第二章~屋村世春視点~
第9話 鬼憑き
有本を見つけたと思ったら、人を襲う怪物、喰鬼関係の騒動に巻き込まれた数日前が、懐かしく思える。
この部屋に隔離されてから、ずっと他の奴らの顔は見ていないし、姉妹の方は状況すら把握できていない。
ただただ、この部屋で係の奴と依代と呼ばれた棒と一緒に生活するという意味が分からない状況で時間を過ごしている。
幸いにも、時間が経つにつれて人間を食いたい衝動は消えつつある。それは喜ばしいことなのだが。
同時に、変な夢も見るようになった。
ほら、また始まった。
『なぁ、いい加減ここぶっ壊そうよ。こんなとこいたってつまんないばっかじゃん』
「うるさい。壊したら騒ぎになるだけだっての」
『騒ぎぃ? なぁにしょうもないことで悩んでるのさ。好きなだけ人喰って自由に過ごす方が気持ちがいいに決まってるじゃんか』
「黙ってろよ。そんなことしたらみんなに迷惑かかる」
『迷惑なんて気にする方が負けだって。それにみんなって誰だよ。親ならどうせ先に死んでくしかないし、友達とかしょせん赤の他人。そんな奴らに構ってほしがるより自分を大切にしなよお馬鹿さん』
こんな風に、悪事を囁いてくる怪物がいつの間に棲みついてしまった。
診察しにやってくる弥鏡とかいう人によれば、それが本来現れるはずだった喰鬼の人格なのだそう。知っているということは、ぼくらの前にそうやって試したことがあるんだろうと思って聞いてみたら、
「あぁ、いるにはいる。でもその時はここまで上手く行かなかった。それは当時の我々の技術不足も原因ではある……」
と悲しげな顔で返事がきた。
まぁ、こんな状態でも対策局の人にとっちゃあ快方に向かっているということなのだろう。だがそうなってくると気になるのは他の面子の様子。
特に文ちゃんの様子が気がかりだ。あれだけ人間離れした状態から人間に戻せるとは信じられない、という気持ちも半分くらいある。
もっとも、あの唐突に見せつけられた嫌な映像が何なのか、問いたい気持ちの方が強いのだが。
やけに負の感情が強く出ていたあの景色に、何の意味があったのか。そしてそれを見せてどうしたかったのか。文ちゃんだけでなく、七葉ちゃんや他の男どもにもきっちり説明してもらわなければならない。
もしかしたら、一連の事件に文ちゃんの怨恨が関わっているならば、人間に戻ったとして根本部分の解決には至らないんじゃないか?
そんな不安が脳内を錯綜している。
『なんだ、そんなつまんないことでくよくよしてんの?』
怪物の声が乱入してきた。
「うるさい」
『正直アレの意図は把握しようとするだけ無駄だと思うけど? 人間は時々馬鹿みたいな理由で人を傷つけるし、しょうもないことで凶行に走る。そんな程度のもんじゃないの?』
「……どういうことだよ、おい」
『おお、こわいこわい。さっさと退散するに限る』
重要なことを聞き出せそうだったのに、意味不明で身勝手なことを言いながらあいつは逃げていった。
それと同時に、目が覚めた。
「なんっだあの変な夢……」
悪態をつきつついつも通りに着替える。
着替え終わってくつろいでいると、ノックが聞こえてくる。どうぞ、と返せば、失礼しますと気の良さそうなおっさんが入ってくる。
このおっさん、塩崎さんは、この部屋に隔離されてからずっと世話を焼いてくれている。今は朝食を運んできたところだ。
ぼくの夢の話を笑わずに聞いてくれるいい人だ。だけどこの人といい前の被検体のことといい、どうやって工藤のおっさんが短い期間にかき集めてきたのかがすごくきになる。どんな手管使ったんだあのおっさん。
「屋村くん、今回のお味はどうかな?」
「すごく美味いっすよ。腹減ってたのもあって最高……」
「そりゃあよかった。調理担当の人には喜んでいたと伝えておこう」
塩崎さんはそう言ってニコニコしている。
「食事が終わったら、次は弥鏡研究室長の診察だね。何かしらいい結果が出ることを祈っているよ」
ぼくは嫌そうな顔をしたけれど、我儘も言ってられないので、食べ終わった食器と共に去ってゆく塩崎さんを見ていることしかしなかった。
さて肝心の診察の時間。といっても別に服を脱がされるようなことはない。
依代とか説明された棒を見つめたり、時折ぼくの方を見てきたりするだけだ。それで何がわかるんだ。そもそも医者じゃなくて科学者と聞いた気がするし。
一体何を見ているのかさっぱりわからないまま診察は進む。
そしてその言葉が訪れるのは唐突。
「あー、うん。君、もう大丈夫だね」
喜んでいいのかわからないまま困惑するのもつかの間のこと。
「それじゃ、ちょうど工藤特部長も呼んでくる頃合いだろうし、この部屋から出ても大丈夫。あ、でもまずはついてきて」
と、矢継ぎ早に言い放ってそそくさと部屋を出ていく。
何のことやらと思いつつ部屋を出て、案内されるとおりに進めば、大部屋にたどり着く。
そこにはぼく以外の男3人衆と工藤のおっさんがいた。
「……あれ、七葉ちゃんは?」
「彼女については、お姉さんの文さんについてもらうことになったよ。君たちと同様にもう完治はしたけれど、本人が面倒を見たいと申し出てね」
まぁ、それで納得しておいてやろう。
「さて、君たちには次の段階へ移行してもらおうか」
「君たちには、依代に封じ込めた鬼たちと共に、『鬼憑き』として喰鬼と戦ってもらいたい」
……は?
魔暁の回廊 如月冬花 @whitejavasparrow
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。魔暁の回廊の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます