第2話 後編-B 撤退戦の攻防
俺と佐藤、リオンは出発すると、それぞれ目的の場所に向け分散した。俺は予定通りスローデク通りから目標へ移動を開始する。『アルテミス』は喪失した右手の代わりに左手でビームライフルを構えている。
道中、前方に川が広がっているのが見えた。街を東西に分断しているスパニャウ川だ。川を渡るために、俺は機体の重力制御装置の出力を上げ、機体を地面から1mほど浮かせた。他の者が見れば、ホバー移動しているように見えるだろう。岸に到着すると、そのまま水面を滑るように進む。
川には、泳いで西岸に行こうとする避難民の姿があった。そうした人々に紛れて、死体が水上を漂っている。橋が落とされた時の被害者だろう。俺はその光景を一瞥して、心の中で黙とうした。
まだ陽は高いのに、東岸の街中は暗かった。硝煙が舞い、戦火による荒廃が隅々まで広がっている。西岸よりも銃撃音が大きく聞こえ、時折、大砲の轟音が響き渡る。ほとんどの建物には銃痕がついており、無傷の建物を見つけるのは干し草の山から針を探すようなものだった。たくさんの遺体が通りに転がっており、コクピット内にまで死の匂いが漂ってきたと錯覚する。
佐藤とリオンは無事に任務を果たしているだろうか、と俺はふと心配になった。しかし、電波干渉の影響でお互いに連絡を取ることはできない。それぞれが孤独な戦場で戦っているのだ。今は、信じるしかない。
しばらく通りを進んでいると、再び砲撃音が響く。カメラが着弾地点を捉えた。いったん東の高台から見えないよう、建物の陰に隠れる。土煙が巻き上がっている位置を確認すると、それは佐藤のいるポドック通りだった。
「佐藤……!!」
俺はただ、無事を祈ることしかできなかった。
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少し前のポドック通り(佐藤視点)
佐藤は川を越え、予定通りポドック通りを進んでいた。佐藤機の武装はビームライフルと自衛隊時代からの得物である日本刀型のAF用ブレードである。
レーダーに
カメラが敵影を捉えた。四脚の武骨なシルエット。ロシア製AF『チターノフ』だ。どうやら敵は道路に崩れた瓦礫の陰から、両手に装備されたAF用アサルトライフルで攻撃してきている。佐藤は機体の速度を上げた。
『被弾により、エネルギーの装甲伝達率20%ダウン』
コックピット内にアナウンスが流れる。一般の兵士なら、それを聞いて恐怖するかもしれないが、佐藤は違う。まだ、エネルギー伝達率に余裕がある。まだ接近できる。
敵もまっすぐ突進してくるこちらに対応するためか、アサルトライフルの銃口の下から銃剣を展開した。残骸の陰から飛び出し、射撃しながらこちらに突っ込んでくる。
両者がまさに衝突するかという刹那、敵は左で射撃を続けながら、右の銃剣でこちらのコックピットを突き刺そうとした。
「今だ!」
佐藤はスラスターの出力を全開にして、機体をジャンプさせた。敵の銃剣が空を切る。
佐藤はこれまで隠していたビームライフルの銃口を真下の敵機に向ける。モニターがロックオンを示すと、引き金を引いた。青白いビームが銃口から溢れ出ると、目標に向かって一直線に飛んでいった。ビームは敵機の頭部から腰部までを一気に貫く。
佐藤が地面に着地し、後ろを振り返ると、『チターノフ』が脱力したように動きを止めて、地面に崩れ落ちた。
事前に知ってはいたが、やはりビームの威力は恐るべきものだった。
チターノフも使用していたAF用火器は、従来の火薬によって弾丸を発射する形式から飛躍的に発展した魔導兵器だ。
火薬式が出せる最大初速は秒速2000m、しかし魔力によって加速されるAF用ライフルの初速は、ざっとその3倍。
銃弾の破壊力は弾体重量に初速の2乗をかけたものに、そこから重力や距離で減衰する分を引いたものだ。
単純にそれまで人類が使用していた火器の9倍の高威力を持つ、この理不尽極まりない”魔法の杖”を前にたちまち戦車や自走砲の類は戦場から駆逐されてしまった。
しかし、矛が鋭くなれば、盾もまた厚くなるのが兵器の歴史である。
