第12話 入学試験
「ラピスラズリ卿、俺の師匠になってくれませんか?!」
目をキラキラと輝かせて、同い年の少年が私に言う。
私の隣でダイアモンドが呆気に取られている。
……どうして、こうなった??
前世で推しだった氷の貴公子に転生したことに気付いた私は、トワイライト王国の王都にある王立パイロープ学園に来年、入学する年齢にいつの間にかなっていた。
パイロープ学園は、前世で私がガッツリと推しのルートばかりしていた乙女ゲームの舞台だ。
とは言っても、入学する年齢の十三歳ではなく、ゲームの舞台は十五歳からスタートし、十八歳の卒業パーティーでエンディングとなる。
王族との恋愛だとか、断罪だとか、そんなことに私は巻き込まれたくない。
この二年で私はヒロインの攻略対象キャラクターから抜けるのが目標だ。
その前に、入学試験がある。
更にその前に、専攻する科を決めないといけない。
正直なところ、学園行かなくても良いのではないだろうかと思う私もいる。
筆頭貴族のアウイナイト公爵家の体裁というものもあるのは分かるのだけど。
それぞれの事情で、半年や一年だけで学園生活を終わらせる貴族や平民もいる。
だが、十三歳から十八歳まで、通常は通う。
なので、この二年間で習っておきたいものを習って、攻略対象からひっそりとフェードアウトしたい。敢えて五年も通学せず、ゲーム開始の十五歳になる前に卒業もアリではないだろうか。
二年間で習っておきたいものとなると、私の場合は魔導具だ。
パイロープ学園には様々な科がある。
貴族科、騎士科、侍女科、魔術科、商業科、魔導具科、芸術科、薬師科、料理科だ。
私は筆頭貴族のアウイナイト公爵家の次男なので、比較的自由だから習っておきたい魔導具科を専攻するつもりだ。
貴族科や騎士科、魔術科なんて選んだら、二年間だけだとしても、必然と乙女ゲームの攻略対象にされてしまう。
何せ、貴族科にメイン攻略対象の第一王子のアレキサンドライト、宰相の息子である私の兄セルレアイト、将軍の息子のゴールドがいる。騎士科にもまだ会ったことはないが、攻略対象が一人、魔術科にも一人いる。
ちなみに、推しの氷の貴公子も乙女ゲームでは貴族科にいた。兄の婚約者で、兄のルートにヒロインが入ると悪役令嬢になるダイアモンドも貴族科だ。
そこで、私は魔導具科に行こうと思っている。
……フェードアウト、二年で出来ないかな。
「ラピスはもうパイロープ学園の専攻する科は決めましたの? やっぱり、貴族科?」
ダイアモンドが首を傾げながら、私を見つめる。
ここは私の一戸建ての平屋もとい、作業小屋の私が仮眠用に使っている部屋だ。
お菓子を作っている時に、兄のセルレアイトに会いに来ていたダイアモンドが私のところにも挨拶に来てくれたみたいだった。
なので、紅茶と作っていたお菓子を振る舞っているところだ。ちなみに、紅茶は桃のフレーバーティー、お菓子はマドレーヌだ。
そのマドレーヌを私の背後に立つルチルとジャスパーと、ダイアモンドの後ろに立つカッパーが涎を垂らしそうな顔をして、凝視している。
ちゃんと三人の分も用意してあるから、今は我慢して欲しい。
「いや、魔導具科かな。前から魔導具に興味があったし、コスモオーラ商会でも出せる物を作って、販売したいんだよね」
「そう、ラピスは魔導具科なのね……」
「ダイアはやっぱり貴族科?」
「そう思っていたのだけど、ラピスが魔導具科に行くなら、わたくしも他の科でもいいのではないかしらと思い始めているところだわ」
顎に手を当て、ダイアモンドは考える表情になる。
「そうなんだ。ダイアのご両親は何て言ってるの?」
「お父様もお母様も、貴族としての教育はほとんど終わっているし、セルレ様に嫁ぐための花嫁教育はもう少し先だから、どの科でも良いとは言われてるの。興味があるのは魔術科と料理科だったのだけど、魔導具科も今追加されたわ」
「魔導具科が追加されたのは、私が行くから?」
「そうね。料理みたいに、ラピスが作る魔導具を隣で見てみたいなって」
ふわりと微笑み、ダイアモンドは桃のフレーバーティーを一口飲む。
実はこの桃のフレーバーティーはこの世界になく、私が飲むために作ったものだ。
紅茶はあるのに、フレーバーティーがないなんて……! と、前世で紅茶が好きだった私はないなら作ることにした。なので、十歳の時の第一王子からの相談の時のミルクティーもレモンティーも、実はこの世界になかったものだったらしい。
何て、食に対して無頓着な世界なんだ……!
