第7話
実家として案内されたのは、煉瓦造りの洋館でした。粗末な屋根と隙間風吹きすさぶ自宅は、もうありません。ここが私の新たな家となるのです。
「お嬢様、お荷物をお運びいたします」
洋装をした使用人の方が、私の身の回りのものを運んでくださいます。主人のためにものを運んでいた私が、こうして奉仕される側になると、非常に気まずいものがあります。
久しぶりに会った両親は少しふくよかになり、優しく私を抱きしめてくれました。あたたかな腕に包まれ、これ以上ないほどの幸福感を感じた私は、ようやく地に足をつけることができました。今まで夢を見ているような心地だったのです。よもやこんなことが起こるとは、誰が予想したでしょうか。
初めて与えられた自分の部屋は、舶来の小洒落た家具で溢れていました。見るもの全てが新しく、クラクラするほどです。
私は猫足のソファに腰を落ち着けると、ふうと息を吐きました。そしてふと目をやった先には、白い小さな桐箱が佇んでいます。
「すばる様のお守り……いったい何が入っているのかしら」
あのまま持ち帰れば、たちまち両親に捨ててしまわれそうな様子の品だったので、使用人の方にお願いし、ちょうどいい大きさの桐箱を道中で購入してもらったのです。
改めて手に取ると、やはり何が入っているのか気になってしまいます。
「でも、すばる様とお約束したし」
ご利益が薄れたら困る、というより、単純に私にとっては、初恋の人との約束を破ることに抵抗がございました。
そこで目につかぬところにしまおうと、桐箱を手に持ったまま部屋をうろうろとしているうち。慣れぬ踏み心地の絨毯に、私は足を取られてしまいました。
「あっ」
持ち歩いていたことを後悔した頃には時すでに遅し。私の手から離れた桐箱は宙を飛び、床に叩きつけられます。中から飛び出た壺は無惨にも割れ、封印されていたものが散らばりました。
「やだ……なあに、これ……」
壺は半壊状態。割れた陶器に混じって白い珊瑚のようなものを見つけました。よく見れば、同じようなものが、あちこちに落ちています。
海のものを詰めたものだったのかと思いましたが、珊瑚は大小それぞれあり、私の片手程の大きさのものもあります。形も少々歪でした。
こぼれたものの正体が知りたくて。
すばる様との約束を破り、壺の中を覗き込んでしまいました。
そこに入っていたものを見て、私は小さく悲鳴を上げました。
「開けてしまったのか、路」
私しかいないはずの部屋で感じる背後の人の気配に、心臓が止まるかと思いました。ここにいるはずのない人の声です。三年間毎日聞いていて、間違えるはずもありません。
ゆっくりと振り向いてみれば、それはやはりすばる様でした。
「どうして……どうやってここにいらしたの」
「路が運んでくれたじゃないか。桐箱にまで入れて」
半分になってしまった壺の奥には、人間の赤子の頭蓋骨が入っていたのです。
「これが、すばる様……?」
「路は本当にぼんやりしている。おまけに素直で純粋で。人を疑うことを知らない。おどろおどろしい人の裏の顔も。欲も、狂気も」
ゆっくりとこちらに近づいてくるすばる様。
私の初恋の人。でも今は、どこか知らない世界の人のように見えます。
「うちに来た初日に、ちゃんと母から説明されただろう。この離れには家の守り神が眠っている。きちんと世話をしなさいと」
すばる様のお屋敷にやってきたあの日。私は確かに奥様から話をされました。
お前の仕事は特別なのだよ。欲のない、とびきり純粋無垢な子どもでないとこの仕事はできない。そう、奥様は言いました。
これは我が家の商売繁盛を担う、守り神のお世話だ。しっかり務めなさい、とも。
他の使用人も言っていた。あの方は神様なのだと。世話役以外が近づいてはいけない尊き存在なのだと。
「すばる様があんまり綺麗だから、私はてっきり、そのお姿を神様にたとえているのだとばかり」
冷たく笑ったすばる様は、嘲笑うかのようにご自身の家のことを話されました。
「あの家の人間は強欲の塊だ。迷信を信じて、五体満足に生まれなかった己の子を生きたまま人柱にするほどに」
すばる様の腕が私を絡め取り、後ろからぎゅうと抱きしめられました。
心臓が耳元で鳴っているようです。でもこれは、恋だとか愛だとかに由来するものではありません。
「自宅の建物の下に人柱を埋めれば、その家の守り神が出来上がるそうだ。僕は生まれた時から足が悪くて、外聞が悪いと考えた父が、僕を人柱にと決めたそうだ」
潔癖な旦那様。商売のためならなんでもする旦那様。
成功を求め続けるうち、その強固な意思はいつしかねじれ、どこか狂っていたのです。
「これまではずっとあの場所に縛られていた。だけどもうあの家にいる必要もない。路が僕を好きと言ってくれて、壺を持ち出してくれたから。僕は解き放たれた」
肩を掴まれ、ぐるりとすばる様の方を向かされ。
正面から見たすばる様の姿は美しいけれど、その表情は狂気に満ちていました。
「君の家を繁栄させると誓おう。これ以上ない幸福を与えよう。だから路が死んだら、僕の嫁になっておくれ」
私はこの人が好きでした。
だけど今、この瞬間。
私の手は小刻みに、震えておりました。
それから半月も立たぬうちに、鷹取屋は潰れました。
なんでも家の中で奇病が流行り、旦那様や奥様、お子様方、使用人に至るまで、次々と亡くなられたということです。
原因はわかりません。
わかりたくも、ありません。
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