過労死と異世界は紙一重

一°

プロローグ アットホームな職場

本当は研究者として働くはずだった。


募集要項にも研究者と書いていた。


ただ大元である生産も事務も、

グレーな訪問販売も

全て研究者の仕事だった。


そんな沢山の仕事を一日で

終わらせる様な人はここを辞めた。


私は毎日26時間労働して初めて

その業務をこなせた。


「ネツダぁ?また、お前か?」


四年で三回入れ替わった上司は

私に対しては全員、同じ台詞を吐いた。


「はい、申し訳ありません」

「ノルマ達成してないの、君だけだよね?」


ノルマ、訪問販売でサプリを10個売りつける。

260徹の顔を見れば誰だって逃げ出す。

そんな事、上司に言ったって仕方がない。


だから謝るしかない。


「本当に申し訳ありません」

「んじゃ、今日も私の事務と仲間

皆の事務仕事……出来るよね?」


上司は仕事を押し付けたいだけだ、

その為にノルマを作ったぐらいだ。


何がアットホームな職場だ。


そう、吐き捨てて上司をボコボコに

出来たのなら、僕はいくらかマシになった……

はずもないだろう。


「はぁ……」


深夜誰も居なくなった部屋と

何世代か前のパソコンの悲鳴が響く中、

私の瞼は重力に逆らえなくなってくる。


「……はっ」


身体の悲鳴はとっくに慣れてはいるが、

本人の感覚よりも、身体は自分を大切に

したいそうだ。


書類の束で影になっているせいで、

眠りに入りやすくなっている。


僕はどうしてまた、こうなっているのだろう。


僕は父に憧れて医者を目指した。

その為にうんと勉強をして、

学年の上位を取り続けていた。


僕が家での肩身が狭くなったのは、

高校受験に失敗してからだ。


合格発表は変に高まった自信で行った。

母と共に番号を探す、1062、1064……


見事に自分の番号だけが、なかった。


原因は何か、明確にあるのは勉強が

足りなかったからだろう。


だが、どれだけ平静を装うとしても

あれだけクラスメイトに自慢した学力が、

両親を安心させたあのテストの点数も。


この母の哀れみの目を引き出す為の

お膳立てと考えてしまい。


僕は引き攣りながらも涙を流した。


家に帰っても家族は何も言わない。

それが優しさなのか、それとも諦めなのか。

それさえも分からなくなってしまう。


僕が人に頭を下げだしたのはここからだ。


なんとか私立で医学生としての道を歩んだが、

あの母の顔が怖くて、自分を追い込んだ。

その苦労が祟ったか、私は体を崩して

一ヶ月休んだ。


何か精神の病だったそうだが、

覚えることさえ出来ない、そんな一カ月だった。


調子を少し取り戻して、遅れた物を

取り返したかったが、残念な事に

僕には友人が居なかった。


授業に追いつける頃にはもう

次の大学が決まってる頃だった。


二つの選択があった。


身の丈に合わない医師を目指すのか、

それとも医師を諦め別の道に行くのか。


優柔不断な僕は両方の道を選択した。


医療従事者の一つである、薬剤師へと

その舵を進めた。


幸か不幸か、薬剤は自分の興味が尽きない

学科だった為、大学では

授業に追いつくどころか追い越した。


薬剤師は転職だったわけだ。


また舞い上がっていると気付いた頃には

この会社だ。

僕は慢心して失敗するタチらしい。


そんな思い出が走馬灯の様に巡る夢と

気づき目を覚ました。


日の光がオフィスを照らした。


僕は目覚めてすぐ血の気が引いたが

僕の側にあったはずの書類は消えていた。


「よっ、てっちゃん。終わらせといたぜ」

「高咲ぃ…ありがどう〜」


別の部署の高咲 牡丹はニカっと笑った。

僕を起こさず仕事をしてくれる彼がいるから

僕は彼より先に退職しないのだ。


多分これを言ったら

彼は苦笑いするだろうけど。


「缶コーヒー、飲むか?」

「飲む、ありがとう」


高咲 の手渡す350の缶コーヒーを受け取り

カシュっとタブを落とし、

開いた穴に口をつける。


目覚めが悪くても夢が悪くても

いい朝ってあるものなんだな。


僕はそう思い、ブラックを飲み込んだ。





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