第12話 侵攻の布石

 僕の学園入学——形式的には編入だが――が三日後に迫った深夜。


「準備が整いました。まずはあなたが報告を済ませてください。終わったら、私を呼んでください」


「わかった。ありがとうシヴィラ嬢」


 僕の部屋のリビングルームで機材をセットし終えたシヴィラ嬢は「あまり時間と迷惑を掛けないように」と言うと、そのまま部屋を出た。

 玄関の扉が閉まる音が耳に届く。


 さて……定期連絡と行きますか。


 この世界に来てから二週間……半月が経ち、今日は予定されていた上官との定期連絡の日。

 そのためにシヴィラ嬢が設置した機材は、広げられたアタッシュケース。内容物は様々な色のコードとタブレット端末ほどの画面だ。

『異界粒子広域伝達機』。遠くにいる人間……主に電波の届き辛い深層ダンジョン探索者への連絡手段として開発されたものらしい。

 電気エネルギーの波ではなく、異界粒子の波を起こし、異界粒子を伝播して届くため、異界粒子が存在するところならどこでも通信可能とのこと。

 僕たちに言わせれば通信魔法のような機械。優れた科学技術は魔法と見分けがつかないとはよく言ったものだ。


 この機械にシヴィラ嬢自前の魔力でアレンジを加え、まずシヴィラ邸から異界穿孔点に繋げる。そして、ダンジョンに漂う異界粒子を伝播し、向こうの世界の魔力に繋げる。

 そうすることで――。


『——こちら帝国指令室。ご苦労、『勇者殺し』」


シヴィラ嬢が向こうに送った受信機に僕の通信が入る、と言うわけだ。


「お久しぶりです上官。会いたかったですよ」


『ホームシックか? らしくない』


 一瞬口元を緩めた上官は、次の瞬間には軍人の顔に戻る。軍帽を深く被り、画面越しでもわかる鋭い眼光を光らせた。


『では、作戦進捗のほどを聞こうか』


 促す上官に、僕はこの二週間の出来事の詳細を報告する。


 この世界での身分。状況。そして、異装について。


『……アルデヴァラン……。まさかその世界にいるお前から、その名前が出るとはな』


「僕もびっくりしましたよ。でも、現在は協力関係にあります。何かあり次第連絡はしますけどね」


『……魔族と協力関係……か。いや、今はいい』


 思うところが多々ありそうな上官。それも当然だ。人類の怨敵との異界での協力関係。割り切れないのも当たり前だ。

 だがその感情を度外視して判断を下せるから、彼女は帝国軍の総司令を任されている。


『では続いて、お前の行動指針と、作戦遂行に不可欠だと思う情報を聞かせてもらおう』


 確かな信頼を乗せた言葉に、思わず身体が跳ねる。

 「この世界に来て二週間。食って寝てゲームして配信見て、ダンジョンに行ったのは一回だけです」なんて言ったら上官はどんな顔をするのだろうか?

 想像しただけで鳥肌が立つ。ありのままを言うのは無しだな。うん。


『……エータ。あんた』


 アルの声が僕の怠惰を責めるようなものに感じたのは僕の気持ちのせいだ。間違いない。


 でも、まあ――知りたかったことは大体わかってるんだけどさ。


 攻略配信を見るだけで、情報なんてのは無数にあふれてる。

 それはそうだろう。なんたって攻略配信は探索者協会がダンジョンの危険性を教えるために始めたこと。

 過去の配信アーカイブなども残っており、階層ごとに詳しく情報が残っていたりもする。

 探索者には危険性の高い事柄に関する情報開示の義務もある。


 そして、異装テストで入ったダンジョン内。

 僕が敢行したとある実験は、ある意味僕の予想外の結果に終わっていた。


 恐らく僕は――をすでに見つけている。

 しかもそれは、僕の予想が正しければトーキョーダンジョンにある『核の中の一つ』に過ぎない。


「じゃあ、報告させてもらいます。まず、結論から――『トーキョーダンジョン』の第二十階層目に、ダンジョンの核があるんじゃないかって睨んでます。それを見つけることができれば、智慧の実を一つ獲得することが出来るかと」


