第2話 中編-C イヴァーツクの現状

「隊長、どうされますか?」


 佐藤が機体を地面に着地させると同時に俺に質問を投げかけてくる。彼の声音は冷静だった。

 あまりに衝撃的な出来事の連続に俺は頭の整理がついていなかった。


「アリスたちの救助に今すぐ向かうのは無理だ。二次被害のでる可能性がある。まずは当初の予定どおり、第3師団司令部へ向かう。そして状況を判断して、アリス・シエラ両名の捜索を検討する」


 俺の指示に対し、佐藤とリオンは了解の意を示した。しかし、佐藤の声は落ち着いているのに対し、リオンの声は震えている。やむを得ないことだろう。イヴァーツクに到着する前にすでに2機も行方不明となっているのだ。『アルテミス』は右腕を破損しており、俺自身も心の奥底では動揺していた。


 仕方なく俺たち3人は市街地に向け、移動を始めた。針葉樹林の中をAFで練り歩く。薄暗い森の中、緊張感と不安が空気を支配していた。ほぼひっきりなしに、爆撃や銃撃の音が市街地から鳴り響いていた。


 しばらく進むと、集音機が人の声を拾った。1人ではない。大勢の人の声だ。


「行軍停止」


 俺は一言命令すると、集音機が拾った音声のボリュームを上げる。入ってきた言語は現地の言葉だった。自動翻訳装置を起動させる。


「ママ。怖いよ」

「カールおじさんを見なかったか。街を出るときにはぐれたんだ……」

「皆さん、落ち着いて移動してください。前の人を押したりしないように。10km先に臨時の救護施設があります」


 聞こえてきた音声から避難民の列だということが分かった。避難誘導の声も拾えたので、イヴァーツクの部隊の兵士もそこにいるようだ。俺は内心ホッとする。部隊は全滅していなかった。無線を起動し接触を試みる。


「こちら、第07独立AF小隊の麻倉英司大尉だ。バシルクフ基地から第3師団の救援に来た。応答願う」

「こちら第3師団第8歩兵中隊所属、ハーヴェイ大尉だ」


 すぐに返答は来た。その声には喜びがにじみ出ていた。


「救援は何機だ?」

「俺たち1小隊のみだ」

「何だって!?、クソッ」


 ハーヴェイの声音が一気に裏返る。


「単刀直入に言う。第3師団司令部は無事か? 無事ならそこへの行き方を案内してほしい」

「俺たちの部隊が避難民を誘導するために街を出た時――40分ほど前はまだ持ちこたえていた。今は連絡が取れないから不明としか言いようがない。」


 ハーヴェイの声からは深刻な状況が窺える。


「わかった。では、司令部までのルートを教えてくれないか。今からそちらに向かう」


 俺は佐藤・リオンにのみ音声が流れるよう部隊内通信にチャンネルを変える。


「聞いてのとおりだ。1度彼らに道を聞き、司令部を目指す。AFで近づけば敵に発見される可能性がある。森を抜ける前に俺はAFから降り、彼らと話をしてくる。その間、俺の機体の面倒を見ていてくれ」


 AFで歩き続けると、林間道路が見えてきた。道路には避難する人々があふれている。ほとんどの者が下を向き、希望を失ったように足取りは重そうだった。


「俺はここで降りる。機体を頼んだぞ」


 俺はアルテミスを跪いた姿勢にすると、コックピットを開け飛び下りた。


 道路まで小走りで駆け寄ると、近くの兵士にハーヴェイ大尉のことを伝えた。兵士は無線で連絡を取る。数分ほど待つと、避難民の列をかき分けて軍用車に乗った彼がやって来た。


「ハーヴェイ・スヴィンスキー大尉だ」


 車両から降りるハーヴェイ大尉は、緊張と疲労の色が顔に滲んでいた。彼の制服は泥に汚れ、汗で湿っている。


「麻倉英司大尉です。先ほどのお話どおり司令部への案内と、わかる範囲で状況の説明を」

「わかった。だが、こちらも人手が足りん。君の端末に司令部の場所を送る。それでいいか?」

「ええ。わかりました」


 俺の返答を聞くと、ハーヴェイは端末を操作し始めた。彼の手は震えていたが、それでも堅実に操作を進めていく。途中、端末のアドレスを聞かれたので、それに答える。すると、着信の音と共に司令部の場所を示したデータが送られてきた。端末の画面に、点滅する司令部の場所が表示される。


「ありがとうございます」

「あと、戦況に関してだったな。私の知る限りでは、敵はイヴァーツクの東の高台を急襲してきた。当時の報告だと、数はそこまで多くないとのことだったが、一瞬で制圧された。そのあとはその高台から高出力の長距離砲による攻撃が始まったよ。奴らはまず、街の真ん中を流れる川の橋を全て落としていった。そのせいで部隊は東西に分断された。電波干渉もあって東岸の部隊がどうなったかそれ以降、わからない」


 ハーヴェイの説明を聞きながら、俺は彼の話から推察を重ねた。『アルテミス』を攻撃した敵が東の高台にいるその長距離砲の部隊だと確信する。ハーヴェイは言葉を終えると、深いため息をついた。


「敵が長距離砲を使ってくるとわかって我々は司令部を移した。現在はマップデータを見れば分かるが、教会を臨時で使用している。東の高台からビルなどで死角になってるからな。そこに向かう最適ルートも記しておいた。到着するまで砲撃を食らうとまずいしな」

「お気遣い、感謝します。それではさっそく司令部に向かいます」

「すまないな。本当であれば誰かを道案内に付けるところなんだが……」

「いえ、このデータをいただけただけで充分です。それでは」


 俺は敬礼すると、ハーヴェイもそれに答えた。森に戻っていく途中、後ろから「武運を!」と声がかけられたが、俺は振り返らず小隊のもとへ向かった。



 _______


 コックピットに乗り込むと、端末のデータを機体にインストールした。


「佐藤、リオン、現地部隊から司令部の場所とルート情報を入手した。今共有する」


 俺は機体のコンソールを使ってダウンロードされたマップ情報を小隊メンバーに送信する。


「目的地は教会だ。スヴィンスキー大尉との話で、先ほどの砲撃は東にある高台から発射されたものだということが分かった。よって、彼から渡されたルートに従い敵の砲撃の射界に入らないよう移動する。緊急時以外は道を外れるなよ」


「了解!」

「了解……」


 リオンの返事が少し遅れて届く。それに覇気もない。だが、彼の心配をしている時間はない。急いで司令部に向かい状況を確認したうえで、アリスとシエラの安否の確認が必要だ。やることはたくさん残されている。


「各員、イヴァーツクに向け行軍開始!」


 俺の掛け声とともに3機のAFは大地を揺らしながら、黒煙の昇る戦場の街を目指し、足を進めた。

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