第13話 入学試験〜実技
昼食前にちょっとしたトラブルという名の巻き込まれ事故に遭った私とダイアモンドは、護衛のジャスパーとカッパー、待ち合わせ場所になかなか現れない私達を心配した兄セルレアイト、ちょっとしたトラブルで襲われ掛けたゴッシェナイト侯爵の長男と共に、パイロープ学園の学園長に事情聴取される羽目になった。
ちなみに、パイロープ学園の学園長は去年、やらかした学園長はもういない。
前の学園長は横領や脅迫、誘拐等、叩いたら出るわ出るわの埃だらけで、現在、美味しくないご飯を食べさせられる場所にいるらしい。
代わりとして、新しい学園長が今年から務めている。
その学園長の名前はブロンザイト・モリオン・シュンガイト。
シュンガイト侯爵家の当主なのだが、年齢が不詳な美形だ。更にこの学園長は、数百年前にここトワイライト王国の隣のゼオライト竜王国から来た竜族だ。トワイライト王国の中でも中立派で、長命な竜族だし、王族にはちゃんと礼節を保っている。
竜族は気難しいらしいが、前の学園長のような依怙贔屓だらけなことはしないだろうということで、国王が抜擢したらしい。
学園長室で、そんなパイロープ学園の学園長のシュンガイト侯爵が目の前で椅子から立ち上がり、私に微笑んでいた。
え?? 何で私に? そこは女性のダイアモンドに微笑ん……あ、それは駄目か。後ろに兄がいた。
「初めまして、ラピスラズリ卿、ガーネット公爵令嬢、ゴッシェナイト侯爵令息。私はブロンザイト・モリオン・シュンガイトと申します。このパイロープ学園の学園長を務めています。この度は、我が学園の生徒がゴッシェナイト侯爵令息に暴力を振るおうとし、ラピスラズリ卿とガーネット公爵令嬢を辱める発言をした上に、対応も後手に回り、ラピスラズリ卿に対応させてしまったことを謝罪させて下さい。誠に申し訳ございませんでした」
すっと、シュンガイト学園長が頭を下げた。
後手に回ったことは認めるんだね。
そこはてっきり白を切るのだと思ってた。
というか、入学試験の時は至るところに教師や警備を配置すれば、ここまで騒ぎにはならなかっただろうに。
がっつり、来年の入学生になるであろう貴族の子息子女、貴族の家族達、護衛含む使用人達、平民……と呼ぶのは、語弊があるけど、その人達から色んな噂が流れて学園の評価が下がるかもしれないのに。
王立だし、王国で一つしかない学園だから、関係ないと思っているのならそれまでだけど、王族を巻き込んだらどうするのだろう。
実際の話、私というか、アウイナイト公爵家の子供達は母が王妹だから、準王族だ。
今後、起きないようにするための対策を取った方が良いと思うのは、余計なお世話なんだろうなぁ。
「……謝罪はいいです。私は友人で兄の婚約者でもあるガーネット公爵令嬢と、何も悪いことをしていないゴッシェナイト侯爵令息を守るためにしたことですから。ただ、十二歳の子供が口を出すなと仰るかもしれませんがお聞きしたいです。今回は何事もなく済みましたが、今後の対策は何かお考えでしょうか。今後もこのようなことがあると、王族の方も巻き込まれる可能性があります」
相変わらずの無表情で私はシュンガイト学園長を見た。
正直なところ、来年は妹のアメジストが入学試験を受ける。今回と同じようなことがアメジストに起これば、私はもちろん、アウイナイト公爵家が怒る。対策、考えておいた方がいいよと思う。
「そうですね。特にラピスラズリ卿には二度もご迷惑をお掛けしました。対策はもちろん、考えております。早速、午後からは入学試験を受ける方々が通られる場所には警備の者と教師を配置する予定です。本当なら午前からしないといけなかったのですが……」
出来なかった、と困ったようにシュンガイト学園長は苦笑した。
含みのある言い方に、学園内部は一筋縄ではいかないと言いたいのだろう。
そこは学園長なんだから、どうにか頑張りなさいよ。
例えば、竜族なんだし、殺気出してみるとか。
あ、それはパワハラになるか。
あとは国王に言って、学園内の教師含む職員の雇用権限を学園長に集中させるとか。所謂、“虎の威を借る狐”な作戦。
ちなみに、学園内の職員の雇用を承認しているのは学園長、総務大臣、国王の三人が決めるらしい。
それ、きっと本人達三人じゃなくて、その下の人達が忖度で選んで、概要だけのプロフィールが載った資料を見て、採用の判子を押すだけの簡単なお仕事なんでしょ。
だから、職員達も言うこと聞かないんじゃない?
そこを変えたらいいんじゃない?
ついでに変えられるのなら、今いる職員達も性格や仕事振り、ないと思いたいが犯罪歴とか調べて、相応しいか相応しくないか確認した方がパイロープ学園、質が上がるんじゃないかな。
前の学園長よりはマシなんだし。
まぁ、子供の私が提案する程の内容じゃないし、分かっていると思うけど!
