猫又ノ手
瑛
あやかし派遣会社 猫又ノ手
ここは東京郊外のとあるオフィスビル。
二階に位置するフロアからは、今日も忙しなく電話が鳴り響いていた。
「はい、こちら『猫又ノ手』でございます。本日はどのあやかしをご希望されますか?」
「あのぅ、すんません。最近、個人でお店をオープンしまして。まだまだバイトを雇う余裕もなく……『猫又ノ手』は、お支払いがお金やないと聞いたんですが」
「はい、私どもが頂くのはお金ではありません」
「具体的には何をお支払いすればええんやろか?」
「申し訳ございません。一概には言えないのです。派遣したあやかしによって変わってきます」
「なるほど……」
電話越しの声はしばし考え込み、それから「二体ほどお願いします」と言った。
「かしこまりました! ではただいまより、こちらで派遣するあやかしを選出いたしますので……――」
そうして十分ほどの説明を受け、あやかしが二体派遣されることとなった。
▽
『猫の手も借りたぁい! じゃああやかしの手を借りたら? ねーっこねこのて、猫又ノ手』
天井近くにぶら下げたテレビから、可愛らしい猫又のキャラクターが歌い踊るコマーシャルが流れる。
あやかし派遣会社『猫又ノ手』。
顧客のニーズに合ったあやかしを派遣し、お代はあやかしの欲しがるもので支払う。
半月ほど前オープンしたばかりの居酒屋は、有難いことにお客で賑わいをみせていた。
かといってもまだ人を雇う余裕も無く、ダメ元で『猫又ノ手』に電話したのが一週間前のこと。
店主はちらりと厨房の二体に視線を寄越す。
白く光る頭の皿。水かきのある緑の手が丁寧に皿を洗っていく。
その隣では、浮いたフライパンがひとりでにだし巻き玉子を作っている。
今回この居酒屋に派遣されたのは「河童」と「狐火」の二体だった。
素早い手つきで皿洗いや店内清掃を受け持つ河童と、絶妙な火力で料理を作る狐火。
ひとりで切り盛りしていた時と比べれば、格段に効率があがっていた。
言葉が話せないことや、定期的にかわいた皿に水をかける時間が要ることなどの問題点もあるが、それを踏まえても大助かりだ。
「大将、あやかし雇ったんかいな」
「へえ。今話題の『猫又ノ手』っちゅうところに頼みやした」
「そりゃあええ、あっこは金もかからんのによう使えるあやかし寄越してくれるわ」
カウンターで芋焼酎を煽っていた小太りの客が、ガハガハと大声で笑う。
そのひとつ隣りの席に座る眼鏡の客が、枝豆を摘みながら「でもよぉ」と話に入り込んだ。
「聞いた話じゃ、とんでもねぇもん要求された奴もいるってんだ。大将も気ぃ付けなよ」
ガハハ、と小太りの客。
「聞いた事あるわ! あれやろ、のっぺらぼうに顔のパーツ全部取られたっちゅうやつ!」
「そうそう、それやそれ」
客の話す内容に店主はぶるりと震える。顔のパーツを全部取られるとは、一体どんな状況なんだろうか。
「大将ぉ、生おかわり」
「へぇ。かしこまりました」
店主は気持ちを切り替え、すぐにサーバーから生ビールを入れて客に運ぶ。
そのうち客足もまだらになり、やがて最後の一人が帰っていくのを見届けてから、店主は店前の
掃除を始めていた河童に、店主が声をかける。
「お疲れさん。今日も好きなもん持って帰ってかまへんよ」
厨房の狐火にも同じように声を掛け、店主は店奥へと向かった。
「ちょっと便所行ってくるから、その間に勝手に帰っといて。また明日も頼むわな」
どうせ今日も、きゅうりとコンロの火を持って帰るのだろう。
店主がそう思いながら便所の扉に手をかけ――。
▽
「そういや聞いた? この前行った居酒屋の話」
「知らんわ、なになに?」
「なんか火の不始末かなんかで火事になったらしくてな、店主が中で焼け死んどったらしいわ」
「ほんまかいな。えらい物騒な話やな」
「ほんでな、その店主の死体がちょっと変やってんて」
「変?」
「肛門が開ききっとったって! 知らんけど」
「なんやそれ、肛門が開ききっとる? 店主にそんな趣味でもあったんとちゃう?」
「俺も後ろの穴試してみよかな」
「やめろやお前、聞きたないわそんな話」
二人の下品な笑い声が居酒屋へと吸い込まれるようにして消えた。
▽
東京郊外のオフィスビル。
あやかし派遣会社『猫又ノ手』では、今日も忙しなく電話が鳴り響いていた。
猫又ノ手 瑛 @q8_gao
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