高威力を持つ銃弾を前に、AFはマナドライブから発生するエネルギーを装甲の上に纏って不可視の外殻とした。
この増加装甲は、重量が一切増えず運動性にも全く支障をきたさないにも関わらず、飛来する弾丸に対して高い防御力を発揮、さらにはクラッシャブル・ストラクチャーとして弾丸諸共に飛散することでAF本来の装甲に負荷をかけない、極めて優れた鎧であった。
そんな盾いらずの頑強なAFの装甲を、このライフルは一撃で軽々と貫くのだ。今は麻倉小隊のみに配備されているが、本格的に量産された暁にはこの戦争のゲームチェンジャーとなりうるだろう。
『エネルギーの装甲伝達率70%ダウン。危険域です』
「ギリギリだったな」と呟いていると、警告音が鳴り響いた。ハッとして東の砲台の方を見る。視線先のビルが倒壊し、崩れ落ちるのが目に入った。後ろも確認せず反射的にペダルを強く踏み込み、飛び退る。直後、すさまじい衝撃と爆音が佐藤の『アレクトール』を包み込んだ。
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ポドニー通り(リオン視点)
なぜ俺は
「俺はどうしたらいいんだ……」
力なく言葉を漏らしながら、操縦桿を握る手が震えた。その時、センサーが人を捉えたのか、
「助けて! おばあちゃんがいるんだ!」
どうやら、彼の祖母ががれきの下敷きになっているようだった。子供の言葉に司令部へ向かう途中の隊長の言葉が頭をよぎる。だが、悲痛な表情で必死に助けを求める小さな子供を無視することはリオンにはできなかった。スピーカーをオンにして、呼びかける。
「今、助ける。そこを離れて」
だが、子供は依然として叫んだまま、その場を離れない。
「助けるから。安心して」
再び呼びかけるが効果はない。仕方なくリオンは機体に片膝をつかせると、マニピュレーターで男の子を優しく押してその場から離れさせた。男の子は困惑した表情で機体の頭部を眺めている。
「ここは危ない。あそこの建物の裏に隠れ――」
その時だった。警報が鳴る。そして無数の弾丸がリオンの機体に降り注いだ。装甲に命中し、激しい金属音が鳴り響く。カメラを向けると、前方にある3階建ての建物から撃たれたようだ。
「くそおおおおお!」
リオンは右手に装備しているビームライフルを銃弾の飛んできた建物に向けると、続けざまに2発放った。青白いビームの光が通りを駆け抜けていく。屋内にビームが飛び込み、激しい爆発音とともに建物が崩れ落ちた。
「やったか!?」
そこでさっきの男の子のことを思い出す。リオンは辺りを見渡した。だが、周囲に生体反応はなかった。
「何でこんなひどいことができるんだ!」
怒りと無力さから、リオンは自身の金髪を両手で激しくかきむしった。
「どうして……こんな……」
そんな彼に構わず、再び警告音が鳴る。リオンはハッとして顔を上げた。崩落した建物の粉塵を突き破り、4脚のAFが飛び出してきたのだ。敵機が自動で照合され、モニターに『チターノフ』と表示される。
「まだ、動けるのか!」
リオンは再び銃口を向け、ビームを何発か立て続けに放った。しかし、敵機は姿勢を低くし、こちらの射撃を避ける。そして、反撃の銃弾をこちらに向けて発砲した。数えきれないほどの弾丸がリオンの『アレクトール』を襲う。パイロット保護の振動制御装置もこれだけ撃たれれば意味はない。着弾に合わせて、コックピットが小刻みに揺れた。
一方で、さらなるリオンの射撃は全く命中しなかった。敵はビームを左右に回避し、銃弾を放ちながら、こちらに急接近してくる。
『エネルギーの装甲伝達率、60%ダウン』
アナウンスが流れ、リオンは顔から血の気が引いた。何とか当てないと、と必死に思うほど照準がぶれる。ようやく
『チターノフ』が一気に距離を詰め、今まさに左手の銃剣でリオンの機体を串刺しにしようとしていた。
「うわあああああああああ」
情けない悲鳴が漏れる。ビームライフルを構えなおす暇はない。リオンは思わず目をつむる。父さん……母さん……俺は、と心の中で呟いた。死の時を待つばかりとなっていたリオンだが、真っ黒な意識に銃撃音が響き渡った。
