第51話 空良飛ぶブーメラン
2日後、テレビ、インターネット、SNS、マスコミ各社とあらゆるメディアに
研究科学者、猿渡幸之助氏と彼に関わった全ての者が逮捕されるという衝撃的
ニュースが流れた。その中には明和総合病院の院長を含め、天野医師や一部の
医療スタッフ等も絡んでいた。幸之助は明和総合病院の天野医師と契約を交わし、
身元不明患者や不慮の事故、医療ミスなどで亡くなった患者達を研究材料として
提供してもらっていたことを全面的に認めたのだった。詳細は警察の事情聴取が
済み次第少しずつ明らかになってくるだろう。
その頃、僕と空良は初めて言葉を交わした原点の場所に来ていた。
土曜日の中学校は休校日で人の気配は全くなく静けさだけが漂っていた。
正面門扉も裏口もしっかりと鍵が掛けられていて閉まっていた。
例え卒業した中学校とはいえ、自分の胸の位置ほどある門扉を飛び越えるのは、
さすがに体力を使う。僕は勉強はできても運動神経はまったくできなかった。
「閉まっているね」
「うん…」
昔の空良なら、こんな高い門扉なんてへっちゃらで飛び越えていただろう。
「大地、この中に入りたいの?」
空良がこっちに視線を向けて聞いてきた。
「うん。ここは僕と空良の思い出の場所だから」
「……」
空良は門扉をジッと見つめていた。空良が隣にいても僕はいつの間にか空良が
AIだということをすっかりと忘れていたのだ。
―――その瞬間、空良は1歩、2歩、3歩と後ろへ下がり、勢いよくダッシュをつけ
走り出し、飛んだ!!
「空良―--!?」
そうだった! 空良はAIだったんだ……。僕は空良がAIだということを改めて
実感する。同時に 僕は空良から目が離せなくなっていた。門扉の上に立つ空良を
暫くの間、羨ましそうに眺めていた。空良の艶やかな黒髪が風で
「大地もほら…こっちにおいでよ」
空良が笑って言った。
「でも…僕、運動神経 全然ないんだ」
そう答えると 空良はニッコリと微笑んだ後、
「まったく…しょうがないな」と、僕の目の前に手を伸ばしてきた。
僕は差し出された空良の綺麗で
そして、空良はグイッと勢いよく僕の手を引っ張って、僕は一瞬にして
空良の腕力に救い上げられた。空良の見た目とは裏腹で豪快な力強い腕力に
驚く間もなく体が宙に浮いたと思った一瞬の間にその足が門扉の上に立っていた。
(すっごい……)
僕の目に映る景色があの日の
僕は防災訓練の日のことを思い出していた。あの日も一瞬の出来事で、
〝 何が起こった 〟のか理解するのに少しの間 時間がかかった。
「大地、深呼吸して。せーのーで、飛ぶよ」
隣から聞こえた空良の声に僕は我に返った。
空良は離れないように僕の手をぎゅっと握りしめてくれていた。
胸の音が半端なくドキドキしていた。高鳴る鼓動がどんどん上昇していく。
「うん…」
僕は空良を信じている。だから、僕もきっと飛べる。
その後、僕は思いっきり空気を吸って息を吐いた。
「せーのーでー」
僕達は互いに言葉を交わし同時に飛んだ。
僕は心の中に『ホッ』と一息入れる。
僕は空良に視線を向け、笑みを零した。空良も僕を見て微笑んでいた。
空良といるとドキドキする。うるさいくらい心臓がバクバク音を立てている。
何度も何度も『黙れ、僕の心臓!』と心で言いきかせるが鳴り止まない心臓は
『どうしようもなく空良が好きだ』と訴えているようだった。空良がAIだろうが
人間とロボットのハーフだろうが『僕は空良が好きだ。空良とずっと一緒に
いたい…』って、僕はそう思った。
こんなことを口で言えるほど僕はまだ恋愛経験値がない。
しかも、AIである空良の心さえもつかめていない。
人間の感情である『好き』という感情は空良のデータベースの中にインプットされて
いるのだろうか……。
「大地、これからどうするの?」
「え…」
時々、空良は人間がしゃべるような口調で僕に話しかけてくる。その度に僕はいつも
ドキッとさせられ困惑する。頭をさらにフル回転でさせていかないと、ぶっ飛んだ
空良の行動にはついていけない。でも、こんなハラハラさせられる日常も刺激が