『……ほう。聞こうか』


 上官の目が見開かれ、呆れたように口角が上がる。

 「流石だ」とでも言ってくれそうな表情だな。この人の僕に対する異常な高評価はどうにかならないものだろうか。期待が重いんだよな……。


「まず、この世界にはダンジョンの情報を公開する、配信というものがありまして……その配信で確認したのは、ダンジョンの二十一階層目からダンジョンはその姿を『石の迷宮』から『森林地帯』へと変えているんです」


『……途中階層から姿が変わる……


 そう。僕たちの世界にあるダンジョンは、どれだけ最深階層が重なろうとも姿が変わることなど無い。

 十層だろうと、五十層だろうと、百層だろうと例外はない。

 一層目が石の迷宮だったなら、百層目もそうなのだ。


 だと言うのに、トーキョーダンジョンはそれに当てはまらない。


「僕の推論はこうです。『トーキョーダンジョン』とは一つのダンジョンではなく、『ダンジョンの集合体』。一階層目からニ十階層までが『石の迷宮のダンジョン』。二十一階層目から四十層からが『森林のダンジョン』。そして四十一階層目から現在攻略が完了している四十九階層目以降が『荒廃した都市のダンジョン』……こんな風に、いくつものダンジョンが重なってできているのかもしれません。帝国地下から繋がっている十五層目。その他にも、そっちにはこの世界と繋がっているダンジョンが存在するかもしれません。少なくとも、魔族国に一つは存在します。アルデヴァランが通ってきたやつです」


『……調査隊を編成するか。時間は掛かるかもしれないが、その価値はある』


「ええ、僕の負担も減りますしね」


『ふふ、そうだな』


 微笑む上官に、僕は続ける。


「そして、二十階層目まで続く石の迷宮ダンジョン。僕は……まぁわけあって十五層目から二十層目までをぶち抜きました。かなり手荒な方法で」


『……待て、お前は何をやっている?』


「違うんです。アルデヴァランがやれって」


『あたしに擦り付けんじゃないわよっ!』


 アルに責任転嫁をしながら上官から目を逸らす。

 半目の上官は『……で?』と圧を強めた。


 だが、アルのせいとは言うものの、この行為自体は僕のやりたかった調査を大幅に短縮することになった。だから僕もアルの要望に応じたんだ。

 インカムで繋がっていた瞳さんの手前焦った演技をしなければならなかったが、あの結果は僕にとっては埒外の成果を寄越してくれた。

 世界的なニュースになったのは完全な想定外なんだけどね。


「異装アルデヴァランの砲撃。僕は、あの砲撃で十五階層目から二十五層目までを貫くことが出来ると想定していました。アルデヴァランの砲撃にはそれほどの威力がありましたしね」


『えっ、えへへ……そうでしょ、そうでしょっ!?』


『だが、二十層目で砲撃は止まった。つまり、破壊できたのは十九層目の床まで……ということか』


「ええ、この結果は僕の推論を、強固で暫定的な仮説に押し上げました」


 ダンジョンとは、魔族が作り上げた言わば人工物。自然にできたものではなく、明確にデザインされているものなんだ。

 つまり、

 二十層目の床で砲撃の破壊は止められた。障害物と距離の威力減衰を鑑みても、あまりに丈夫過ぎる。


『ダンジョンにある壊れない階層……なるほど。可能性は大いにある』


 上官は頻りに頷き、膝を打つ。

 第七特務隊の連中との任務を多くこなしている彼女ならば覚えがあるだろう。

 特務隊のバカたち(僕も含む)は煩わしいダンジョンの床を破壊して最下層まで辿り着くのが正攻法なのだが、そんなあいつらであってもダンジョンの核がある最下層の壁や建造物は壊せない。


「よって、僕は二十階層目にダンジョンの核があると考えています」


『……決行は?』


「気が早いですね……それは少し待って欲しいです。あまりに情報が少ない」


 僕の自由も少ない。もっと遊ぶ時間欲しい。買ったゲームちょっと積んじゃってるし。

 それに情報が少ないのも事実。ダンジョンの核が二十層目にあるとして、その存在が公開されてないのは何故なのか?

 隠されているとしてどこにあるのか?

