第6話 太祖プローグ

「どんな人だったんですか?」


 俺がそう聞くと、オリビアは腕を組んで目線を左上にあげ、うーんと唸った後に語り始めた。


「その鍛え上げられた肉体には閻魔が宿り、最後の1人になっても諦めずに勇敢に魔物と対峙し、片腕が無くなろうがもう一本の手で公爵をねじ伏せ、剣を持てば一瞬にして幹部を断罪し、超能力を持てば悪魔全てを殲滅せんめつする。と言う伝説を残すほどの人物だ」


 俺にはまるで受け入れられず、愕然とした。


「め、めちゃめちゃ強いじゃないですか」


 するとオリビアは、鼻で笑って微笑んだ。


「これが本当ならな」

「……へ?」


 俺は狐につままれた様な顔をした。


「私の知る限り、あの人ほどの臆病者は居ない。覇気も無ければ体は細くて弱気だし、ボヤっとしてるし不器用だし。実力の序列で言えば最下位の初等兵。戦いの才能なんかこれっぽっっちも無かったよ」


 オリビアは笑いながら、ヤレヤレと呆れて見せたので、俺もつられるようにして笑った。


「伝説とはほど遠いですね」

「はは。大物で無い者ほど、口伝の度に脚色されるものだ。逆に、真に優れた者は十分に味があるから脚色されづらい。伝説なんて、そんな物だよ」

「なるほど」


 3万年も生きた人が言えば説得力が違う。


「あの人は確かに大物じゃ無かったけどね、誰よりも優しかったんだよ。どんくさいけどいつでも明るくて笑顔だし、臆病だけども弱い者を守ろうと言う気概はある。私はそんな所が好きだったんだ」


 そう言うオリビアの表情は、3万年を生きた人間とは思えないほどに若々しく見え、俺もつられて微笑みを零した。


「良い人ですね」

「そうだろう? 今でも自慢の旦那だよ」

「そりゃあ、人類史を大きく動かした人ですもんね」


 オリビアが無言で深く頷くと、俺はふと疑問を浮かべた。


「ところで、プローグさんはどうやって能力を発現させたんですか? 石を光らせる参考になる気がするんです」


 俺がそう聞くと、オリビアは少し寂しげな顔をした。


「そうだな。ならば経緯を話そう。座れ」

「はい」


 オリビアがそう言いながら椅子に腰掛けたので、俺も椅子に戻った。


「アスタリスクは今でこそ草原に囲まれた暖かい地域だが、3万年前は寒冷地への入口だった。これ以上北へ逃げれば戦士は十分に戦えないし、寒さに耐える備えも余裕もない。だから私たちは意を決し、ここで背水の陣を敷いた」


 オリビアが記憶を辿るように話し、俺は無言で頷いている。


「しかし8千の戦力では、総勢10万を超える3幹部の連合軍に勝てるはずもなく、戦士たちは次々と倒されて魂を喰われ、みるみる士気は低下し、そんな中で私も早々に倒された。しかし、あろう事か魔物は私をゴミのように拾い上げると、わざわざプローグを探し出して、あの人の前で私の喉を締め始めたんだ。徐々に意識が薄れていく中で、あの人の悲痛な叫びだけが徐々に大きくなり、遂に死を感じた瞬間、あの人の声は聞こえなくなった。それと同時に喉が解放されていたんだ。私の死の淵に際してマテリアライズを覚醒させたあの人は、その力で魔族を蹂躙し始め、それと同時に他の者のマテリアライズも呼応するように覚醒した」


 俺はつい、疑問が口から漏れてしまう。


「呼応……?」

「あぁ。この現象は"共作用"と呼ばれていてな。マテリアライズが覚醒する瞬間、離れた別の個体と共鳴し、情報を共有する事があるんだ。私の個体も、あの人の共作用によって覚醒している」

