第2話 ミシェル・オリビア

 オリビアの家に向かって歩いている最中も、やはり人々は俺から意図的に目を逸らしていた。

 門番が言っていた「魔力」とやらのせいなのだろうか。

 しかし俺にはそんなものを放っている感覚はない。

 あれこれ考えたって答えが分かるはずもないのに、脳は現状を理解しようとして回転し続けていた。

 そして30分ほど歩いた頃、ようやく地図に示された家にたどり着いた。

 その外観は、この辺の民家と大差は無い。

 玄関をノックして少しすると、人々と同様に幾何学模様の民族衣装を纏った30歳ほどの黒いショートヘアーの女性が少しだけ玄関を開けた。


「……なに?」


 女性が俺をゴミでも見るかのように睨み付けてそう言うと、俺は握りしめていた証石を見せた。


「あの、オリビアと言う女性に尋ねたい事がありまして……」


 すると女性は、数秒間困惑したような表情を見せた後、「とりあえず入れ」と言って俺を家に入れてくれた。

 家の中は綺麗に整理整頓されており、大小様々な本がビッシリ詰まった大きな本棚が2つ並んでいる。

 女性が入って左手側の扉を開けると、蝋燭ろうそくに照らされた地下への薄暗い階段があり、それを下りながら女性が尋ねて来た。


「お前、何者だ?」

「わからないんです。でも、魔物じゃありません……」

「そんな事くらいは分かる。魔物ならばあの証石には触れたくないはずだ」

「そうなんですか?」

「だから問うたのだ。お前が何者かと」

「すみません、わからなくて……」

「ふん、まぁ良い。あと、敬語はやめろ。無意味な伝統は好きじゃない」

「……はい」


 突然タメ口に切り替えられるほど器用じゃない俺がそう返事をすると、女性は小さく舌打ちをしてため息をいて、階段を下った先の扉を開いた。

 その薄暗い部屋は想像していたよりも格段に広く、奥の方には無数の本棚が立ち並び、手前には証石に似た巨大な鉱石が幾つも積まれていた。

 しかし、目的であるお婆さんの姿が見当たらない。

 手前の部屋の中央辺りへ進んだ女性が突然パチンと指を鳴らすと、地面の土が椅子の姿で隆起したので、俺は「わっ」と声を出して目を見開いた。


「まぁ座れ」


 俺は驚きながらも腰掛けて、女性に問い掛けた。


「これ、魔法か何かですか……?」


 すると女性は大変不機嫌そうな顔をしたので、俺は瞬時に地雷を踏み抜いたことを察した。


「そんな下劣なものと一緒にするな」

「いえ、ごめんなさい。悪気は無いんです」


 女性はふんっと気を紛らわすように息を吐いた。


「……これは超能力。魔法とは似て非なるものだ」

「超能力……。アイサーさんの力もですか?」

「ん? アイサーの能力を見たのか?」

「はい」


 そう答えると、先程の怒りはどこへやら、女性は突然笑い始めた。


「ハッハッハ!! お前、アイサーの前で同じ事を言っていれば今頃殺されていたぞ」


 俺はギョッとした。


「そ、それほどタブーなんですか……?」

「当たり前だ。魔法と言うのは魔物の術。超能力とは魔物に対抗するために得た人類の術。憎き魔物の術などと同じにされてはかなわんのでな」

「すみません」

「まぁ良い。して、私に尋ねたい事と言うのは何だ」


 俺はその言葉の意味を理解するのに数秒を要した。

 頑固ババア……。 居ないババア……。 オリビア……。 私……。


「えっと……もしかして、オリビアさんって……」

「ふん、あのクソガキ……。概ね、アイサーに頑固婆さんとでも紹介されたのだろう」

「ええ、まぁ……」

「私の名はミシェル・オリビア。通称、不老の賢者」

「不老……?」

「そうだ。正確な年は忘れたが、優に3万年は生きておる」


 俺は度肝を抜かれ、目を見開いた。

 ババアと呼ばれるのにも合点がいった。


「天は二物を与えず。古くから伝わる言葉だ。強大な超能力を持つ者は、必ずその分の欠落を持っていてな。私は『老化』を失ったと言う訳だ」


 俺はそれを聞いた途端、脳裏にアネーシアの姿が過ぎった。


「もしかして、アネーシアも……?」


 俺がそう言うと、オリビアは少しばかり驚いた。


「……そうか、アネーシアに会うたのか」

「うーん……。と言うか、俺はアネーシアに連れられてこの街に来たんです」


 俺がそう言うとオリビアは再び驚いた様子を見せ、どういう事かと聞いて来たので俺は再びここに至るまでの経緯を話した。

 アイサーとは打って変わって、オリビアは興味深そうに頷きながら話を聞いていた。


「なるほどな……。ところで、お前が目覚めたと言う”崖”とやらは、お前の話す通りならば南西にあるはずなのだが、私の記憶する限り南西方向に崖などない。それどころか、この街から最も近い断層でも歩いて4時間はかかる」

「はぁ……?」


 そう言われましても。と言った所だ。


「よし、その崖とやらに行ってみようか。お前の疑問も幾つか解けるやもしれん」

「わ、わかりました」


 オリビアはパッと立ち上がると、「少し待っていろ」と言って薄暗い奥の部屋へと消えていった。

 正直、またあの何も無い草原を1時間歩くのは気が引けるのだが、そんな事を言っていられる状況でもない。

 そんな事を考えていると、オリビアは純白の丸い石を持ってきて俺に渡した。


「これは結界石と言ってな。魔力を弾く結界を触れている者の体表に展開できる。本来は外部からの魔力を弾く目的で使われるのだが、お前の場合は魔力を内部に留めることができる」

