第3話 二つの魔物

「は……!?」

「ちっ……!!」


 オリビアが上空を睨み付けるのに合わせて俺も上空を見上げる。

 そこには、青々と晴れ渡る空には似つかわしくない、禍々しい角と翼を持った全身真っ黒の人型の”何か”が2体浮いていた。


「おねぇちゃ~ん。こんな所へ一人で来ちゃ、だめだよぉ?」

「怖い怖い悪魔様に、魂引き抜かれちまうぜ」


 二つの魔物は気味の悪い笑みを浮かべてそう言いながらゆっくりと俺らの前へ降りてきて、地面に足を付けた途端、地面から一斉に黒い何かが大量に姿を現してうごめき、俺らの周りをギッシリと囲った。


「ウィーベ・トリヴァーニア」


 その直後にオリビアがそう呟くと、大量の黒い何か達は、一瞬の間にまるで風化の如く砂に変わって風に消え、二つの魔物は何かを察知したように宙へ浮き上がっていた。


「へぇ、やるじゃん。名前は?」


 片方の魔物が余裕の表情でそう言うと、オリビアは自身を縛り付けていた鉄の縄だけを置いて姿を消した。


「あらら、逃げちゃった」

「ありゃぁ賢いぜ。力の差を理解している。大佐クラスと言ったところか」


 二つの魔物が残された鉄の縄を見つめながらそう言うと、突然の事に立ち尽くしていた俺の方を向いて歩いてきた。

 俺は恐怖のあまりに失禁して呼吸も乱れ、かすり声の一つも出せやしなかった。


「で、お前は何?」


 悪魔は俺の頭を鷲掴みにし、覗き込むようにして顔面に顔面を近づける。


「あの女が風化させた時、地面に足付いてたよなぁ? なんで消えてねぇの? 人間だとしたらその魔力は何?」


 俺の体中が強張りながら大きく痙攣し、強い目まいと吐き気に襲われる。

 今にも失神寸前だった。


「ラムホーン!」


 直後、俺の背後から高速の何かが二つの悪魔に衝突し、そのまま二つの悪魔を遠くの方へ吹き飛ばすと、俺はその風圧でへたり込んだ。


「私の泥人形が大佐とは、随分と過大評価されたものだな」


 強張った身体を何とか動かして後ろを振り向くと、オリビアは研究者のような白衣姿に変わっており、二つの魔物はあれほどの衝撃を受けたと言うのに、あっけらかんとした様子で颯爽さっそうと戻って来た。


「何々~? 着替えに帰ったわけ?」

「ふん、あの泥人形を作るのも簡単ではないのでな」

「泥人形だと? 貴様、名前は?」

「ミシェル・オリビア」

「あぁ、不老の賢者か~。エリヌス様から聞いてるよぉ。『大した脅威じゃない』ってね!!」


 片方の悪魔がそう言って人差し指をオリビアに向けた瞬間、指先から発された赤い光線が心臓を貫き、オリビアは苦悶の表情を見せたかと思えば砂になって風に消えた。


「慢心は身を滅ぼすぞ。アラムダハーボン!」


 いつの間にか俺らの上空に浮いていたオリビアがそう言うと、二本の巨大な黄金の槍を二つの悪魔めがけて高速で弾き出していた。

 二つの悪魔は反応に遅れ、槍と共に地面に深くめり込んだ。


「この程度では足りんだろ。コンプレッション」


 すかさず地面に降りてきたオリビアがそう言うと、二つの悪魔がめり込んでいる地面が深く掘り出され、宙に投げ出されたかと思えば一瞬にして野球ボールほどのサイズに圧縮されて地面へ落下する。


「いやぁ、あぶねぇあぶねぇ。マジギリギリだったな」

「ふん、それでもこの程度。やはり大した脅威ではないな」


 しかし、それと同時にオリビアの背後に瞬間移動していた二つの悪魔は、光線と鉄の槍でオリビアの両足首をそれぞれ貫いていた。


「くそ……。お前ら何者だ……」


 足を貫かれたまま倒れこんだオリビアがそう尋ねると、二つの悪魔はニタニタと笑って口を開いた。


「俺はハディード、こっちはドーウォン」

「記憶にねぇってか? そりゃそうだ。俺らは生まれて1か月の新顔だからなぁ」

「なるほど……。1か月で準公爵級とは……な!」


 オリビアは先ほど圧縮した地面のボールを高速でドーウォンにぶつけると、ドーウォンはその衝撃に吹き飛ばされ、ハディードはドーウォンに見向きもせずに至って冷静に鉄の縄でオリビアを地面に縫い付けた。

