最終話 約束
「愛と誠実、これこそが結婚の真髄です。二人は出会い、一つになることを選びました」
教会の祭壇には白い花々が美しく飾られ、ステンドグラスからはやわらかな光が降り注ぐ。
優美なレースとシフォンを組み合わせた真っ白なウェディングドレスは、新婦の体のラインを美しく引き立てた。スカートは床に広がり、長いヴェールは幻想的な雰囲気を醸し出している。
神父は新郎と新婦を見つめて優しく微笑み、さらに言葉を続けた。
「結婚は、人生の素晴らしい旅路の始まりです。この旅路はときには晴れやかな日々であり、ときには嵐のような試練が待ち受けます。しかし、愛と誠実、そしてお互いへの深い尊敬の心が、どんな試練にも立ち向かい、克服する力を与えてくれるでしょう」
礼拝堂内は静寂に包まれていて、神父の声だけが響いている。
嵐のような試練なら、もう耐え抜いた。
この先なにがあろうとも、すべてを克服できると確信している。
「今日ここで、あなたたちはお互いに愛を誓います。この誓いは神の御前で行われ、私たちは証人となります」
神父と、そして後ろにいる参列者が証人となる。
すでに心は夫婦であったが、証人ができる宣誓というのは特別で、胸は高鳴った。
「新郎エヴァンダー、新婦ルナリー。あなたたちは互いに対する永遠の愛と誠実を、証人の前で誓いますか?」
エヴァンダーとルナリーは互いに目を合わせ、微笑みながら同時に声を上げた。
「はい、誓います」
二人で交わす誓いの言葉はどこかくすぐったく、だけど誇らしい。
「ここに神の祝福を受けた愛が確かめられました。では愛を証明するキスを交わしましょう」
神父に促されて、エヴァンダーがヴェールをあげてくれる。
ルナリーが見上げると、この世で最も愛する人が目を細めて微笑んでいて。
目をそっと瞑ると、温かいものが唇に触れた。
その瞬間、わぁああっと参列者の声が上がり、ルナリーとエヴァンダーは祝福の空気に包まれた。
父の泣き顔と、母の満面の笑顔。
エヴァンダーの両親と兄、それに二人の姉たちが満足そうに胸を張っている。
新しく選ばれた聖女が二人と、その護衛の騎士たちも祝福してくれて。
ルナリーとエヴァンダーが微笑むと、二人並んだアルトゥールとゼアが、誰よりも幸せそうに見守ってくれていた。
***
ルナリーとエヴァンダーが結婚式を挙げてから、さらに三ヶ月が過ぎた。
ルナリーは炎の聖女のように、不名誉な聖女として後世に伝えられていくことはなかった。
エヴァンダーとアルトゥールが国王に交渉してくれ、隅々まで状況を公表してくれたのだ。
そのおかげで、ルナリーは蔑まれるどころか英雄“巻き戻り聖女”として崇められている。
もちろん、護衛騎士の二人も。
魔女が作った命を延ばす秘薬は、結局どんな材料を使っていたのかわかっていない。
もし作れたなら、相当な金額で売れるだろう。
しかしあれは作ってはならないものだと、法律で禁じられることになった。
自分は飲んでおいてなんだが、ルナリーもそれでいいと思っている。
長く生き過ぎては、きっと孤独なだけだから。
ルナリーは夕食を作り終え、シュルッとエプロンを外した。
その瞬間、ガチャリと扉が開く。
「おかえりなさい、エヴァン様!」
「ただいま、ルナリー」
仕事から帰ってきた夫を迎えて、ルナリーは音を立てて夫とキスを交わす。
新居はウィンスロー侯爵家のように大きくはなく、通いの使用人が一人いるくらいの小さめの屋敷だ。それでもルナリーにとっては十分広い家だったが。
ルナリーは妊娠を期に聖女を引退した。
それと同時にエヴァンダーも護衛騎士を辞め、今は後進の指導にあたっている。
新しい聖女はゼアのアドバイスを受けて二人いるのだが、聖女教育は『約束したから』と全面的にゼアが引き受けてくれている。
いつまでこの国にいてくれるのかはわからないが、ルナリーにとっては大助かりだ。
「今日からよね? ゼアさんが新聖女たちと一緒に、結界を張る旅に出るのって」