「魔力を隠せるって事か」

「その通り。街の者がお前の事を見まいとしていた原因はその魔力だろうからな。ポケットにでも仕舞っておけ。さぁ、そいつの有効時間は短い。さっさと城壁を出るぞ」


 それから俺とオリビアは家を出て、最寄りの城門まで20分ほど歩き、その道中、オリビアはこの世界について色々と話してくれた。


 魔物とやらの起源は、太古の昔に突如現れて人類を蹂躙した「悪魔」が生み出し、悪魔族とも呼ばている事。

 悪魔族は死した生物の魂を喰らい、それをエネルギー、つまり魔力に変換しており、特に人類の魂を好む事。

 そしてその好みは人類特有の「埋葬」文化に起因する事。

 悪魔が現れるよりもずっとずっと昔から行われてきたこの文化の意味する所は、死者の魂をそこに留める事で、世界随所に何十万年と積み重ねられた人類の魂たちは、まるで石油の如く悪魔族の発展に大きく寄与する結果となってしまい、これに伴って悪魔族は人間の魂に最適化するように進化を遂げたらしい。

 詰まるところ、人類の墓を荒らし、人類を蹂躙する、人類の天敵。現在の人々には遺伝子レベルで悪魔族へのトラウマが植え付けられているようだ。


 俺が街で受けた冷遇には、こうした背景があったと言うので納得はできたが、それにしてもなぜ俺が魔力を持っているのかが分からない。

 魂を喰った記憶も無ければ魔物である自覚もない。


「さぁ、ここまで来れば十分だ。緊急時以外に街中で超能力は使えんのでな」


 オリビアはそう言うと、南西の方向に当たりを付けて呟いた。


「メタスターサイズ」


 身体が浮くような感覚がした途端、景色が一瞬で変化し、先ほどまで近くにあった城門はどこにも見当たらなかった。

 俺は目を丸めながら興奮していた。


「これ、瞬間移動か!?」

「んー、少し違うが……。まぁそう思ってもらって構わないよ」


 興奮している俺をよそに、オリビアはそう言いながら周囲を見渡して崖を探している様子。


「この辺りか?」

「うーん、代わり映えのない草原だからなぁ……」


 俺はそう言いながら周囲を見渡すと、特徴的な禿げ方をした木を見つけて、まだもう少し奥だと伝えると、オリビアはもう一度超能力を使った。

 再び身体が浮くような感覚がすると、切り替わった景色の少し奥にあの時の崖が見えた。


「あれか」


 オリビアは崖の方へ険しい顔を向けた。


「なるほど。墓荒らしと言う訳か」

「さっき言ってた奴ですか?」

「あぁ。あの辺りはかつて、教皇領の街外れの墓地だったんだ。私が23歳の頃、魔物の侵攻が迫った事で教皇は現在の教皇領の辺りに遷都せざるを得なくなり、戦える者は大戦に備えて現在のアスタリスク辺りへ後退した。人類が超能力を発現したのはこの大戦中の事だ」

「へぇ。その墓地の魂を魔物たちが掘り起こしに来たって事ですか?」

「墓の状況を見る限りはそう考えるのが妥当だが、しかし不自然だ。エネルギーを補給する為だけにこんな大都市の足元までやってくるとは思えない」

「そうなんですか?」

「あぁ。奴らはネズミ捕りに掛かるほど馬鹿じゃない。現に私はアスタリスクからここまで一瞬で移動して見せただろう?」


 俺は理解にリソースを割こうとして無言で頷いた。


「つまり、いつ我々と戦闘になってもおかしくない場所だ。戦いを望まないのなら補給に適した場所はもっと別にある」

「なるほど。魔物たちは戦いを覚悟の上でここまで来たのに、なぜかエネルギーだけ補給して帰った。と?」

「そう言う事だ。こんな場所まで来るとするなら、必ず実力者を添えた大所帯のはずだ。現に崖を作るほどの地殻変動を起こせる化け物が居たようだしな」

「うーん。じゃぁ、最悪戦いになってでもここのエネルギーが欲しかった。とかじゃないんですか?」


 俺がそういうと、オリビアは少し寂しげな顔を見せてやや沈黙した後、ポツリと語り出した。


「……あの墓にはどれほどの魂が眠っていると思う?」

「え……、昔の教皇領の墓なら、100万人とか……?」


 皆目見当も付かない俺が当てずっぽうでそう答えると、オリビアは目線を落とし、静かに首を振った。


「たったの1000人程度だよ」

「え、……は!? 教皇領の墓地ですよね……?」

「あぁ。魔物に抗う術をほとんど持たなかった人類は、魔物の勢力拡大に伴って指数関数的に人口を減らし、遂には世界人口が10万人を下回った」


 俺は驚きのあまり、目を見開いて動けなくなってしまった。


「私が生まれたのはそれぐらいの時期だ。当時の教皇領はここよりずっと南にあったのだが、私が生まれてすぐに追いやられるように北へ遷都。そして10年ほどで再び北へ。更に7年ほどで私たちが今いるこの辺りへ。この時点で世界人口は1万人程度まで減少。そして5年後に現在の教皇領へ遷都した。私が生まれた時代は、正に絶滅寸前の時代だったのさ」

「たったの17年で人口が1割に……?」

「そうだ。そんな小さな墓に眠るエネルギーなど高が知れている。最悪戦いになったとしてまで欲しがるものじゃない」

「なるほど」


 オリビアの言う違和感にようやく理解が追いついた。

 そう思った矢先、突然オリビアがハッと何かを思い出した。


「まさか……!!」


 オリビアがそう呟いた瞬間、オリビアは鉄の縄の様な物で身体をぐるぐるに拘束された。

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