第2話 後編-A 第3師団

 俺たちはハーヴェイから示されたルートどおりに司令部のある教会を目指した。そのルートによれば、現在いる街の北西からではなく、南西から市街に入るよう指示されていた。

 佐藤を先頭にリオン、俺の順で並んで来た道を引き返し、蒼然たる森の中を南に向かって歩く。枯れた木々が道を覆い、枝が風に揺れる中、時折太陽の光が差し込んでくる。足元は根っこや岩で覆われ、歩くたびに土煙が舞う。


 ハーヴェイが避難民が移動する道から市内に入れなかったのは、敵の砲撃の的になった際、一般市民を巻き込む危険があったからだろう。『アルテミス』が墜落した地点を通り越し、さらに歩き続けると、大きな高架橋が見えてきた。


「この高架橋に沿って市内に入るぞ」

「「了解」」


 敵の攻撃を警戒して、俺たちは高架下の脇を移動することにした。


 あいもかわらず市街地の方からは銃撃音に交じり、爆撃音が木霊こだましていた。しかし、途中で違和感を覚える。高架を車が一台も通っていない。戦況が混乱しているとはいえ、避難民や軍用車が通らないのはおかしい。


 市街まであと1kmというところで佐藤から連絡が入る。


「隊長、ザザッ……700m前方……ザザー……高架の先で煙が上っています」


 電波干渉地帯に近いのか、無線には耳障りなノイズが混じっていた。。


「いったん止まれ」


 機体を停止させ、前方のカメラでそれを確認した。戦闘状態とは思えないが、用心するに越したことはない。


「各員、気を引き締めろ。また以後の通信は発光信号で行う」


 俺は部下たちに指示をした後、火器管制システムと発光信号装置に異常がないか確認した。再び注意深く歩き始める。レーダーには敵機と思われる反応はない。徐々に高架の先に立ち上る煙の正体が見えてきた。


「ひでえことしやがる」


 高架橋が破壊され、崩落している。煙は橋への攻撃に巻き込まれ、破壊された車から出ていた。それは軍用車両ではなく、一般車両だった。何台もの車が高架から落ち、下でスクラップの山のように積み重なっていた。カメラを拡大すると、車の中で燃え尽きた遺体が薄墨色の骨と化しているのが見えた。


「道理で車が通らないわけだ、クソッ」


 不愉快な光景に思わず、コックピット内で独り言を呟く。おそらくこの高架橋への攻撃は俺の機体を撃墜したあの砲台によるものだろう。あれを民間人に向けて使うのか? いや俺達の戦っている相手はこういうことを平気でするのだ。


 発光信号装置のスイッチを入れ、俺は話し始める。


「もう市街は目の前だ。行くぞ」


 音声が自動で変換され、頭部の装置から発光信号が送られた。「了解」と信号が送られてくることを確認して、俺は機体を前進させる。ここは地獄だ、と心のなかで密かに呟いた。



 _______

 市街地に入るとそこはビル街だった。俺たちはビルを盾にしながら、敵砲台に見つからないよう慎重に移動する。言われていたとおり、渡されたルートは敵にとって死角の多い経路を選択したものだった。しかし、ビルはビルだ。敵砲台に見つかり攻撃されれば、ビルの裏に隠れても、それごと機体は木っ端微塵だ。現に無差別に攻撃したのかビルがいくつか倒壊していた。


 発光信号でリオンが何かを伝えようとしている。機体のプログラムが自動で翻訳を行う。「隊長、まだ瓦礫の中に人がいます」これが彼の通信内容だった。


「分かっている。だが、俺たちの最優先事項は第3師団との合流だ。堪えろ」


 発光信号が俺の言葉を届ける。それに対するリオンからの応答の光は、どこか不満げに感じられた。その近くで、瓦礫をかき分けている中年の男性がいた。彼は民間人のように見えた。そして、私たちを見て振り返り、「助けてくれ!」と現地の言葉で叫んできた。しかし、俺はそれを無視する。彼以外にも、助けが必要な人々がたくさんいる。機体のセンサーは、生体反応が各地に点在していることを示していた。


 俺は無意識に機体の速度を上げていることに気づく。罪悪感からの逃避だろうか。そんな自分に嫌気が差す。


 目的地である教会が近づくと、集音機が人々の声を拾った。足早に歩を進めると、次第にその声が鮮明になっていく。そして、声に交じってAFの駆動音も耳に入ってきた。


 ナビのとおりT字路を迂回すると、ビルの陰にたくさんのAFが鎮座していた。それは管理軍の主力量産機『シュバリエ』だった。その名前が表すように、シルエットは騎士のような風格を漂わせている。ようやく俺たちは第3師団と合流することができたのだ。


 周りにはたくさんの兵士が走り回っており、慌ただしさが感じられた。中には片足を無くした兵士が担架で運ばれながら、苦痛の声を上げている。IFF(敵味方識別装置)で味方だとわかっているのか、ほとんどの兵士はこちらに見向きもしなかったが、一部の兵士は怪訝そうにこちらを見つめていた。