あって悪くないかもしれない。
「ああ、うん。教室に入りたいと思ったんだけど、休校日だから多分 閉まってる」
「じゃ、ぶっ壊そうか」
空良は思いっきりグーの拳を空に向かって振り上げる。
「え、ああ…。しなくていいから」
僕は空良の体にしがみ付きひとまず空良の行動を引き止める。
「ほんとに空良、しなくていいから」
空良はゆっくりと振り上げた手を下す。
(ホッ…よかった…。僕の言葉が通じた…)
「じゃ、あっち行こうか」
僕は運動場の方を指差して言う。
さすがに閉まってる玄関を壊してまで中へ入ることは出来ず、僕達は運動場へと
回った。中学の頃は運動場の前を毎日通っていても何も感じなかったが、今日、
久しぶりに眺める運動場がやけに懐かしく思えた。あの頃、教室の窓際の席から
眺める運動場が僕は好きだった。授業中でも空良は自由奔放にブーメランを飛ばしていたね。
運動場に着くと迷うことなく僕達は隣り合わせでブランコに腰を下ろした。
ほどよく揺れるブランコの座り心地に癒され、僕達はまったりとした気分に
なっていた。それはまるで2年前の中学時代にタイムスリップしたような空間の中に
いた。あの頃はこうして二人で学校で話する機会もなく、いつも河川敷で話を
していたけど、本当は きっと僕はこんな風に学校で空良と二人きりで話をした
かったのかもしれない。
空良にはたくさん聞きたいことがある。
だけど、僕の言葉を空良がどこまで理解できているのか僕はまだ把握できて
いなかった。
「なに?」
空良が突然、僕に聞いてきた。
「え…」
「何か聞きたいことあるんじゃない?」
空良は僕の心が読めるのか? それとも……
だけど、空良のことや幸之助さんのこと、そして僕の存在の事を
もっと知りたかったのは本当だった。
空良はどこまで知っているのだろう…。それとも…空良の体に
インプットされているのだろうか……
どこまで空良が答えてくれるのか わからないけど、僕は心の中のモヤモヤした
違和感を取り除くためにも思い切って空良に聞いてみた。
「あのね、空良…幸之助さんのことなんだけど……」
「……」
空良は少し考えているみたいだったが、30秒も経たないうちに空良の口が開いた。
「…うん…、お父さんの脳の一部が機能低下していたことに気づいたのは
中3の秋頃だった…」
それから空良は淡々としゃべり出した。その言葉はロボットがしゃべっている
ようには思えず、まるで人間がしゃべっているようにしか思えなかった。
「え?」
「何の薬を飲んでいたのかはわからなかったけど、薬の量が増えて…、それでも
お父さんは研究に没頭し、神経をすり減らしていた。後は感覚だけで手掛けた作品も
いくつかあったんだけど…。最初の私の作品もその中の一つだったんだ」
「そうなんだ…」
半信半疑、動揺していたのは本当だった。
自分で聞いていながら、僕はなんて言葉を返していいのはわからず、
空良にかける言葉も見つからなかった。
「お父さんの研究目的は…つまり自分の脳の改善。自分と同じIQの持ち主を探し
出し脳移植すること。それもただの脳移植じゃないの。今よりもっとIQを高めて
脳を作りあげた人工頭脳の脳移植」
「え……それって…つまり…」
「大地の脳だったんだ」
僕は全身に鳥肌が立っていた。驚いたというよりも、そんなことが可能にできる
幸之助さんの頭脳に圧倒されていたのだ。
「驚いた? …よね…」
「うん…、ちょっと…ね。ああ、それで、あの時…」
僕はあの時の空良の言葉を思い出す。
『大地…そっちに行ってはダメ……』
あの時、空良が僕を助けてくれたんだ……。
揺れる2つのブランコの音色が風に重なってメロディーを刻んでいるようだった。
空良の視線を感じていた。
「……」
不意に僕が横目で空良に視線を向けると、空良の視点に僕が映っていた。
僕は気恥ずかしくなり左右に瞳孔を泳がせながらも、頬をりんごのように赤く染めていた。その部分だけ熱を浴びていた灼熱色は次第に全身に血が通い始めていたの
だった。心臓を流れる太い血管が膨張していた。高鳴る鼓動は激しい音で心を揺れ
動かしていた。
