第5話 魔力の正体

「終止符を打つだと……?」

「そうだ。悪魔を倒す」


 アイサーは愕然としていた。


「知っての通り2日前、北ドラゴール公爵領大将、放下ほうげの龍聖・ルーナが、1万年に渡って君臨し続けた北方幹部のサンザリットを単独で急襲して撃破した。そして今日、南西幹部のエリヌスが動き出した可能性がある。もしも北方幹部復活までの1か月で残りの4つを討つ事ができれば、悪魔に挑むことができる」


 アイサーはいまいちピンと来ていない様子だ。


「……わざわざ幹部全てを討つ理由はなんだ」

「悪魔を引きずり出すためだ」

「どこから?」

「そもそも5つの主要都市は各方角を支配する5つの幹部に対応するように設けられた訳だが、各方角を幹部が支配するなら、悪魔は普段何処にいると思う」


 そう言われたアイサーは、少しは考える様子を見せたが、すぐに諦めた。


「そう言われれば、知らんな」

「幹部たちはそれぞれの魔力を持って、悪魔の封印結界を張ってるんだ。悪魔が討たれてしまえば、世界から魔物が消え去ってしまうからな。しかし裏を返せば、悪魔さえ討たれなければ魔物は再び生み出せる」

「なるほど」

「しかし幹部ほどの強力な魔物は悪魔でもそう簡単には生み出せん。早くとも1か月はかかる。だからこの1か月で幹部を全て討ち、悪魔を討つ」

「……わかった。ともかく、まずはエリヌスを迎え討たねば始まるまい」


 そういったアイサーは、深く目を瞑って深呼吸をした。


「大戦布告だ」


 アイサーがそう言った途端、部屋中の騎士たちが動き出し、部屋の奥の机に座っていた細身の男性が筆を執った。


「待て!」


 しかしオリビアが大声で制止する。


「なんだ」

「教皇陛下への戦報には私の言葉も追加してくれ。『時は来たれり。一月の内に五方を倒幹とうかんし封を解く。なれば天下に布告せなむ』と。教皇陛下はこの意味を知っている」


 アイサーがピンと来ていないながらに許可を出すと、男性は再び筆を執り、騎士たちは方々へと散っていった。

 城内は瞬く間に騒がしくなり、役人や騎士、執事までもが忙しなく城内を駆け巡っている。


「さて、次はこやつの正体だ」


 そんな騒音はお構いなしにオリビアがそう言うと、一瞬俺に目線を向けた。


「何か分かったのか」

「あぁ。実は、”魔力を持った人類”は、世界で3度の報告事例がある。そのいずれも人類に害を与えず、そしてその報告時期はいずれも幹部との大戦の前後だ」

「そんな話は聞いた事が無いぞ……?」

「当然だ。これらの事例を除いて人類が魔力を持っていた事など一度も無い。故に、人の姿を模倣する魔物としてすぐに殺されてしまって、これ以上の情報が一切残っていない。こやつだって、アネーシアが連れて来たから殺されなかっただけで、その他の人類が見つけていれば今頃処分されているだろうからな」


 俺は軽く身震いをした。


「で、結局こいつは何なんだ」

「ここからは私の仮説だが、結論から言ってこやつは、”人々の願った救世主”なのではないかと考えている」


 俺もアイサーも、眉をひそめて全くピンと来ていない。

 これまでアイサーに向かって話していたオリビアは、姿勢を変えて俺に向かって話し始めた。


「超能力を発現しているのは、脳内に存在する思念実現物質、”マテリアライズ”だ。これは元来人間が持っている物質で、人の願いや想像を実体化する事ができ、この物質が多ければ多い程、実現できる願いや想像の限界を引き上げる。元々人類が持っていたのは極微小だったのだが、超能力の太祖”プローグ”が窮地に追い込まれた際にこれを覚醒させた事で巨大化し、超能力史は幕を開けることになるのだ。が、しかし、良い事ばかりではない。巨大化したマテリアライズは他の脳機能を侵食し、様々な弊害を伴った。私は老化を司る機能、アネーシアは記憶を司る機能がマテリアライズに侵食されたと言うわけだ」


 俺が驚きながらも頷いて話を聞き終わると、オリビアは再びアイサーに目線を向けた。


「つまり、我々が超能力と呼んでいる物は、正しく言えば”思念実体化能力”。これはこの世界の人類全てがその大小に関わらず持っている能力だ。そして、世界中の人々が日々願い続けている様々な事柄は、塵が積もって山になるようにして実現する可能性がある。その願いの一つが、”この世を救う救世主の存在”だ」


 アイサーは疑心暗鬼の目で俺を見ながら少し考える様子を見せた。


「そうだとして、何故魔力を持っている? それに弱そうだが」


 事実にしたって無礼な野郎だ。


「あぁ。そもそも魔力についてほとんど研究が進んでおらんから詳しい事は分からんが、仮説くらいならある。卵が先か鶏が先かと言うように、悪魔と魔力のどちらが先に存在したかと言う議論がある。魔物は生みの親の魔力によって生み出され、魂を喰らいながら魔力と言う名のエネルギーを補給する。そして、魔力を失った魔物は、たちまち塵となって風に消える。仮に悪魔も同様だとするのであれば、世界に突如出現した際に、微弱なりとも魔力を持っていなければならない事になる。人間が生まれてくるときに体温を持っているようにな。そして反対意見はこうだ。悪魔はそもそも道理を外れた存在であり、魔力が無くとも存在していられる可能性がある。とか、魔族以外に魔力を持つ者がいないのだから、悪魔が生み出したに違いない。とかな。しかし今は何が正解かは重要ではない。悪魔とこやつとには、ある共通点がある」