と慨嘆していたのはいつだったかな……。
最近は、ないなら作るという勢いで、作業小屋で作っている。
お陰で、私の空間収納魔法の中身は滅茶苦茶に充実している。何かの罪とかで、無人島に島流しされても、余裕で一年以上は生きられるくらいだ。食材がその無人島にあれば、更にそれ以上は余裕だ。
あ、話が逸れた。
「ラピスの作る料理が魔法みたいに見えるから、魔導具も魔法みたいに作るのではないかなって。でも、わたくしも魔導具科に行くとなったら、他の貴族はわたくしとラピスの関係に対して、要らぬ詮索をしそうで嫌なの。わたくしがセルレ様ではなく、ラピスと恋仲とか噂を流しそうで……」
「成程。ダイアはセルレ兄上にはそのことを相談したの?」
問い掛けると、ダイアモンドは小さく頭を左右に振った。
「いいえ。何と言っていいのか分からなくて」
「兄上にはちゃんと相談した方がいいと思うよ」
「でも、セルレ様、嫌だと思わないかしら?」
「兄上の性格なら嫌だとは思わないと思うよ。むしろ、言ってくれないことで悲しまれると思う。逆の立場で考えてみて。例えば、ダイアに相談なく、ダイアのお姉様とセルレ兄上が一緒に出掛けたら、ダイアはどう思う? もちろん、そこにはお互い友人としての思いしかない前提ね」
そう問い掛けると、ダイアモンドがハッとした顔をする。
ダイアモンドは貴族では珍しい四人兄弟だ。
上から、兄、姉、ダイアモンド、弟だ。
ダイアモンドの兄は私と彼女の五歳上、姉は三歳上、弟は十歳下だ。
私の兄のセルレアイトは二歳上なので、ダイアモンドの姉とは一歳違いなので、あまり接点はないが、兄はパイロープ学園で会った時に言葉を交わしているらしい。主に、ダイアモンドの姉が兄に対して、ダイアモンドを泣かすなよ、と圧力を掛けてくるらしい。
「嫌ですわ。悲しいですわ。友人のような思いしかないのを知っていても、一言伝えて欲しいですわ」
「そういうことだよ。私が実際は女性なのは兄上もダイアも知っているからお互いに良いけれど、周りはそうじゃない。兄上にも事前に相談しておけば、私やダイアでは思い付かない解決策を提案してくれるかもしれないよ? それに、噂や詮索されるのが嫌だからという理由で、ダイアと一緒に学べないのは私は辛いな」
「……もうっ! ラピスがそういう発言をさらりとするから、周りが噂や詮索をしようとするんじゃないかとわたくしが不安になるんじゃない。パイロープ学園ではお願いだから、無自覚で口説かないで下さいませっ! 無表情でもラピスは顔が良いのだから、綺麗な顔で言われると、その気になってしまう女性が……いえ、男性も増えてしまいますわ!」
「そんなことはないと思うけど……」
無表情で首を傾げると、ダイアモンドとルチル、ジャスパー、カッパーが私の方に身を乗り出した。
「そんなことあるのっ!」
「「「そんなことあります!」」」
四人が同時に私の言葉を否定した。
「……こほん。とにかく、ここにセルレ兄上をお呼びして、話をした方がいいね。どの科にするか早く決めないと、入学試験の方向性も変わってくるだろうしね」
分が悪くなり、私は誤魔化すようにダイアモンドに言うと、彼女はジトッとした顔をしつつ、頷いた。
頷いたので、ジャスパーにセルレアイトを呼ぶように伝えると、作業小屋を出た。
そして、兄のセルレアイトがジャスパーと共に作業小屋にやって来た。
「ダイアナ、ラピス。どうしたんだ?」
「兄上、実は……」
ソファに座り、きょとんとした顔の兄に経緯を説明する。
すると、顎に手を当て、兄は考える顔になった。
「確かに、噂は流れてしまう可能性があるね。それなら、先に潰しておくのがいいよね」
兄が考える顔のまま、物騒なことを呟いた。
潰すって……。
やはり、兄は父に似ている。
流石、宰相の息子。あ、私もか。
「方法としては、入学試験の時と、入学式の時に皆の前で、私がラピスに“私の婚約者のダイアナを義弟として、友人として授業も含めて、危険から守って欲しい”と言うとか、わざとラピスに“ダイアナは私の婚約者だから”と牽制を掛けるとか、パイロープ学園で婚約者を探すんだよと言ってみるとかが、今思い付いたことだね。本音は学園で婚約者を探せと私は言いたくないし、牽制も掛けたくないけど」
うーん……と考えながら、兄は提案した。
兄の本音を加味すると、始めの“義弟として、友人として、ダイアモンドを危険から守って欲しい”の案しかないじゃん。
まぁ、私もパイロープ学園で婚約者を探したくないけど!
「……私も特に婚約者を探すつもりはないので、“義弟として、友人としてダイアを危険から守って欲しい”と仰って頂いた方が良いですね。演技とはいえ、兄上に牽制を掛けられたら、多分、しばらく立ち直れません……」
うっかり兄に牽制を掛けられることを想像してしまい、無表情だがしょんぼりした声音で私は呟いた。
優しい兄に牽制されるのは辛い。
「ラピス! そんなことを私もダイアナもしないよ! そんな悲しい顔しないで!」
「そうよ、ラピス! わたくしもセルレ様も大好きなラピスにそんなことしないですわ!」
兄と兄の婚約者にぎゅうぎゅうと抱き締められる。
私は兄達に弱いようだ。
五歳の時はそうではなかったけど、無条件で愛情と友情を注いでくれる兄達に、裏切られたくないと思っていたようだ。
自分でもそうだろうと思っていたけど、改めて実感すると私も兄達を裏切りたくない、守りたいと更に思う。
なので、兄のルートにヒロインが来ようものなら、兄とダイアモンドの仲を裂こうとする前に、ヒロインには牽制を掛けようと思う。邪魔するし、むしろ私のルートに入れてみるよ。
私のルート、ちょっとやそっとでは恋愛にはならないし。
「じゃあ、ラピス。入学試験と入学式の時に守ってねと私がお願いする作戦でいこうか」
「はい。宜しくお願い致します」
「うん。じゃあ、ラピスとダイアナは魔導具科だね。二人が作る魔導具、楽しみだな。あ、私も来年は魔導具科に転科してみようかな」
「転科ですか? 出来るのですか?」
「うん。成績優秀者なら出来るよ。私も一応、学年では首席だから」
にっこりと兄が笑うと、何故かジャスパーが咳き込んだ。
「あの、第一王子殿下が首席ではないのですか?」
「え? あの困った殿下は私と大差をつけられて次席だよ。大差と言っても二十点だけど」
「「次席……」」
思わず、同時にダイアモンドと呟いた。
そこは首席じゃないんだ。
「最初は殿下のことを忖度しようかと思ったんだけどね。ほら、ラピスに会ったことがあったでしょ、あの時に私が牽制掛けないとラピスを守れないなって思って、文武両方首席になろうと思って。ただ、剣技は駄目だね。あの剣馬鹿殿下に負けっぱなしだよ」
「あ、剣なら私が頑張ります。確か、学園内の公式戦とかあるんですよね? もし、第一王子殿下に当たったら、私が勝ちます。もちろん、魔法も」
「……ラピスなら勝ちそうだよね……。でも、ラピスが目立つのはちょっとなぁ……。他の虫も寄ってきそう……」
唸るように呟く兄は、顎に手を当てて考える顔をする。
「ラピス。父上から聞いたけど、アウイナイト公爵家に伝わる魔導具を学園の間は着けておいてね。もちろん、入学試験の時も」
公爵家に伝わる魔導具――着けると性別が元に戻るブレスレットのことだ。
ダイアモンドにも先程、話したばかりだったので、彼女も大きく頷いている。
後ろのルチル達もだ。
父から受け取ってから、自分の部屋で、性別が元に戻るブレスレットを着けてみると、確かに男性に戻っていた。
あまり表現出来ないけど、色々と戻っていた。
十二歳はちょうど成長期に入るか入らないかの時なので気付いたけど、着脱するだけで身長も変わることに驚いた。
これから更に、男女の性差が出て来る。
これなら、乙女ゲームの舞台でもある十五歳の時に、フェードアウト出来ずにまだ学園に私がいたとしても誤魔化せる気がする。
「分かりました」
「それと、入学試験の時、ダイアナと一緒にラピスも私と昼食を摂らない?」
「……お邪魔ではないですか?」
「「お邪魔じゃない!」」
兄とダイアモンドが同時に答えた。
気が合うな。お似合いのカップルだ。
「では、その時は新作のお弁当を人数分、用意しますね」
「ラピス様、その人数分は俺達も入ってますか?!」
ジャスパーが身を乗り出すように声を上げた。その後ろで期待に満ちた眼差しのルチル、カッパーがいる。
「もちろん、そのつもりだけど……。護衛をしてくれているのに、なしって酷いことをしないよ」
「「「ありがとうございます!」」」
潤んだ目で、ジャスパー、ルチル、カッパーは勢い良くお辞儀をした。
……皆の、胃袋を掴んじゃったかな……。
「あの、セルレ兄上。お弁当はこの人数分に家族や公爵家の使用人達、ダイアのご家族を考えているのですが、やっぱり、第一王子殿下とロードナイト侯爵令息のも用意した方がいいですか?」
「え。何で? 私達家族や護衛、うちの使用人達、ダイアナのご家族は分かるけど、何であの二人?」
きょとんとした表情で、兄は首を傾げた。
年齢がまだ十四歳の少年なので、少年と青年の間の可愛さやあどけなさがまだ残っている。口調はやや不穏だが。
「兄上のご友人方ですよね? 昼食の時にいらっしゃるのかと思ったのですが……」
「確かに殿下もゴールドも私のゴユウジンだけど、流石に可愛い弟と愛しい婚約者との語らいの邪魔をして欲しくないよ。だから、連れて来ないよ」
兄が言う、“ご友人”というところだけ、何か別のモノに聞こえた。弟妹、婚約者に関することになると、兄は怖い。
「でも、セルレ様。ロードナイト侯爵令息はともかく、殿下からお願いされたら、流石のセルレ様もお断り出来ないのではないでしょうか……?」
私と同じことを考えていたらしいダイアモンドが不安げに、兄を見上げる。
「ああ、大丈夫。殿下から迷惑を被っているラピスに関しては陛下からもご許可を頂いたよ。ラピスが嫌がることをされる前に、速攻で王家の影達が抑えるって。ほら、ラピスの事情は陛下も王妃様もご存知だからね」
兄の言葉に、ダイアモンドは納得したように頷いた。
私の事情、所謂、アウイナイト公爵家に百年に一度、性別が逆転する子供が生まれ、その子を大切にすると国が繁栄する、というアレ。
それを以前、ダイアモンドも兄のセルレアイトと婚約し、後に結婚するからという理由で国王、王妃、両親の許可のもと告げた。
優しいダイアモンドは自ら、外で漏らさないようにと制約魔法を掛けるように言い放った。
自分の家族にも話せないことになるのに、彼女は至極当然といった顔で、私に笑ってくれた。
こんなに優しい将来の義理の姉であり、友人のダイアモンドには感謝しかない。
ちなみに、カッパーも護衛としてダイアモンドと共に私の事情を知り、自ら進んで制約魔法を掛けてもらっていた。彼にも感謝だ。
「成程……。歩く治外法権を更に強権が抑えて下さるのですね」
ぼそりと私が無表情で呟くと、兄とダイアモンド、ジャスパー、ルチル。カッパーが吹いた。
「ちょっ、ラピス様! そこで、面白いことを言わないで下さいよっ! しかも、無表情が余計に笑いを誘います! わざとですか?! わざとですよね!?」
ジャスパーがお腹を抱えて大笑いする。
わざとも何も、私は思ったことを呟いただけなんだけど。
「いや、わざとも何も、思ったことをただ独り言で言っただけなんだけど……」
「ラピス様、とても賢いお方で語彙が豊富だから、その独り言がツボなんです……! お願いですから、変なあだ名とか付けないで下さいよ」
「変なあだ名……? ジャスパー、何のこと?」
無表情で首を傾げると、兄が抱き締めてきた。
変なあだ名を付けた覚えがない。
「もう、この子、公爵家から出したくないんだけど! こんなところを他人に見られたら、誘拐される! 学園に入学させたくない!」
ぎゅうぎゅうと兄に抱き締められながら、相変わらず私の表情は仕事をしない。
いやいや、入学させて下さい。魔導具のことを知りたいです……!
「……セルレ様。入学後、わたくし以外にも、同学年でどなたか協力者が必要ではありません? 色々な意味で」
「うん、必要だね。早急に調べて、入学試験の合格発表後に問題なかったら、打診するくらいは必要だね」
頷くと、兄とその婚約者はお互いに強く頷き合った。
そんな二人を見て、私は思った。
解せぬ。
そんなこんなで、入学試験当日。
私はジャスパーと共に、パイロープ学園の入学試験会場に向かっている。ルチルは貴族の各家毎に用意されている控室で待機している。
「ラピス様、良かったですね。旦那様も奥様も魔導具科を専攻することを許して下さって」
ジャスパーが穏やかに微笑む。私の五歳上のジャスパーは十七歳となり、身体付きもがっしりとしたものとなった。顔立ちも美形なので、恋人を作ればいいのに作らずに私の護衛を四六時中しているため、とても残念な青年になっている。
「そうだね。半分くらいは無理かもしれないと思ってたから、安心したよ」
本当に、魔導具科を選べるとは半分くらい思わなかった。
一応、貴族だし、貴族筆頭の公爵家の次男だし、両親からは問答無用の貴族科を言い渡されると思っていた。
無表情ではあるが、恐る恐る魔導具科を専攻したいと両親に告げると、二つ返事で了承してくれた。
理由は今の時点で、貴族科で習うことは全て履修出来ており、ほとんどが復習になってしまうので、問題ないと私に就いてくれている家庭教師から報告があり、騎士科も習う必要もないということで、魔導具科の専攻が決まった。
蓋を開けると、すんなりと進んだのでホッとしている。
むしろ、両親からは私がどんな魔導具を作るのかが楽しみだと言ってくれたので、頑張って覚えて、期待に応えたいと思っている。
「ダイアモンド様も魔導具科を専攻出来るようで良かったですね。ラピス様の胃袋掴み作戦が効きましたね」
「そんなつもりはなくて、ただのお裾分けだったんだけどね。入学して、知り合いがいるといないとでは気持ちも変わってくるだろうしね」
ダイアモンドも私と同じような理由で、ガーネット公爵家のご両親が了承してくれたらしい。
ついでに、同い年で友人で、将来の義理の弟となる私がいることで、何かあっても守れると思ったようだ。
あとは、賄賂の如く、定期的に私が料理をガーネット公爵家に贈ったことで、あちらの好感度が高かったのも要因だったようだ。正直、賄賂のつもりではなく、お裾分けのつもりだったのだけど。
「でも、その前に、入学試験で合格出来ないと、意味がないよ」
「いやいや、ラピス様が不合格なんて有り得ませんよ。ご聡明なのに」
「ごそーめーね……。それは兄上だと思うんだけどね」
「……ラピス様がご聡明でなかったら、五歳のあの時に癇癪を起こされてると思いますけどね。俺ならしてます。いえ、俺は実際しましたね」
ジャスパーの中で、まだ少し燻っているのか、五歳までの私に対する両親のことを呟く。
「ジャスパーも私と似たようなことでもあったの?」
私より頭二つ分背が高いジャスパーを見上げ、尋ねる。
「……いつか、お話します。とりあえず、今は入学試験を頑張って下さい」
普段は見せない、大人びた笑みを浮かべ、ジャスパーは小さく頭を下げた。
「いつか話せる時に話してね。でも、入学試験間近で言うことじゃないよ、ジャスパー。不合格になったら、ジャスパーには一週間、お弁当なしだよ」
「えっ!? それは困ります! 俺の楽しみが……!」
慌てるジャスパーに、珍しく私の表情筋が動き、小さく笑った。
「うぐ……! そこで、駄目押しの微笑みですか……! お願いです、セルレアイト様も仰ってましたが、公爵家以外では微笑みは本当にやめて下さい! 虫が、ラピス様に不要な虫が……!」
左胸を抑えながら、ジャスパーが私に懇願した。
「流石に大丈夫だと思うけど、気を付けるよ」
そして、ジャスパーは入学試験会場の外で待機となり、すぐにダイアモンドと落ち合い、試験の時間まで話していると、事前に決めていた通りに兄がやって来た。
貴族筆頭のアウイナイト公爵家の長男がやって来たことで、私と同い年の貴族の子達がざわざわと騒ぎ、平民の子達は男女問わず、兄をうっとりと見つめている。
兄も乙女ゲームの攻略対象キャラクターで、美形なので、騒ぐのは当然だ。
私とダイアモンドの元にやって来て、兄は穏やかに微笑む。その笑顔を見た、貴族令嬢達が小さく悲鳴を上げている。
「ラピス、ダイアナ。試験、頑張ってね」
「はい、兄上。ありがとうございます」
相変わらず働かない表情をそのままに、私は小さく頷く。
「ありがとうございます、セルレ様。わたくし、頑張りますわ」
ダイアモンドも少し緊張しているのか、兄に小さく微笑む。
「ラピス。私の婚約者のダイアナを将来の義弟として、友人として授業も含めて、危険から守って欲しい。宜しく頼むよ」
兄は事前に決めていた通りに、通る声で私に告げた。
それを聞いた周りの貴族の子達がざわつく。
どんな返事をするのかと、貴族の子達が私を見る。
「はい。お任せ下さい、兄上。ダイアモンド嬢はしっかり、私がお守り致します」
しっかりと頷き、珍しく表情筋が働いて、兄とダイアモンドにしか分からないくらいの笑みを浮かべる。
が、それでも何故か、周りの貴族の子達がざわついた。
「……ラピス。そこで、その笑みは駄目だよ……」
兄が私の肩に手を置いて、小さく息を吐く。
「そうよ、ラピス……。満面ではないのに、きらきらしてるから、逆効果だわ……」
ダイアモンドまで兄に寄り添った状態で小声で囁いた。
「すみません、表情とあまり仲が良くないので、上手く付き合う方法を模索中です……」
私も小さく二人に囁いたら、面白かったのか二人に笑われた。
「緊張はないみたいで安心したよ。二人共、頑張ってね。後で、昼食を一緒に摂ろう」
そう言って、兄は入学試験会場を出た。
しばらくして、入学試験が始まり、私もダイアモンドも出された筆記問題を解いていった。
入学試験は筆記と実技がある。
筆記は常識だったり、トワイライト王国の歴史だったり、計算だったりと様々だ。
筆記問題は今まで家庭教師に習ったものばかりで、筆記は問題ないと思う。
残るは実技は、魔力――魔法を使った試験だ。
トワイライト王国の住民は大小はあるが、皆、魔力を持っている。
主に貴族は魔力の質が高く、高位貴族になるにつれ魔力量も多くある。平民の中にも魔力が高く、量も多い者も時々いる。例えば、乙女ゲームのヒロインがそうだ。
パイロープ学園は王立で、貴族、平民関係なく通うことが出来る。
貴族の爵位、平民の収入によって、学費も違うので、門戸は広い。
貴族でも平民でも関係なく、人材を育て、将来的に国を良く出来るようにという、パイロープ学園設立当初の国王の方針なんだそうな。
そこは少し、その国王、転生者かな? と思うところはある。知らないけど。
そんなパイロープ学園の入学試験の実技は魔法を使う。
内容は魔力量の確認と魔法の精度、属性の確認、志望している科に適しているかという確認だ。
魔力量が少ないのに魔術科に入っても、将来が見込めない可能性がある。いきなり魔力量が増えて、才能が開花……なんてことも極稀にあるらしいけど、その時は希望すれば転科出来るらしい。
私が志望している魔導具科は、魔力量はそれなりに必要だ。
魔導具を作るにあたって必要な付与には、魔力がいる。魔力量が少なければ付与出来ないし、魔力切れを起こせば倒れてしまい、酷い人は魔力枯渇が起きて生命の危機となる。
なので、一定量以上の魔力がないと、いくら志望していても魔導具科には入れない。
私もダイアモンドも魔力量は多いので問題はない。あとは、魔法の精度だ。
属性の確認は、それぞれの持つ属性を確認するだけだ。
この世界の属性は八つ。
地、水、火、風、光、闇、聖、無だ。
……前世の色々なゲームも大体、そんな感じの属性だよねと思う。無ではなく、雷とか氷とかある場合もあるけど。
この実技試験で確認したその属性に適した魔法を授業で習ったり、極めたりがパイロープ学園では出来る。
大体、一つの属性を持つのだが、たまに二つや三つを持つ人もいる。
ちなみに、私の推しの氷の貴公子ことラピスラズリはゲームでは水、風、光の三属性持ちだ。
推しに転生した私もそうだと思う。目立ちたくないので、チートなんていりません。
そんな実技試験の前に昼時となり、実技試験は午後からある。
なので、筆記試験が終わった私とダイアモンドは護衛のジャスパーとカッパーを連れて、兄が事前に教えてくれた待ち合わせ場所の食堂に向かっている。
「ラピス。筆記試験、どうだった?」
「今まで習ったところばかりだったから、多分、大丈夫だと思う。ダイアは?」
「わたくしも大丈夫だと思うわ。でも、問題は実技試験よね……。自分の属性がこの試験で初めて分かるからドキドキするの……」
ダイアモンドが緊張した面持ちで呟く。
トワイライト王国では、自分の属性の確認はパイロープ学園の入学試験の時か、十二歳にならないと出来ない決まりになっている。
理由は昔、希少な聖属性や光属性、闇属性を持つ、低位貴族、平民の子供を誘拐等をして、自分の家門を優位にしようとした高位貴族がいて、大問題になったからだ。
当時の国王にたくさんの貴族、平民から訴えがあり、十二歳もしくはパイロープ学園の入学試験の時まで属性の確認が出来ないようにすること、本人、家族等双方の同意なく誘拐等をしたり、露呈した場合は爵位剥奪、内容によっては極刑と決まった。
なので、この実技試験では本人、家族の一喜一憂がある、らしい。
大体は属性関係なく、子供を育てる家が貴族、平民問わずなのだが、時々、期待云々で叱責する貴族の親がいる。
叱責する親は政略結婚的なことの思惑もあり、属性の相性だとか、思っていた属性と違う等と言うらしい。
正直、別に属性なんてどうでもいいのでは? と私は思う。
私の場合、確認出来た属性で作る魔導具の方向性は決まるかもしれないが、持たない属性は誰かに付与してもらえばいいと思うし。家を継がない、嫁がなくてもいい、女性を男性と偽っているからというのはあるかもしれないけれど。
「ラピスはあまり緊張してないわね。ドキドキしないの?」
「うーん……私はあまり。八つの属性のどれかにはなるのだし、どうするかは分かった時に考えるしかないと思う。出来れば、目立ちたくないというのが本音だね」
そう伝えると、ダイアモンド、ジャスパー、カッパーが何とも言えない顔をした。
「何故かしら。わたくし、ラピスが目立ちそうなことになりそうな気がするのだけど……」
「ダイアモンド様もですか。実は俺もです」
「俺も、ダイアモンドお嬢様の意見に同意です」
三人が三人共、重い溜め息を吐いた。
何でだ、解せぬ!
パイロープ学園の食堂に着くと、兄の姿を探した。
昼休憩というのもあり、食堂近辺はごった返している。
その中でも、アウイナイト公爵家とガーネット公爵家は高位貴族なので、兄の話だと食堂の中でも高位貴族専用の食堂が使えるそうだ。が、今日は入学試験があるため、一般食堂は貴族、平民と入り乱れになっており、高位貴族専用の食堂は更に奥にあり、そこまで進めない。
何故、そんな設計にした。設計、考えろよ。
……何で、そんなところを待ち合わせ場所にしたのかな、兄よ!
「……困りましたわね。セルレ様が見つけられないわ」
「そうだね。索敵魔法を常時使ってるけど、流石にここまで多いと兄上だけを見つけるのは無理だね。入学までにもう少し精度上げないといけないな」
小さく溜め息を漏らし、珍しい兄の紺碧色の髪を探す。ちなみに、私と妹のアメジストの瑠璃色の髪も珍しい。
皆できょろきょろと辺りを見渡していると、背後から少年の声が響いた。
「――だから、関係ないだろっ!」
振り返ると、蜜柑色の耳にかかるくらいのふわっとした髪、若緑色の活発そうな目をした少年が、一つか二つ年上に見えるパイロープ学園の制服を着た兄弟と思われる少年二人を睨んでいた。彼等の腰には訓練用の刃を潰した剣を提げている。
近くだったので、被害が来ないように、とりあえずダイアモンドをカッパーとジャスパーとで囲むようにして様子を窺う。
「関係あるだろう? お前、侯爵家の長男だし、本家なんだからさ。本家の跡取りのくせに、分家の俺達より才能がないんだから、俺達の言うことを聞くのは当然だろ?」
何処かの侯爵家の分家らしい兄弟二人のうち一人がニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて、侯爵家の長男に言い放つ。
私の後ろで話を聞いていたダイアモンドが不快な表情を浮かべる。ちょっと正義感が強いダイアモンドが前へ出そうになっている。
「……ダイア、駄目だよ。危ないから、出ちゃ駄目だよ」
「でも、ラピス。あれはあまりにも酷い言い方ですわ」
「そうだね。何に対しての才能なのかは知らないけど、人を貶める言い方は頂けない。けど、他家の揉め事に首を突っ込むのは宜しくないよ」
私の言葉に、ダイアモンドは納得行かない顔をする。気持ちは分かるけど、それでダイアモンドに何かあれば、兄にも、ガーネット公爵家にも申し訳ない。
「――まぁ、彼等が侯爵家の長男という子に危害を加えようとしたら止めるよ。それなら、こちらが手を出しても良いと思わない?」
提案すると、ダイアモンドの目が輝いた。
「流石、ラピス! わたくしの友人で、将来の義弟ですわ!」
そう言うと、ダイアモンドは若干前のめりの態勢で、何処かの侯爵家の本家と分家の遣り取りを観察している。
「そもそも、言うことを聞くって、俺に何をさせる気だよ!」
「お前の同学年になる、アウイナイト公爵家の次男とガーネット公爵家の次女を俺達に紹介しろ」
何処かの侯爵家の分家の兄弟のうちの多分、兄がそう言うと、聞いていたジャスパーとカッパーから殺気が出た。それを私が手を挙げて止める。
まさかの、私とダイアモンドも関わってた!
何で??
