番外編2 街に轟く『狂犬』の異名

「なあ、もしかしてあの子がアローンなんじゃないか?」


街を歩く僕の耳に、そんな会話が耳に入ってくる。


ホルシド教壊滅の事はかなり大きな騒ぎになっていて、

僕はすっかり噂の人になっていた。


ちなみに、報告の時ついでに本名を名乗ったので、

"リバティー"では無く"アローン"の名前が広まった。


それから暫くは村で休んでいたので、街にでるのは一週間振りなのだが……


「あの子が? まあ、確かに特徴は一致するけど……

俺には彼が殺人鬼には見えないぞ?」

「……確かに『狂犬』っつーにはちょっと普通過ぎる気がするな」

(聞こえてるぞ……噂話するならもう少し声を落としてくれよ……)


狂犬だの殺人鬼だの……中々の言われようだ。


「……ま、やった事がアレだし否定は出来ないけどね」


ホルシド教壊滅の報奨金を貰った時、

ギルド長から噂が広まっている事は聞いていたけど……


こうして実際に聞くとなんだかくすぐったい気分だな。

全く誰が広めたんだか……


「もしかしたらサリアさんも噂を聞いてるかも?」


目的地の裁縫屋にたどり着いた僕はそんな事を言う。

そもそも、街に来た目的は噂を確かめる事じゃあ無く、

先の戦いで傷付きボロボロになった服を直して貰う為だ。


「こんにちはー」

「…………いらっしゃいませー」


異様に落ち込んだ様子のセリアさんが返事を返してきた。

この世の終わりみたいな顔してるけど一体何が……


「あ、あのー……ちょっと服が傷んじゃったんで直して貰いに来たんですけど」

「……! どうしたのそれ!? 言われなくても今すぐ直してあげる!」


セリアさんは服の様子を見るなり、僕から剥ぎ取って奥に向かう。


「相変わらず服の事となると距離感おかしくなるなあの人……

いや、いつもの調子を取り戻したみたいで良かったけどさ」


半袖シャツ一枚でしばらく待たされ……

だいたい三十分後くらい経つと、セリアさんが戻ってきた。


「おまたせー! バッチリ直ったわよ!」


「ありがとうございます、お代はこれで。

あのー……さっきすごい落ち込んでましたけど何かあったんですか?」


「えーっと何処から話したものか……そうねぇ、まず私は割と服作り全般に自信があるのよ。自分でお店を開いちゃうくらいには」


「実際凄いと思いますよ。僕なんかこのシャツのお陰で命拾いましたし」


「ありがとう! そう言ってくれると嬉しいわ!

でも最近自信を失いかけてね……」


「ほう?」


「三日前に、この街の防具屋全部が参加する大規模な大会があったの。

防具の実戦的な性能からデザインまで全部を評価して、最も優れた防具を作った


お店には大変な名誉が与えられる。

私はその大会で最終選考まで残ったんだけど……結局優勝は出来なくて……」


「それは……結構キツいものが有りますね。後一歩だった分……」


「優勝したのは貴族が経営してる最高級防具屋だったのよねー。

素材の質では劣ってたかもしれないけど、技術とデザインは

絶対に負けてない自信があったのに……」


「うーん……」


貴族が経営する店か……

言うべきじゃないとは思うけど、

なんか忖度とかそういうのも混じった評価になってそうだなぁ。


「ん? もしかしてこれが優勝作品ですか?」


僕はカウンター上にあった新聞を手に取る。

見出しの写真に写っているのは、宝石や装飾でジャラジャラした……


なんというか成金趣味なコートだ。

……こんなの着てたら絶対動きにくいけど、本当に優勝作品か?

色々怪しい……


「そう、それに負けちゃったのよ。

……人に話したら少しは落ち着いてきたわ。

よーし……次回は絶対優勝してやる!」


「元気が戻ったようで何よりです。それじゃ僕はそろそろ……」


「せっかくだし、その新聞は持って帰っていいわよ。

またのご来店をお待ちしております!」


「さようならー」



「ふーん……」


店を出た僕は歩きながら記事の続きを読んでいる。

記事によると……その防具屋は優勝後、更に値段の高い物を仕入れているらしい。清々しいくらい金にものを言わせてるな。


ドンッ。

「おっと、気をつけろよ」

「うわっ、すみません。前見てなかったもので」


前を見ていなかったせいか人とぶつかってしまった。

続きは一回帰ってから読むか。


「そうだ、報奨金はまだまだ残ってるんだし、

帰る前に商店街でお土産で……も?」


………………財布が無い。


「えっ、あれ? 落としたか?」


振り返って道を見渡す。

財布は落ちていないが……

さっきぶつかった男が全速力で駆けているのが見える。

まさか……


「あいつスリか!? 逃がすか!!」


僕は縮地によって最速で男を追う。


「あの! 僕の財布知りませんか!」

「うおっ!? なんて足の速いガキだ! 捕まってたまるかよ!」


声をかけると、男はますます足を早めて逃げていく。

やっぱりあいつスリだな!