「……それなら、何故、それをやらないんですかねぇ……ブロンザイト殿」
背後の学園長室の扉から、何故か父の困ったような声が聞こえて、顔は相変わらずの無表情だが、内心驚いた私は兄、ダイアモンド、ジャスパー、カッパー、ゴッシェナイト侯爵の長男と一緒に振り返った。
振り返ると、父ともう一人、見たことがない常磐色の長い髪、若竹色の目をした男性がいた。
その男性を見て、歩く治外法権こと第一王子のアレキサンドライトと似た雰囲気だというところから、ハッと思い出す。
この人、この国の王様だ。
ちょっと、何でわざわざ王様が来るのかな。
確か、名前がオウロベルデ・バリサイト・トワイライト陛下。
私達の母の兄で、伯父にあたる人だ。
パーティーに出席する兄や妹と違って、パーティーを欠席する私は今日が初めて会うけど。
「……一筋縄に出来るのでしたら、職員の雇用権限を学園長である私に一任等、そういう権限の許可を下さいません? 陛下」
シュンガイト学園長が首を傾げながら、国王に訴え掛ける。
「……くれてやっても構わないが、それでパイロープ学園が良くなるのか?」
静かに、通る声で国王が若竹色の目でシュンガイト学園長を見据える。
「もちろん、そのつもりですよ。そうでないと、ラピスラズリ卿のような常識と勇気、才能のある子供達が国から離れますよ。このままいけば、恐らく次か次の国王の代――数十年後くらいにはトワイライト王国は他国の属国か、地図上に名前が消えているでしょうね。そのくらい、この学園の教師、職員、生徒の一部は腐ってますよ。前の学園長がやりたい放題だったせいですね。副学園長はともかく、幹部は総取っ替えですね。あいつら、買収されてますよ」
にっこりと笑って、シュンガイト学園長は国王に告げた。
……それ、父はともかく、私達の前で言っていいことなの?
というか、そこまで調べてるなら、今じゃなくて、前に報告しなさいよ。
もしかして、私のような爵位の高い子供をわざと巻き込んで、国王や宰相に報告するつもりだった?
もしそうなら、私、パイロープ学園には入らずに、腕の良い魔導具師に弟子入りする。
「……そこまで知っていて、私の息子に対処させたのは私や陛下を引っ張り出すつもりでしたか? ブロンザイト殿」
兄そっくりの冷たい笑顔で、父がシュンガイト学園長を見据える。
「いえ。本当にたまたまですよ。私や副学園長が動く前に、ラピスラズリ卿が対応して下さったのです。年端のいかない子に対応させてしまったのは本当に申し訳ないと思っていますよ。ですので、ラピスラズリ卿。お詫びと言ってはなんですが、午後からの入学試験の実技で確認する属性について、ラピスラズリ卿だけ陛下と貴方のお父様でもある宰相閣下の前で確認させて頂けませんか?」
穏やかな笑みを浮かべ、シュンガイト学園長が私を見る。
何、その含みのある言い方。
それ、私の属性がとんでもないと言っているようなものなんだけど?!
前世の乙女ゲームの氷の貴公子と同じ、水、風、光の三属性持ちのはず。私の推しに転生しているのだから。推しに転生している時点で、美貌や高い身体能力、高い魔力はチートだ。
なので、更にチートはもう要りません。お腹いっぱいです。
「……それは、何故だ?」
国王が冷めた目で、シュンガイト学園長に真意を問う。
「私が知る限り、そっくりなので。百年前のアウイナイト公爵家の令息に」
尚も穏やかな笑みを浮かべたまま、シュンガイト学園長は国王に告げた。
それ、つまり、百年に一度生まれるアレやん!
父の祖父の弟が私と同じだったそうだし。
「あの時の私は学園長ではなく、ただの魔導具科の教師をしていたのですが、あの時のアウイナイト公爵家の次男に雰囲気がそっくりなんですよね、ラピスラズリ卿」
私に穏やかな笑みを浮かべたまま、シュンガイト学園長は言う。
まぁ、父の祖父――私にとっては曽祖父の弟は生まれた時は男性だったけど、五歳の時に女性になり、私と同じく女性なのに男性として生きないといけなかったはず。ということは、必死に隠しても女性の色香のようなものは消せないということだ。
アウイナイト公爵家に伝わる魔導具のブレスレットを今も着けているけど、魔力が人間より高く、五感も鋭い竜族であるシュンガイト学園長は欺けないと言われているようなものだ。その人は着けてなかったから、余計に大変だったろうな。
ただ、私としては、歩く治外法権である第一王子やヒロイン、乙女ゲームの攻略対象キャラクター達等、登場キャラクターにバレなければいいやと思っている。
どのみち、うちの公爵家の人達やダイアモンド、シルバー、チャロアイト、国王、王妃は知っているのだし。
兄やダイアモンド以外の乙女ゲームのキャラクター達にバレずにパイロープ学園を卒業出来れば、あとは公爵領でひっそりと静かに暮せば、攻略対象キャラクターに会うこともない。
この、学園での数年をやり過ごせばいい。
「なので、学園長としてはラピスラズリ卿に関しては個人的に守る対象なんです」
輝かんばかりの笑顔でそう告げられ、相変わらずの無表情のまま、内心は戦慄が走る。
どういう理由と意味で?!
「カルセドニー君……いえ、アウイナイト公爵。貴方はご存知でしょう? 貴方の大叔父のことなのですから」
シュンガイト学園長の言葉に、学園長室にいる全員が父を見る。
何が何だか分からないであろうゴッシェナイト侯爵の長男には非常に申し訳ない。
あとで、出来る範囲での説明をした方がいいかもしれない。
「……そうですね」
溜め息混じりに父が私を見た。その青藤色の目は悲しげだった。
「ラピス。詳しくは家で話すが、簡単に伝えると、私の大叔父は、当時の王太后に殺されたんだ。冤罪で」
父の言葉に、兄達の表情が驚愕へと変わる。
国王は思い出したのか、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
……はい?!
対する私は、無表情のまま、内心は混乱で荒れ模様だ。
アウイナイト公爵家の百年に一度生まれるアレと、百年前の王太后の冤罪に、私、関係なくない?!