「はあ?! 何でだよ! どうして公爵家のお二人をお前等に紹介しないといけないんだ!」
理解出来ないと言いたげな顔で、侯爵家の長男が聞き返す。
うん、私も理解出来ない。
眉を寄せている侯爵家の長男に対して、分家の兄弟が優越感漂う笑みで口を開いた。
「公爵家の二人は見目麗しいらしいから、俺達のモノにしたいからに決まってるだろ?」
「アウイナイト公爵家の次男は男だけど、美少女並みって話らしいし!」
分家の兄弟の言葉に、ジャスパーとカッパーがまた殺気を漏らす。
私って、そんな噂が立ってたの?
まぁ、推しの氷の貴公子の顔は本当に麗しく、美しいお顔をなさってますが!
その推しに転生してしまった私は恐れ多いのですが。
騒ぎに気付いた他の貴族の子達やお付きの人達も不快な顔を見せたり、私達に気付いて青褪めたりとざわついている。
そんなことに気付かない、分家の兄弟は更に侯爵家の長男を追い詰めようとする。
「お前は俺達より下なんだから、俺達の言うことを聞けよ。侯爵家なんだから、紹介なんて簡単だろ?」
「簡単な訳ないだろ?! お前等も貴族の一員なんだから、分かるだろ! 友達でもない、同学年なだけで、うちより高位の公爵家のお二人に声を掛けられる訳がないだろ! しかも、まだ入学試験の最中だ! お前等、馬鹿か?!」
ストレートに侯爵家の長男が分家の兄弟に言い放った。
正論だからなのか、聞いていた貴族の子達とそのお付きの人達も大きく頷いている。
「だからだよ。今のうちにこっちからツバ付けておけば、他の貴族が手出し出来ないだろ」
ばっちいからツバなんて付けられたくありません!
それに、“だから”の意味が分かりません!
接続詞の使い方、知ってる??
「お前等、本当に馬鹿なのか? それこそ、不敬だろ! アウイナイト公爵夫人は王妹殿下で、そのお子様だぞ。侯爵家の分家が手を出せると思ってるのか?」
尚も正論をぶつけ、侯爵家の長男が言うと、何故か周りで拍手が起きた。
そして、その拍手に頭に来たらしい分家の兄弟が腰に提げている訓練用の剣を抜き払い、侯爵家の長男に目掛けて同時に振り下ろした。
それを待ってました、という訳ではないが、素早く反応して、侯爵家の長男の前に私は立ち、氷で作った剣で分家の兄弟の剣を止めた。
……止めてはみたが、やっぱり公爵家の私設騎士団の皆に鍛えられている私としては、攻撃が軽かった。まぁ、身体強化魔法を常に掛けているから、余計に。
小さく溜め息を吐き、氷の魔法で作った剣で分家の兄弟の剣を跳ね除けると、二人共バランスを崩してよろけた。
「……怪我、ありませんか?」
「えっ、あ、はい! ありません。ありがとうございます!」
侯爵家の長男が私を呆然と見つめた後、ハッとした顔をして何度も礼をした。
「誰だよ、貴様!」
「……誰だと聞く前に、自分が名乗るのが礼儀でしょう」
相変わらずの無表情で告げると、分家の兄弟の顔が怒りで真っ赤に染まった。
「貴族のルールを適用したとしても、相手の貴族の顔が分からない時点で論外ですが……。私から名乗った方がいいですか? その場合、我が家の当主からそちらへ抗議があると思いますが」
ある意味、脅し文句を言うと、無表情の効果もあって、分家の兄弟が怯んだ。
こちらも相手の名前とか知ってるけど、と遠回しに言ったせいか、野次馬をしていた貴族の子達がちらほら青くなっている。覚えてないのかな。
あれ? 分厚い貴族名鑑って、教養で教わらないのだろうか。
私は必死に覚えたのに!
それに、入学試験前に兄との遣り取りを見てなかったの?
