第3話 好きだった子とデート出来て嬉しくない男はいないよね


「見直したわ。案外、運転上手いじゃないの」

「それはどうも。褒めていただいて光栄です。それで、どっち買うの? 両方とも似合いそうだね」

「えへへ、そう? 似合う?」

「うんうん、大人しくしていたら男どもが寄ってきて放っておかないと思うよ。お世辞じゃなくて」


 秋物の新しい服が欲しいと入った店で最終候補に残った二着を前に咲良が腕を組んで悩んでいた。

 シックな黒色のロングワンピースとピンク系の花柄ワンピース。どちらも似合っている。僕の好みだと黒のワンピースだけど口には出さない。


「どちらがより似合うと思う?」

「大人っぽい黒も可愛らしい花柄もどちらも似合うと思うよ。咲良はどちらがいいと思うの?」

「私は花柄かな? でも駿河の好みのタイプは黒でしょう? 昔っから『大人っぽい咲良は格好いいよ』って言ってくれてたものね」

「そんな事はないよ。どちらも似合うし、咲良が花柄が気に入ったのならそちらにすればいいよ。そもそも今は僕の好みのタイプとか関係ない話だろう?」

「ふん、そうね。全く駿河ったら相変わらず女心のわからない奴だわね」


 プンスカと怒り出した咲良は二着とも手に取ると試着室に向かった。

 乙女心のわかるセンスある男子だったら今頃は咲良のショッピングに付き合わずに彼女とデートしているよ。そんな事は僕もわかっている。

 歳下の男は咲良の守備範囲外なのに僕に意見を求める事がそもそもの間違いだ。



「どう? 惚れ直したでしょう?」


 黒のロングワンピースを着た咲良が僕の目の前でくるりと一回転した。ひらりとワンピースの裾が捲れあがり太ももが目にまぶしい。咲良相手に一瞬、ドキッとした自分が信じられなかった。

 一着目の花柄ワンピースも似合っていたけれども、二着目の黒のワンピースはもっと僕のツボにハマった。

 表情に出ていないはずなのに咲良が僕の顔を見てニヤニヤとしている。

 何がそんなに嬉しいのだろう?


「それじゃあ、こちらにするね」


 もしかして鼻の下が伸びてた?

 さりげなく口元と鼻の下を抑える。


「ああ、咲良が気に入ったならこっちでいいんじゃないかな?」

「ふふふ、そうするわ。今日はこのまま着ていくことにするわ。駿河も喜んでるみたいだしね」

「べ、別に喜んでなんていないからね。早く決めてくれて良かったって思ってるだけで」

「そういう事にしておいてあげる、ふふふ。じゃあ、会計を済ませて次の店に行きましょう!」


 僕は咲良に腕を引かれるままにレジに向かった。



***



 バァン!

 二人の前にある扉が急に開くとゾンビが姿を現した。


「きゃあ!」


 むにゅ。

 絶叫と共に抱きつかれた僕の左腕に咲良の胸が押し付けられた。

 現れたゾンビを避けるように右手の通路に逃げ込む。その後、しばらく何もない通路を進んでいくと、

 ドン!

 油断していた二人の頭上から生首が落ちてきた。


「ひゃっ!」


 むにゅにゅ。

 さらに咲良の胸が押しつけられる。

 咲良の腰を抱えて生首が直視出来ない場所まで慌てて退避した。

 一息ついていると、さわさわと足元がくすぐったい。視線をやると地面からはえてる手が足を撫でていた。


「えーん、ちょっとやめてよ!」


 ぎゅっぎゅっむにゅにゅ。

 両手で腰に抱きつかれて動く事すらままならない。

 うーん、素直に役得と言っていいのだろうか?


 軽くファストフード店でお昼を取った後、咲良が映画を見たい言い出したのだが、恋愛映画は彼氏と行くべきだと言ったら、あっさりと目的地が遊園地に変更された。

 そして、いくつかのアトラクションを楽しんだ後に少し季節外れのお化け屋敷に二人で入った結果がこの様だった。


 ゼェハァ、ゼェハァ。

 お化け屋敷から出た咲良は絶叫しすぎて肩で息をしていた。


「少し、はぁはぁ、いえ、なかなかスリルがあったわね」

「そうだね。小さい頃のしっかり者のイメージがすっかりと上書きされたよ」

「仕方ないでしょう! 本当は怖がりでも自分より年下の小さい子たちの前で怖がってる姿見せられないもの」

「それはそれは光栄だね。やっと年下扱いから卒業したって事でいいのかな?」

「ふん、駿河のくせに生意気なのよ。ちょっとだけよ、ちょっとだけ大人になったって認めてあげる」

「ありがとう。それより、小さい頃の咲良はやっぱり格好良かったって再認識できたのは大きな収穫だよ。あの頃の咲良は大人びてて、本当に素敵だった。小さい頃の僕が惚れるのも無理ないよね」

「惚れてたんだ? 本当に?」


 驚いたような顔で僕の方を振り返った咲良がそのまま下から見上げるように僕の顔に迫ってきた。咲良と見つめ合う形になり、照れくさくなった僕は思わず視線を外した。

 

「まあ、小さい頃の話だからね」

「何よそれ! まるで今じゃ興味のないような口ぶりね。失礼だと思わないの?」

「うーん、あれだけお酒飲んでの失態を見せつけられてて、まだ惚れられてると考えてるの?」

「うぐっ、だって仕方ないでしょう! 運命の出会いを期待したって仕方ないじゃない。私だって素敵な恋がしたいもの」

「だから協力してるでしょう。今日の買い物だって次のコンパに向けての準備だよね?」

「違うわよ。だから駿河は鈍感だって言うのよ」


 咲良の意味深な言葉に僕の中で期待と不安が交差した。


「コンパは今後、一切行かないつもり。お酒は……一滴も飲まないとは言えないけど、控えるつもりもよ」

「へぇ? 酒好きな咲良にしては大胆な決意だね。何か心境の変化でもあったの? 失恋……は毎度の事だから違うとして」

「さらっと失礼な事を言うわね。まるで私が失恋慣れしてるように聞こえるんですけど?」

「恋に恋して、失恋して。昔の咲良の姿とはまるで別人だから残念に思うのも仕方ないだろう?」

「そうよね。だから私も変わろうと思ってるの。見返してやるの!」

「誰を?」

「ふふふ、わからない? 駿河には秘密」

「ケチくさいな、教えてくれてもいいだろう」

「うーん、次あれに乗ろうか? 教えてあげてもいいけど、上手く聞き取ってよね」


 咲良の指差す先には当園一番人気のジェットコースターがあった。

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