「関係が、ある。大叔父もラピスのように様々な便利な物をアウイナイト公爵家を通して、国に齎したことで、繁栄した。その齎した物の一つを当時の王太后に献上した際に、その冤罪は起きた」
私の無表情から感情を読み取ったらしい父が説明した。
要するに、大叔父が齎した物の一つは、女性向けの化粧水だった。
その化粧水は一般的な女性にはとても良く効き、肌艶が良くなると一気に国内に広まった。
それが王族にも届き、大叔父は当時の王太后と王妃、王女に献上した。
しかし、そこで王太后だけ、肌艶が良くならず、赤く被れてしまった。
それに激怒した王太后は、大叔父が王太后に毒を混ぜたと訴え、詳しく捜査されることはなく、当時の国王にも伝わる前に、王太后によって大叔父は秘密裏に処刑された。
処刑された後に知った国王が捜査をし、毒は混入されていなかったことが判明し、大叔父は冤罪であったことが決まった。
大叔父がアウイナイト公爵家に百年に一度生まれる性別が変わる子供と知らなかった王太后によって処刑されたことで、それから十年、国は不作が続いたらしい。
百年に一度生まれる子供と知っていた国王は守れなかったことを後悔し、王太子に王位を譲って退位し、王妃、王太后と共に隠居生活をすると、次の年から不作はなくなり、元通りになったとさ。
それからは、アウイナイト公爵家に百年に一度生まれる性別が変わる子供は絶対に守り、大事にするようにと王家には言い伝えられているそうな。
……不作、たまたまじゃない?
大叔父が冤罪で処刑されたことで国内が不作って、同じ年にとんでもない天災がたまたま遭っただけじゃないの?
そんな冤罪で処刑されただけで、国が乱れるっていう重要人物なら、五歳までの私はどうなのよ?
推しの両親、五年間、推しを放置しましたよ?
それでも国には何も起きませんでしたけど?
そう言い返してもいいけど、蒸し返すのが結構、私と推しの心を抉るのでやめた。
大叔父の冤罪については、要は王太后はアレルギー反応を起こしたということだろう。
他の人達は問題ないということは、化粧水の中の成分に反応したということだ。
パッチテスト、しなかったのかな?
「……成程。化粧水の中の成分の何かに反応して、王太后様の皮膚に炎症反応が出たのですね」
ぼそりと独り言を私が呟くと、シュンガイト学園長が小さく吹いた。
「……いや、ラピス。そこは問題ない。もう解決したことだ」
父が小さく溜め息を吐きながら、私に突っ込んだ。
まぁ、解決はしているだろうね。捜査をしたのだろうから。
それよりも気になるのは、何故、シュンガイト学園長が個人的に私を守る対象なのか、だ。
一応、ご先祖様のことだし、あまり人前で聞きたくないことなので、ちょっと今は勘弁して下さい。
後で聞きます。
「そうですか。それなら、何も問題ないかと思いますが、何処に私が関係するのでしょうか?」
無表情で首を傾げて、父に聞く。
まぁ、父としてはその大叔父と私は同じ、と言いたいのだろうけど。
今更だけど、私にとってその大叔父は、大叔父ではなく、
「……同じ、だからですよね? アウイナイト公爵。私としましても、ラピスラズリ卿が持つ祝福を陛下はもちろん、アウイナイト公爵は知っておいた方がいいですし、他の貴族には知られない方がいいかと思います」
シュンガイト学園長が父に目を向けた後、また私を見て、優しく微笑んだ。
え、私というか、推しは祝福を持ってるの?
初耳なんですが!
「そうだろうな。ラピスラズリ卿」
溜め息を吐き、国王が初めて私の名を呼んだ。
ということは、挨拶をしないといけない。
身分が上の人が声を掛けるまで、名乗れない。
「はい、陛下。お初にお目に掛かります。アウイナイト公爵家の次男、ラピスラズリ・シトリン・アウイナイトと申します。王国の偉大なる太陽であらせられる、国王陛下にご挨拶を申し上げます」
左胸に右手を当て、頭を下げて一礼する。
この口上、本当に面倒臭い。私の場合、前世が一般庶民の経理の事務員だったのだから余計に。
ちなみに、“偉大なる太陽”は国王のこと、“太陽”は王子、“輝ける月”は王妃、“月”は王女、“小さき太陽”、“小さき月”は王子や王女の子供のことを表すらしい。
家庭教師から習った時、噛みそうで覚えるのが辛かった……。
「……挨拶がまだだったか。申し訳ない。初めまして、ラピスラズリ卿。私の可愛い甥っ子。入学試験の実技で確認する属性、私もその場にいても構わないかな?」
先程までの国王の顔が親戚の伯父さんのような顔と話し方にがらりと変わり、内心、戸惑う。
え、これ、甥というか姪として対応した方が正解? それとも、公爵家の次男の対応が正解?
周りには父、兄、ダイアモンド、ジャスパー、カッパー、ゴッシェナイト侯爵の長男、シュンガイト学園長がいるから、公爵家の次男の対応が正解のような気がする。
「……陛下の仰せの通りに致します」
相変わらずの無表情でそう答えると、国王は苦笑した。
「君はカルセドニーにもサファイアにも似ていないな」
「……申し訳ございません」
子供の人格を形成するといわれる三歳前後に、私の周りには両親はいませんでしたので。
そう続けて言いそうになるのを抑え、淡々と返した。
国王は五歳までの話を知っているのか、私に近付いて頭を撫でられた。
いきなりのことで、無表情のまま固まる。
「謝らなくていい。ところで、ラピスラズリ。昼食はまだだろう? 一緒に摂らないかい? もちろん、カルセドニーもセルレアイト、ガーネット公爵令嬢、ゴッシェナイト侯爵令息も」
優しい笑顔で国王から提案されるけど、これ、私には拒否権はないヤツじゃん!
前世でも、上司の課長ではなく、更にその上の部長の優しい笑顔で有無を言わせない命令をされたけど、それと一緒の笑顔だ。
「仰せの通りに致します……」
「堅苦しいなぁ。私はラピスラズリの伯父さんだよ? もっと家族らしくして欲しいな」
「……恐れ多いことでございます」
小さく頭を下げて言うが、やっぱり私の表情は働かない。
やっぱり、歩く治外法権の親は強権だった。
まだ大人な対応だけど、有無を言わせないのは権力に慣れていることの表れだ。
例え、伯父だとしても国王に対して家族らしくなんて出来やしない。出来る訳がない。
親戚の前に、身分差がある。
あちらは国王。こちらは公爵家の次男。次期当主でもないから、身分は公爵より低い。
それに、私はひっそりと静かに暮らしたいのに、強権なんかと仲良くなるなんて、周囲から何を思われるか分かったものではない。
これが、五歳までに伯父として、国王に会っていたら、対応は違ったかもしれない。父親のように思ったかもしれない。
なので、五歳までに自分の子供のように接してくれた公爵家の執事のアイアンが父親のようなものだ。ちなみに推しの氷の貴公子もそう思っている。
が、この場合、長いものに巻かれるしかないので、静かに従った。
国王と宰相がパイロープ学園に来たことで、私、兄、ダイアモンド、ジャスパー、カッパー、ゴッシェナイト侯爵の長男、シュンガイト学園長は学園長用の食堂で昼食を摂ることになった。
ゴッシェナイト侯爵の長男は完全に巻き込まれ事故なので、本当に申し訳ない。
途中、第一王子に会ったが、国王が“お呼びじゃないよ”とやんわりと且つ圧力を掛けて追い払っていた。
凄いな、強権。
学園長用の食堂は来賓が来ることを踏まえて作られているようで、質素なデザインだが、高級感のある調度品、テーブル、椅子が並んでいた。
そこに上座、下座でそれぞれ座る。
上座からもちろん、国王、父、学園長、兄、ダイアモンド、私、ゴッシェナイト侯爵の長男だ。ジャスパーとカッパー、国王の護衛の騎士はそれぞれ、程良い位置に立っている。
隣に座るゴッシェナイト侯爵の長男をちらりと見ると、顔色が悪い。まさかの展開で、滅多にお目に掛かれない、天上人でもある国王と昼食なんて思わなかったに違いない。私もだ。きっと、緊張で味がしないんだろうな……。
私が作った新作のお弁当、兄とダイアモンドにいつ渡そう。
「ところで、ラピスラズリ。君の作ったお弁当は今、あるかい?」
はい?!
突然、国王がとんでないことを言ってきた。
「君が時々、カルセドニー経由で献上してくれる料理が美味しくてね。カルセドニーにも月に三回くらい作っているんでしょ? お弁当。今日も作って持って来ているなら、私も欲しいのだけど」
え、パイロープ学園の食堂の食事じゃないの?
ここで、私のお弁当なの??
笑顔で、国王がおねだりをしてきた。
“おねだり”いや、そんな可愛い字ではない。“お強請り”だ。漢字で思い浮かべると、しっくり来た。
まぁ、前回の兄の友人の将軍の息子ゴールドのようなことがないように、人数分にプラスして多めにお弁当は作ってますが。
ただ、国王から強請られるとは思わなかったから、豪華に作ってないよ。ちょっと高級感のあるお弁当にしてはいるけど……。一応、私も公爵家の一人なので。
「兄やガーネット公爵令嬢と昼食を摂る約束をしていたので、作ってますが……。あの、毒味が必要ではないでしょうか」
「必要ないよ。初めて会ったばかりの、可愛い甥っ子が、私に毒を盛る? そんなことはしない良い子なのは、カルセドニーやサファイア、アイアン等他にも聞いているから毒味はいらない。お弁当もらえると伯父さん、嬉しいなぁ……」
国王が優しい笑顔で圧力を掛けてきた。
もう、本当に、権力者と仲良くなりたくない!
しかも、伯父さんとか言いやがった!
何か、腹立つ!
私は伯父さんとは言わずに、陛下って言い続けてやる!
「……畏まりました。まさか、陛下が召し上がるとは思いませんでしたので、豪華には作っておりませんが、それでも宜しければ……」
心の中は荒れているが、スキル氷の貴公子のお陰で、無表情で告げることが出来た。
「もちろん、それは構わないよ。突然、お願いしていることだからね。何処かの馬鹿息子とは違うよ」
笑顔で国王は快諾した。が、私からしたら、どっちもどっちだ。突然、お強請りするのは同じだ。
とりあえず、国王が言った“馬鹿息子”はスルーして、空間収納魔法から国王、父、兄、ダイアモンド、ゴッシェナイト侯爵の長男、シュンガイト学園長、私の分のお弁当を出し、それぞれに配った。
護衛任務中のジャスパー、カッパー、国王の護衛騎士二人の分も、後で食べてもらえるようにと渡した。
多めに用意しておいて、本当に良かった。
それぞれがお礼を言ってくる中、ゴッシェナイト侯爵の長男がおろおろとした顔で私を見た。
「あああの、ラピスラズリ卿。お、俺にも下さるのですか?!」
「他の皆様にはあるのに、ゴッシェナイト侯爵令息にはない、というのはどう考えても失礼かと思いますが……。宜しければ、お召し上がり下さい。お口に合うといいのですが」
「「えっ、ラピスラズリ卿の手作りですか?!」」
何故か、シュンガイト学園長までゴッシェナイト侯爵の長男と同時に叫んだ。
「はい……各家の味もあるでしょうし、料理人ではない他人の作る物に嫌悪感があるようでしたら、無理に召し上がらなくても大丈夫ですから」
そう告げると、ゴッシェナイト侯爵の長男とシュンガイト学園長が首を高速で左右に振った。
「いえ、頂きますよ。風の噂で聞いていたので。アウイナイト公爵家の食事はとても美味しいらしいと。それもラピスラズリ卿が作っていらっしゃるというのも」
「俺も聞きました! 肉が美味しいと!」
流石、十二歳の男の子。肉の話を聞いたのね。
でも、誰だ。私が作ってること流したの。
制約魔法を掛けているから、うちの公爵家や商会ではないと思うが、誰だ。
「……それは、恐れ入ります。どうぞ、お召し上がり下さい」
「ラピス! これ、新作?! とっても美味しいよ!」
言っている傍から兄が既に食べ始めていたようで、目を輝かせて私に言った。
「……ありがとうございます、兄上」
ちなみに、今日のお弁当は鶏肉のねぎ塩だれ、キャベツロール、フライドポテト、チーズ入りミニハンバーグ、卵焼き、にんじんとれんこんの洋風きんぴら、サンドイッチ、えのきのベーコン巻きだ。
えのきはカッパーの実家の山で採れた物らしく、使い道が分からないと一週間前に渡された物の一つだ。他にもきのこ類を渡された私は感動のあまり、カッパーに笑顔でお礼を言ってしまい、ジャスパーが拗ねるということが起きたのは別の話だ。椎茸も入っていたので、出汁が作れる。入学試験が終わったら、椎茸料理だ……!
「ラピスラズリ卿、とても美味しいですわ!」
嬉しそうにダイアモンドが微笑む。その姿に、相変わらずの無表情だけど、内心、ほっこりする。
ダイアモンドには無条件で椎茸料理をプレゼントだ。
「……肉ってこんなに柔らかくなるんですか?!」
隣に座るゴッシェナイト侯爵の長男が目を輝かせて、私を見る。
「作り方によって、お肉は柔らかくなりますよ」
「ラピスラズリ卿、やっぱり弟子に……!」
「料理科に入るか、料理人に弟子入りされた方がいいのではないですか?」
私の返しが面白かったのか、国王と父、シュンガイト学園長が小さく吹いた。
「あ、いえ。その、俺は料理科ではなく、魔導具科に入りたくて……。料理も確かに興味はありますが……」
「奇遇ですね。私も入学試験は魔導具科です」
「わたくしも魔導具科ですわ」
「本当ですか?! あの、ラピスラズリ卿、ガーネット公爵令嬢! もし、宜しければ、友達になって頂けませんか?! 先程のこととは別です! あの分家の兄弟は忘れて下さい。元々、仲も良くないですし、紹介する気なんてありません。あの兄弟の親自体も最低で、父も困っていましたので」
ゴッシェナイト侯爵の長男は目を輝かせて、私とダイアモンドに言う。
まぁ、あの分家の兄弟の親なら、同じだろうなと九割は思っていたけど、やっぱりそうだよね。
「でも、今回、お二人には大変ご迷惑をお掛けしてしまったので、父もあの分家を家門から追放すると思います。本当にご迷惑をお掛けして、申し訳ございません!」
「ゴッシェナイト侯爵令息が謝ることではありませんよ。貴方も暴力を振るわれそうだった被害者ですから」
「そうですわ! わたくしは見ているだけでしたが、ラピスラズリ卿が止めなかったら、貴方も大怪我をするところでしたわ。ゴッシェナイト侯爵令息も被害者です。わたくしやラピスラズリ卿、ゴッシェナイト侯爵令息に謝るのはクラック子爵家の方ですわ」
「お二人共、本当にありがとうございます!」
椅子から立ち上がり、ゴッシェナイト侯爵の長男は頭を下げた。
「本当に無事で良かったです。私で宜しければ、友人になって下さい。ゴッシェナイト侯爵令息。ラピスラズリ卿と毎回呼ぶのも大変でしょうから、ラピスで構いません」
「わたくしで宜しければ、お友達になって下さいませ、ゴッシェナイト侯爵令息。わたくしもダイアで構いませんから」
ダイアモンドの名前を愛称で呼ばせるの、大丈夫だろうかと一抹の不安を覚えた私はちらりと兄を見た。兄はゴッシェナイト侯爵の長男のことを何とも思っていないように見えた……いや、よく見ると、ダイアモンドが兄の手を握っていた。兄の耳が赤い。
成程。それで嫉妬の炎が消えたのね。
ちょろいな、兄。
「あ、あの、俺も名前で呼んで下さい。あ、申し遅れて本当にごめんなさい。ゴッシェナイト侯爵の長男、クォーツ・ギベオン・ゴッシェナイトと申します。クォーツと呼んで下さい。ラピス卿、ダイア嬢、宜しくお願い致します」
ゴッシェナイト侯爵の長男――クォーツは私とダイアモンドに微笑んだ。
「……ブロンザイト。今の話、後で詳しく教えて? カルセドニー、可愛い甥っ子達に手を出そうとした貴族の家の表も裏も洗いざらい調べておいて?」
美味しそうにお弁当を食べながら、国王が父とシュンガイト学園長に笑顔で指示し、二人も大きく頷いていた。
……怖いよ、強権!
今のほんわかした雰囲気を返して!
そんなこんなで、入学試験の実技に国王と宰相が乱入したことで、入学試験を受ける十二歳の貴族と平民の子達の顔が緊張で青くなった。
国王と宰相の前で、恥ずかしいところを見せられないよね……。
まぁ、かくいう私もなんですが。
父に伯父だし。その伯父なんて、今日初めて会ったし。
いきなり乱入したことで、実技試験の会場では、急拵えで国王と宰相の席が学園長の隣に作られた。
しかも、国王と宰相は私を見つけるや否や、笑顔で手を振ってくる始末。
父と同じ、目立つ瑠璃色の髪ですからね。
見つけやすいでしょうね。ええ。
お陰で、私の周りの人達の顔色がより一層悪い。
これは隅っこに逃げるべきだろうか。
「……ラピス。同じ公爵家だけど、国王陛下と宰相閣下に笑顔で手を振られても動じない、貴方のその胆力ってどう鍛えたのかをすごく教えて欲しいのだけれど……!」
小声で右隣りに立つダイアモンドが囁く。
「本当だよ……! 初めてお会いした国王陛下と宰相閣下に笑顔で手を振られたら、俺だったら昇天してるよ……!」
左隣りに立つクォーツが震える声で囁く。
私としては腑に落ちない。
ただ、表情が死んでるだけで、感情は二人と似たりよったりなのに。
「……いや、私のは、ただ単に表情と感情が直結してないだけで、内心は二人と同じだからね。正直、見つからないように、今度似たようなことがあったら髪の色を魔法で変えて、隠れようと思ってるくらいだよ。私、人見知りだし」
「「えっ」」
ダイアモンドとクォーツが驚いた表情で私を見る。
「人見知り……でしたの? ラピス」
「見えなかった……」
「表情筋が死滅してると、そういう弊害も起きるのか……。二人は友達だから教えるけど、家族や友達、公爵家の使用人達、一部の知人に対してと、それ以外に対してだと話し方が違うからね。クラック子爵家の兄弟には淡々と話してたでしょ、さっき。感情乗せてないから分かると思うよ。人見知りな分、話したくない人達には淡々と接したくなるんだよね」
先程の出来事を二人は思い出しながら、私を見て頷いた。
前世の私も今と同じだから、友人には分かりやすいような、分かりにくいようなと言われた。
上司に対しては、人見知りというか、拒絶反応が発動していたけど。
「……確かに、違うわね」
「あれ? でも、国王陛下や宰相閣下にも似たような対応してなかった……?」
クォーツがぼそりと呟いたが、それはスルーした。
まぁ、心情が違いますから。というか、まだ燻ってますから。
それから、シュンガイト学園長からの実技の説明があった。
内容は魔力量の確認と魔法の精度、属性の確認、志望している科に適しているかという確認だ。
事前に知らされたのと同じ説明だったが、一つ追加になった。
属性の確認は国王、宰相、学園長、確認をする生徒の家族のみとなり、他の者は見ることが出来ないことになった。
プライバシーだよね、属性って。
どのみち、属性は授業をしていくと必要になってくるからその時に分かるだろうし、複数持ってた場合は敢えて一つだけしか使わないという手もある。
私の場合は、乙女ゲームの推しと同じ水、風、光属性だから、水と風属性しか使わないつもりだ。
水と風の混合だから氷魔法が使えるという意味で。
判明した属性は学生証としても使えるステータスカードに載る。そのカードには名前、性別、年齢、学年、今のレベル、属性、体力、魔力量、スキル、称号が載るそうだ。
……ゲームじゃん! あ、ゲームか。
ステータスカードはパイロープ学園卒業後も冒険者ギルドのギルドカードとして使える。
なので、冒険者志望の人はパイロープ学園で基礎を学んでから、冒険者になるというのが大体の方法だ。平民の人達が主で、剣を使う人は騎士科、魔法を使いたい人は魔法科を選ぶ。
そして、これは私の家庭教師が教えてくれたことだが、ステータスカードは見せたくない部分を隠すことが出来るそうだ。
私の場合、性別、属性、スキル、称号あたりだろうか。
さっきの学園長室の話だと、確実に属性とスキル、称号はヤバイ気がする。
国王と宰相に見られる前に隠したい……!
誰か、偽装の仕方を教えて下さい!
無表情で聞いていたシュンガイト学園長の説明が終わると、シュンガイト学園長と目が合った。
シュンガイト学園長は優しく微笑んだ後、ウインクをして、国王と宰相には見えない位置で、口パクで「偽装、教えます」と言ってきた。
……目が良いですね。流石、竜族。
私は小さく溜め息を吐くしか出来なかった。
早速、実技試験が始まった。
爵位が高い順から始まるそうで、同い年の中で、私とダイアモンドが爵位が高いので二人ですることになった。
実技試験の会場は闘技場だった。
前世の昔のコロシアムみたいな会場で、アリーナで実技試験を行い、家族は観覧席で見ることが出来る。
国王と宰相は王族用の観覧席ではなく、アリーナの隅にあるテントにいた。そこに何故か、兄と第一王子、将軍の息子がいた。
私とダイアモンドはアリーナの中央に立つ。
「うぅ……ラピス。緊張してきましたわ……」
青い顔でダイアモンドが小さく呟く。
「そうだね……。私もこの表情だけど、緊張してるよ」
「動じてないように見えるから、羨ましいですわ……」
「ダイア、知ってる? 動じてないように見えると、“こいつ、胆力があるから使える”って思われて、無理難題を押し付けられるんだよ。所謂、貧乏くじを引く訳だね」
前世で経験済みだったので、そう言うとダイアモンドが同情する顔をした。
「……経験したことがあるような言い方ですけれど、誰にやられましたの? まさか、ご家族がラピスに……?」
「家族はしてないよ。経験済みのとある人が教えてくれたんだ。だから、面倒事を回避したい」
とある人イコール前世の氷の女王だ。
いやもう、ブラックな会社のイケメン社長の鍛え抜かれた腹に鉄拳を打ち込みたかった。転生する前に、課長、部長、社長秘書、社長に一発ずつ殴りたかった。もう無理なのが悔やまれる。私の心残りはそれだけだ。
「面倒事の回避は確かにしたいですわね。お互い、協力し合いましょう、ラピス」
「もちろん。フォローは任せて。とりあえず、魔力量と魔法の精度を頑張ろう、ダイア」
「ええ。お互い全力で頑張りましょう」
アリーナの中央で、少し離れたところに立つ、丸い的をダイアモンドは見据えた。
丸い的には中央に赤い丸、その周囲に黒い丸が描かれている。
魔法の精度はその的に魔法を放つ。その時に、赤い丸目掛けて放つ。魔法が赤い丸から離れていく程に精度が悪いとなる。
前世のアーチェリーみたいなものだなと思いつつ、何の魔法を使うか悩む。
やっぱり、氷の貴公子なんだし、氷の魔法かな。
「お二人共、準備は良いですか? それでは始めて下さい」
シュンガイト学園長が私とダイアモンドに声を掛けると、試験が始まった。
私は氷の魔法で弓の長細い矢のようなものを作り、的の赤い丸目掛けて放つ。
勢い良く飛んだ氷の魔法は、赤い丸に命中した。
良かったぁー。
ダイアモンドも火の魔法で同じく矢を作り、的の赤い丸目掛けて放ち、赤い丸に命中した。
二人揃って、真ん中に命中したので、ホッと息を吐く。
それから、的の少し離れたところにあるテントに二人で向かう。
そのテントの中に、属性を確認出来る魔導具がある。
私とダイアモンドの様子を見ていた国王と宰相はテントの中に入る。続けてテントの中に入ろうとした兄と第一王子、将軍の息子はぺいっと追い出された。シュンガイト学園長にも何かを言われたようで、三人は渋々、アリーナから離れていった。
……何やってんの、三人は。
「ガーネット公爵令嬢。先に、こちらにお入り下さい」
シュンガイト学園長がダイアモンドにテントの中に入るように促した。
「え、わたくしが先ですの?」
「アウイナイト公爵令息の婚約者だから、私よりダイアの方が上だよ」
「あ……そうですわね。ラピス、行って来ますわ」
「うん。陛下と宰相閣下にいじめられたら、大声出してね。すぐに助けるから」
そう言うと、シュンガイト学園長が吹いた。
「ラピス! 陛下はともかく、私はそんなことしないぞ!」
聞こえていたのか、テントの中から父が不満の声を漏らした。
「国王陛下も宰相閣下もそのようなことはなさらないとは思いますが、ラピスが来てくれるなら、心強いですわ。頑張って来ますわね」
「うん、行ってらっしゃい」
気が紛れたのか、ダイアモンドはにこやかにテントの中に入って行った。
「ラピスラズリ卿。少し、宜しいですか」
小声でシュンガイト学園長が私に声を掛けてきた。
「何でしょうか、シュンガイト学園長」
「テントの中にある属性を確認出来る水晶ですが、触れてしばらくするとステータスカードが出て来ます。それを自分で見た後に陛下と閣下、中にいる副学園長にお見せするのですが、見てすぐに、出来れば瞬時に属性の一部とスキル、称号、貴女の場合は恐らく祝福も載るはずです。それを瞬時に見て、瞬時に隠して下さい」
「そのようなことが瞬時に出来るのでしょうか」
しれっとシュンガイト学園長が貴方ではなく、貴女と表現を変えた。これはもう、私のことバレてるでしょ……。
「ええ、出来ます。そのように細工したステータスカードを貴女用に忍ばせてますから。とりあえず、そうですね。性別は男性に変更、属性は水と風のみ表示して、スキルは料理、魔導具の心得、氷の貴公子を、称号は氷神に愛されし者、祝福は繁栄をもたらす神の祝福の“繁栄”だけを表示して下さい。先に決めておけば瞬時に偽装が出来ます。男性と表示されるのは今、着けていらっしゃるブレスレットの影響のようにしてますから安心して下さい」
待て待て。色々何かツッコミどころ盛りだくさんなのが羅列されてたけど?!
氷の貴公子ってスキルなの?!
本当にスキルなんだ!?
取り外し不可能な固有スキルかい!
やっぱり女性ってバレてる!
それがシュンガイト学園長にバレてるのはどうなのよ!
「……どうして、そこまで助言、して下さるのですか?」
「先程言ったように、貴女のご先祖の曾祖叔父を私は知っています。そっくりな貴女を守りたいのです。王太后の時のようなことを貴女に二度と遭わせたくないのです。助けられなかった、罪滅ぼし、のようなものです。貴女のステータスを王家も公爵家も知られなかったら、王太后のような者がいたとしても少しでも貴女を守れます」
悲しげにシュンガイト学園長は私を見る。私の左手に触れようとして、やめて、シュンガイト学園長は手を下ろした。
「詳しいお話は入学後に何処かでお時間を下さい。私と、貴女の曾祖叔父の関係はもちろん、どうして分かるのか、お教え致します。教師でしたから、魔導具のこともお教え出来ますよ」
「……分かりました。また、教えて下さい。色々とありがとうございます」
「いえ。ちょうど終わったようですね。頑張って下さい」
シュンガイト学園長は優しく微笑んで、テントの出入り口を開けた。
そこから、ダイアモンドが目を輝かせて出て来た。満足のいくステータスだったのだろうか。
「ラピス! 後で一緒に見せ合いましょう! 貴方のステータス、とっても気になりますわ!」
でしょうね。私も気になるし。
「そうだね。後で、見せ合おうね」
「頑張って! 行ってらっしゃいまし!」
「うん。行って来ます」
何を頑張るのだろうと思いつつ、瞬時にステータスカードを偽装しないといけないことを頑張れということにして、私はテントの中に入った。
テントの中に入ると大きな水晶玉に台と操作盤がくっついた物が中央に鎮座し、その右隣りに国王と父が座っていた。副学園長は反対側の左隣りに立っていた。
「いらっしゃい、ラピスラズリ。早速だけど始めようか」
国王モードと伯父モードの半分みたいな感じで、国王が私に微笑み掛けた。
「はい。宜しくお願い致します」
ぺこりとお辞儀をすると、副学園長が声を掛けてきた。
「アウイナイト公爵家のラピスラズリ卿ですね? こちらの操作盤の前へお越し下さい」
副学園長に言われるまま、操作盤の前に近付く。
「こちらの操作盤の手形の部分に手を触れて頂きますと、水晶が光ります。光っている間は貴方の魔力量とステータスを読み取っていることになります。光が消えるとこちらのステータスカードに魔力量とステータスが転記され、出て来ます。転記されたステータスカードのお名前とご年齢が間違いがないか確認された後、陛下にお見せ下さい」
「分かりました」
副学園長の説明に頷いて、私は操作盤にある手形に触れた。
触れると、白色の光が強く光り輝き、思わず目を瞑る。
洪水のように白色の光が五分くらい輝く。
光がようやく落ち着き、目を開けて、周囲の明るさに目が慣れた頃、操作盤からステータスカードが出て来た。
それを取り、名前と年齢を確認する振りをして、シュンガイト学園長に言われた通りにステータスを偽装していく。
とりあえず、何とか確認している時間くらいで偽装が出来た私は、国王にステータスカードを見せるために歩く。
「お疲れ様。ラピスラズリ、どうだった?」
「あの、あのように光り輝くものですか?」
笑顔で国王が私に聞いてきたので、率直な感想を述べた。
「いや。恐らく、ラピスの魔力量が多いことであんなに長く光り輝いたのだろうな。テントの外にも光は漏れてたと思う」
父がとんでないことを言ってきた。
魔力量多いと光り輝いて、しかもテントの外に漏れるなんて聞いてない!
確かに、私の推しは高い魔力と高い身体能力で、ハイスペックな氷の貴公子でしたけど!
あれ、マズイでしょ、色々……。
「……どうにかひっそりと目立たずに学園生活が出来ませんか……」
相変わらずの無表情なので、切実な声で国王と父、副学園長に訴えてみた。
「……そうだな。ラピスは人見知りだし、公爵家だから余計に目立ちたくはないよな。そこは入学までに陛下と学園長、副学園長と考えるから、安心しなさい」
父が安心させるように微笑んで、頷いた。
その隣では国王と副学園長がうんうんと同情するように頷いていた。
父に人見知りがバレているとは思わなかった。
「それじゃあ、ラピスラズリ。ステータスカードを見せてくれるかな?」
「はい。こちらです」
ステータスカードを国王に見せると、父も覗くように身体を国王側に動かした。
「ふむ。ラピスラズリの属性は水と風か。複数の属性を持っているとは思ってたけど、その通りみたいだね。魔力量、うちの宮廷魔術師の師団長より高いんだけど。スキルは料理、魔導具の心得、氷の貴公子。料理は確かに美味しかった。また作ってね。氷の貴公子って何だい? 要確認だね。それに称号……氷神に愛されし者?! 祝福は繁栄?! うちの甥っ子、凄いね! これは確かに目立ったり、情報が漏れるとアウイナイト公爵家の敵対貴族、他国も含めて狙われる! 副学園長、学園長と共に後で会議だ。ラピスラズリのステータスは絶対漏れないようにしておくように」
「はい、畏まりました!」
国王の興奮につられたのか、副学園長も大きく頷いて、騎士のような敬礼をした。この人、副学園長の前は騎士だったのかな。
「ラピスラズリ。このステータスカードは家族や制約魔法を掛けている公爵家の使用人達に見せるのは構わないけど、他の者には見せないように。ガーネット公爵令嬢とゴッシェナイト侯爵令息は先程の会話を見ていて、漏らすことはないからその二人には構わないけど、他は駄目だ。いいね?」
「はい、陛下。仰せの通りに致します」
頷いて、お辞儀をすると、国王はちょっと不満げな顔をした。
「私はラピスラズリの伯父さんなんだから、畏まらなくていいのに。セルレやアメリは伯父上、伯父様って言ってくれるのに」
口を尖らせて、国王は不満げに私を見た。
子供か!
兄と妹はパーティーに行ったりして、国王に何度も会っていたのだろうし、そりゃあ、伯父と甥、姪の関係は築けるかもしれないけど、私は今日が初めましてなんだし、いきなりは無理。
というのをどう、丁寧に言えばいいかな。
「オウロベルデ……。今日、初めましての息子が、国王にいきなり伯父上と言える訳がないだろう。うちの息子、人見知りなんだぞ。まだ話してくれるだけでもありがたく思え」
父が助け舟を出してくれた。友人関係だから、フランクに言ってくれて、とても助かった。
が、国王はまだ不満げだった。
こうして、訳の分からない怒濤の入学試験は終わり、一週間後、入学試験の結果が手紙で届いた。
もちろん、合格だったのだが、何故か筆記も実技も満点で、一位を取るという目立つことになってしまった。
シュンガイト学園長からも、「首席になっちゃったから、入学の挨拶宜しくね」という手紙ももらう羽目になった。
転生したら乙女ゲームの攻略対象の公爵令息だったので、独身貴族を目指したいのに王太子に狙われてます 羽山 由季夜 @kazemachi0925
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