目を開けると、今まさにリオンを刺し貫こうとしていた左手のアサルトライフルが粉々に破壊されている。そして右の建物を突き破り、『シュバリエ』が1機飛び出してくると、『チターノフ』に派手なタックルをかました。
『チターノフ』は横ざまに数メートル吹き飛ばされると、残った右手のライフルで牽制の銃弾を飛ばしながら、後退していった。
「大丈夫だったか。こちら第3師団第2AF小隊所属、ミゲル大尉だ」
スピーカー越しに窮地を救ってくれた『シュバリエ』のパイロットが話しかけてくる。だが、リオンはそれに返事をすることもできず、コックピットの中で赤子のように泣いた。
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スローデク通り(英司視点)
建物の陰から身を乗り出すと、俺は再び目指すべき高台への行軍を続けた。佐藤の安否を確認する余裕はない。通りを全速力で移動する。周囲の混乱した光景を受け止める余裕など、既に俺にはなかった。高台まであとわずか、7kmほどだ。そこまで行けば、敵の砲台を肉眼で確認できるはずだ。
しかし、俺はその手前で機体を減速させた。前方に不審な兆候を感じたからだ。高機動モードを解除し接地、慎重に近づいてみる。
モニターを拡大すると、そこには破壊されたAFが複数映っていた。小隊規模のようだ。そして、それらの機体は管理軍の『シュバリエ』だった。どれも装甲がひどく損傷しており、コックピットは刺し貫かれて、虚ろな穴が覗いていた。。
「なんてことだ……」
生存者がいないか生体反応を確認しようとした時だった。いきなり真横のビルを突き破り、瓦礫の雨を降らせながら4脚のAFが飛び出してきた。『チターノフ』だ。左手に持ったライフルを向けるが、次の瞬間には『チターノフ』が突き出した銃剣にバレルが両断される。
「しまった!」
強力な火器であるビームライフルをあっさりと失ってしまう。そのまま『チターノフ』は俺の機体に体当たりをしてきた。『アルテミス』はバランスを崩し、背後のビルの壁に激突、激しい衝撃が俺を襲う。この隙を逃さず、敵は右手の銃剣をこちらのコックピットに向けながら迫る。それに対し、俺は逆手で抜刀し、逆袈裟に斬り上げた。銃剣は切り裂かれ、その先端は高く舞い上がる。
『チターノフ』は後退し、こちらに向き直った。俺は急いで『アルテミス』を立ち上がらせて、相手に向け刀を構える。
「お前この前の奴だよな? 俺は運がいいぜえ」
突然、敵機からスピーカーから声がかかった。その声を無視しつつ、サブモニターに映し出された分析結果を見ると、思わず息を飲んだ。。この『チターノフ』のパイロットこそ、元キラー・エリート部隊のコリン・ハースだったのだ。
「今日は死神が散歩するにはいい日だよなあああ!」
とコリンが嘲笑う。戦場で敵に話しかけてくるとは。やはり戦闘狂の連中はイカレているとしか思えない。
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臨時指揮所(教会裏にて)
アリスとシエラはコーヒーを飲みながら、機体の前で待機していた。彼らが出発してから30分は経っただろうか。アリスもだいぶ落ち着きを取り戻していた。だが、表情は暗く、両手で持ったステンレス製のマグを虚ろな瞳で眺めている。
近くの野戦病院からはひっきりなしに叫び声が響き渡っていた。
「私たちもそろそろ動くか」
唐突にシエラがアリスに声をかけた。
「でも、隊長はここにいろって」
少し戸惑ってアリスは返答する。
「ここにいてもできることはある。でも私ひとりじゃできない。あなたの助けが必要よ」
「でも……」
「隊長も言ってたでしょ。『あなたの仕事は私のサポート』だって。行きましょ」
そう言うとシエラはコーヒーを飲み干して、コックピットによじ登り始めた。アリスも困惑したまま、コーヒーを一息に飲み、コックピットに向かった。
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