第8話 人へ戻るための依代

 姉さんは、ストレッチャーに寝かされて何処かへと運ばれていった。

「さて、あの子と君たちに何を使ってどんな方法で人間に戻す処置を施すか、説明するとしようか」

 とか言いながら玄生さんは手錠と猿轡をあたしたちにしていく。あんまり慣れてはいない手つきだけれど。

「悪いね。君たちはまだ喰鬼に『なりかけ』だけど、人間に対する捕食衝動は発現しているようだからね。一種の予防措置さ」

 そうされたあたしたちは一つの部屋へ案内される。「応接室」と書かれてあった。

「健一、入るぞ」

『あーい。もう準備はできてるー』

 弥鏡さんの返事がきて、扉を玄生さんが開いた。

 各自席に座らされ、弥鏡さんが口を開く。

「さて、君たちには早速、小生が開発した物体の実験体になってもらう」

 というと、なんだか握りみたいな波を打っているプラスチックの棒?みたいなものが机の上に置かれた。

「はいそこ、怪訝なものを見る目をしない。これは君たちの体に発生してしまった喰鬼を引きはがして代わりに憑りつかせる、いわば科学的な『依代』なんだぞ」

 弥鏡さんの一方的な説明は続く。

「科学だけでなく心霊的なものも高度に組み込まれているから詳細はあえて省くけど、これがあればを安全に人間に戻すことができる。まぁ、なっちゃってる方に対する効果は確実ではないから、戻せるかはわからない。喰鬼を何体か捕獲して実験したけど、どれも変生してから時間がたっていたせいか、人間には戻らなかった。今回もまたそうなるかもね」

 それは、姉さんを元に戻せないかもしれない、ということか。思わず弥鏡さんを問い詰めたくなるが、捕食衝動らしき渇望が一緒に出てきそうになる。

「……っ、急に衝動が増加したか」

「あー……今日運んできた喰鬼は、この女性のお姉さんらしい。だから怒りで捕食衝動が活発化したんだろう」

「なぁるほどねぇ……なんて厄ネタ持ち込んできやがってんですか」

 あちゃー、という顔をした玄生さんと、呆れた表情の弥鏡さん。それを見ていたら怒るのも馬鹿らしくなってきた。

「……とりあえず落ち着いてくれて助かった。まぁ小生たちもできるだけのことはやる。だけど、どうにもならないかもしれない、ってことは承知してほしい」

 そのときの弥鏡さんの目は、とても真摯だった。

「君たちにはこの依代を一人一個ずつ持ってもらう。もしその依代に喰鬼が完全に移ったことが確認できれば、その拘束を解いて次の話へ進める。運が良ければ、お姉さんも同席してもらうかもね」

 そう言いながら、一本ずつ依代とやらを手渡していく。これが人を食べたい衝動を無くしてくれる……とはあまり思えない。

「それまで君たちにはここに滞在してもらう。簡素な部屋にはなるが、各自部屋まで食事を届けよう。さすがに人肉は提供できないけど、栄養面に関しては完璧なものを提供するよ。ただ依代は肌身離さず持っていること。いいね」

 そう弥鏡さんが言うと、外から足音が聞こえてくる。

「あぁ、いろいろ必要なことはこちらで対応しておく。同性のスタッフを一人ずつつけるから、プライベート面でも安心して暮らせるよ」

 玄生さんがそう告げると、扉が開く。4人の男性と1人の女性が中へ入ってくる。

 あたしの前には、女性がやってきた。そして猿轡を緩めてくれた。

「初めまして。松前といいます。これから一緒に頑張っていきましょう」

 そう言って、右手を差し出してきた。

 まだ信頼できるかはわからないけれど、あたしも右手を差し出す。

「有本七葉、です。どうか、姉さんのことも含めてお願いします」

「……お姉さんの担当ではないけれど、できるだけの情報はあなたに教えるわね」

 松前さんは、にっこりと笑った。

 この人はお母さんよりは若そうだけれど、その言葉はなんとなく安心できる。

「では、行きましょうか」

 そこでふと、思い出したことがあった。

「あ、待ってください。家族に電話させてください」

「うーん、ご家族にはこちらから連絡するけど、それではだめなの?」

「どうしても、自分の声で伝えたくて」

「……わかったわ」

 手錠も片方だけ外してくれた。いそいでスマホを取り出し、実家へ電話をかける。

『もしもしー?」

 出てきたのは、お母さんだった。

「お母さん、姉さん見つかったよ」

『あーよかったやん。そんで、いつ帰ってくるん?』

「ごめん、しばらくは帰ってこれへん。姉さんと一緒にちょっと別のところおる」

『え? どこ行っとるんあんた。なんか理由でもあんの?』

 松前さんの方を見る。首を横に振ってだめと合図している。

「……言えへん」

『いや言えへんやないやろ? せめてどこにおってどのくらい泊まるんかくらい言ってや。いろいろ服とか届けやなあかんやん』

 やばい。こういうときに限ってお母さんはしつこい。

『どしたんいったい……あ、もしもし。父さんに変わったけど』

 お母さんの話し声を聞いたのか、お父さんの声が代わりに聞こえてきた。

「あのね、姉さんは見つけた。でもちょっとしばらく帰れんくなっちゃって……理由も、場所も言えんくて困ってた」

『どうしても、教えてもらうとかは無理なんか?』

「ダメそう」

 松前さんがメモを差し出してきた。衣類は後でこちらが引き取りに行きます、と書かれてあった。

「服とかは後でほかの人が取りに行ってくれるんやって。あたしも納得の上でここにおって、決して誘拐されたとかじゃないから」

『それ言われたら余計怪しいけど……分かった。お母さんには父さんから説明しとく。姉ちゃん連れて帰ってこれる日が決まったらまた電話しな』

「うん、ちゃんと連絡するから。じゃあ」

 電話を切り、松前さんへ向き直る。

「もう、大丈夫です」

「そう。なら、行きましょうか」

 松前さんに連れられ、個室へとあたしは導かれた。

 この依代と言われた棒が一体何に役立つかはわからない。でも、これで姉さんが救われるなら、手段を選んでなんていられない。

 こうして、激動の一日は幕を下ろした。

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