敢えて、試験を受ける子達とその家族等々いる前で遣り取りしたのに。
ああ、でもこの兄弟は在校生だろうからいなかったのかもしれない。
「……っ! 貴様、誰だよ、本当に!」
私が誰なのか結局分からなかったらしい、分家の兄弟は怒鳴った。
私の顔が分からなくても、髪の色や目の特徴で分からないのだろうか。
分厚い貴族名鑑を覚えるために、各貴族の家の特徴とかで必死に私は覚えたけど。
「……抗議、確定ですね。私はアウイナイト公爵家の次男、ラピスラズリです。先程、私やガーネット公爵令嬢を辱める発言も耳にしましたし、二つの公爵家に対する敵対行為と捉えて宜しいですか? ゴッシェナイト侯爵家の分家、クラック子爵家のご兄弟で、騎士科のお二人」
尚も無表情で淡々と私が伝えると、分家のクラック子爵家の兄弟の顔が青褪めた。
青褪めるなら、やらなければいいのに。
後悔先に立たずというのはこのことだよ。
去年、パイロープ学園に初めて来た時も似たようなことがあったけど、私、この学園と相性が悪いのだろうか。
「あ、いや、これは言葉の綾で……!」
「そ、そう! 俺達、公爵家の二人にお近付きになりたかっただけで……!」
「……成程。私達に近付いて、二人の言う、私達を“モノにして、ツバを付けたい”というのは、どの言葉の綾ですか? 私は男ですし、ガーネット公爵令嬢は私の兄の婚約者です。婚約者がいる令嬢に横恋慕とはどういう了見ですか? そして、侯爵家で親戚筋とはいえ、武器も何も持たない年下の少年に危害を加えようとする行為は人としても、貴族としても、騎士としても有り得ませんが?」
相変わらずの無表情で、私は正論を言ってみた。
周りで野次馬をしている貴族の子達やお付きの人達等々からまた拍手が起きた。
正直な話、こんな連中が騎士になったら、守られる立場になる人達が酷い目に遭う。そこはしっかり親なり、騎士科の教師が矯正して欲しい。
親も騎士科の教師も最悪だったら、我が家の宰相閣下に報告かなぁ……。
ぐうの音も出ないらしい、クラック子爵家の兄弟は年下の私にやり込められたことで、高位貴族への態度やらを吹き飛ばしたようで、見た限り羞恥と怒りで手に持つ訓練用の剣で私に襲ってきた。
それを氷の魔法で作った剣をもう一本作り、二刀流で応戦し、クラック子爵家の兄弟の剣を同時に弾き飛ばした。
弾き飛ばされた剣は地面に落ちて、それぞれの反対方向へ滑って離れていく。
クラック子爵家の兄弟それぞれの前に氷の魔法で作った剣を向け、無表情で私は見下ろす。
「今回のこと、しっかりと当家から抗議をさせて頂きます」
最後通告のつもりで伝えると、クラック子爵家の兄弟の顔が憎しみで歪んで、私を睨んだ。
「――何か、反論があるのなら、聞く。あるなら、言え」
非を認めないクラック子爵家の兄弟に、ちょっと大人げないかもしれないけど、普段は使わない口調で、少し低い声でついでに無表情で私は言った。
ちなみに、乙女ゲームの私の推しこと氷の貴公子も普段は口調は丁寧だが、怒っている時はこんな感じになる。淡々としているので、滅多に見れないレアな口調だけど。
推しの真似をした訳でもなく、自然と言葉が出た。沸点が似てるのかな。それはそれで嬉しい……というと、前世の氷の貴公子ファンの皆様に怒られるだろうか。
若干の殺気も出しつつ、普段使わない口調で言ったことで辺りが静まり返り、クラック子爵家の兄弟は青褪めた。
一部始終を見ていたのか、それとも聞きつけてきたのか、慌てた様子で教師数人がこちらにやって来た。
対応が遅い。大丈夫なのか、パイロープ学園。
王族も通うのにこんなに対応が遅いと、クレーマーに私がうっかりなりそうだ。
ついでに、待ち合わせにやって来ない私達を見つけ、慌てた様子で兄のセルレアイトもやって来た。
私がほんの少し殺気を出していることに、ちょっと驚きつつも、兄は私とダイアモンド、ジャスパー、カッパー、ゴッシェナイト侯爵家の長男の話を教師達と共に聞いた。
その間もクラック子爵家の兄弟は、更に兄が来たことでもっと青褪め、分が悪いと逃げようとしたところを教師とジャスパーとカッパーによって退路を塞がれていた。
周りの野次馬をしている貴族の子達やお付きの人達の証言もあり、クラック子爵家の兄弟は教師達にのよって連れて行かれた。
「ラピスが本当に怒ってて、わたくし、どう止めようかと思いましたわ……」
連れて行かれるクラック子爵家の兄弟の後ろ姿を見ながら、ダイアモンドが呟いた。隣でカッパーが頷いている。
「すみません、俺はもっとやっちゃって下さい、ラピス様! と思ってました」
ジャスパーがにまにまと笑っていて、私はちょっと引いた。
「ダイアのことを辱めるようなことをあの二人が言うからだよ。友人として、将来の義弟として怒るのは当たり前だよ」
「いえ、そこはラピス様に対しても辱めることをあちらは言ったのですから、ご自身のことでも相手に怒って下さい。ラピス様がお怒りにならなかったことで、ジャスパーが相手に掴み掛かりそうでした。正直、ジャスパーを止めないといけないと本気で焦りましたよ」
カッパーが苦労人の如く、溜め息を吐いた。
「それは、主従共々、ごめんなさい。私の場合、私のことより家族や友人の方で貶めたりとかされると怒ってしまうから。と言っても、初めてだったけれど」
「私は最後に来たから事情をしっかり把握してなかったけど、来た時のラピスの殺気はちょっと怖かったかな。普段怒らない子だから余計にね。でも、ちゃんと約束通りにダイアナを守ってくれたんだね、ラピス。ありがとう」
「当然のことですよ、兄上」
私の頭を撫でて微笑む兄に対して、はにかみたいのだけど、相変わらず働いてくれない表情筋は無表情のままだった。そこは働いて欲しいよ、表情筋!
「あのっ! ラピスラズリ卿!」
兄達と話していると、先程のゴッシェナイト侯爵家の長男が私に声を掛けた。
「はい、何でしょうか。ゴッシェナイト侯爵令息」
「あの、ラピスラズリ卿、俺の師匠になってくれませんか?!」
目を輝かせて、ゴッシェナイト侯爵家の長男が私に言い放った。
いきなりのことで無表情だが内心、驚きつつゴッシェナイト侯爵の長男を見る。
どんな返答をするのか気になる様子の兄達が私とゴッシェナイト侯爵家の長男を交互に見る。
「あ、いえ。師匠ではありませんので無理です。他を当たって下さい」
さらりと返した後、ジャスパーが小さく吹いた。
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