 俺とアイサーは、口を揃える。


「共通点……?」

「そうだ。”この世界に突如姿を現している事”だ」


 俺とアイサーは全く同じ反応を見せた。


「まぁ、証拠が無い以上仮説の域を出ないが、かつての魔力を有した人間たちも、悪魔も、突然この世界に姿を現している。つまり、本来この世界にあってはならないいびつな存在が生じているゆがみこそが魔力である。と言う説だ」

「人々の願いに応じてこの世界に現れてしまった歪な存在か……。なるほど。しかし、生物の魂を喰らって魔力が増長する事にはどう説明を付ける?」

「さぁな」

「ま、あくまで仮説か」


 オリビアは深く頷くと、温くなった緑茶を一気に飲み干した。


「それに、こやつには角も無ければ羽も無い。それどころか体温はあるし生殖器もある」


 俺は突然の言葉に驚いた。


「い、いつ見たんですか!?」


 そう言う俺のぎこちない様子を見たオリビアは、鼻で笑った。


「ウブだな。3万年も生きておると、変な技を習得する事もあるものだ」

「へ、変な技って……!」

「そんな事より、やはりお前が人間である可能性は高い」

「まぁ、そう思ってますけど」

「であれば、マテリアライズを持っている可能性もある」

「俺が超能力を……? そ、それは無いですよ」

「何故無いと言い切れる」

「え……っと。根拠は無いですけど、そんな気がすると言うか……」

「下らん。やりもしないではなから決めつけるな。そう言った思考こそ能力者にとって最大の障壁だ」

「はい……」

「アイサー。エリヌス軍が接近するまでの間、こいつ借りるぞ」

「元々俺の物でもない。好きにしろ」


 アイサーがそう言った次の瞬間、俺はオリビアの家の地下の土製の椅子に座っていた。


「へ!?」


 俺が突然の事に驚くと、同時に瞬間移動していたオリビアは立ち上がって部屋の奥へ向かう。


「街の中で能力使っちゃダメなんじゃ……?」

「平時はな。大戦布告が発せられている間は問題ない」


 そう言いながら部屋の奥へ消えたオリビアと、薄暗い地下に1人ポツンとたたずむ俺。

 城での話を思い返しながら、俺が救世主だの、超能力を使える可能性があるだのと、中々現実味の無い内容を何とか受け止めようとあれこれ思考していると、オリビアは水色の不細工な小石を持って戻って来て、それを俺に渡した。


「これは共鳴石と言って、人の持つマテリアライズに強く反応する性質がある。この石をどちらかの手のひらに乗せて、光らせてみろ」

「はぁ……」


 俺は腑抜けた返事と共に、共鳴石を手のひらに乗せてみた。


「さっきも言った通り、超能力とは思念実体化能力だ。その石が青白く光ってる様を強く想像するんだ」

「はい」


 とにかく俺は仰せのままに石が光る様を想像してみる。

 しかし、一向に石は光らない。


「お前、まだ自分が超能力を使える訳ないとか思ってないよな」

「いや、まぁ……」

「もし自分の中に少しでも能力が使えないイメージがあるのなら、絶対に無理だ。自分は能力を使って石を光らせることが出来る。そう強く思い込め」

「はい」


 そんな事言われたって、自分が超能力を使えるビジョンなんて早々簡単に浮かびはしない。

 いや、勿論想像くらいならできる。しかし、心のどこかで"そんなのは無理だ"と思ってしまう自分がいるし、その自分を消し去る事は容易ではない。

 俺は少しの間試行錯誤してみたが、やはり石は光らない。

 と言うか、光らなければ光らない程に自分が能力を使えないイメージに支配されていく。

 オリビアは、そんな俺を見かねて口を開いた。


「ま、コツを掴む速度は人それぞれだ。しばらくやっておれ」


 オリビアはそう言うと、さっと立ち上がって部屋の奥へ消えていった。

 俺は再び薄暗い地下に1人取り残され、ひたすらに石と向かい合う。

 しかし、オリビアが消えて数分が経った頃にはバカらしくなって来て、完全に集中力が切れていた。

 超能力など使えた試しは無いものの、こんな状態で能力が発現する訳が無い事くらいは分かる。

 俺は一旦石を床に置き、椅子にもたれかかって薄暗い部屋をボーッと見回してみた。

 薄暗いからしっかりと見えていなかったが、部屋中の壁には様々な研究記録のような物がビッシリと張られていた。

 俺はその内の1枚に目が止まり、良く見えるように立ち上がって近付いた。


『婚姻認可状』


 その内容はごくごくありふれた誓いの言葉と、領主や教会によって結婚が許可された事などが記され、その下の署名欄には、”ミシェル・プローグ”、”マーシャル・オリビア”と記されていた。


女子おなごの部屋を物色するとは、良い趣味してるな」


 突然のオリビアの声に俺はびくっとして振り返った。


「す、すみません!」

「はは、冗談だ。して、石は光ったのか?」


 そう言われた俺は、石を放り投げてつっ立っている後ろめたさから俯いて返事をした。


「いえ、その……。集中力が切れちゃって。これじゃ無理かなぁ……って」


 怒られるのを覚悟しながら恐る恐る目線を上げると、オリビアは深く頷いた。


「賢明だな。その通り。想像すると言うのは、意外にも難しい事だ。だから集中力が切れたのならば、一度すっぱり脳を空っぽにした方が良い」


 怒られずに安堵した俺は、知的欲求を抑えられなかった。


「あの。ミシェル・プローグさんって、さっき言ってた人……ですか?」


 俺が先ほどの婚姻認可状にちらりを視線を向けながらそう聞くと、オリビアは何かを察したように答えてくれた。


「あぁ。太祖”プローグ”。私の旦那だ。もう3万年も会えていないがな」

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