第52話(最終話)結末―――10年後の未来の僕達へ~

―――あれから数年が過ぎた頃、

 

 僕は初めて幸之助さんの切なる思いを知った。


そのことに気付いたのは僕が医大を卒業し、未来を約束された医師の道から

転身し、研究科学者への道に進んだ頃だった。

空良には何も言えなかった。

まさか、自分が幸之助さんと同じ道に進むとは思わなかったからだ。

最初は研究科学者になる気もなかった。自分の能力を過信しないで『真っ当な医者に

なって多くの人を救うこと』それが僕の夢でもあった。

だけど、ある時、僕は人間には命の制限があることに気が付いた。

なにより僕が死んだ後、空良が独りぼっちになることが一番の気がかりだった。

このまま歳をとれば僕の肌は少しずつ艶がなくなって、体格も『おっさん化』に

突き進んでいくだろう。

いずれ人間は自分の限界に直面する。だが、AIはどうだろう…。

AIも定期的にメンテナンスは必要だが、空良の体の仕組みは簡単に操作できる

ように最終段階の時に幸之助さんが手直ししてくれていた。見る限りは複雑には

できていない。見た目だけなら人間と同じだ。人間と同じご飯を食べて、一緒に

お風呂に入れる。キスだってできるし、夜の営みだってできる。

違和感など全くない理想の生活だ。このままの生活がずっと続けばいいと思う反面、

思い通りにならない現実にいつか直面するだろう。

この先、10年後、20年後と僕が歳を重ねていっても空良は17歳のままだ。

空良は歳をとらない。永久に淡い恋心を描いた若かれし日の高校生の空良のままだ。

多分、その時、僕はこう思うだろう。空良と隣同士に並んでいても、その距離の

温度差に不安を感じると……。年齢という距離は決して縮まることはない。

その事に気付いた時、僕は何だか孤独という2文字に押し潰されそうになった。

そう考えた時、僕は独りとり残された感じがして、ちょっぴり怖くなったんだ。


「コンコン」


ドアをノックする音が聞こえ、僕は急いで研究データを詰め込んだパソコンを

シャットダウンさせた。


「大地、コーヒーはいったよ」

 

