第51話 結び

 会津藩を中心とする戊辰戦争は、果たして必要だったのか。今更考えても仕方がないことではある。しかしながら、その答えは否である。

 あくまでも筆者一人の考えであり、異なる意見の方には心苦しいが、鳥羽伏見の戦いは、薩摩藩と長州藩に岩倉・三条といった一部の俗物的な公家衆が加わり、徳川慶喜の政権転覆を狙って起こした戦いでしかない。慶喜が白旗を揚げた時点で、会津藩と庄内藩に寛大な措置を取っていれば、少なくとも会津・長岡・二本松のような、少年や婦女子を巻き込んだ悲劇は起こらなかったはずである。

「そんなことは出来るわけがない。錦旗に向かって戦いを挑んだのだから、逆賊として成敗するのは当然だ」

 このような発想される方が、今でも沢山いらっしゃることは百も承知だ。しかし、そもそも、「王政復古の大号令」なるクーデターが西郷や大久保の策謀であり、鳥羽伏見の戦が、その後の慶喜の巻き返しに行き詰まった彼らが、「半か丁か」で打った大博打でしかない以上は、真の官軍として錦旗を掲げる正当性がなかったことは明白である。

 徳川慶喜の行いも「酷い」の一言に尽きる。城を無血開城し、江戸の街を戦火から救い、日本を植民地化から防いだとして、評価する向きがあるが、必ずしも賛同できる意見ではない。

 慶喜が将軍後見職の時期以降に取った行動や言動をみる限り、どう推し量っても「自己中心」「自己保身」「責任回避」「臆病」「変心と裏切り」というネガティブな文字しか浮かび上がってこない。それら彼の功績と賞されることは、全て偶然の産物で、後付けでしかないからである。

 慶喜の政治的貢献とされる兵庫開港ですら、その時々の立場で変節する彼にとっては、一つの政争の具でしかなく、条約勅許の折に松平容保が陰で果たした貢献度の足元にも及ぶものではない。

 後日、彼は渋沢栄一に語ったらしい。

「日本の分断化や植民地化は避けたかった」

 本当に日本国のことを憂いていたのであれば、直近まで都合よく使っていた容保・定敬兄弟や小栗上野介を簡単に裏切り、全ての責任を突然放り投げているであろうか。自己弁護だけを天璋院や静寛院宮に求めて同情を買い、挙句の果ては、一人謹慎を決め込んで「あとは野となれ山となれ」という身勝手な行動は、決して取れなかったはずである。

 徳川慶喜と言う江戸幕府最後の将軍が、もしも、日本という国の行く末を、真剣に考えたまごうことなき英傑であったのであれば、自身の命を賭けてでも、その責任を全うしたのではないだろうか。渋沢栄一に語った慶喜の後日談などは、自己を正当化した結果論であり、笑止千万というしかない。

 少なくとも、彼の取った身勝手極まりない自己保身的行動によって、多くの旧幕軍と奥羽越列藩同盟が結びつき、一年半にも及ぶ内乱を引き起こした挙句、無辜の民や婦女子を含む数千人もの犠牲者を出す引き鉄になったことは、否めない事実である。

 会津の降伏によって太刀切れになったから免れたものの、状況次第で北海道がプロイセンの植民地となったかもしれないことを、どう言い訳が出来るというのか。

 幕末と維新と呼ばれるこの十年余りは、長州の吉田松陰投獄から斬首に始まり、まさに「正直者が馬鹿を見た」時代であり、その渦中にいて一番の貧乏籤を引いてしまったのが会津藩だった。

 藩祖が残した家訓を、ひたすら愚直なまでに守ると共に、忠実に実行した結果は、残念ながら、領内を廃墟にしたうえで、数多くの人命を失い、藩を滅亡に導くことでしかなかった。

 それから、百五十年以上を経過した現代も変わらずに、「正直者が馬鹿を見る」時代なのかもしれない。

 それでも、我々日本人は世界で起きている戦争や紛争を後目に、戦争のない時代にのうのうと生きていられる。しかし、それは先人たちが積み重ねた努力と苦労と失敗と成功の土台があるからこその平和である。特に太平洋戦争によって亡くなられた三百万人以上の尊い犠牲の上に成り立っていることを、我々は決して忘れてはならないし、同じ悲劇を二度と繰り返してはならない。

 幕末から維新という動乱の時期に、欧米列強の脅威から何としてでもこの国を守ろうと一致団結したのが、近代日本の黎明期に他ならない。しかし、いつの間にか「勝てば官軍」という驕りの風潮がこの国中に蔓延し、その辿った末路が昭和二十年八月の敗戦だった。

 願わくは、恒久平和に加えて、正直者が決して馬鹿を見ることのない時代にしたい、と心から願うものである。


(完)

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朝敵の義憤 横山士朗 @shiro46yoko

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