欠片、八つ目。キャンドル。ーグレイとクッションー
夜に包まれた室内。
そんな夜を揺らす灯りは、彼を気遣ってくれた老夫婦が灯していったキャンドルだ。
卓の上から落ちる優しい灯りが、彼の金の毛並みを照らし揺らす。
「……グレイはどこをほっつき歩いてるのだろうね」
ふう、と。金の毛並みをした犬が、疲れ呆れた息をもらす。
重ねた前足に顎を乗せ、彼が見つめる先はこの家の戸口。
腹を付けた床は、始めは冷えて冷たかったのだが、グレイを待つうちに己の体温で温まってしまった。
ふすうと何度目かの息をもらした頃、戸口がそぉと開いた。
やっとか。耳が立ち、顔を上げる。
猫にあるまじき器用さで戸を開け、音もなく忍ぶように帰ってきた灰色の毛並みが振り返った。
丁寧に後ろ足で戸を閉め、翠の瞳をまん丸にして見つめる。
「……驚いた。俺様を待ってくれてたのか?」
「馬鹿言わないでくれたまえ。いつまで経っても帰って来ない君を、ここの老夫婦が心配をしていたからね。彼らは寝室に行かせて、この僕が代わりに待っていただけさ」
「おばあとおじいには、遅くなるって言ってたんだけどなあ」
「だからって、こんな夜遅くまでほっつき歩くこともないだろう」
呆れて嘆息すれば、グレイがふらりと彼の方へ倒れ込む。
そのまま顔を埋め、柔らかな感触の金の毛並みに、グレイはにへらとだらしなく顔を崩した。
キャンドルの灯りがグレイの顔を照らし揺らす。
「その顔はやめたまえ。気持ち悪い」
「あ、ひっでぇ……。ジルが居ない中で、新入りの身の上話聞いてやってたんだぜ?」
「こんな夜までかい?」
「そぉーよ。気が合っちまって、結構盛り上がったんだぜ?」
はははと笑うグレイの声。
楽しかったのは本当だろう。だが、そこには疲労もはらんでいる気がして、彼は別種の嘆息をもらす。
「あまり背負い過ぎるな。新入り君の不安を取り除くのも大切だろうけど、君を心配する者も居ることを忘れないでもらいたい」
「クッションは俺様が心配か?」
くふふと意地悪い声をもらし、グレイが寝返りを打つ。
キャンドルの灯りに揺れる翠の瞳が、クッションと呼ばれた彼を嬉しそうに見上げた。
クッションはふいっと顔を逸らし、重ねた前足に顎を乗せる。
「ここの老夫婦も心配をする」
「“も”? ってことは、否定はしねぇのな」
ぐふふと品なく笑うグレイに、クッションは無言で尾を彼に叩きつけた。
そして、顔を背けたままに、気になったことを問う。
「……ジルは何か用事でもあったのかい?」
「ん、ああ。シオとおデートだ」
「その品のない言い方はどうかと思うが、そうか……」
「あいつらは、お互いがお互いの居場所なんだ。やっとみつけた、居場所なんだ」
だから、今は一緒に居させてやりたいじゃんか。
そう言ったグレイが、クッションの金の毛並みに顔を埋めた。
「ああ……俺のクッションは最高だぁ……ふかふかぁ……」
阿呆丸出しだなと、クッションはちらりとグレイを見やって目を閉じた。
やっとみつけた、居場所――その言葉が、かつてのクッションに灯りを灯した。
キャンドルの灯りのように。
「……君には感謝しているんだよ、これでも」
ぽそりと呟いてから、内心で慌てた。
こんなことを口走るなんて。今夜はどうかしている。
夜にでも酔ってしまったのか。
けれども、静かなことにすぐに気が付いた。
平静を装いながら、閉じた目を薄ら開けてグレイを見やる。
彼はすうすうと寝息を立てていた。
疲れていたのだろうか。そうだろうな。
ふうともらす息は、もう何度目だろう。
「次は僕も連れていきたまえよ、グレイ」
手伝ってあげようだなんて、優しい言葉は言わない。
だって、面倒事は嫌いだ。
自分が行くのは、時間が来たらさっさとグレイをこの家に連れ帰るためだ。
魔族だと知ってもこの家に迎えてくれた老夫婦には、笑っていて欲しい。
「……ささみぃ……もういっこぉ……」
「何の夢をみてるんだか知らないが、よだれは垂らさないでくれたまえよ。自慢の毛並みが汚れるのは嫌だ」
キャンドルの灯りに揺れるグレイの寝顔を眺めてから、クッションは重ねた前足に顎を乗せて目を閉じた。
この温かい家も、老夫婦も居心地が良くて、これからも居ていいのならば居たいと思うが、大切にしたいと思うのは――。
「――君だというのが、本当に気に入らない」
その想いに心底ぞっとし、クッションは毒されたなと静かに思う。
そして、グレイの寝息に誘なわれるように、意識はゆっくりと夜に沈んでいくのだった。
これは、とある時の、キャンドルに揺れるとある夜の一欠片。
【番外】彼らの欠片 白浜ましろ @mashiro_shiro
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