「なるほど……。すみません、話の腰を折っちゃって」


 オリビアは静かに首を横に振ると、再び語り始める。


「こうして突然発現した超能力に対応する術を持たなかった連合軍は撤退せざるを得なくなり、人類は史上初の勝利を収める事ができたんだ。まさか魔物どもも、初等兵如きが戦況をひっくり返すとは夢にも思わんかっただろうがね」


 そう言い終えたオリビアは、悲し気な表情で何かを言い躊躇う様に俯いて少々の沈黙を発した。

 その表情は、まるで輝かしい英雄譚を語っているようには見えない。

 この異様な空気間に緊張感が高まると、ついにオリビアが口を開く。


「しかしこの勝利の代償として、人類の英雄プローグは…………記憶を失ったんだ」

「えっ!?」


 俺はその衝撃の言葉に目を大きく見開いた。


「相手が打ち出すあらゆる技の威力を吸収し、即時そのまま反射する、超能力史の夜明けを告げる鏡の能力者。故に、後世で付けられた異名は、"忘却の鏡黎きょうれい"」


 俺はあまりのインパクトに混乱し、言葉が出なかった。


「あの人は人類を救った代わりに私を忘れた。しかし私は老化を失い、あの人を忘れられるはずもなく3万年を生きてきた。結婚して3ヶ月の頃だ。実にみじめな話だろう」


 俺には、返す言葉が何一つ見当たらなかった。

 最愛の人に忘れられる悲しみ。

 そして自分は永遠に忘れられない悲しみ。

 それだけでなく、3万年と言う月日の中で、想像も付かない程多くの人々の生死を見て来たのだろう。

 ”記憶は便利な反面、呪いの様な物”

 オリビアの言葉には、こう言う意味もあったのかも知れないな……。


「私を救った時、彼が何を思ったかは分からない。もっと強くなりたいと願ったのか、はたまた私を守りたいと思ったのか。……何にせよ、相当な感情の爆発によって覚醒した事は間違いないだろうな」


 必死に言葉を探す俺の様子を見たオリビアは、ふっと笑った。


「すまん、気を遣わせたな。余計な事まで話してしまった」

「いえ、そんな事は無いですよ。お陰で石を光らせられる気がしてきました」


 俺はそう言って地面に置いていた共鳴石を拾い上げると、オリビアは深く頷いた。


「ネガティブな思考は捨てさり、己の希望だけを願え。人生を彩るのは、常にポジティブな思考だけだ」


 俺の心は快晴だった。

 何一つ雑念が無く、ただ俺が石を光らせている様だけを想像できていた。

 俺にはこの石を光らせる力がある。

 何故かそう思えてならなかった。

 光る!!

 そんな感覚がしたと同時に、地下にまで響く巨大な声が聞こえる。


「教皇陛下よりみことのり!! 教皇陛下より詔!!」


 俺はこの声に驚き、想像力が霧散した。

 一方、オリビアは「来たか」と呟いて、声を伝える土の天井に注意を向けた。


今日こんにちを持って五方の幹部を攻め落とし、果ては悪魔を討ち破る!! 残る刻限は27日。北は既に落ち、南西は先刻を持って大戦布告!! 残る北東、北西、南東にいては大戦に備えよ!! 機は熟し、我ら積年の念願は果たされる!! 戦えぬ者は祈り、戦える者は全力をせ!! 我らが安寧の分水嶺である!! 繰り返す!!」


 繰り返される大声を呆然として聞き終えた俺は、オリビアにその説明を求める。


「これは……?」

「簡単に言えば、悪魔を討ちに行くぞ。と言う教皇陛下の宣言だ」

「オリビアさんが教皇陛下に伝えてくれって言ってた内容に似てる気が……」

「あぁ。数世紀前、当時の教皇に悪魔を討ちたいと申し出たんだ。その時が来れば合図をする。と言ってな」

「悪魔を討ち"たい"って……。皆が望んでる訳では無いんですか?」

「勿論望んでいるとも。しかし、討とうにも討てなかったのだ。幹部1つを討つだけでも甚大な被害を生むと言うのに、それを5つ、しかもひと月の内に討たねば悪魔に挑めない。そして仮に挑めたとしても、その時に残る戦力で悪魔に勝てるのかさえ分からない。だから人類は、長い歴史を経て悪魔を討つでなく、ただ守る事を選んだ」


