第4話 大戦の兆候
「貴様、魔物か!!」
またである。
アネーシアと城壁まで戻って来た俺は性懲りもなく槍を向けられている。
今度は左右両方の騎士からそれぞれ喉と心臓を狙われ、アネーシアは複雑そうな顔をして右の騎士の槍に手を添えている。
しかし今度の俺はかなり精神を安定している。
「待って下さい。俺は魔物ではないんです」
そう言いながらズボンのポケットに入れていた証石を取り出して見せつける。
「それは!!」
騎士は声を揃えると、一層激昂した。
「誰から奪った!! もしくは偽物だろう!!」
「純粋なアネーシア様を
全然意味ねぇじゃんこれ……。
「粛清!!」
左の門番がその槍をずいっと突き出して来たため、俺は咄嗟に身を後ろに退いた。
「ちょ、待って下さい!」
俺はとにかく無害である事を主張するように両手を挙げて必死に訴えかけると、俺と騎士との間にアネーシアが割って入った。
「駄目です、アネーシア様! そのような者に騙されてはなりませぬ!!」
アネーシアに阻まれては成す術の無い騎士が何とか説得しようとすると、城門が開いた。
「アネーシアが騙されるものか」
城門から出てきたオリビアがそう言うと、騎士たちは大変驚いた様子を見せた。
「オ、オリビア様!?」
「何故ここへ!?」
「お迎えにな。通してやってくれ。私が責任を持つ」
オリビアがそう言いながら俺のもとへ歩いてきて新しい結界石を渡すと、騎士たちは困惑した様子ながらに槍を納めて定位置に戻って跪いた。
「さぁ、行こうか」
「え、どこに……?」
「城だ。アイサーと話を付けよう」
なんのこっちゃ良く分からないが、とにかく俺たちは歩き出した。
何の話をするのかと聞くと、オリビアは「城で話すまで待て」と言って勿体ぶった代わりに他の話を始めた。
「その話をする前に前提を知らねばならん。さっきも話した通り、アスタリスクから北東方向には教皇領がある。それを守る為、そこを中心として五角形を描くように主要都市が5つ存在する。アスタリスクはその一角だ」
オリビアがそう話しながら歩き、俺はそれに間抜けた相槌を打ち、アネーシアは黙って歩いている。
主要街道を堂々と歩いているため、有名人らしい二人を見た人々が騒ぎ立てており、頻繁に声を掛けられているが、二人は一切応じずに前を見据えて歩き続ける。
結界石で魔力を隠しているおかげで、変な一般人、つまり俺が何故か一緒に歩いているというので、あちらこちらで「あの人誰?」と言ったセリフが聞こえて来る。
ようやく人々が俺と目を合わせてくれるようにはなったものの、その目線は決して暖かいものでは無かった。
「そして、魔物と戦う者たちには実力に基づく序列が与えられる。その最上位が大将で、現在は世界に12人。将校に限っては、教皇陛下直々にその序列が与えられて主要都市へ分散され、それ以外の序列は領主が与える」
「アネーシアもその大将の1人なんですか?」
「そうだ」
「こんなに若いのに……?」
「戦士の寿命と言うのは短いものだ。大将の平均年齢は凡そ30歳。戦死率が85%。平均戦死年齢が27歳だ」
俺はそう聞いて仰天した。この数字だけでこの世界がいかに残酷かが良く分かる。
「これを聞けば、大事なのは強さよりも判断力だとわかるだろう。戦死する大将の多くは判断を鈍らせた若者だ。平均年齢が平均戦死年齢を上回るのは、賢明な大将たちがいるからさ」
そう話すオリビアは少し哀愁を漂わせていた。
「話を戻すが、魔物にも一応の序列が存在する。悪魔に次ぐ幹部は世界に5つ存在し、こいつらはそれぞれの主要都市の外側に根城を持っている。さっき居た墓地の方角へ5日程歩けば、アスタリスク500年の宿敵、幹部”エリヌス”の根城が見えるはずだ」
俺はふと疑問に思った。
「500年……? 魔物って何万年も前からいるんですよね?」
「そうだ。魔物に寿命や性別は無く、自身の魔力から新たな魔物を生み出す事ができ、そこには必ず主従関係が存在する。そして何よりも、魔物が死ねばその魔物が生み出した魔物も同時に消え去る。これは魔法によって作られたあらゆる物体が術者の死亡によって消え去る原理と同じだ」
俺の脳裏には、かの魔物が鉄球に潰された時の光景が浮かび上がった。
「つまり、悪魔を倒せば全ての魔物が消える……?」
「恐らくその通りだ。アスタリスクは、500年前と3000年前の2度に渡って南西部の幹部を倒した歴史を持ち、その両年において南西部全域での魔物の全滅を確認している。そして、魔物は死ぬと塵となって風に消えるわけだが、少しの間は魔力が周囲に漂い続けるんだ。蠟燭の火を消した後も少しの間煙が宙を舞うようにな。これが小さな火であれば数秒もすれば消えてなくなるが、山火事ほどの火災であれば鎮火した後でも煙は長く残る。つまり、幹部を倒した後、一瞬にして消え去った魔物たちの魔力は、数日間南西部全域に漂うことになる。恐らく悪魔は、この漂う多大な魔力を使って再び南西部に強力な魔物を生んでいる」
「じゃぁ倒しても無駄なんじゃ……?」
