第6話 はじめてのチャーハン

 冷蔵庫に買った食材を入れている時、神志名さんはベッドの上でゴロゴロしていた。

 化粧鏡を見て、自分の前髪を調整する神志名さんの姿はなんだかとても愛らしかった。


 本来なら素の神志名さんなんて絶対にお目にかかれないので、俺はどこかに優越感を覚えてしまった。


「神志名さん、お腹空いた?」


 時計を見ると、すでに6時を過ぎていたので、俺は神志名さんに確認してみる。

 すると、神志名さんは元気な声でこう答えた。


「めっちゃ空いた! 餓死寸前だよぉ!」


 すごい食いしん坊だなって一瞬思ったが、部活を頑張っている神志名さんだから、お腹も空くものだろう。


「あっ、忘れないうちにっ!」


 そう言って、神志名さんは急に財布を持って俺の隣に来た。


「はい、これ今月の生活費! 足りなかったらまた言ってね!」


 神志名さんに手渡されたのは現金の二万円だった。

 金をしまわずに握ったままぼーっとしている俺に、神志名さんは続けて言う。


「真宮くんに世話してもらってるのに、生活費くらいは自分で出さないといけないと思うの」


 ハッとした。

 

 正直、俺のお小遣いで一ヶ月の神志名さんの食費を賄うのには全然足りていなかった。

 そもそも、金のことすら考えていなかった。


 でも、神志名さんはちゃんと考えてくれている。

 名状しがたい暖かい感情が俺の胸で渦巻いていた。


「ありがとう……」

「変なのっ、わたしの世話してもらってるのに、こっちこそありがとうだよぉ! あっ、このやり取りなんか前もしたっけ?」


 期せずして神志名さんと目が合った。

 誰からともかく、二人して可笑しそうに笑った。




「……」


 神志名さんがお腹空いてるから、ご飯を作ろうと思っている俺は炊飯器で米を炊こうとしたが。


「どうしたの? 真宮くん。ぼーっとして」


 炊飯器とにらめっこしている俺をおかしいと思ったのか、神志名さんが話しかけてきた。


「米……」

「米?」

「一合ってどれくらいなんだろう……」


 スマホで米の炊き方について調べてみたが、まず一合がどれくらいか分からなかった。


「イチゴウ?」


 ダメだ。

 聞く相手を間違えた。


 まさか野球選手の名前のように聞き返されるとは思わなかった。

 こうなったらそれもスマホで調べよう。


 A:一合は約180ml。


 うーん、分からん。


 180mlのジュースを買って、飲み干したあとに空きの容器に米を入れて測るものなのか。

 いや、たぶん違うな……。


 そもそもお母さんがそんなテクニカルなことをするのを見たことがない。


 そんなふうに脳内で愉快な想像をしていると、ふと続きがあるのに気づいた。


 A:180mlの計量カップを使って測ります。


 なんとそんな便利な物があったのか。


「神志名さん、計量カップある?」


 さっそく神志名さんに聞いてみた。


「ケイリョウカップ?」


 予想通り、神志名さんは頭を傾げた。

 まあ、神志名さんに聞いた俺が―――


「これのこと?」


 失礼なことを考えたその時、神志名さんは目盛りのあるカップを手に乗せて差し出してきた。


「それだ!」

「これって何に使うの? 炊飯器の中に入ってたけど」


 米の量を測るために使うんだよ、という喉に出かかった言葉を飲み込んで、神志名さんから計量カップを受け取り、早速使うことにした。

 それから作業は順調だった。


 炊飯器の中の釜に測った米と水を入れて、炊飯ボタンを押すだけ。


「便利だね」

「うん、昔炊飯器がない人の生活なんて想像できないな」


 途中話しかけてきた神志名さんになぜか自分のことのように誇らしく語って、俺は小さな達成感に浸っていた。




 ピーピーという炊飯器が自分の仕事を終えた自己主張の音を聞いて、俺は神志名さんからフライパンを借りてチャーハン作りに取り掛かった。

 慣れない手つきで、油を引いてそれからネギ、たまごとベーコンを入れて炒めた。


 そこで米を入れようと思ったが、炊飯器を開けてみるとご飯がカピカピになっていた。

 たぶん、水が少なかったのだろう。今度気をつけよう。


 カピカピのご飯をフライパンに入れて、ひたすらかき混ぜる。

 昔料理番組で中華の料理人がチャーハンを作ってるところを見たことがあるが、その時もひたすらかき混ぜていた気がする。


 しばらくして、俺の人生初めてのチャーハンが出来上がった。


「できたよ」

「わーい! やったぁー!」


 皿にチャーハンをよそってテーブルに置くと、神志名さんは目を輝かせていた。


「なんかベーコンが大きい気がするぅ」

「……包丁使えないから……」


 ネギもベーコンも手でちぎっただけだし、たまごなんかも最初は3個くらいダメにしていた。


「嫌だった……?」

「ううん! このほうが食べ応えあるから大丈夫だよ!」


 神志名さんの言葉に少し目が潤んでしまった。

 気づかれないように俯いて、チャーハンを口の中に運ぶ。


 可もなく不可もない。

 そんな感想だった。


「美味しいーっ!」


 だけど、神志名さんは終始笑顔のままで、俺の作ったチャーハンを食べていた。


「真宮くんがいないと今日も餓死するところだったよぉ!」

「今日もって、死んだら神志名さんは今ここにいないだろう?」

「そうだけどぉ、誇張表現ってやつだよ!」


 神志名さんのおかげで、途中から、少しだけチャーハンが美味しく感じた。

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学校では完璧超人の神志名さんは家では超だらしない! エリザベス @asiria

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