第2話 後編-C 最終兵器

 俺とコリンは緊迫した状況の中、向かい合った状態で互いに動かなかった。俺は相手の次の動きを探るために、瞬きすら惜しんだ。戦闘の緊張感が空間を支配している。

 相手が次にどう出るか、最適な戦術は何か、頭をフル回転させて考えたが、答えは見つからなかった。こちらはAF用長刀のみ。一方であちらにはAF用アサルトライフルが2丁である。圧倒的に不利という事実のみが重くのしかかった。

 心臓が一層早く鼓動を打っている。体中から汗が吹き出し、操縦桿を握る手は少し震えていた。キラー・エリートの連中と初めて対峙したバルベルデの惨状が脳裏をよぎる。目の前の男はではない、と頭では理解していても、心がそれを拒絶しているようだ。


「テメェと再び会えるなんて、俺はラッキーな男だぜ」


 何を言っているんだ、と相手の意図を読もうと思考が回りかけたが、俺は意識的にそれを中断した。余計なことを考えている暇はない。

 俺ですら窮地に立たされているのだ。現状で新人のリオンをあてにする訳にはいかない。佐藤は依然として、安否不明だ。味方の援護は期待できそうにない。この状況を1人で解決するしかなかった。

 『アルテミス』最後の武装が俺の頭をよぎる。それは草薙から最終手段だと教えられていた。だが、今の俺に選択の余地は残されていない。


「いくぞ!」


 決意を新たにすると、機体を高機動モードに変え、敵に突撃させる。


 コリンの『チターノフ』は、後退しながらアサルトライフルの弾丸を『アルテミス』にお見舞いした。


「片腕のAFで、ライフルもなしに俺に勝てると思っているのかぁ?」


 エネルギーシールドを前面に展開し、攻撃を防ぐ。そのままコリンを『アルテミス』で猛追する。

 コリンの選択は予想どおりだった。奴にとって、近接武器しか持たない『アルテミス』に対する最適戦略は距離を保つことだ。奴が間合いをとることを選ぶのであれば、このまま砲台まで案内してもらうまでだ。

 だが、問題がいくつかあった。1つは『アルテミス』のエネルギー残量だ。出力はギリギリに絞っているが、シールドをいつまでも展開し続けることはできない。を使うなら、なおさらだ。


「変わったシールドだな。だが見たところ相当エネルギー消費が激しいんじゃないか? いつまで保つかな!」


 やはり奴には見抜かれているようだ。だが今さら、戦略を変更することはできない。


 二機は一定の距離で向かいあったまま、通りを駆け抜けていく。1kmほど進むと、高台が肉眼で確認できる位置に到達した。

 カメラを拡大させ、敵の様子を確認する。どうやら敵は高台の中腹ほどに見えるドーム状の建物内部から砲撃を行っているようだ。暗くて形状はよく分からないが、人型の4脚シルエットが微かに確認できる。


 シールドのエネルギーは何とか足りたようだ。しかし、ここで残されたもう1つの問題に直面する。を使用するのにはちょっとした隙が必要だった。だが、コリンが隙などを作るだろうか。

 しかし、手段は残されていない。この作戦自体がそもそも綱渡りで実行されているのだ。最後は運に賭けるしかない。


 俺がモニターの武装コマンドの中からボタンを押すと、胸部装甲が左右に展開した。装甲の中から、複層の砲口が姿を見せる。『アルテミス』最後の武装にして、最大の火力を誇る70mm胸部エネルギー砲『イオーケアイラ』だ。


『エネルギーチャージ開始』


 アナウンスが流れる。あと少し踏ん張ってくれ、と心のなかで祈る。コリンはなおも激しい銃撃を続けていた。まるで時間がスローモーションで流れているかのように感じる。幾ばくかの後、その時は訪れる。


『エネルギー必要最低限量をチャージ完了』


 『アルテミス』のシールドを解除する。そして、コリンに向かって長刀を投げつけた。コリンが間髪入れず攻撃を続ける中、俺が隙を作る手段はこれしか残されていなかった。


 コリンの『チターノフ』は飛んできた長刀をジャンプして、軽々と回避する。この隙に胸部砲を敵砲台に向ける。


「何かヤバそうな武装があるじゃねえか!」


 コリンはこちらの予想より早く態勢を立て直すと、『アルテミス』の胸部を狙って、銃撃をくり出した。とっさに残された左腕でガードする。


「クソッ……間に合わなかったか!」


 こうなるともう手は残されていない。絶望が背後から忍び寄ってくる。左腕もそう長くは持たない。完全に万策が尽きた。シールドも胸部砲にエネルギーを割いたため、再度展開できない。