 不透明なことが多い。


 僕の言葉に、上官は眉を顰める。


『情報……集める伝手はあるのか?』


「うーん……ないこともない……かな?」


『なんだそれは……』


 頭に浮かぶのは我聞と瞳さん。

 だが、あの人たちは研究者だしずぶずぶの協会側。頭もキレるだろうし、懐柔の難易度はかなり高い。

 知識があって、二十層目について知ってそうで、懐柔の可能性がある人間。


 これはただの偶然だ。

 でも、心当たりがある。


「ちょっと拾い物をしまして……」


『それは……ペンダントか?』


「ええ、ロケットペンダントで、中に写真が入ってます」


 異装の性能テストの際、途中の階層で拾ったものだ。

 不躾だが中を覗いたところ、写真に映っていた顔は僕も知っている人物だった。

 落とし主も、配信で遺失物の捜索を呼び掛けていたし。


 ペンダントの中身は――相馬一家の集合写真。掘られたイニシャルはR・S。

 

 相馬そうま凛音りんね

 彼女は探索者としても女性としてもファンが多く、偶像崇拝的人気のある女の子。多くの人の手を借りても見つかっていないことから、彼女の遺失物は僕が持っているロケットペンダントで間違いない。

 パーティーレベルエイトの戦塵の剣の一員であれば何かを知っている可能性が高い。


 何より彼女は、僕が通う予定のダンジョン特区第一高等学園の新入生であるらしい。

 このペンダントは、彼女との接点になり得る大事なファクターとなってくれるだろう。


「お任せください上官。——うまくやりますから」


『無論だ。だからお前に任せたのだから』


「では、結果をお待ちください。シヴィラ嬢を呼んできますね」




■     ■     ■     ■




「恐ろしい人ですね。本当に」


『ああ、流石と言うほかない』


 まただ、姉さまはまたその顔をする。


 シヴィラの胸中に、安堵と不快が入り交じった得も言われぬ感覚が蔓延る。


 勇者殺しと呼ばれる彼の話をするとき、彼の上官でありシヴィラの姉——ヴェヘナは顔を綻ばせる。

 鉄の女。氷の指揮官。

 無感情、非情などと揶揄される姉のそんな変容に、シヴィラは下唇を噛む。


 勇者殺しはシヴィラにとってはとても複雑な相手だ。

 協力作戦故に態度に出すことは無いが、いつも多少の敵意を抱えながら彼と顔を合わせている。


 勇者殺しは――シヴィラにとっては親の仇。

 勇者殺しは――ヴェヘナにとっての恩人。


 姉妹でありながら、彼への評価は百八十度違うのだ。


『シヴィラ、その……あいつは何か言っていたか?』


「何か……とは」


 口ごもりながら『……私についてだ』と軍帽で目を隠す姉に、シヴィラは気まずくなって少々口を閉じた。

 基本的にあまり他人の話をしない彼だ。この二週間、ヴェヘナについて語ったことなどはなかったように感じる。

 だがここで「一切話していませんでしたよ」と言える程、シヴィラのヴェヘナに対する愛は薄くない。


「その……えっと……寂しい? とか、ちょっと会いたい……みたいなことを言っていたような……」


『……そうか。うん、そうか。……シヴィラ、定期連絡を頻度を上げるのは現状で可能か?』


「い、いえ……残念ながら機械の充填期間を鑑みて頻度は今が限界かと……」


『いや、いい……あいつを頼むぞ、シヴィラ』


「——はい、お任せを」


 そこだけははっきりと返事をして、通信が切れる。


 彼は任務を全うする。それだけの力があり、失敗は未だかつてない。

 彼の推論を聞いた時、シヴィラは嫌と言う程それを確信した。わかっているつもりだった彼の力を、再度見せつけられた。


 力はすべて。彼が初対面でシヴィラに言った言葉だ。


 本当に憎たらしい。

 許されざる罪人である彼が帝国最強の戦力として重宝されていることが、彼の言葉をこれでもかと裏付けている。


「……ままなりませんね」


 親を――勇者を殺した男が、世界を変えていく様は、彼女の常識を覆し続ける。


 シヴィラから『勇者の娘』であるというを奪い。

 ヴェヘナから『勇者の娘』であるというを取り払った。


 そんな彼を必要とする世界は、完全実力至上主義だ。


「だからこそ、彼に失敗はないのでしょうね」


 恨んでいるというのに、彼の力に頼る自分を唾棄しながら、彼女は眠りにつくのだ。






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『勇者殺し』の異世界暮らし Sty @sty72

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