「待てよ!」

「ひいいい!?」

バタン! ガチャ。


後一歩の所で、二階建てのボロ屋に逃げ込まれてしまった。

鍵をかけられたようでドアが開かない。

仕方ない、蹴破るか。


「オラァ!」

バッキィ!!


躊躇いなく蹴りを入れる。

木製のドアは上下真っ二つに割れた。


「なんだ!?」

「敵襲か!」


ボロ屋に強引に押し入ったが、スリの男はいない。

代わりに二人組が困惑しながら武器を向けてきている。


「さっき息が切れてる男が来なかったか?

そいつを差し出して貰えばそれでいいんだけど?」


「……あの叔父貴はまた面倒事を運んできて……」

「なんにせよ、俺らソデシタ組に喧嘩を売ったんじゃ。ただじゃすまさんぞ!」


「お前ら同じ組織の仲間かよ……面倒だなぁ」



アローンが二人組みを相手取っている一方その頃。

ボロ屋二階突き当たりの、リーダーの私室では怪しげな会話が行われていた。


「ソデシタ……良くやったな。

お前のお陰で我が店は見事優勝に輝いた」


「はい。審査員の買収や脅し等手段は尽くしましたよ」


「クックック……我がダイカン家はまだまだ木っ端貴族だが……

この優勝を期に商売も軌道に乗り、成り上がっていくだろう……」


「そして俺達はダイカン家の裏組織として……」

「ククク……ソデシタ、お主も中々の野心家よのう」

「いえいえダイカン様程では……」

カンッ。


二人は小さなグラスで乾杯し、仕事の成功を静かに祝っていた。


「ひえええ!!!」

「……む?」


だが、そんな静かなムードは一瞬にして破られた。

スリの男が情けなく叫びながら飛び込んできたのだ。


「どうした、弟よ」

「あ、兄貴! なんかヤバいんだよ! 適当にスった奴がヤバくて!

パッと見じゃヒョロいガキだったのに……!」

「どうやら問題が起きたようだな?」

「そのようで、身内のお見苦しい所を申し訳ございません」

「気にすることはない。せっかくだ、貴族の戦い方と言うのを見せてやろう」


ダイカンはスリの男に下がるよう命令し、部屋の入口を見つめて待つ。

その顔はニヤけており、余裕たっぷりな様子だった。



「ここか!?」


襲ってきた奴らは全員叩きのめして、やっと最後の部屋だ。

中には三人の男がいて、スリの男は部屋の隅で縮んでいる。


「お前……!」

「待ちたまえ」


スリの男を詰めようとしたら、しわがれた声に止められた。

声の方を見ると、身なりのいい男が笑顔でこちらを見ている。


「……」

「ほう……? 君はひょっとしてあの『狂犬』か?」

「それが?」

「なるほど……スリを追って組織丸ごと相手にするとは。噂は真実のようだな」

「……」

「だが、勿体ないと思わないか? それ程の力をその若さで持ちながら、いたずらに振るうだけとは」


笑顔の男は立ち上がり、僕の前に立ち塞がる。


「そこでだ。我に……ダイカン家に仕える気は無いか?

もちろん待遇は保証しよう」

「ふーん……」


いきなりの提案だな。


「『狂犬』よ。私と共に、更なる高みへと登ろうではないか!」


ダイカンは手を前に出し、握手を求めてくる。

僕は……


「オッラァ!!」

バキィ!

「アガファ!?」

「「!?」」


僕は手を無視し、ダイカンの鼻目掛けて拳を叩き込んだ。

ダイカンは鼻血吹き出し、背中から倒れた。


「き、貴様ァ! 正気か!? 貴族の私に向かって手をだすなんて……!」


「残念だけどさ……誰かに仕えるとか一番やりたくないんだよ。

それに……貴族様なんかに怯えてたら『狂犬』の名が泣くわ!!」


狂犬という名に恥ずかしくないよう、僕は見得を切ってみせた。


「やっぱコイツバケモンだァ!?」

「くっそ……なんでこんな事に……!」

「スリ、チンピラ達のリーダー、そしてそいつらと密会してる怪しい貴族様……お前ら纏めて衛兵に突き出してやるよ!」



「お、おい見ろよ。アイツが『狂犬』アローンだぜ……」


「ああ、新聞に載ってる通りの顔だな……

ただの子供に見えるが、貴族を殴り倒して不正を暴いた奴だ。

ただ者じゃあないんだろう」


ソデシタ組の一件が新聞に取り上げられた結果、

僕の異名が街中に轟いてしまった。


昨日の数倍は奇特な者を見る目線が突き刺さってくる。

まあ、そこまで悪い気は……


「あっ! 『狂犬』君! ありがとうね!

昨日不正が明るみに出たお陰で、大会の審査がもう一度行われる事になったのよ!」


「サリアさん。それは良かったんですけど……

その、名前で呼んでくれません……?」


いや、やっぱ恥ずかしいな。特に知り合いから呼ばれるのは!

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【一章完結】ゲーム世界の悪役貴族に転生したけど、原作は無視して自由人キャラになります 芽春 @1201tamago

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