「じわじわとなぶり殺しにしてやるぜぇ!」


 銃撃音に混じって、コリンの喜々とした声が聞こえてくる。


「俺はこんなところで死ぬのか……」


 弱音が口から漏れた時だった。『アルテミス』の後部センサーが発光信号を拾う。


「援護します。隊長」


 『チターノフ』の左のアサルトライフルをビームが貫いた。


 _______


「なんだと!?」


 目の前の極上の獲物を味わおうとしていた矢先、突然の被弾にコリンは驚きながらも、2射目のビーム攻撃を回避しながら後退していく。

 この手で仕留めたかったが、やむを得ない。


「『ヴェノム』、アイツを粉微塵に吹き飛ばせぇ!!」


 半ばやけを起こしながらコリンは命令をがなった。

 モニターの端に、八つ脚の怪物が穴蔵から這い出てくるのを確認して、彼は全てを終わらせる爆音が響くのを待ちわびた。



 ________

 俺はこの機を逃さず、再度砲口を砲台に向ける。モニターには、4脚どころか倍の8脚の巨躯を持つ砲戦型AFの全身が現れていた。

 その背部、機体全長に匹敵する長砲身が『アルテミス』にピタリと砲口を向ける。

 その威圧感に俺は総毛立つが、避ける選択肢はすでにない。腹を括り、力強く発射のボタンを押し込んだ。


 胸部から、まばゆい黄金の矢が放たれ、まっすぐ高台に向かって飛んでいく。その速さは目で追うことが難しいほどだった。

 同時に落雷を思わせる轟音とともに、こちらも音を置き去りにした砲弾が真一文字に『アルテミス』へ飛翔してくる。


 莫大な破壊力を秘めた2つの砲弾は、惹かれ合うようにその軌道を交わらせて――

 光の矢が重砲弾を包み込み、圧倒的な熱量をもってして、跡形もなく蒸発させた。


 やがて矢が目標に到達すると、衝撃波が爆発を伴って空を揺るがした。激しい爆音が響き渡り、衝撃波がこちらにまで伝わってくる。地面が揺れ、周囲の物体が震える中、空を見上げると、そこにはキノコ雲が浮かんでいた。

 その威力に俺は思わず絶句してしまった。砲台のあった場所からはまだ煙が空に向かって立ち上っている。破壊された建物の残骸が空に舞い上がり、煙が漂っている中、敵の砲台が一掃されたことが明らかになった。

 循環冷却システムが働き、装甲が開いて排熱ダクトから白煙が噴き出る。


『エネルギー残量危険域です。』


 アナウンスで俺は我に返る。後方カメラをズームすると西岸のビルの頂上にアリス機とシエラ機が見えた。アリス機が後ろからシエラ機を支えている。


「援護、感謝する」


 信号を送った直後、接近警報が鳴り響く。


「そんな火力の砲撃、何度も撃てるわけねーよなあああ!」


 コリンがアサルトライフルをこちらに撃ちながら、接近してくる。装甲に回すエネルギーもすでに枯渇していた。弾丸が命中した左腕がちぎれ飛ぶ。

 再び、シエラが後方からビームを放つがコリンはそれを右へ左へひらりひらりと回避した。


「終わりだ! この野郎!」


 もう打つ手なしか、と思ったその瞬間、民家を飛び越えてAFが1機飛び出してきた。佐藤の『アレクトール』だ。佐藤機は右手に持った長刀で切りつけると、咄嗟に掲げた『チターノフ』の右腕が斬り飛ばされた。


「クソッ。いいところで邪魔しやがって!」


 武装を失ったコリンはそのまま全速力で後方へ退避していく。


「佐藤……無事だったのか!」

「遅くなってすいません。隊長、肩を貸します」

「すまない。だが最後にやることが残っている」


 『アルテミス』のバックパックから信号弾が発射された。作戦完了の合図だ。


 『アルテミス』は佐藤機に支えられながらその場をあとにした。



 _______

 司令部に戻ると、既に師団の兵士たちは撤退を始めていた。俺と佐藤をアリスとシエラ、そして先に退却していたリオンが出迎える。

 俺と佐藤は機体から降りると、並んで待機している3人の前で敬礼する。リオンとアリスは浮かない表情だった。


「ご苦労だった。厳しい戦闘ばかりだったが――こうして皆で再会できて、うれしく思う」


 いまだに先の戦闘の疲労から頭がうまく働いていないが何とか部下に向けて言葉を紡ぐ。


「シエラ、先ほどの援護、本当にありがとう」


 俺はシエラにお礼を言う。佐藤には司令部に帰還する道中で感謝を既に伝えていた。


「いえ。アリスが助けてくれたおかげです。感謝なら彼女にも」

「アリス、ありがとう」

「――私は何も」


 彼女は顔を背けて、遠慮がちに言った。まだ心の整理がついていないのだろう。俺は全員に向き直り、話を続ける。


「だが、ここはまだ戦場だ。俺は今から第3師団長と話をして、機体と俺たちの輸送に関して、指示を仰いでくる。各員、機体をいつでも動かせるようにしておけ」


 各々がバラバラに「了解!」と言うとそれぞれの愛機に散っていった。そこで俺はボロボロになった『アルテミス』と『アレクトール』たちを交互に眺める。初戦から、俺たちは圧倒的不利な戦いを強いられた。急に大きな不安に襲われる。しかし、全員生き残れたことを誇るべきだ、とその不安を頭の片隅に追いやる。俺は重い足取りで司令部のある教会に向けて歩き出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

超魔導兵器アルテミス 神里みかん @geden

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画