 なるほど。今を生きる人々は、まさか悪魔を討てるとは思っていないし、居て当たり前な存在になってしまっているのか。

 俺はうんうんと頷いて納得した様を見せた。


「ところで、オリビアさんの方が教皇陛下よりずっと年上ですよね……?」


 俺がそう言うと、オリビアは質問の意図を察せない様子で肯定した。


「何と言うか、オリビアさんの方が権力……と言うか、発言力みたいな物が強いんじゃないのかな……って」


 3万年も生きていれば、何かしら尊敬や崇拝を受けそうなものだ。

 しかしオリビアは全くピンと来ていない様子。


「……どう言う理屈だ。年齢が高いほど権力が強いとでも言うのか?」

「まぁ……。そう言う傾向がありそうと言うか……」


 オリビアは顎に手を添えて少し考える素振りを見せるが、解決の兆しは見えなさそうだ。


「うーん。お前の理屈は分からないが、教皇一族や領主一族、各領騎士団以外の人間が持つ権力は平等だ。騎士の序列は指揮権を伴うが、能力者の力の序列に指揮系統は存在しない。だからこそ、悪魔討伐の命令を教皇陛下に出してもらったのだ」

「なるほど……」


 どうやら年功序列のような文化はこの世界には無い様子。


「今更ですけど、教皇陛下ってどう言う存在なんですか?」

「神の力を顕現させる力、"神力"を使って魔物の侵入を拒む結界を張る存在で、悪魔が現れた時から人類を守り続けてきた一族。五方都市の領主はその血筋だ」


 そんな力まで存在しているのか。


「なるほど。その力があっても人類が絶滅の危機に瀕したと言う事は、結界には弱点が存在する……?」


 オリビアは軽快に頷いた。


「あぁ。神力を除くあらゆる"力"によって耐久値が減少し、その許容値を超えれば結界は崩壊する。これは我々の持つ超能力も例外では無い。だから平時は結界内での能力行使が禁止されている」


 なるほど、結界を保護する為に能力が禁止されていたのか……。

 しかし、そうだとするのであれば一つの疑問が浮かぶ。


「でもアイサーさんって、大戦布告前に俺の前で能力使ってましたよね……?」

「あぁ。あいつがその時部屋を凍らせた力は…………!!」


 突然、オリビアのセリフをさえぎる凄まじい地鳴りがすると、土製の天井がほころんでパラパラと土などを落とす。


「話は後だ。行くぞ!」


 どこへ行くのか。

 そう問う間も無く、俺とオリビアは家の外へ瞬間移動していた。

 椅子に座る姿勢のまま移動させられたせいで、焦りながら変に姿勢を崩して尻もちをつく。


「いてて……」


 姿勢を崩した焦りが薄れ、尻の痛みがじんわりと広がると同時に、じんわりと広がる俺の視界に飛び込んできた景色に愕然とする。


「街が……消えてる……!!」


 中世ヨーロッパを思わせたあの街並みが、あの城もあの城門も、全てが地下にいる間に瓦礫の平地と化していた。

 そしてその瓦礫の平地の上に隊列を成す騎士団と、アネーシアを含む能力者と思しき数十名が、目測で千を超える大小様々な闇を纏って角を生やした何か達と数百メートルを挟んで対峙していた。


 すると、騎士団の先頭に立っていたアイサーが啖呵を切る。


「これは安寧への第一歩!! 行くぞ、アスタリスク!!」


 一気に指揮を高めた騎士達が、陣形を保って闇へと進行を開始した。

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気が付くと人々が忌み嫌う魔力を持って異世界にいた俺は、強大な超能力の代償に何らかの欠落を持つ者たちと悪魔を倒しに行く。 アタオカ屋さん。 @PizzaLover

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