第11話 ダンジョン特区第一高等学園
『——トーキョーダンジョン十五階層が謎の崩落に見舞われてから一週間。探索者協会は未だ崩落現象の原因を掴めていないと発表しました。市民たちからの不安の声も多く上がり、世界中で大きく取り上げられた本件ですが――』
シヴィラ嬢が用意してくれた朝食を味わいながら、虚ろな目でニュースが流れるテレビ画面を眺める。
ダイニングキッチンから僕を見るシヴィラ嬢の目は、一週間前から変わらず呆れ果てたものだ。
僕(とアル)がやらかしたダンジョン破壊は過去に前例の無いほどの規模だったらしく、世界中で話題になった。
我聞曰く、
『——すっっっっばらしいぃぃい!! 新世代異装適合者の中でも類を見ない適合率に異装性能! 君の身体能力にも目を見張るものがある! 最高だぁぁああ!!』
との事。
要はアルデヴァランの性能が凄かっただけなのだ。僕のせいじゃない。
興奮したまま研究に没頭し始めた我聞と、これからの僕の行動に瞳さんが強く釘を刺してから一週間が経った。
その間、僕はダンジョンへの接触を禁止され、やることもなくただただ惰性を貪る日々。
まぁ、はっきり言って最高である。
『ねぇエータッ、こんなニュースなんていいから、早くゲームの続き見せてよ!』
適合後から聞こえてくるアルの声。出所は異装かと思っていたのだが、実際は僕に流れ込んだアルデヴァランの魔力が彼女の意識の在処だったらしく、この一週間、僕と彼女は五感を共有して過ごしていた。
そのおかげで、彼女はすっかりこの世界の文明の虜だ。
『なにかきっかけがあれば、あの異装とか言う武器を自分の身体の形に変えられそうなんだけど……まだまだ魔力が足りないわね』
とはアルの言。
部屋の片隅に立て掛けられた異装は、あの砲撃を繰り出したとは思えない程静かに佇んでいる。
何はともあれ、僕は今迂闊にダンジョンに近づける状態じゃない。
我聞と瞳さんに連絡先を教え、次の招集を待っている……と言うわけだ。
ほとぼりが冷めるのを待っていると言ってもいいだろう。
「ごちそうさま」
「……はぁ。お粗末様でした」
食器を洗う僕に溜息を吐いたシヴィラ嬢は、仕方なさそうに肩を落とす。
協力者を異装適合試験に送り出したと思ったら世界中に轟く騒動を起こしてきたとあれば、彼女の反応も頷ける。悪いことをしたとは思ってる。
悠々自適に過ごしているとはいえ、これはれっきとした作戦中。
ま、それはそれとして今日はゲームしよ。やれることもないし。
『やった!』
はしゃぎ始めたアルの声を頭の片隅に置きながら、コントローラーを手に取った時。
「——エータさん、少しお話が」
シヴィラ嬢がそう切り出した。
「話……作戦に関するやつ?」
「そうとも言えますが……具体的には作戦遂行のためのカモフラージュの話です」
「ほう」
口調と雰囲気から重要そうな気配を感じ取った。
思考を仕事モードに切り替え、『えー……ゲーム……』と囁くアルを努めて無視する。
「まず、あなたの身分についてです。いくら私が公賓だとしても、人間一人を一からでっちあげることなどできません。つまり、今あなたが演じている『白淵影汰』という人物は実在する人間です。いえ、していた……と言うのが正しいでしょう」
「……なるほど、乗っ取った訳ね。年齢が僕の実際のものと違っていたのはそう言う理由か。実際にいたなら人間なら年齢の改竄はわかりやすいボロになるし」
「ええ、条件や身分などを選りすぐった、『ダンジョン内行方不明者』。探索者になりたての新人。ダンジョン関連の事件で親のいない孤児。地方の施設出身かつ施設を出ている者。それが白淵影汰の正体です」
言いながら彼女が取り出したのは、複数の書類。
「これは?」
『……がっこう?』
僕とアルは同じ文字を見て声を出す。
そこに書かれていたのは『ダンジョン特区第一高等学園』という名称だ。
「白淵影汰が行方を眩ませたのはあなたが来る数日前。そして今は三月下旬。この日本ではちょうど新学期なのです」
「……あー……それが?」
まずいなぁ……この流れは非常にまずい。
僕の自由な生活が……自堕落が許される時間が……。
「白淵影汰は施設を出て、この学園の二学年への編入が決まっていました。ですが、今はあなたが白淵影汰。……意味、わかりますね?」
「いやでもっ、そう言うのって色々手続き必要なんだよね!? 書類は顔写真とかあるじゃん!? でもほら、顔違うし……っ」
「金を積んで、改竄をすでに終えています。協力者は始末してありますのでご心配なく。今はダンジョン行方不明者の中の一人に名を連ねています」
おっけ、準備万全。退路無し。
相変わらず手が早い有能さに頭痛すらする。
「安心してください。この学園へは、私も一年前から特別顧問として通っています。何かあればサポートが可能です。当然、関りは明かしてはいけませんが」
「……僕に、学園に行けって?」
「ええ、任務ですので、あなたに拒否権はありませんよ?」
これまでの鬱憤を晴らすかのように、清々しい笑顔でシヴィラ嬢はそう言った。
『……にんげんのがっこう……ゲームもいいけど、ソレも悪くないわねッ!』
「は、はは……了解……」
ノリノリのアルに頭痛を強めながら、現実から逃げるようにゲーム機の電源を付けた。
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