「その通り。500年前も3000年前も、我々が倒そうとしたのではなく、アスタリスクを崩さんとして幹部側から攻めて来たんだ。両者ともに甚大な被害を生み、両年共に何とかアスタリスクが勝ったものの、500年前の大戦は特に酷く、アスタリスクに居た5人の大将の内4人が戦死し、応援に来た大将6名の内3名が戦死。中将に至っては40名が1名を残して全滅した」
そう聞いて目を見開いた俺は鳥肌が立ち、寒気さえ感じていた。
「当時の大将は世界に28名。史上3番目に多かった時だ。そんな大将が11名も束になって、更にはその内7名を犠牲にして、ようやく幹部1人を討ち取ったのだ」
オリビアがそう言い終えると、ちょうど城の門の前に着いた。
門番はオリビアとアネーシアを見るなり、すぐに門を放って跪いた。
城の中を歩いている間、オリビアはやたらに騎士たちと親し気で、すれ違う度に軽い会話を交わしていた。
そしてアイサーが居る部屋の扉の前まで来ると、オリビアは何の遠慮も無く扉を蹴りつけて勢い良く開け放つので、扉の横に立つ騎士が思わず目を見開いていた。
「よぉアイサー。久しぶりだな」
「……扉を蹴るなと何度言えば覚えられるんだクソババア」
「こんな所に扉を作ったお前が悪いと何度言えば覚えられるんだクソガキ。それに、見た目はお前よりも遥かに若い」
「ちっ。もう良い。さっさと座れ」
「今、何かお茶をお持ち致します」
執事がそう言って部屋を後にするのとすれ違って、俺らは椅子に腰かけた。
「さて、まずは戦闘の報告からしておこう。こやつの目覚めたと言う崖に向かった所、生まれて1か月と言う準男爵級の魔物2つと遭遇。私とアネーシアで撃退した」
「1か月で準男爵だと? 能力は?」
「光と鉄だろう」
「……そうか」
「重要なのは”崖”だ。エリヌスの根城方向に崖など無かったはずだ」
「あぁ、俺の記憶にも無い」
「あれほどの崖を作れる魔物は、エリヌス軍の中ではダーモン準男爵くらいだろう」
「何故旧教皇領の墓地辺りに崖を作ったんだ? あんな小さな墓を荒らすメリットは無いだろう」
「その通り。奴は恐らく、そこで討ち死にしている」
「そんな報告は無いが……。 まさかアネーシアが倒したとでも?」
「そう考えれば全ての辻褄が合う」
オリビアがそう言うと、アイサーは怪訝な表情を見せた。
「お待たせ致しました。本日は東ドラゴール公爵領の緑茶でございます」
すると執事が戻ってきて、全員に緑茶を配った。
「奴の能力は”力”。アネーシアに物理は返せない」
「確かにアネーシアとの相性は最悪だ。単純な”力”の攻撃にアネーシアの鏡の力が干渉できるとは思えない」
「だったら辻褄が合わんだろう」
「しかしこれはあくまで、魔法は鏡に反射するが、物理は鏡に反射しない。と言う私たちの常識や固定概念に過ぎん。超能力とは願望や想像を実体化、実現化する事だ。記憶の無いアネーシアに常識や固定概念は通じない」
「つまり彼女に与えられた攻撃が相手に反射する。と?」
「さぁな。しかし我々にできる思考の領域を出た現象を起こす可能性は十二分にある」
オリビアがそう言うと、アイサーは再び怪訝な表情を見せて思案した。
「……お前にしてはいささか濁り切った結論だな」
「そうか? 記憶と言うのは便利な反面、呪いの様な物でもある。1+1は2。紛れもない事実であり、我々はそう記憶し、その理論も理解できる。しかし記憶の無い者にこの理論は理解できない。故に1と1を足して100を生む事さえできる。現に、加工の難しい鉱石から証石や結界石、果ては土から金を作り上げる私の錬金の力はそう言った常識や理論を破壊する想像から生まれている」
「なるほど。これまで存在した鏡の力を持っていた者たちは全て、そう言った常識や理論に縛られていた為に物理を返せなかった。と言うのか」
「そうだ。だからこそ魔法を反射し、その副産物的に攻撃するだけの防衛特化能力で、教皇陛下から大将に認められたのだろう。実に異例な事だよ」
アイサーはオリビアの話に頷くと、熱い緑茶を一気に飲み干して一息ついた。
「もしダーモンがエリヌスの指示でこちらまで進攻し、その道中でアネーシアに阻まれ、その数時間後にお前たちが二つの準男爵級と対峙した。と言うシナリオだとすると……」
「エリヌスが重い腰を上げた可能性がある」
オリビアがそう言うと、アイサーは深刻そうな顔で俯いた。
「エリヌスが現れてから500年を超え、魔力は十分に溜まった頃だろう。ここ十数年は近郊での戦闘報告も減少傾向だったが。ここにきて突然、準男爵級が3体も接近、か……」
そう言うアイサーの声にはいつもの威厳が無く、かなり弱々しい。
「500年前の幹部、ジラソーレとの大戦の時と似た兆候だ」
「……来たのか。この時が……」
「悲観するな、アイサー。私はこの時を待っていたんだ」
「……なんだと?」
「この大戦を持って、15万年に及ぶ悪魔族との闘争の歴史に終止符を打つ!」
オリビアがそう言うと、アイサーは驚いたような表情を見せた。
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