 すると少しして、吹き飛んでいるハディードから青い光線が光速で返ってきて、オリビアの右胸を貫いて地面へ潜っていった。


「ぐぅ……!!」

「つまらんな、不老の賢者よ。本当にこの程度とは」

「どぉ!? 心臓入った~!?」


 はたまたあっけらかんと帰ってきたドーウォンがそう聞くと、オリビアの胸を見て不満げな顔をした。


「なぁんだ。ちょっとずれてたか~」

「致命傷に変わりはない」

「いやいや、俺は完璧主義者だからね。オリビアちゃんさ、もっかい吹き飛ばしてくんな~い?」

「……ちっ!」


 オリビアが酷く苦しそうな顔をしながら舌打ちをすると、ハディードが突然ドーウォンの腹を蹴って吹き飛ばした。

「ナイスゥゥゥゥ……!!」と嬉しそうな声と共に吹き飛んでいくドーウォンが、今度こそオリビアの心臓を狙って青い光線を飛ばしてきた。

 その光線がオリビアを貫く瞬間、オリビアの身体で突然反射した光線がハディードの左肩を貫いて空の彼方へ消えた。


「ぐっ……!」


 ハディードが右手で左肩をかばいながらを睨み付けると、ドーウォンはまたもや颯爽と帰って来た。


「なんか反射しなかった~? ……って、君だぁれ?」


 ドーウォンも同様に俺の後方を見ながらそう言ったので俺も振り返ると、そこにはアネーシアが無表情で立っていた。

 俺は相も変わらずへたり込んでおり、アネーシアがいる事に驚きはするが、声は出なかった。


「光線を反射したのはお前か……?」


 二つの悪魔が話し掛けるも、当然アネーシアは何の反応も示さない。

 その様子を見たハディードが考えるような素振りを見せる一方、ドーウォンは人差し指をアネーシアに向けた。


「お喋りが嫌いならさっさと消えなよ」

「待て!! ドーウォン!!」


 ハディードが何かを思い出したように声を荒げるが、ドーウォンは既にアネーシアに光線を放っていた。

 光線が途轍もない速度で俺の頭上を過ぎ去ってアネーシアを襲うと、光線はアネーシアに触れた途端に軌道を180度曲げてドーウォンを貫通し、更にその奥で反射して返ってきた光線が再びドーウォンを貫き、再びアネーシアに触れて反射し、ドーウォンを貫く。

 それは正に合わせ鏡の如く、光線は一瞬の間にドーウォンの身体の随所を無限に貫き続けた。


「やはり……!」


 ハディードはアネーシアを睨み付けながら苦い顔を見せた。


「忘却の鏡麗きょうれい、アネーシア!!」


 ハディードはそう言うと、アネーシアを鉄の縄で拘束して地面へ固定し、アネーシアと俺の上空に巨大な鉄球を生成し始めた。

 アネーシアが反射し続けていた光は拘束の反動で空に向かって反射し、遥か彼方へ消え去った。


「弱点は知っているぞ! 鏡は物理を返せない!!」


 少しの間で俺らの視界から空を奪うほど巨大化した鉄球は、ハディードがそう言い終えると同時に落下を始めた。

 アネーシアは苦しそうな顔をしながら鉄の縄から逃れようと身体を動かし、俺は相変わらず腰が抜け切っていた。


「ハハハ!! 大将を討ち取ればエリヌス様は俺を側近にしてくれるはず……!!!」


 鉄球が刻一刻と迫り、潰されてしまう寸前、俺は身体が浮く感覚を覚えた。


「メタスターサイズ」


 オリビアのその声と共に、俺とアネーシアは、ハディードとられていた。


「慢心は身を滅ぼすと言ったろう」


 オリビアの声と共に見事に鉄球の下敷きになったハディードは、程なくして鉄球と共に塵となって消えていった。

 呆然として落下した鉄球が作り上げた巨大なクレータを見つめていると、目の前に手のひらが差し出された。


「アネー……シア……」


 ぎこちなくその手を取ってアネーシアの無表情を見た瞬間、俺は緊張が解れ、感情が爆発した。

 この一日で溜まったありとあらゆるストレスたちが、涙となって止まらなかった。

 アネーシアはそんな俺を見て首を傾げていたが、少しすると腰を下ろし、へたり込む俺を優しく抱きしめてくれた。

 それから恐らく10分ほど泣き続け、俺がようやく落ち着き出すと、アネーシアはそれを感じ取ったのか、すくっと立ち上がって俺に再び手を差し出してくれた。

 まだ若干感情が荒ぶりつつもその手を取って立ち上がり、ふとオリビアの事を思い出して辺りを見渡すと、鉄の縄で拘束されていたはずのオリビアは泥の人形に変わっていた。


「結局ずっと分身だったのかよ……」


 俺がそう言うと、アネーシアは少し首を傾げた。

 相変わらず無表情だが、この人の優しさを知った俺は無意識に笑みを零し、一方不思議そうな顔をしたアネーシアは、手を離してひらりと振り返って歩き出した。

 俺とアネーシアは再びこの代わり映えのない草原を歩き始めた。

 勿論、目を合わせる事も話しかける事も無く。


***


「エリヌス様、ご報告申し上げます。ダーモン侯爵、及びブラスト侯爵率いる先遣隊がアスタリスクまで5kmの地点で大将アネーシアと衝突し、敗北致しました」

「ふーん。まさか、あの2人がアネーシア1人に負けた訳じゃ……ないよね?」

「いえ、その…………申し訳ございません!」

「ふーん……。まぁ良いよ。”想定の範囲内”だから。この失敗は大戦で取り戻してね?」

「はい! 必ずやどの隊よりも多くの首を取って御覧に入れましょう!」

「うん、頑張ってね。”君1人で”」

「は!!! いえ、その…………た、大変申し訳ございません!! ハディード侯爵、及びドーウォン侯爵が私に無断で出撃し、同地点においてアネーシア、及びオリビアと衝突し、敗北致しました!!」

「はぁ……。部下の管理もできない上に報告まで遅い。ほんっとに使えないね、君」

「ひっ……! エ、エリヌス様! かっ、必ず……! 必ずや大戦ではアネーシアを討って御覧に入れます!! ですからどう…………っ!!!」

「君じゃ大佐の1人も倒せないよ」

「…………よろしかったので? いくらファシラと言えども一応は公爵。居ないよりはマシだったかと」

「ううん。要らない。それより、アスタリスク進攻の準備は終わった?」

「はい。先ほどニヴェーチ公爵が帰還し、ファシラを除く全公爵の集結を確認致しました」

「よし。じゃぁ、行こうか。アスタリスクを潰しに」

「御意」

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