

「我々ハソレニ従イ、オマエヲ守ル」


 それはつまり、自ら犠牲になってでも死守しろ、という残酷なものであった。本来ならば命令に背く事だって出来た筈だ。それでもアンドロイド達は身を挺してでも逢衣を護ろうとしていた。


「エゴウアイ。オマエハ此処デ死ンデハナラナイ。生キテ、我々ノ代ワリニ愚カナ人間達ヲ守リ続ケロ」

「皆……さん……」


 無機物に心が在るとは思えない。しかし目の前のアンドロイド達は確かに心を宿していた。逢衣はその心を動かしていたのであった。


「頼ンダゾ——」


 その言葉と共に、大きな轟音と爆風が逢衣達を襲った——。



 逢衣は分厚い盾となっていたアンドロイド達と共に吹き飛ばされ、地面に墜落した。大量の犠牲を払った甲斐もあってか直撃を免れ、逢衣はまだ稼働していた。


 ――直立、不能……。


 それでもほんの僅かに漏れた衝撃を受けてしまい、逢衣は身動き一つ取る事すら出来なかった。


 ――移動を開始、する……。


 それでも逢衣は諦めずに、身体を捻り、地面を這いずりながらこの場から離れようとした。


「おい! 何だこの大量のアンドロイドの山は!?」


 ――危険。速やかに退避、しなくてはならない……。


 懸命に藻掻くが、逃げ切る事なんて出来ない。直ぐに詰め寄られ、軍の人間が銃口を突き付けた。


「おい、コイツまだ動いてるぞ!!」

「でも壊れかけてるじゃねぇか」

「構うもんか!! 一思いに破壊してやる!!」


 ――回避、不可。


 逢衣が諦めかけた瞬間、突如として聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「うわああああっ、アンドロイドだぁぁぁ」

「きゃーっ、助けてー、誰かー」


 間違いない。城戸隆司と布江黒子のものだ。その二人が何故か近くに居て、叫んでいる。本当に理由は分からなかった。


「おい行くぞ!」

「コイツは?」

「放っておけ! どうせすぐ壊れて動けなくなる!」


 奇跡的に危機を免れる事が出来た。軍人二人が立ち去った後、大破している機体を担ぎ上げる新たな二人の姿が確認出来た。それは、逢衣がずっと望んでいたものであった。


「行くぞ野上!」

「足引っ張らないでよね早舩!」


 左には早舩織香。右には野上麻里奈。ずっと対立していた筈の二人が何故か息を合わせて逢衣を運ぼうとしていた。


「早……舩……さん……麻里……奈……どう……して……」

「話は後! ちゃっちゃと此処から離れるよ!」


 そのまま二人は現場から離れていく。ずっと人間だと偽ってきたアンドロイドを何故助けるのか、理解出来なかった。


「おい! お前達何をしている!」

「やばっ!」

「逃げるよ早舩!」


 駆けつけてきた増援に見つかってしまい、織香と麻里奈が速度を上げて逃げようとした。到底振り切れるものではない。自分を捨てて逃げろと言おうとした時、また新たな異変が訪れた。


「いやぁーん! アンドロイド怖ーい!」

「助けてっしょパパー!」

「な、何だ君達!?」

「離せ! それにパパではない!」

「イライラした時は~、甘い物~!」


 銃を持っている危険な相手にも関わらず、武田沙保里、茨木莉奈、飯田美也子は前に立ち塞がり、媚びた声と共にしがみついて妨害を開始した。


「……どう……して……」

「……はぁ?」

「どう……して……私を……助ける……の……ですか……私は……アンド……ロイドで……皆さんを……ずっと……騙し……ていた……筈……なのに……」


 愚問だな、とばかりに麻里奈は大きく溜息を吐いた。


「アンタの大好きなサケニギリマンは困ってる人を見掛けたらどうするの?」

「助け……ます……」

「分かってるならイチイチ聞かないでよねっ!」


 麻里奈はちょっと気恥ずかしそうにしながらつっけんどんに返した。それを見た逢衣はこれ以上何も言えなかった。


「野上! 止まれ!」


 二人は急停止し、身を隠す。前方の道から大勢の軍人が出口を塞いでいた。突破出来そうにも無く、二人は焦っていた。そんな麻里奈達の憂いを断つように、大きな叫び声が聞こえてきた。


「うおおおおおおお!!! 俺はアンドロイドの日野雄太だあああああ!!!」


 別方向から突撃した日野雄太が大音量と共に軍隊目掛けて竹刀を振り回しながら暴れ回る。彼の怒号と奇行は忽ち全注目を掻っ攫う程であった。ふと後方へ見やった雄太が早く行けとばかりに顎を動かし、麻里奈達の逃亡を援護したのであった。


「……おい、コイツは本当にアンドロイドなのか?」

「そんなワケないだろ、馬鹿馬鹿しい……」

「――ならこれでどうだああああああ!!!!」

「うわあああ!! お前何やってるんだぁぁぁ!?」


「……サイッテー」


 小春日和の肌寒い日であるにも関わらず、身に纏っていた剣道着を脱ぎ捨てて、雄太は一糸纏わぬ姿となる。股間の竿を振り回しながら襲い掛かろうとしている醜態を見てしまい、織香と麻里奈は赤面しつつ顔を顰めていた。


「織香!! 乗って!!」


 路地裏を抜けた逢衣達の前にセレナが停車し、助手席の窓が開く。其処から安藤紗仁の姿が見えた。麻里奈達は急いで後部座席に乗り、スライドドアが閉まると同時に発進し、軍からの追跡を振り切る事に成功した。


「……琢磨さん、本当に有難う」

「ううん、礼を言うのはこっちの方だよ紗仁ちゃん。……無事、ではないにしても間に合ってよかったよ、アイたん」


 運転していたのは天堂琢磨であった。紗仁は琢磨を頼り、父の車を借りて現場まで駆けつけてくれたらしい。此れまで出会った人間達が何の見返りも無い上に危険を冒してまで助けたという、非合理的行動の余り、逢衣は言葉が見つからなかった。車体が揺れ、身体を支える事が出来ず、逢衣は倒れ込む様に麻里奈の両膝に落ちた。


「……全く、ボロボロじゃない。ほんっと、アンタはあたしが居ないとダメね」

「……申し訳……ありま……せん……」

「……あたしも、アンタが、居ないと、ダメダメになっちゃうからぁ……」

「……はい」

「逢衣……!! 生きてて……本当に……良かったぁ……!!」



 雫が数滴、逢衣の顔に垂れてくる。麻里奈は涙を流していた。泣いているが、それは悲しみによるものではなく嬉しさによるものであると理解出来た。


「……私も、生きてて、本当に、良かった……です」


 やっとの思いで麻里奈の心に掛かっている暗雲を取り除く事が出来たと知った逢衣は、そのまま眠りに就く様に目蓋を閉じたのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る