 俺は近くの兵士にスピーカーで話しかける。


「バシルクフ基地から派遣された、第07独立AF小隊の麻倉英司大尉だ。師団長と話がしたい」

「団長はそこの教会の中だ。機体は教会の裏のビルの近くに停めてくれ」

「了解。佐藤、リオン、教会の裏だ」


 俺たち3人は移動を始める。教会の裏手に着くと、そこには見知ったAFが2機、ビルにもたれるように足を投げ出して座っていた。『アレクトール』だ。だが片方の機体、AF用スナイパーライフルを装備しているシエラ機の左脚部装甲がえぐれている。


「アリス、シエラ無事なのか!? 応答しろ!」


 俺は驚き、AFのスピーカー越しに話しかける。すると褐色肌の少女、シエラが機体のコックピットから姿を現した。俺は胸をなでおろしながら、機体を停止させると、ラダーを使用しコックピットから地面に降りる。 シエラ がこちらに駆け寄ってくる。その姿は疲れ切っていたが、無事そうで何よりだった。


「シエラ 、無事でよかった」


 そう言って笑顔を作りながら、両手でシエラの肩をポンと叩く。


「ありがとうございます。ですが先ほどは 命令無視をして 、独断でアリス機の支援に向かい、申し訳ございませんでした」

「その件はまた後だ 。ここに来れた経緯もな。機体の方はどうなっている」

「 脚部破損 に伴い、高機動での移動および戦闘機形態への変形ができなくなっております」


 俺は機体の深刻な状況を聞いて顔をこわばらせた。


「それはまずいな……実によくない状況だ」


 シエラの状況を理解したところで、いまだにコックピットから出て来ないアリスのことが気にかかった。アリス機の方に振り向きながらシエラに質問する。


「ところで アリスはどうした。彼女も無事なのか?」

「無事というと語弊があります。隊長、少しついてきてくださいますか?」


 俺は「ああ」と肯定すると、佐藤とリオンに待機するように指示をした。シエラがアリス機に向かって歩き始めたので、俺はそれに付いていく。


「こちらに到着してから、コックピットにこもってしまって」

「そうだったのか」


 アリス機の近くに到着すると、俺はコックピットに向かって声をかける。


「アリス無事か。何か問題でもあるのか?」


 機体のスピーカー越しに嗚咽の混じった声が聞こえてくる。


「隊長、シエラ…… 申し訳ありません。私は……私は……」

「ひとまず、コックピットを開けてくれ。話はそれからだ」


 返答はない。俺はアリス機のコックピット脇にあるパネルを開くと、パスコードを入力した。隊長である俺は機体の緊急用パスコードを全て知っていた。コックピットが開くと、俺とシエラは中を覗き込んだ。そこにはシート上で膝を抱えてうずくまるアリスの姿があった。急に扉が開いて驚いたのか、アリスは顔を上げる。その顔は蒼白だった。目には涙が浮かんでおり、頬には雫が流れた跡がついている。


「すみません……すみません……」


 再び顔を隠すと、アリスは壊れた機械のように謝罪の言葉を繰り返した。彼女の言葉からは自身の不甲斐なさを痛感し、思考が纏らなくなっているように感じられた。


「アリス、まだ誰も死んでいない。俺たちは幸運だ。こうして再会し、第3師団にも合流できた。何も気に病む必要はない」


 普段であれば、先ほどの命令無視を問い詰めるところだが、今の彼女にそんなことをしても意味がないのは明白だった。俺はただ、優しい言葉を並べることしかできない。


「隊長。彼女はすぐに立ち直れそうにはありません。ここは私に任せてください」


 シエラが耳打ちしてきた。確かに俺は早急に師団長と話をして、イヴァーツクの現状を確認しなくてはならない。


「ありがとう。アリスを頼む」


 俺は感謝の言葉を述べ、アリス機から離れた。だが、師団長と会う前にもう1件気になることがある。


「佐藤、こっちに来てくれ」


 機体から降り、レーションを口にしていた佐藤がこちらに振り向いた。そのままボトルを片手にこちらに向かってくる。


「隊長、何でしょう」

「アリスがかなり精神的に参っているようだ。今すぐ解決できる状況にない。俺は師団長に会いに行くことにする。そこで頼みがあるんだが……」

「何でしょう」

「リオンのことを気にかけてやってくれ。ここに来る道中、刺激の強い光景を見すぎた。彼まで精神に不調をきたすと、この後の作戦に影響が出かねん」

「了解しました」

「ところでお前は大丈夫か」

「私は問題ありません」

 そう言うと佐藤はリオンの方に向かって歩いて行く。それを見届けて俺は師団長に会うべく教会に向かった。


 教会はゴシック様式の建物で、その屋根からは2つの高い塔が天に向かってそびえ立っている。入口から内部に入ると、兵士の1人が俺を師団長の元まで案内してくれた。ステンドグラス越しに差し込む日光が、薄暗い構内をほんのりと照らし出していた。