平常心が崩れないように僕は必死で理性を保っていた。
「……そうだったんだね」
だけど、あの時、僕は『空良と同じ世界に行ってもいいかな…』って、ふと脳裏を
横切ったんだよ。
「……もしも、僕が空良と同じ世界に行っていたら今頃、どうなって
いたんだろうね……」
不意に僕の口からポロっと零れた本心だった。
「大地には私の過去も未来も全て知っていて欲しいんだ」
「え?」
「私という子がこの世に存在していたことを大地にだけは覚えていて欲しいんだ」
空良……
「うん…。覚えているよ。空良のこと、ずっと忘れないから…」
僕達は自然に体を寄せ合っていた。
空良の体に触れ、見つめ合う視線が互いを求め合っていた。
唇までの距離は数センチ。僕達はその数センチの距離を埋めるように
寄り添っていく。
「空良、好きだよ。僕はずっと空良が好きだ。これからもずっと空良だけを
見ている。空良…ずっと一緒にいてくれる?」
「…うん。ありがとう、大地…好きだよ、大地…」
僕達は互いに唇を重ね合わせた。何度も何度も互いの唇の感触を確かめ合っていた。
空良の唇の感触は 昔、初恋だった頃の空良の唇の感触と何一つ変わらなかった。
柔らかくて甘い唇の感触。色褪せない初恋の味を思い出すーーー。
2年経っても人格が変わっても それはあの頃と同じままだった――――ーーー。
僕達は数ミリ離れた唇から笑みを零した。
「唇の感触…あの頃と同じだったね(笑)」
照れくさそうに僕は言ってみた。
「フッフッ…(笑)」
思わず、空良の頬に綻びが現れていた。
何だか不思議な感じがしていた。
空良の自然に笑った顔、久しぶりに見た気がする。
「ジャーン」
僕は背中に隠し持っていたブーメランを手品のように出して、空良の反応を
確かめてみた。無表情でもぶっ飛んだリアクションでも空良は空良だ。
僕は色んな空良の顔が見たかっただけだった。
「ブーメラン、覚えてる?」
「???」
ノーコメント……。やっぱり、僕の予想通りのリアクションだ。
「あの頃さ、ここで空良は一人ブーメランをこーやって飛ばしてたんだよ」
僕は思いっきりブーメランを投げ放つ。
ブーメランは大空を一周し手元に返ってきた。僕は一発でキャッチする。
「僕もブーメラン 飛ばすの結構 上手くなったでしょ」
空良はキョトンとした顔で僕の事を見ていた。
「あの頃の僕は友達もいなくて、存在感もなくて、何もなかったんだ。でも、
自由奔放に生きている空良が僕はすごく羨ましかったし、多分、あの頃から
空良のことが好きだったと思う―――。空良がブーメランを飛ばす姿が僕は
好きだったんだ。教室のさ、一番後ろの窓際の席からブーメランを飛ばす
空良を見ているのが好きだったんだーーー」
「大地……」
「飛ばしてみる?」
僕は空良の目の前にブーメランを差し出す。空良は僕の手からブーメランを
受け取り、どこまでも青く澄んだ大空へ向かって力いっぱいブーメランを投げ
放った!!
空良が投げ放ったブーメランは勢いよく天に向かって長く伸びていった―――。
青空に輝く光と重なり、一瞬消えたブーメランの勢いは弱まることなく
空良の手元へと戻ってきた。
「すっご……」
空良の体はブーメランの扱い方を間隔で覚えていた。
「カンタンだね(笑)」
そう言って空良は笑っていた。
空良の笑顔は思いっきり輝いていたよ。
青空が僕達を明るい未来に導いてくれているように思えた。
空良が僕の初恋だった。最初は友達から始まった恋。
そして、17歳―――。
高校2年生の僕は再びAIヒューマロイドになった空良に恋をした――――ーーー。
この先、僕達はどんな人生を歩んでいくのだろうか……。
果たして、数十年後の未来で僕達は一緒にいられるのだろうか……。
まだ先のことなんて 何一つ分からないけど、例え どんな人生になっていた
としても、僕と空良が未来でもずっと一緒にいられますように―――……。
願いを込めて――――ーーー
僕は空良の手をずっと離さない――――ーーー。
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