第2話 よし、赤い糸を結んでみよう!

 スヤスヤと寝息を立てて眠る咲良を横目に見ながら、僕は無い知恵を絞って考える。

 恋愛惚けしてる咲良に何か致命的な一撃を与えたい。

 僕の方が先に彼女を作って悔しがらせる? いや、全くといって効果ないだろう。咲良なら鼻で笑いそうだ。


 運命の相手ねぇ。運命、運命、運命的な出会い、運命の恋、運命の赤い糸……赤い糸?

 そうか! 運命の赤い糸。これなら簡単に準備できそうだ。

 自分の天才的な閃きに小躍りしながら準備を進めた。

 ちなみに赤色の糸はコンビニに売っていた。便利な時代になったものだ。


 寝ている咲良を起こさないように注意して、左手の小指に赤い糸をくくり付ける。その後は、糸の反対側を僕の左手の小指に結ぶと寝たふりをした。

 咲良が起きた時にどんな反応をするのか楽しみだ。

 寝ぼけていればなおよし。考えがまとまらない咲良を揶揄からかえばとても楽しくなりそうだ。


 ワクワクして待つものの、10分経ち20分経っても咲良は起きなかった。熟睡モードに入ったようだ。

 多少無理な体勢なのを承知の上でテーブルに突っ伏して寝落ちしたフリをしていたけど、長期戦になりそうなので素直にゴロンと床の上に横になった。床が肌にあたって冷たくて気持ちいい。

 ひんやりとした感触に誘惑されて、いつの間にか僕は眠りについていた。




 気がついた時は朝だった。

 咲良は自室に帰ったようで、すでに部屋からいなくなっていた。

 僕の左手小指に結んでいる赤い糸は引きちぎられたように短くなっている。どうやら作戦は失敗したようだ。

 糸の存在に気づかないままに咲良が部屋から出て行き、その勢いで切れたと考えるのが自然だろう。


 続け様に繰り返すとバレるので日を置いてからリベンジしてやる。

 趣旨が変わったような気がするけれど、これは決定事項だ。やるといったらやる。おれは男だ!




「駿河、明日は朝から暇なんでしょう? 買い物付き合いなさいよ」


 珍しく、ノックの音と同時に咲良が僕の部屋に入って来た。入室のタイミングは納得いかないけれど、少しでも咲良が成長しているようだから、そこは良しとしよう。


「えっ? いいけど、コンパはどうしたの? 週末は恒例のコンパでしょう?」

「何よ、私がコンパに行かないのがそんなにおかしいの?」

「いや、別におかしくはないけど――ああ、そうか! 結婚相談所に登録したんだね」

「いい加減にしなさい! 本気でぶつわよ」

「いや、すでにゲンコツ落ちてるからね。痛たたた」


 僕は咲良に叩かれた頭を抱えてうずくまる。

 腰に手を当ててぷりぷりと怒る咲良は黙っていれば可愛いと思う。身贔屓ではなくて本当に。これで彼氏が出来ないのなら相当に性格が悪い――


「何か変な事考えてない? もう少し痛い目にあいたいかしら?」

「いや、何も考えてないよ。咲良は相変わらず可愛いなと――」


 右手をグーの形にして顔の前でその存在をアピールする咲良を興奮させてはいけない。

 嘘も方便、勢いで誤魔化す。

 一瞬、咲良の頬っぺたが赤くなった気がしたけれど気のせいだろう。

 

「それよりも今日の予定は? 買い物に行くのはわかったけど、どこに何を買いに行くの? あと移動手段は? 電車で行くの?」

「お父さんの車を借りてるわ。駿河、免許持ってたでしょう? 運転できるわよね」

「安全運転でなら――たぶん、出来ると思う」


 大学進学直後に自動車の免許は取得した。しかし、それ以来乗っていない立派なペーパードライバーだ。

 人を横に乗せて運転するという暴挙に出る自信はない。はたして40km/h以上出して走れるだろうか?


「本当に伯父さんが車貸してくれたの? 僕の運転で?」

「ええ『こすってもいいけど、なるべく車の原型は留めておいてくれ』って言ってたわよ」

「それなら安心だ。こするのはすでに折り込み済みなんだね」


 言ってて悲しくなる。それでも、せっかくの機会なので練習させてもらおう。


「それより、大丈夫なのか? 運転初心者の車に乗るなんて危ないとかいうレベルじゃないよ」

「何よ、私を乗せて運転したくないって言うの? いずれ誰かを横に乗せて運転するんでしょう? 初めてくらい私によこしなさいよ!」


 やめてくれ。最後だけ聞くと何か卑猥な言葉に聞こえてくるじゃないか。

 本人が大丈夫って言うならお言葉に甘えてドライブさせてもらおう。

 咲良の頬っぺたが真っ赤になっているのが怒りなのか羞恥心からなのわからないけれど、そんな事はどうでもいい。すでに僕の頭の中は車の運転の事だけでいっぱいになっていた。

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