 礼拝堂に設けられた臨時指揮所にて、師団長と思しき男はテーブル上に映し出されるデジタルマップと睨めっこしている。


「失礼します。第07独立……」

「部下から聞いた。手短に話そう。師団長のマルチン・ノヴァク少将だ。ここまでご苦労だった」


 マルチンはこちらに向き直ると、右手を差し出してきた。俺はそれに応じて握手を交わす。彼の顔からは、長い任務や過酷な状況による疲労がにじみ出ている。その目には深いしわが刻まれ、肩には重荷が乗っているように見えた。


「私も最低限の情報は聞いております。東の高台を敵の新型砲台に占拠されたこと。そして、街の東西を繋ぐ橋が落とさたこと。以上2点を既に部下の方から伺いました」

「それなら話は早い。今や市内全域が奴の砲台の射程内だ。東岸の部隊には撤退信号を出したが、砲台の的にならんように移動するのは難しい。東岸からの撤退は2割も完了していない」


 そんな会話をしていると、砲弾が飛翔する音が聞こえてきた。そして爆発音が響き渡り、教会全体が振動する。近くに着弾したようだ。


「奴らもそろそろあたりを付けてきている。我々も移動しなければ。話を続けるが、避難民の誘導も思ったとおりに進んでいない。彼らを1か所に集めて移動させると、敵の標的にされるからな。本当に軍人と民間人の見境もなく攻撃する外道だよ、奴らは。現在、砲台から隠れて撤退をしているが、工程の3割程度しか進んでいない。砲台の破壊も検討したが、我々の戦力だけではどうにもならん……高機動型が少ない我が部隊は、砲台に着く前に攻撃の的にされてしまう」


 そこまで聞いて、俺には1つの選択肢しか残っていなかった。


「兎にも角にも、その砲台が障害となると……」

「ああ、そうだ」

「そして、高機動型であれば、あの砲台に近づくチャンスがあると……」

「難しいとは思うがな」

「わかりました。では、こうしましょう。我々の部隊には高機動型が3機あります。その3機で敵砲台拠点を急襲、砲台を破壊します」


 俺は話の中で自然に作戦からアリスを除外した。今の彼女には荷が重すぎる。


「地上から接近しようと思います。敵は対空射撃も可能であることは我々の方で確認済みです」

「だが、その任務はあまりにも危険だ。高機動型とはいえ、たった3機とは……」

「砲台を破壊しなけれなたくさんの犠牲が出ます。もちろん民間人にも……これは取るべきリスクです。団長には敵を急襲するのに最適なルートを割り出していただきたい」


 そこまで話すと、マルチンは机のマップを見ながらしばらく考え込んだ後、こちらに振り返り言った。


「わかった……君たちに頼むとしよう。ルートの件は任せてくれ。他にも必要なことがあれば何なりと言ってくれ」


 



 _______

 教会から戻ると、部下たち4人が簡素な丸テーブルで円になり座っていた。アリスの顔色はまだ良くない。


「全員座ったままでいい。今後の作戦概要を説明する。俺と佐藤、リオンはこれから敵砲台への攻撃を行う」


 場の空気が一気に重くなるのを感じる。


「固まって移動すると砲台の的になった際、全滅する可能性がある。よって、3つのルートから敵砲台を目指す。今、地図を各員の端末に送った。まず佐藤、お前は北のポドック通りから、リオンは南のポドニー通りから向かってくれ。俺は市街中央のスローデク通りから向かう」

「「了解」」

「隊長私は」


 シエラが質問をする。


「シエラは機体脚部の破損が激しいからな。ここで待機だ。まっすぐ立つのも難しいんじゃないか? それでは狙撃も不可能だ」


 シエラが納得のいった表情で「了解」と返事をする。残るアリスだが、彼女は不安そうな目でこちらを見つめている。


「アリスはシエラのサポートをしてくれ。『アレクトール』は我が軍の最新鋭機だからな。シエラの機体にこれ以上何かあれば問題だ」


 彼女の精神状態ではこれ以上の任務遂行は不可能だろう。シエラをアリス機に乗せる案も考えたが、自動学習プログラムの入れ替えなどを行っている時間が惜しい。


「敵も当然、護衛機を周りに配置しているだろう。厳しい戦いが予想される。だが、砲台を破壊できれば、イヴァーツクの作戦成功に大きく近づける。大丈夫だ。こちらは3機だからな」


 俺にしては精いっぱいの出まかせを言った。『アルテミス』が先の大戦で使用されたことは機密情報のため、ここでは新型と言うことにした。


「各員、準備を始めろ」


 全員が一斉に自分の機体に向かって走っていく。だが、アリスは立ち上がるとその場に残った。


「どうした」

「先ほどはすみませんでした。激しく取り乱してしまいました」

「そのことは気にするな。今は自分のできることをするんだ。今度はお前がシエラを守ってやれ」

「はい」


 彼女はそう返事して、自身の機体に向かって走り去っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る