ドアの向こうから聞こえる空良の声に僕は立ち上がる。


「ああ、今直ぐいくよ」


僕はドアの方へと足を進行させ、書斎を出て行った。


パタンーーー。ゆっくりと、書斎のドアが閉まる。


空良は決して書斎に入って来ることはない。仕事中だと思っているからだ。

『仕事中は入室禁止ね』

最初に言った僕の言葉を空良は忠実に守っている。

だから、書斎の奥に僕が作った研究室があることを空良は知らない。

そして、僕がAIヒューマロイドの研究をしていることも空良は知らない、、、。


書斎の奥にある極秘部屋。


それは僕だけの秘密の場所でもあるーーー。


「サンキュ。いつも、ありがとう」


僕は普段と変わらない笑顔で空良と過ごす何気ない日常が好きだ。

空良の前ではいつも平常心を保っている。


「あっ、そうだ。クッキーも焼いたんだよ。食べるでしょ?」

「ああ、うん」


空良は焼きたてのクッキーをテーブルの上に置く。


僕の目の前にはほろ苦い香りが口に残るブラックコーヒー。

空良が珈琲豆から焙煎したコーヒーだ。


一口飲むと眠気など一気に覚める。

「空良、コーヒー淹れるの上手くなったね。クッキーもめっちゃ

美味しいよ」

「ホントに? ありがとう。大地にそう言われると嬉しい。

夕ご飯も頑張っちゃうよ(笑)」


空良は相変わらずアップルティーが好きみたいだ。

苦みのあるコーヒー系は苦手らしい。

でも、そこが、また可愛かったりする。


「夕ご飯、何が食べたい?」

「ああ、何でもいいよ。空良が作るご飯は全部美味しいから…」

「あ、昨日もそう言って、大地はいつも人任せにする」

「え?」

「そういうとこ、大地のダメな所だよ。」

「え…」

「そうやって…会話ってなくなってくるんだってさ。それで、最終的には

長続きしないんだって…」

「え、ああ…ごめん。じゃ、魚料理」

空良の言葉に内心、めちゃくちゃ焦った、、、

「了解(笑)」

たまに、空良は人間味のある言葉でしゃべる。人間と一緒に暮らしていると、

主人に似てくるペットの話はよく耳に聞くけど、それと同類なのだろうか。

「ねぇ、大地…最近、病院の仕事、忙しい? 何だか疲れているみたいだけど」

「ちょっとね…。色々と考えることがあって…」

「何?」

「―—ん、話せば長くなる……」


あの時、この先の人生なんて何一つ分からないって思っていたけど、

今は、こう思うーーー。


この先の人生に変化はない……。


年齢と共に老化が始まり、そして死ぬだけだーーー。



「空良…実はね、病院…辞めたんだ」

「え? 」

空良は驚いた表情をしていたーーーが、僕はそんな空良の表情も予測していた。

「……そうか」

空良が静かに呟いた。

たった3文字の言葉にずっしりと重圧を感じていた。僕はその時、思った。

その重みのある言葉で僕は何かをピンと察知した。

空良は僕の終活に気づいている。

人生の終わりに僕がしようとしていることに空良は気づいていた。

「やっぱり、大地もお父さんと同じだったんだね」

「ねぇ、空良…。僕も空良と同じ世界に行ってもいいかな?」

空良は暫く、黙ったままだった。

「空良が今、どんな景色を見ているのか。僕も見てみたいんだ」

「……いいよ。大地、こっちの世界においで。そうすればさ、

ずっと一緒にいられるね。歳もとらないし、ずっと恋人のままでいられる…」


そう言って柔らかに はにかんだ空良の笑みが僕の心を穏やかな気持ちに

させてくれた。



あの時、僕の脳裏を横切った永遠という言葉。永遠など人として存在している限り、

決して叶わないことだって、僕は気づいた。

僕の頭脳が人の何倍ものひらめきがあるのは、人と違うことをする為にある。


あの日、僕は空良とずっと一緒にいたい…と誓った。その言葉に嘘はない。

例え、空良がAIだとしても僕は空良と一緒にいたくて空良の手を取った。

『この手を離さない…』と心に誓った。

だから、僕が空良とずっと一緒にいる為にはどうすればいいのか……と考えてみた。


そして、僕が辿り着いた結末は……これ以外考えられなかった。


僕が永遠を手に入れる為には、僕が空良のいる世界へ飛び込むしかなかったのだ。


不意に僕はハイテンションになる時がある。そんな時はいつも空良がいる世界を

見たくてたまらなくなり好奇心が湧いてくる。


衝動的に僕は空良のいる世界へ飛び込んでみたくなった―――。





怖くない!? そう、思ったら噓になる。


だけど、空良がいない世界へ一人で逝く方がもっと怖いんだ。


だからね、空良……


僕が空良のいる世界へ行けば、空良とずっと一緒にいられる……


この世界にもう未練はない……


人間界は色んな人種の人間が多くて、僕はもう疲れたんだ……


ねぇ、空良…僕も一緒に…そっちの世界へ連れて行ってくれる?


僕はもう絶対二度とこの手を離したくはないーーー。


そして、僕は空良と永遠に一緒にいることを誓う――――ーーー。




――――それから、10年後ーーー




普段と何一つ変わらない日常の延長線上にある東京の街は相変わらず

ザワザワとうるさい音を立てて忙しそうに動いていた。


デジタル化がどんどん進み自然の面影などどこか遠くに消えていた。

スーパーのレジや喫茶店のウエートレスには高性能のAIヒューマロイドの

導入で人件費削減7割以上を達し、仕事の効率も上昇していた。

まさに夢に描くような未来都市が現実化へ実現しようとしていた。


そんな都内の中心部にできたニューモデルのAIヒューマロイドショップ。


ショップ名は『SORA&TAICHI』


店長は猿渡幸之助―――。


通行人がショップの前を通るたびに一度は立ち止まり、ショーウィンドーに飾られた

手を繋いでいる男女の初々しい姿のAIヒューマロイドカップルを見ている。

名前はショップ名でもある『SORA&TAICHI』。

まさに客寄せの為のAIヒューマロイドカップルである。


キィー……


ショップのドアが開いて女性客が入店して来た。


「すみません…ショーウインドーに飾られているAIヒューマロイドのカップルって

いくらですか? めっちゃ、可愛くて欲しいんですけど…」

「ごめんね、あの子達は売り物じゃないんだ」

幸之助が渋々と答えた。

「え…」

「そう聞かれたの、君で50人目だよ。実はそのモデルは他の商品よりも

一番人気なんだよね」

「……」

「あの子達はこのショップの看板モデルだから、ごめんね」

「そうなんですか… 」

「あ、他の商品も結構人気の物があるから、よかったら見ていって」

「はい…」


幸之助さんのショップは看板になっている僕達の人気のおかげで

店も安泰。売れ行きも上昇していた。安い商品は数万円~

一体につき50万円以上という高額商品もある。

僕達に値段をつけるとしたら、いったいどれほどの価値があるのだろうか……


幸之助さんが僕達を売りに出したくない気持ちが少しだけわかった気がした。




僕もこのショーウィンドーから見る景色が結構好きだったりする。


昼間のザワザワした街の動く音がこのショップの前を通ると一時的に止まり、

必ず一回は僕達を見る。そして、再び動き出す。滞在時間は早くて5秒、

長くて5分…と、人それぞれ違うが僕は短くても長くても僕達を見ているという

優越感が好きだったりする。

人間達は僕達の事を同じ人種でできた人形とか思っているのだろうか……。

人間達と目が合うと、思わず噴き出してしまいそうになる。


僕達の手は離れないように頑丈な強力接着剤をベッタリ付けられ固定されていた。



ねぇ、空良……


これで僕達、ずっと一緒にいられるね……


今、僕は空良と同じ景色を見ている。


『ねぇ、大地…こっちの世界はどう?』


『―—…。満更、悪くないよ……』


『そう、よかった…(笑)』



うん……空良がいる世界も意外と悪くないかもしれない―――ーーーかな…。




 〈完〉








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空良飛ぶブーメラン 神宮寺琥珀 @pink-5865

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