「ええ。アルは聖女ゼアの護衛騎士として、一緒に旅に出ました。新聖女二人と、その護衛騎士たちも一緒に」
「すごい、大所帯ね」
「一通り学び終えたら、ルワンティスのように分担できるようになるでしょう。私たちの時のようなハードスケジュールにはなりませんよ」
「それならよかったわ」
しばらくの間は大変だろうが、これでようやくイシリア王国の聖女も、寿命を大きく減らさずに済むようになる。
欲を言えば、もう少し聖女を増やしたいところではあるが。
ルナリーはほとんど準備を終えていた夕食を、テーブルへと運ぶ。
「ゼアさんはいつまでいてくれるのかしら……ずっと住み着いてくれたら嬉しいけど、そうはいかないわよね……ルワンティスの大事な聖女だし」
「ああ、そのことですが」
エヴァンダーは当然のようにルナリーを手伝ってくれながら、うっすらと笑った。
「陛下がルワンティスの女帝と交渉して、毎月上級魔石を三つルワンティスに贈ることで、ゼアさんの滞在を認めてくれるそうです。ゼアさん本人の希望があっての交渉でしたので、割とスムーズに決定したようですよ」
「わぁ、そうなのね! よかった、ゼアさんが帰っちゃったらさみしいもの」
「そうですね。アルも聖女ゼアが帰ってしまうのはつらいでしょうし」
「あら、やっぱりアル様って
「どうでしょうね。よく喧嘩していますが、満更じゃなさそうですよ」
「ふふっ」
どうなるかわからないが、あの二人はお似合いだとルナリーは思っている。
いつか、吉報が届くようにと祈るくらいしかできないけれど。
「さぁ、食べましょう? 今日はエヴァン様の誕生日だから、張り切っちゃった」
「ああ、それで食卓にクッキーが並んでいるんですね」
エヴァンダーが嬉しそうに笑ってくれるので、ルナリーは少しはにかみながらも頷く。
「うん……ちゃんと食べてもらいたかったから。でもケーキまでは手が回らなくて、ごめんなさい」
「十分です。先にひとついただいても?」
「もちろん! あ、私が食べさせてあげ……きゃっ」
慌てて食卓に向かおうとすると、自分の足に引っかかる。
倒れそうになった瞬間、エヴァンダーにグイと支えられた。
「大丈夫ですか」
「ありがとう、エヴァン様」
「気をつけてください。もう一人の身体ではないのですから」
怒るようには言われず、優しく目を細められてルナリーは頷く。
このお腹の中に、赤ちゃんがいる。
愛する夫との、大事な大事な命が。
ルナリーはクッキーに手に取ると、エヴァンダーの口元へと運んだ。
開けられた口の中に入れてあげると、サクッと音がして味わってくれる。
「ど、どう……?」
「今まで食べた中で一番おいしいですよ」
「もう、またそんな喜ばせることばかり言って」
「事実ですが」
真剣な顔をして見つめられて、ルナリーの顔は熱を持ち始める。
エヴァンダーはふっと微笑んで、ルナリーの髪を梳かすように指を入れられた。
「エヴァン様……」
「来年も再来年も、祝ってくれると思うだけで幸せです」
「もちろん! 何年後だって、何十年後だって祝うわ!」
今度こそ、命が尽きるまで──毎年。
記念日があれば、いつだって。
ルナリーの言葉に、エヴァンダーは本当に嬉しそうににっこりと笑って。
「ありがとう……愛しています」
ルナリーの唇は、エヴァンダーのもので覆われる。
クッキーを味見した時よりも遥かに甘いものが、ルナリーの全身に伝わっていった。
イシリア王国の王都に住む巻き戻り聖女とその元護衛騎士。
その仲睦まじい姿は、そこかしこで目撃されていて。
誰もが知るおしどり夫婦となった二人は、イシリア王国の愛の象徴として謳われていくのだった。
巻き戻り聖女 〜命を削るタイムリープは誰がため〜 長岡更紗 @tukimisounohana
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